幕間・Tomorrow in the snowy
ある晴れた日の午後、僕とシャナは二人並んで、いつかに来た公園のベンチに座っていた。
いつかと同じ理由、メロンパン巡りの長い食べ歩き。
けれど、僕は最初の数店で早くもその味に飽きてしまい、疲れていて……。
いつかと同じように、メロンパンを片手にした少女の妙に偉ぶった講釈を聞くところまで同じにしなくてもとは思うんだけど。
色を秋に忘れてきた寂しい木々を揺らし、頬を撫でる北風に小さく身を竦めながらそんな恨みごとを言えば、
「うるさい!集中出来ないでしょ」
と、いつかと同じように叱られた。
適当な謝罪をしつつ、羽織った黒のコートのポケットに腕をつっこみ、暖を求めるけど、正直効果は薄い。
空の向こうまで広がっていた青空は徐々に灰色に侵されていて、それも含めて冬を感じさせられる。
「手袋、してくればよかったかな」
ベンチの硬質な感触を背中に感じつつ、そんなことをぽつりと呟けばジーンズの膝に可愛らしいデザインの手袋が置かれた。
「つけたままじゃ食べられない。預かってて」
聞いてもいないのに喋る仕種がなんとなくおかしくて、僕は小さく笑った。
もちろん睨まれたけど、そこはちゃんとお礼を言いながら誤魔化す。
「ありがとう、じゃあ預かってるよ」
そう言いつつ、まだ彼女の温もりが残っている手袋に手を通しそれを冷えきった頬に宛てた。
毛糸の冷たさに一瞬、鳥肌が立つ。その後にすぐ、二人分の温もりが肌を暖めてくれた。
その様子に満足したのか、ジーンズに白のコートとという色違いのお揃いのシャナは少しだけ口の端を緩め、メロンパンを口に運んで、もっと至福そうな顔をする。
「ねぇ、夏に回った店を一周したけど……意味あるのかな?」
僕はあてがわれた温もりに内心で感謝し、コートの襟に顎を埋めながら疑問に思っていた事を聞くけど、シャナは呆れた溜め息を返してこちらに向き直る。
その小柄な顔の中、磨き上げた黒曜石の瞳は講釈する楽しさに小さく輝いていて、僕のしまったという顔を寸分の違いなく反射している。
「あれから五か月も時間が経った、職人の鍛練を見極めて今後の展望の参考にする。それに、季節によって温度差から食感に微妙な差が生まれるからそれの確認」
「鍛練……?素直に腕が上がったって言えば───」
「話を逸らさないで」
地球最強(紅世にもいるかもしれないから)のメロンパン愛好者に質問した自分を後悔したけど、手持ちぶさたになっていた僕はそのまま続けた。
実を言えばこういった会話の節々にも色々とシャナの考え方がわかるから、楽しんでたりする。
ただ、それを直接伝えるのはさすがに気恥ずかしいので、僕は出来る限り普通を気取って頷く。
「わかった、前半についてはまだわかるよ。ようするに今後、更においしくなりそうな店をピックアップするってことだろ。後半は、季節によって違う味が楽しみたいってこと?」
はあてがわれた温もりに内心で感謝し、コートの襟に顎を埋めながら疑問に思っていた事を聞くけど、シャナは呆れた溜め息を返してこちらに向き直る。
その小柄な顔の中、磨き上げた黒曜石の瞳は講釈する楽しさに小さく輝いていて、僕のしまったという顔を寸分の違いなく反射している。
「あれから五か月も時間が経った、職人の鍛練を見極めて今後の展望の参考にする。それに、季節によって温度差から食感に微妙な差が生まれるからそれの確認」
「鍛練……?素直に腕が上がったって言えば───」
「話を逸らさないで」
地球最強(紅世にもいるかもしれないから)のメロンパン愛好者に質問した自分を後悔したけど、手持ちぶさたになっていた僕はそのまま続けた。
実を言えばこういった会話の節々にも色々とシャナの考え方がわかるから、楽しんでたりする。
ただ、それを直接伝えるのはさすがに気恥ずかしいので、僕は出来る限り普通を気取って頷く。
「わかった、前半についてはまだわかるよ。ようするに今後、更においしくなりそうな店をピックアップするってことだろ。後半は、季節によって違う味が楽しみたいってこと?」
一瞬だけ考えて答えれば、シャナはそれにも満たない間で首を振った。
「半分正解」
「半分?」
こくりと頷くシャナ。
「前半は正解。後半は真逆。確かに味が変わるのは魅力の一つ、だけどそれは店を変えれば良いだけの話。消費者が求める味を決まった時に出せないのは二流以下。一流は常に求められる味を昇華する店」
「なるほど……つまり、食べたい味を食べたい時に出してくれないのはダメで、それをキープしつつもおいしくなる努力をする店が良いんだ?」
「そう」
醤油をかけたらソースでしたってことかな。
そんな例えは言える訳もなく、僕は他の疑問をぶつけた。
「でも、それには全ての店の特徴と味を覚えていなきゃできない。シャナは覚えてるの?」
「当然でしょ、信じないなら説明する。まずは──」
ダメだ、この様子じゃ本当に記憶している。僕は慌ててそれを遮る。
「いや……遠慮しとく」
「だったら聞かないで」
ごめん…と、なんとなく尻すぼみな声を出せば、断続的にパンが千切れる音が公園を支配した。
お情け程度に残っていた枯れ葉が枝から北風にさらわれ、明後日の方向へととんでいく。
いつしか空はどんよりとした雲がはびこっていた。
当然って言ったけど、普通は無理だろ?まぁ、普通じゃないけどさ。
「帰る」
いつの間にか食べ終わっていたらしいシャナがベンチから立上がり公園の出口に足速に向かえば、慌てて僕も後を追った。
出口の車避けを跨ぎながら、ふと公園を振り返る。
キィキィ錆びた音をたてるブランコ。
ところどころ色の剥げた滑り台。
鋭い葉を茂らせる針葉樹。
恐らくまだ温かいはずのベンチ。
誰もいない清閑な園内には不可侵の寂しさが蔓延していて、少しだけ僕も切なくなった。
感慨に浸っている間に、小さくなっていたシャナの背中を小走りで追いかける。
「待ってくれたっていいじゃないか」
本当にマイペースだな。今に始まった事じゃないし、シャナだけじゃないけどね。
「どうかした?」
「ううん、別に」
「そう」
表情に出ていたらしく、怪訝そうな顔で見上げるシャナに首を振ると、信じたのかそれきりになった。
沈黙のまま、住宅街の建ち並ぶ帰路を歩く僕とシャナ。
誰も見掛けない、今は二人だけの空間。
まさか、君たちのマイペースさに呆れてましたとは言えない(言ったら死ぬ)ので、言い訳がましく手袋を外すと手渡す。
「はい、ありがとう」
「いい、悠二のが寒そうだから」
そう言われても、シャナだって鼻先が赤いじゃないか。我慢しないで、そう言おうとした時、懐かしい記憶が蘇った。
あれは、確か小学生の時、母さんに手袋を貸して僕が我慢するって言ったら……母さんなんて言ったっけ。確か──。
「じゃあ、半分こしようか」
「え?」
そうだ、こう言って──。
言葉の意味が分からなかったのか、足を止めたシャナの左手を掴まえる。
「ほら、こんなに冷たいじゃないか」
手袋を外したばかりの手で触れたシャナの手のひらは氷のように冷えきっていて、僕の中の罪悪感を広げる。
それと同時に、これからすること光景が浮かんで、僕はたまらずに少しだけ顔を綻ばせる。
「………変な悠二」
言われなくてもわかってる。わかってるから。
微苦笑しながら彼女の左手に手袋をはめると、反対のを差し出す彼女の前で自分の右手に手袋をはめた。
「半分こってそういうこと?」
少しだけ笑ったシャナに肩を竦めると、素肌のままの左手で、同じく素肌のままの彼女の右手を強く握った。
幾千もの戦いを駆けてきた、女の子らしい小さく柔らかい手を、握った。
ぎょっとしたように肩を跳ねさせるシャナに、僕は極力、真面目な顔をして……
「これが一番合理的だろ」
「……うん。……変な悠二」
シャナがおずおずといった感じで僕の手を握り返してくると、僕たちは再び歩き出した。
恥ずかしさに消えてしまいそうになる自分を必死に堪えながら、何とかシャナを横目で確認すれば、微かに頬を朱色にしながら嬉しそうに笑う少女がそこにいた。
そんな顔を見ていたら、不思議と恥ずかしさは消えて、代わりに口許が緩くなる。
それを誤魔化すために空を仰げば、いつの間にか僅かに残っていた青空はなりを潜め、雪が詰まってそうな曇り空が広がっている。
きっと明日は、降るだろうな。
明日、また出かけようか。
メロンパンは遠慮したいけど、それ以外ならなんでもいい。
わざと手袋を忘れてみたりして、仕方なく手を繋いで。
怒るかな?
クリスマス前のほんの小さな休憩時間に、明日の為に雪が詰まった空を見上げながら、僕はそんなことを考えていた。
手袋を付けた右手よりも、繋いだ左手が不思議と温かかった帰り道の間に、どう明日の予定を切り出すか───
シャナ、君は雪が好きかい?
side story Fin
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