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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter3

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悪友の入れ知恵

 ファイセルが完全にネイリュアに洗脳されたと思われた次の瞬間、彼女は何かが飛んで来るのを察知して横っ飛びで回避した。

「なっ!? 痛ッ!!」

 重傷までは行かないが、彼女の脇腹が飛来物によってグリっとえぐられていた。すぐさま彼女はボンボンを地面に落として脇腹を押さえた。押さえた手のひらは鮮血で真っ赤に染まった。

「アンタ!! 高音波とかチャームにかかったフリをしていたのねッ!? ムッキーーーー!!!」

 それを聞いていたファイセルは無表情でネイリュアに語りかけた。

「君は一見して無敵に見えるけどその“慢心”が最大の弱点だね。僕が耳栓をつけていると疑わなかったのかい?」

 ファイセルは驕ることなく、冷静に耳栓をトントンとつついた。その光景を見た闘技場はしばらく無音が続いた。だがその沈黙を実況役と解説役が破った。

「おおおおおっとーーーー!! ファイセル選手、まさかの耳栓だ~~~~!!」

「えーっと、あれはきっとマンドラゴラの実習用の防叫ぼうきょう耳栓でしょう。普通の会話は聞こえるように出来ていますが、高音や有害な音波を防ぐ効果があります。

ファイセル選手、これを耳に着けながら音波で苦しめられているフリをしたり、チャームにかかったフリをしていたようです。 ……しかしこんなトリッキーな作戦をよく思いつきましたね」

 闘技場の付き添い席でザティスが「してやったり」とにんまりと笑い、胸の前で拳をグッっと握ってガッツポーズをとった。隣のリーリンカもニヤリと笑った。

 観衆たちは一斉にブーイングをファイセルに送った。ラーシェやアイネの周りでは彼を罵倒する言葉が放たれまくっている。

「っっくぅ~、なんで? なんで私がッ!! なんでなんでなんで? 痛っ~!!」

 ネイリュアは先程とは別人のように苦痛で表情を歪ませた。とてもアイドルとは思えない表情だ。押さえた脇腹の出血が止まらない。

「それが”慢心”だっていうんだよ。女の子に生傷を付けるのはやりたくないんだけど。でもそれはお互い様で、泥沼試合でお互いに大怪我するのも嫌だしね」

「クッ!! 舐められたものね!! グッ!!」

 そう言いながらネイリュアは足元のボンボンを拾うためにしゃがんだ。数秒後、その頭上を戻ってきたブーメランが猛スピードで戻ってきた。

 すぐにそのブーメランはファイセルの手に収まった。あれだけの速度が出ていたのに、ファイセルがつかむ瞬間に速度が落ちたのが見て取れた。

 ネイリュアはブーメランを見てさらに驚いた。てっきり自分の脇腹をえぐったのは刃のついたブーメランだと思っていたが、ファイセルがキャッチした得物の見た目はただの木製のブーメランである。

 あんなもので傷つけられたと思うと彼女は激昂せずにはいられなかった。
観客たちはファイセルのこの戦いぶりに歓声を上げるどころか、ネイリュアの柔肌に傷をつけたことに関して憤慨し、怒号やヤジがとびかっていた。

「背後から迫るブーメランをひらりとかわすとはなんて動体視力……これは――」

 ファイセルがそうつぶやいた刹那、ネイリュアは前転、側転、ひねりを組み合わせながらものすごいスピードで彼との距離を詰めた。

 ファイセルは攻撃を回避するのが不可能と判断して腕を交差して顔を防御した。そこからネイリュアのラッシュが始まった。華麗な身のこなしに観客席は見惚れて声援を送った。

「慢心してるのはあなたじゃない!! もらったわッ!!」

 ネイリュアはボンボンをボクシングのパンチのようにファイセルに激しく打ち付けた。小手を装備していることから、ただのボンボンではないと予測していた。

 案の定、ボンボンは強力な凶器だった。一本一本が金属を編んだような素材で出来ているらしい。無数の切り裂く糸が不規則な動きで襲ってくる。

 ファイセルはガードしたが、それでも顔や手に切り傷を負った。彼は服に魔力を注いでいるからなんとか防御できているものの、普通の学生の制服ならば中身の肉までズタボロだろう。

 ファイセルの深緑色をした学生服は傷だらけになりつつもなんとか持ちこたえている。

 ネイリュアは攻めあぐねている状況にイライラしだした。ついに得意だと情報を得ていた足技を使い始めた。

 ボンボンで攻撃しつつ、ローキックやかかと落としで防御が手薄な頭部や下半身を狙い始めた。

 いつのまにか彼女が履いていたスニーカーからは隠し刃が飛び出していた。情報は知っていたとはいえここまで速いと手の出しようがない。

「ぐっ!! なんて速さだ!!」

 にも留まらぬ速さの連撃をモロにくらったファイセルは形勢逆転されてしまった。彼は打たれ弱いので、一旦攻撃が決まってしまうと一気にペースが崩れてしまう傾向にあった。

 気づくと頭や上半身以外のあちこちに切り傷を負い、血が滴っていた。そのさまはまるで血の汗を滴らせているように見えた。

 致命傷に至りそうな傷はないが、このままでは出血量が多すぎてギブアップすることになるだろう。ピンチに陥ったファイセルは意識が朦朧となった・

(うっ、血が足りない……めまいが……意識が……とお……の……)

 そんなファイセルの耳にリーリンカとザティスの精一杯の声援が届いた。それを聞いた彼は拳をギュッと握り、失神寸前で踏ん張り、叫んだ。

「リリース & バースト コスツメルンスト・デ・オークス!!」

 ネイリュアの攻撃が何者かによって止められた。ファイセルは両腕を塞がれているのに、誰が攻撃を受け止めるというのか? 

 よく見るとファイセルの空いた制服のボタンの内側から群青色のボロボロの制服が袖だけ出していた。その袖がネイリュアの腕と脚をがっちりと掴んでいた。

「こんのォっ!! なによただの布切れのクセにッ!!」

しばらくネイリュアとファイセルは見合う形となった。隙を見つけて先に切り出したのはファイセルだった。

 彼は深緑色の制服の上着のすそをペラっとめくった。光の灯っていない小さなランタンがぶら下がっていた。

 ネイリュアはそれに注目したがただのランタンだとタカをくくった。だがすぐにそのランタンは強力な光を一瞬だけ放った。

「きゃああぁぁ!! 目がッ!! 目を閉じているのにまぶしい!! なんで、なんでなの!?」

 ネイリュアが怯んだのを確認したファイセルはその場でクルクルと回り出した。

「ふ~ん……犬のマネ……か。何回か回ってワンワンワンだっけ? ……ワン、ワン、ワン……」

 ファイセルはその場で立ったままどんどん回転に勢いをつけた。ファイセルを中心として遠心力が発生しはじめ、十数秒後にはネイリュアの足が宙に浮いた。

 着ている制服が重りの役割を果たしているらしく、ファイセル本体は安定している。

「……ワン、ワン、ワン……ワンっと!!」

 ファイセルはそう叫ぶと群青色の制服にネイリュアを投げ飛ばすように命令した。まるでジャイアントスイングのような軌道で彼女は闘技場の石壁に向かって吹っ飛んでいった。

 闘技場が戸惑いや悲鳴、怒号でうめつくされた。誰もここまでファイセルが健闘、いや、しぶとく生き延びるとは誰も思っていなかったのである。無理もない。

 ファイセルは間合いを確保できたと確認するとすぐに腰のホルスターから水色にキラキラ輝く濃縮ポットを一気飲みした。リーリンカお手製のヒーリング・ポットである。

「んぐっ!! ぷはぁぁぁぁ~~~~!!」

 傷がどんどん塞がっていくのが自分でもわかる。さすが学院生、いや愛妻薬とあってか、高級店で売っている薬と遜色ない仕上がりと効能だ。

 特に飲むタイプの薬品にとって「味」と「のどごし」は大切だ。薬師は性能の良い薬を生み出すだけではいけない。それを頻繁に飲めるように調整してこそ真の薬マイスターと言える。

 ファイセルは薬の感心をそこそこにすぐに来るであろうネイリュアの反撃に備えた。彼女があんな投げ技程度でKOされるとは思えない。

 彼女が飛んでいった石壁は衝撃のあまり土埃をあげてよく見えない。それを見たファイセルは無防備な姿勢で直立したまま目をつむった。
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