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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter3

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スニーカーズ・ハンズ

 ネイリュアのボンボンが振り下ろされた次の瞬間、彼女は何者かに足を引っ張られて前のめりにすっころんだ。ボンボンは宙を斬った。

「うぐっ!! な、何!?」

 彼女が横になった姿勢のまま、自分の足元を見ると砂から飛び出した布切れのようなものが彼女の片足首に絡みついていた。

 黒に近い色をした紫色の服の袖のような物である。彼女が転んだのを確認したファイセルは再びヒーリング・ポットを飲んで、薬が入っていた試験管を丁寧にホルスターに収めた。

「やれやれ……痛かったし、正直死ぬかと思ったよ。さぁて、どう料理してくれようかな。首絞め? みずおち連続パンチ? 拘束圧迫? 関節技? 投げ技? 寝技? 今ならリクエスと受付中だよ……」

 それを聞いてネイリュアの表情は真っ青になり、勝ち気な状態から一気に恐怖の様相を呈してきた。さっきから足を引っ張っている服の力は凄まじかった。

 とてもではないが、逃げ出せそうにはない。横になったまま引きずられながらファイセルとの距離はどんどん離れていく。そのもがく姿はまるで罠にかかった野生動物である。

 やがて闘技場の地面から濃い紫色のローブが姿を現し始めた。まるで中に人が入ったような挙動をしている。この様子だとファイセルの言っている”調理法”はハッタリではないのは明らかだった。

「ほら、リングインするときさ、カッコつけてローブとか脱ぐ人いるじゃない? だからパフォーマンスに見せかけてローブを地面に潜伏させとくの面白いかなって。ここまで計画通りだと面白いね。滅茶苦茶痛かっただけあって格別だよ」

 彼はそう言って皮肉っぽく笑った。だがその顔は本気だ。恐れおののくネイリュアはローブを見つめた。ローブは空いた方の片手でシャドウボクシングをしている。

 ブンブンと金属を振り回すかのような風切り音がする。布が殴っているとは思えない重量感あふれる音だ。こんなのまともに喰らったら骨折では済まない。内臓破裂レベルである。

「いっ、いやぁ………………」

 ネイリュアの悲痛なつぶやきを無視してどんどんローブは彼女を手繰り寄せていく。

「んじゃ、僕は連続ラッシュくらったから、お返しに君はオークスのヘビー級デンプシーロールだね。遠慮無く受け取ってよ」

 スタジアムは試合の行く末を見守り、沈黙が続いていた。だがその沈黙を破って床に前のめりに転んだままのネイリュアが叫んだ。

「きゃあああああああああああああ!!! ギブ!! ギブよ!! ギブアップ~~~!! だから殴らないでぇぇぇぇ~~~!!」

 彼女の高い悲鳴が闘技場にこだました。

「こ、こ~れ~は~!? ネイリュア選手、ギブアップ!! 試合棄権の模様!! 戦意喪失とみなし、この試合はファイセル選手の勝利となります!!」

「え~、初戦以来、連勝を続けていたネイリュア選手ですが、ここまでボコボコにされそうな状況に陥ったことがありません。誤解を恐れずに言うと彼女の弱点は”慢心”と”臆病”といったところではないでしょうか」

 ファイセルは観覧席を眺めた。おそらくブーイングの嵐でまた学院内で悪目立ちしてしまうのかと呆れていたが、どうやらそうでもないらしい。観客席はファイセルを褒め称える声で湧いていた。

 ファイセルがネイリュアに視線を戻すと死にものぐるいで地面をひっかいて、空いた方の脚をガニ股に広げて情けなくローブから逃げようとした姿のままで地面に転がっていた。

 必死にもがいた後が見てとれる。脇腹からの出血痕も痛々しく、まるで馬車に轢かれたカエルのようでなんとも哀れだ。

「……そんなに怯えるとは思わなかったんだけどな……冗談だよ冗談。ごめんね」

 それを聞くとネイリュアは顔もうつ伏せにしてぐったり塞ぎこんだ。あまりの気の毒な有様に気が引けたファイセルは彼女の上にさきほど彼女を引っ張ったローブをかぶせて闘技場に背を向けた。

 彼の愛用のライラマ・ローブの袖がは彼女を締め付け始めた。

「ひっ!!」

「だから~、攻撃するつもりは無いって言ってるじゃない。無理するから脇腹の出血が酷いじゃないか。縛っといたから早く治療してもらうんだね。あ~、そのローブ、気が向いた時でいいから返してね。じゃあ僕はこれで」

 ファイセルは彼女に背を向けると後ろ向きにヒラヒラと手を振った。同時にセコンド席のザティスとリーリンカにも笑顔で手を振った。

「いくら高級品とは言え、耳がかゆいな……」

 そうつぶやきながら彼が耳栓を外すと耳に入ってきたのは今まで遮断されていた女子の黄色い声援だった。

 キャーキャーという声がそここから聞こえてきた。彼はそれをぼんやりと聞いていたが、我に返ったようにつぶやいた。

「あ……まずい。この様子じゃまた鼻の下伸ばしてってリリィにドヤされるな……勘弁してよ……」

 ファイセルは重い足取りで彼女たちの待つ控室の方へ足を運んだ。
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