〜灼眼のシャナ〜外伝<バベルの塔>(5/14)縦書き表示RDF


長いので前後編に分けて書きます(苦笑)
〜灼眼のシャナ〜外伝<バベルの塔>
作:アテナ



第四話【初陣・蒼き剣のフレイムヘイズ前編】




「生きるんだ……生きたい…」

ガルデアの甲板に、半身の体勢で前を見据えるのはシリウス。

アレクサンドリア周辺の船乗りの間ではよく見掛けるつなぎを身に纏い、青い瞳を輝かせ、燃える様な色彩の髪を持つ一人の青年。

元来なら凡庸で、ゆるやかに流れていくはずだった彼の世界は、僅か一時間たらずで大きく歪んでしまった。
それは後戻りを(ゆる)されぬ、果て無き修羅道への一歩でもあるが、シリウスには知る由もない。

恋人との婚礼を迎える為に大きな航海に参加し、浮ついた心境を先輩にたしなめられ、苦笑を零したのも束の間。

鮮血の水面、燃え盛る雲海が広がる空。
大陸の陰影も見えず、何処かもわからない空間に、彼らの船ガルデアは孤立していた。
この不可思議かつ異常な事態に追い討ちを掛けるよう、現れた白面白体長首長腕の人魚を体する怪物。
その襲撃に逃げ惑い、追い詰められた瞬間、ラフィールと名乗る“紅世”から来た女性(といっても声だけだが)と契約を結び、訳も判らぬままに剣を握っている。

この異常と言う言葉すら霞む状況の答えを探す様に、シリウスは両手に持つ剣と鞘に視線を落とす。

鮮やかな獅子の金細工が全体にほどこされた鋼の鞘。
にわかには両手持ちだとは信じられぬ細さの蒼晶剣。

その二つを合わせてラフィールだというのだから、シリウスの始末には終えない。
水晶の刃には、鮮やかな橙の髪の間から青い瞳を細める自身の顔が反射している。

緩慢な動きで顔を上げ、瞳に飛び込むのは、仲間を火の粉にし、喰らった怪物。
揺れる首から生える頭に顔はなく、薄く青い歯が立ち並ぶ口のみであり、その奥には喉などはなく闇が広がっている。
半ば自失していれば、蒼剣からラフィールが語る。

悪食(あくじき)……まさか最初の討滅が貴方とはね…」

おそらくは怪物に向けた言葉なのだろうが、シリウスにはラフィールが怪物の名前を知っている事に目を剥き、ハッと剣を見る。
だが、それを問い質す間もなく、シリウスは息を飲んだ。怪物が巨大な右腕を振り上げ、シリウスを握り潰さんと掴みかかってきたのだ。

「跳びなさい!」

「…………っ!」

ラフィールの声に気圧され、跳躍する。白い指が甲板を抉るのを見下ろしながら、ふとシリウスは自分が数メートルもの高さを跳んでいる事に気付き、焦る。

「………な!?」

「大丈夫よ、異常ではないわ。貴方はフレイムヘイズ…人間ではないのだから」





“フレイムヘイズ”





先程も聞いた言葉だが、それを素直に受け止める事など到底出来ずに、シリウスは何も判らぬ己への苛立ちから左手に持つ柄を強く握る。

抉られた甲板とは別の位置に苦も無く着地すれば剣を胸元に引き寄せる。

「意味が判らない! 紅世って!? あの怪物は!? 貴女は誰で、フレイムヘイズって何なんだ!?」

コバルトブルーの瞳に怒気を滲ませ、彼らしからぬ激しい声で一気にまくし立てれば、ばつが悪そうにシリウスは瞳を伏せる。

(何も叫ぶ事はないじゃないか………くそ…混乱してるんだ…)

そんなシリウスの心情を知ってか、蒼剣のラフィールは別段気を悪くした風でもなく、一つ一つ答えていく。

「紅世とはこの世界の隣りにある、私達が住む世界。貴方の言葉で言えば、異世界。あれは紅世からやってきた住人“徒”。私は紅世の王“魂沌の枷”ラフィール、フレイムヘイズとは紅世の王との契約により、王と一つになった存在。その意義は、世界に仇なす“徒”を討滅すること」

簡潔明瞭に語られても、シリウスは半分も理解出来なかった。
わかった事は二つ。

自分が契約を介し、フレイムヘイズと呼ばれる人間(厳密には人間ではないがシリウスはそう考えた)になってしまった事。
フレイムヘイズとして、当初の予想の通り、悪食と呼ばれたあの怪物と戦わねばならないという事。

生きる…その決意と焦燥にかられ、シリウスは剣より言葉を仰ぐ。

「ラフィール……さん。あの……ともがら?えっと、悪食って…名前何なのかな?」

「ラフィールでいいわ。紅世の徒“膨喉の櫃”ガラジャ。悪食は、あざな」

不気味に手をしならせ、再度握り潰さんとする腕が迫るが、シリウスは超人的な反応速度と身体能力をもって(必死に、だが)これを躱した。

「悪食って?」

伸ばされた腕に飛び乗り、意外にも固いその皮膚を駆け上がりながら、シリウスは聞く。

「文字の通りよ。存在の力があれば見境無しに喰らう、下劣な“徒”。何人もの“徒”を喰らいながらも、まだ満足していないようね」

はっきりとした侮蔑を含んだ返答に、シリウスは彼女が怒っているのだと理解する。王としての崇高さと大意を抱くラフィールにはガラジャは愚劣…よしんば認めるとしても憎んでいた。

「シリウス、彼を倒しなさい。今の貴方なら大丈夫、私が導くわ。言う通りに……」

確かに今のシリウスは人間を超越した存在(フレイムヘイズ)。全ての感覚が研ぎ澄まされ、四肢は羽根の様に軽い。事実、シリウスの足は人間ならば世界一の駿足(フレイムヘイズとしては三流以下だが)になっていた。

シリウスはガラジャの腕を蹴り、立ち並ぶマストの支柱の天辺に着地し、下を見やる。
ガラジャをこうして高みから見下ろす事で、改めてその巨体さに呆れた声をラフィールは上げた。
実際、シリウスにしてもこれには同意するしかない。

下半身……魚の部分だけで既にガルデアよりも大きい。おびれを動かすことしかできないらしく、ほとんど動いていない。
手と首に関しては長すぎ、本来の機能性をかえってそこなっていた。
これが、無秩序に喰らい、存在の力を増やし続けてきた結果だとすれば、まさしく死者の呪いだった。

(本当の……悪食だ…)

シリウスは心中でそう吐き捨て、青眼で下方の怪物を見据える。
常軌を外れ、人を殺した怪物を目の当たりにしても、もはやシリウスは動じない。
それどころか、高い昂揚の中に居た。
血が沸き、力に溢れ、怪物と一戦を交えようとしている自分を、子どもの頃に夢見た、おとぎ話や、伝説に登場した英雄になったかのように錯覚し、不遜かつ傲慢な態度をもって対峙している。
ラフィールにしても、怯えや恐怖に震える者よりも、これくらいの気概があった方がいいと考えて、敢えて諌めなかった。
絶対的に殺し合いの経験は足りず、技術も才気もまだ開花していないならば、力任せに暴れるしかなく、ラフィールは慎重に言葉を選び、シリウスを促す。

「…この剣と鞘には名前があるわ。まずは覚えなさい……存在を知る事で、貴方の力になってくれるから」

シリウスは青眼に怪物を映したまま、力強く頷くと、中世のキリスト軍が祈る様にした様にシリウスもまた、左手の蒼剣を胸の前に掲げ、鞘を腰に当て、瞳を伏せる。

「剣の名前は、カラドボルグ。鞘の名前は、カラドボルゴ。それが貴方を守り、敵を討つ力」
カラドボルグ………とシリウスは口の中で呟く。
ラフィールの言った通り、存在を認識するだけで、蒼晶剣は手に吸い付くように、鞘は重みを増した。

「今の貴方は……討滅者フレイムヘイズ。いきなさい、貴方の戦へ」

「はい!」

シリウスはカラドボルグの柄を握り締め、足に力を込めた。

『後編へ』


閲覧ありがとうございました+感想を頂いた方々も含めてお礼を申し上げます。











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