〜灼眼のシャナ〜外伝<バベルの塔>(4/14)縦書き表示RDF


修学旅行、期末考査とおおわらわです(苦笑)少しずつ書きますね+
〜灼眼のシャナ〜外伝<バベルの塔>
作:アテナ



第三話【契約】




燃えるような黄昏色の髪が汗で額にへばりつく。その隙間から覗くのはコバルトブルーの瞳。
つなぎの下に着込んだシャツは既に大量の汗を吸い不快感を煽る。だが、その事に意識を割く余裕はシリウスにはない。

紅蓮の世界。血の水面に浮かび獄炎の雲海に照らされている帆船ガルデア。

この不可思議な世界に漂流してなお、シリウスに悪夢が襲いかかる。
頭上の炎、そこから墜ちてきた化け物。子宮から産まれるが如く空から赤の大海へ沈み、水柱と共に甲板へとのし上がってきた。

長腕長首白面白体の人魚。字の通り不自然な程長い手と首を持ち、白亜の巨体を持つ怪物。

極め付けは顔のない頭部。青い歯が並び、食道の代わりに果てしない闇が広がる口。
吸い込まれれば未来永劫の死を約束された地獄門。


そんな怪物が、ガルデアの甲板を軋ませ、船長を始めとする何人かのクルーを巨大な手で押し潰して、それを支点に白亜の上半身を持ち上げる。

その背後では同じ白亜の尾鰭が海面を漂い、時折小さな水飛沫を上げている。





先刻同様、異形たるそれが上げた咆哮にシリウスは尻餅を付き、無様にも後退る。

眼前、見上げる首の先にあるの顔。
青白い歯が立ち並ぶだけのその顔はどこか人間臭く、それゆえに一層の生理的な恐怖を醸し出す。
シリウスは頬についた同僚の血肉をつなぎの袖で拭い、極力足元(おそらくはミンチ状の肉片がある)を見ずに、放心状態のブロムの腕を引く。

ビクッ、とブロムの腕が跳ね視線がぶつかった。

「あ……う……」

「ブロムさん……今は大丈夫ですから……」

意味を伴なわない唸りを続ける先輩の口を塞ぎ、シリウスはちらりと化け物を確認する。涎とも粘液ともつかない何かが糸を引く口は時折閉開を繰り返すのみで、特に動きはない。

シリウスがブロムを引きながら甲板を移動した瞬間、それにつられた何人かのクルーにざわめきが走り方々に散らばる。

シリウスは自身の軽率さを後悔しつつ、流れに合わせて化け物から遠ざかった。

その騒ぎに触発されたのか、当の怪物は首を蛇の様にしならせ、手近なクルーを捕食する。食いちぎられたかと見えたクルーは火の粉と化し、吸い込まれていった。

「え?」

「……消えて…」


呆気に取られるクルーに構わず怪物は首を自由に動かし、一人、また一人と火の粉に変え、飲み込んでいった。狂気に駆られたクルーは仲間を突き飛ばし我先へと甲板の端に集まるが、既に逃げ場はない。
左右は手に塞がれ、前は口、背後には得体のしれない海。

時は彼らに、神に祈る間も与えない。無情にも怪物は大口を開け、再三迫る。


──こんな所で……死ぬのか?彼女が待っているのに………嫌だ……死にたくない……っ…

青白い歯の奥に広がる常闇。今まさに、飲み込まれんとしたその瞬間。

シリウスの胸、いや、シリウス自身に声が響く。



《貴方に問う、生きたいか?》

「……え?」


訳も判らず、状況には不似合いな、間の抜けた声を上げてしまった。狼狽するシリウスに構わず、もう一度。


《貴方に問う。生きたいか?》

女性、それも妙齢の女性の声が胸に。
自分は気が狂ってしまったのだろうか?この後に及んでも、それは異常過ぎた。
左右を見ても、誰もかれもが化け物を凝視しているだけである。

(俺に……言っているのか?)

《貴方に問う! 生きたいか!?》

思わず耳を塞ぎそうになるくらいに鮮明な叫びに、シリウスは怯んだ。怯んで、眼前の闇を覗く。

動悸がおかしい、息が弾む。何かに心臓を鷲掴みにされたように呼吸が苦しい。

(………い…生きたい…)

胸中の声に願い、つなぎの胸元をキツく握り締める。額からの汗が甲板に落ち、弾けた。


《貴方に問う。全てを対価に、自分を対価にすることをいとわないか?それでもなお、生きたいか?》

「生きたいッ!」

思わずがなり、叫ぶ。ブロムも離れた位置にいるクルーが驚きに悲鳴を上げ、シリウスをハッと見る。
怪物ですら不審がっているのか、口を一度閉じた。


《ならば呼びなさい、私を、私の名前を…。それが繋がり、契約になる。私が守って見せる。私の名前は────》

「“ラフィール”!」


ボッ、


叫ぶが速いか、シリウスの足元から火柱が立つ。熱を伴なわない火炎はブロムやクルーを弾き飛ばし、怪物に伸びる。
火柱が怪物の額を捉えた刹那、良くしなる首を限界まで逸らし、怪物は赤い海へと背中から落ち、大きな波を起こす。
爆散することなくシリウスに纏わりつく炎は、藍。
飴細工の様に透き通る、コバルトブルー。
黄昏の髪を持つシリウスの瞳同様、鮮やかな青だった。



その燃え盛る火柱に捕われたシリウスは、炎による痛みとは別の苦しみを味わっていた。

自身の中身、そんな何かが急速に燃え尽くされ、がらんどうになった器に新たな、爆発的に強大な力が流れ込んでくる。

「……あ……あ…」

痛みはない、熱もない。
神聖かつ厳かに契約は進んでいくにも関わらず、シリウスはもがく。

“自分ではない何か”に身体が浸食されていく恐怖、不快感に耐え切れず、無様にも手足を駆使して火柱から抜けようとしていた。

シリウスには自分を消すだけの覚悟も決意も持ち合わせていない。
生きたいという根源的な欲求のみの契約に伴なう対価をシリウスは拒否していた。

「おやめなさい、見苦しいわ」

シリウスの中に、凛冽そのものの声が響く。
彼女の声が聞こえた事で、シリウスはハッと我に帰る。

「これ…何?なんなんだよ!」

「見てわからないのかしら?私が貴方の“存在の力”を食し、代わりに私の“存在の力”を満たそうとしているの」
狂乱するシリウスに、彼女ラフィールはあくまでも沈静な対応を続ける。

「存在の……力?」

「そう。この世界にある全てを構成する、最も強い力。今はその力を操る方法を貴方に教える……さぁ、望みなさい……“神器”を。貴方を守る道具を」

ラフィール(というらしい)の言う事は何もわからない、わかろうとする気持ちすら湧かない。ただ一つ言える事は、希望の光が見えたらしい…それだけだった。
何もわからないなら、そのままで構わない、聞かれた問いのみを気にすればいい。

「……………剣…剣が欲しい…」

自らを守るには戦う他に道はない。だからシリウスは剣を望んだ。戦う力を得る為に。

「……それが貴方の望みなら。私は貴方の剣になるわ。さぁ、戦いなさい…“フレイムヘイズ”」

「…フレイム…ヘイズ?………うわ!?」


火柱から身体が甲板に投げ出される。シリウスは咄嗟に受け身を取り膝立ちになった。グレーのつなぎも、黄昏色の髪も、何一つ、焦げてすらいない。身体に異常がないかを確かめながら立ち上がった次の瞬間、天を衝く火柱が細く、激しく収束し、シリウスの右手に飛んでいく。
思わず右手を前に突き出す形で迫り来る藍色の炎を受け止めれば、炎は長方形に広がり、ゆっくりとその姿を変えていった。
シリウスはそれを凝視し続け、やがて強く握りしめた。
炎が四方に飛び散り、消える。手に残った硬質の感触。

シリウスの右手に残った物、それは細身の鞘に納まった、質素な西洋剣。

鋼で出来た鞘の先端には金細工で出来た獅子が縁取られ、そこから伸びる直線が柄の宝玉へと繋がる。柄は細身の鞘に似合う、簡易な作りで、十字架のように両端が四角。柄の握りは意外にも両手剣らしく、拳三つ分程もあり惜しみなく赤い皮が巻かれている。
柄尻は丸く、中央に赤い水晶が埋め込まれていた。淡い光沢を放つそれをシリウスはまじまじと見つめると、左手を柄に沿えてスッと刃を抜き払う。
現れた刀身は、やはりと言うべきか鞘に見合う細さで、やや頼りない。だが、それらの要因を吹き飛ばすが如く、刀身にシリウスは魅入っている。
刃の色は、藍色。それも水晶のように透き通っており、刀身の向こう、僅かに甲板が見て取れた。

「戦いなさい、フレイムヘイズ」

「……………ラフィール?」

刃より声が聞こえる。
神器、ラフィールが具現化した姿。戦う為の剣。
シリウスが望んだ剣だ。


疑問符を浮かべる暇なく、海面が割れ白亜の人魚を表した化け物が再び甲板に現れる。

シリウスはラフィール(剣)の柄を握り締め、怪物を見据えた。

生きたければ、勝つしかない。
絶望的でも、だ。


いよいよフレイムヘイズが誕生しましたが、契約の仕方は本誌を参考にしています(苦笑)











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