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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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それでも私は生きている

レイシーは受けた衝撃の大きさのあまり放心しきってしまった。その様子を見たサユキはただ事ではないと察し、彼女が地面に落とした手紙を拾って急いで読み始めた。

 素早く読み終えるとすぐにサユキはレイシーの方へと向き直った。彼女は無言のまま、まるで、子供が玩具を転がすかの様に無心でペンダントをゆすり続けていた。彼女は感情を顔に出さず、ただただ大粒の涙をボロボロとこぼしていた。

 サユキが彼女へ声をかけようとした時、砂浜の方から何かが転がるような鈍い音がした。もしや、何者かの追撃かと思ってサユキは浜の様子を窺った。

 2人を連れてきたオオワシは上陸地点を特定されないように姿を消していた。代わりに水鳥が海辺に浮いていた。その周辺を見ると水着姿の誰かが倒れていた。目を凝らしてよくみるとそれは間違いなくアレンダだった。

「お嬢様!! アレンダが着きました!! さぁ、行きますよ!!」

 敵の気配がしないのを確認するとペンダントをぼんやりと眺め続けるレイシーの手を引いて、サユキはアレンダの元へ走った。うつ伏せのアレンダに近づいた2人は彼女の身体を見て、思わず息が止まりそうになった。

 彼女の左腕は付け根から食いちぎられており、右の脚も太ももから先が無かった。水着を着ていたので肉体の損傷が非常に目立って見えた。

「ぐっ、があぁーっ、うがうう!! あ”あ”あ”あ”っっっ!!」

 遠くからではわからなかったが、彼女は火にあぶられたイモムシのように砂浜の上をのたうちまわっていた。こんな状態である。激痛に悶え苦しむのも無理は無い。

 うつ伏せで呼吸もままならない様子だったので、すぐにサユキは彼女に駆け寄って体を表向きに返して上半身を抱き上げ、彼女の顔を見つめた。傷のせいか過呼吸気味に呼吸を激しく乱して喘いでいる。

「ハァ!! スーーーッハァ!! ひぐッ、ッハアアァッ!! スーーーッ!! かはぁっ!! ッハアアアッ!!」 
「アレンダ!! アレンダ!! 待っていて、今、治療を!!」

 サユキはまずは呼吸を整えようと彼女の胸に手を当てて治癒術を試みた。同時に傷口を観察したが左腕も右脚も完全にやられている。まるで大きなモンスターにかじられたような傷跡である。

 脚部はともかくとして、腕は根本からすっかり無くなっていて止血が思うようにいかなかった。やがて呼吸が落ち着き出すとアレンダは喋り始めた。

「あ……あはは……こ、このざま、ですよ。ぐうっっ!! ち、ちりょうはいいです。もうまに、まにあいません……う”う”うぅっ!!」

 そうしているうちにアレンダの傷口から血液が吹き出すようにドクドクと溢れでた。傷口の断面からは白い骨も覗いている。それを抱えたサユキの洋服は真っ赤に染まっていった。

 物理的な止血と治癒術を試みているが、傷口が広すぎる。全く出血を止められる様子ではなかった。我に返ったレイシーもすぐに治療魔法で手伝ったが2人の全力を尽くしても焼け石に水だった。

「こ、こしのポーチを……なかに、ある、せんい、こう……ようざいを……うぐううううううううっ!! ぐはっ!!」

「戦意高揚材!? 何を言ってるの!! アレンダ!! お願い!! もうしゃべらないで!!」

 サユキはアレンダに安静を促したが、彼女は全くその気がないらしい。彼女は吐血しながらも力を振り絞って喋り、残った方の腕で腰につけたポーチを必死に指差している。

 腕がなくなってしまったので、自力ではポーチまで手がとどかないようだった。彼女はいままで呻きながらしゃべっていたが、急に強い口調でハッキリと叫んだ。

「い、いから……!! いい……から早く!! 私、の……手に!!」

 サユキは彼女の決死の覚悟の意志を尊重し、ポーチから注射器型の戦意高揚剤を取り出した。これを打つと気分が高揚し、痛覚が薄れる。主に戦闘を補助する形で使われる魔法薬だ。

 ただし、副作用として血の巡りが早くなり、出血量が多くなる。また、依存性もあり一部で社会問題となっている。今の彼女がこれを打てば間違いなく死に至るだろう。

 サユキは黙ってそれをアレンダの右手の上においた。すると彼女はそれを強く握って右の太ももに思いっきり針を突き立てた。

 そのまま何度か深呼吸を繰り返していると痛覚が麻痺してきたらしく、彼女の呼吸は安らかなものになっていった。落ち着くと彼女は自分の負っている傷を完全に無視してしゃべりはじめた。

「……合流が間に合って良かった。もうそれほど長くは持ちません。要点だけ言います。手紙は読みましたね? お嬢様達のタリスマンを外してこちらに渡してください。そうすればお嬢様方の現在地はルーブ達に察知されなくなります。合流する必要があったのは私にはまだ一仕事残っているからです」

 アレンダはサユキの腕の中で彼女と、レイシーを交互に見つめながら名残惜しそうに続けた。

「私だけは情報部に入った段階で、私自身が発信機として登録されています。一応、生体反応の有無を判別するバイタルサインなのですが、設定をいじって生死に関わらず位置を発信するように指定してきました。オオワシに発信機一式を括りつけて、私もオオワシに運んでもらいます。そしてライネンテ各所を転々とすれば、私がお嬢様と一緒に空路で逃げていると偽装する事ができます」

「ま、待って頂戴……そしたら貴女の身体は……」

 サユキが戸惑った表情を浮かべるのを見てアレンダは、自然とはにかんだ。死にゆく者の見せる表情ではない。それが余計に見守る2人の悲壮感を誘った。

「あはは……私は所詮、ここで死んでしまう運命にあります。未練がないと言えば嘘になりますが、最期まで主であるラルディン様、そしてお嬢様にお仕えできたことはとても幸せでした。もし私の両親に合う機会があったら、娘は武士として立派に死んでいったと伝えて下さい……さぁ、いきますよ……」

 アレンダは最後の力を振り絞って残った手で指笛を吹いた。するとどこに隠れていたのか、紅いオオワシが浜に姿を現した。チョンチョンと跳ねながらアレンダのそばまで来た。

 サユキは彼女を浜に寝かせてから、指示通りに発信機であるタリスマンを袋に入れ、オオワシの鉤爪に結びつけた。一段落すると仰向けに寝たアレンダをサユキとレイシーは覗きこんだ。

「これで……大丈夫です……これで、お嬢様たちを無事に逃がすことが出来ます。ああ、それと、客船では無礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。何卒お許し下さい……。追手の乗っていたロブローンデ号は乗員全てを巻き込んで大破したのを海上から確認しました。パルフィーは……暴風に飲まれて死にました」

 思わずサユキは開いている方の手を自分の口に手を当てて目線をそらした。レイシーはそれを聞いて思わず口をポカーンと開けたまま立ち尽くした。

「お嬢様、サユキ様……そんな顔をなさらないでください。そういえば……いつかのスプリング・フォーチュン・クラウンの花冠のご利益……ありましたね。私は何とか死ぬ前に嬢様方に再会できましたし……お嬢様はご無事に逃げのびる事ができるじゃないですか……。あぁ、なんだか安心したら眠くなってきました……。パルフィー……私も、今いくからね……」

 アレンダはそう言い終えるとパタリと喋るのをやめた。2人が彼女の顔を覗き込むと彼女は薄目を開けたまま、軽く微笑むような安らかな表情で絶命していた。

 サユキはそれを確認するとしゃがみ込み、掌を彼女の額に優しく当てて彼女の目を閉じさせた。口に残った吐血を拭き取り、彼女の顔を綺麗な状態に整えた。

 死人とは思えない美しい顔をしているが、体中から血が抜けきって、肌の色は真っ青だった。

 そしてどこからか巾着袋を取り出し、大きめの糸切りバサミを取り出すとアレンダの暗い紫色の髪の毛を一束切り取り、まとめると懐へとしまった。

 最後に彼女が水着とポーチ以外に唯一身につけていた紐のついた小さな木製の笛を彼女の首から外して、それも巾着にしまった。彼女の息が無くなったのを確認すると紅いオオワシが押しかけるようにこちらに近づいてきた。

 2人は思わずオオワシと距離をとった。アするとオオワシは彼女の亡骸を鷲掴みにして、その場で羽ばたき始めた。すぐさま飛び立ってアレンダを連れたまま空の彼方へ消えていった。

 気づくと水鳥が2人の前に立った。彼も命令を受けていたのか、砂浜に残った彼女の血痕を脚で掻き、砂ごと海に流して隠滅していた。そして、それが済むと大海へと泳ぎだし水平線の向こうへ消えていった。

 サユキとレイシーは何も言わずにオオワシの飛んでいった空の方を見つめていた。

 砂を打つ音がしてサユキは我に返った。振り向くとレイシーが片手にペンダントを握ったまま砂浜に膝を付いて力なく俯いていた。

 アレンダの様子にあまりに強烈なショックを受けたからか、レイシーはアレンダの最期になるかもしれないというのにほとんど言葉を交わさなかった。いや、交わせなかったのかもしれない。そんな彼女がポツリと言った。

「お父様も……、クラリアも……、アレンダも……そしてパルフィーも、皆、死んでしまった……。もう、生きる意味なんて……。なんで、なんで私は生きているの……? 私も、私も死んでしまえばよかったのに……」

 サユキはその一言を聞くとつかつかと歩いて茫然自失としたレイシーの前に立った。そして手を振り上げた。

「せぇっ!!」

 彼女は躊躇する事なく、手加減無しの平手打ちをレイシーの頬に叩き込んだ。それをくらった彼女は反動で吹っ飛び、音を立てて砂浜を滑った。彼女のまとめた髪がほどけて真紅の髪が美しくなびいた。

 少しして、彼女はぼんやりとしたまま半身を起こして自分の頬をさすった。口の中を歯で軽く切ったようで、血が一滴垂れた。

「痛ったい……」

「……わかりますか。もうラルディン様も、クラリア様も、アレンダもパルフィーも、もう痛みさえ感じることが出来なくなってしまったのですよ? 体と心の痛みを受け止める責務が私達、生き残った者にはあります。それから逃げてしまったら……逃げてしまったら彼女らに合わす顔がないじゃないですか!!」

 レイシーは思わずサユキを睨みつけるつもりで彼女の方を向いたが、驚きのあまり大きく目を見開いた。サユキはポロポロと涙をこぼして泣いていたのだ。

 こんな光景はいまだかつて見たことがない。自分だけが辛く、悲しい想いをしているわけではない。彼女もまた、悲しみ、苦しんでいるのだとレイシーは痛感した。

 サユキはすぐに袖で涙を拭いながら肩を揺らしながらしばらく背を向けていた。

 レイシーは自分の異変に気づいた。サユキと同じく悲しくて、悲しくて、心が張り裂けそうで今にも泣き叫びたいのに不思議と涙が出なかった。

 さっきまで泣いていたような気もするのだが、もうよくわからない。自分の事なのにもかかわらず、もはや何もかもがわからなくなってしまった。そんな絶望に打ちひしがれる彼女に頭上から声がかかった。

「さぁ、お嬢様、立つんです。私達はこんなところで終わるわけにはいかないのです」

 少しして、サユキはそう言いながら砂浜に座り込んだままのレイシーに手を伸ばした。その表情はいつもと同じ、優しい顔をしていた。

 だが、そこからは内に秘めた強い意志を感じ取ることができた。レイシーには今は何も言うことも、考えることも出来なかったが、すがるように彼女の手をとった。

 そして2人は林の中に姿を消した。翌日の新聞、ライネンテ・タイムズは一面にウルラディール家のお家騒動の話題を取り上げた。国外の出来事としては異例の扱いである。

そしてその記事には”ウルラディール家の権力にしがみつき、ヴァッセの宝剣を盗んだ極悪人”としてレイシー、サユキ、パルフィー、アレンダの氏名と似顔絵が描かれていた。

 それ以降、彼女たちは賞金首として世界中に指名手配されることとなった。

―――「師匠せんせい、今朝の新聞です。これについてどう思います? ウルラディールって言ったらノットラント東部で最も権力も実力もある名家ですよね?」

「ん~何々……? ウルラディールお家騒動……実は今まで当主を務めてきたラルディン氏は後継者の権利を独占するため、地下牢に実の兄であるガイアス氏を監禁していたことが判明。更に、ガイアス氏の証言によれば先代のマーシアス氏は家の権力を欲するラルディン氏によって毒殺されたとの事。ガイアス氏はそれらの罪を糾弾し、間もなくラルディン氏を誅殺した……と。ふむふむ。で?」

「で? って……いくら何でも断罪するのが急すぎませんか? 今まで長いこと安定していた武家ですし、どうも気にかかるんですが……」

「いやぁ~、武家なんてどこも権利関係で似たような揉め事や裏事情を抱えてるもんさ。たまたま今回、お家騒動が合ったのが東部のトップだっただけだからこんな大騒動になってるわけで。きっと報道されないところではもっと陰湿でエグいやりとりがあるでしょ。気にするだけ時間の無駄だよ」

「はぁ……。そういうものなんですか……。それにしてもこの次期当主のレイシ……レイシェルハウト?って娘、まだ13歳なんですね。私よりも年下かぁ。それなのに、賞金首にされて世界中から追われてしまうんですね」

「なんだい? やけに同情的じゃない。君に言わせれば”あらぬ罪を着せられて逃避行するお姫様”ってとこなのかな?」

「もう、からかわないでくださいよ。気にするだけ無駄って言ったの師匠せんせいじゃないですか」

「ん~、あ~、そうだっけ? ま、いいや。そういえばまだ朝食食べてなかったな……。そういうわけで新聞でも読んでちょっと待っててよ。んじゃ」

「はぁ…………。…………でも案外、本当に無実だったりなんかして……まさかね」
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