第八話【サハラの恋人】
五〇〇年前
十四世紀初頭、この頃の世界では世界各地て文明的、または改革的な変化に溢れていた。
極東の島国では足利高氏(後の尊氏)の名を持つ武将が反旗を翻し、ヨーロッパがルネサンスの芸術進歩と百年戦争の動乱の渦中にあり、英国では艦隊が形成されている最中にあっても、世界のどこかではフレイムヘイズと紅世の徒との熾烈な戦いが繰り広げられていた。
組織的ないくつかの“徒”の軍勢に気圧されつつも、フレイムヘイズ達は各自に世界を飛び回り、世界の安寧を確保すべく命を賭している。
元より数で勝る“徒”に対して、フレイムヘイズには修業の必要があり、幾年幾月の琢磨を経て屈強な戦士となる。
その為に必然的にフレイムヘイズも徒党を組む必要があり、複数の大組織の形成へと繋がっていくのが必然であった。
だがこの時、組織同士の戦へと昇華していく両者を余所に、二人の“徒”がこの世界へと紅世からやってきた。
時刻は夜、アフリカ大陸中央部に広がるサハラ砂漠。その広大な面積を誇る砂丘の山の影に点在するオアシスに、それは降り立った。
蛇の身体に蝙蝠の翼を持ち、双頭の鷲の頭を持つ異形の“徒”。
南米に生息するアナコンダと呼ばれる大蛇に似た、血の様な血の様な鱗に覆われた身体は十数メートルにもなり、さらに二股の首が伸びるとその先には、金色に輝き知的な瞳を持つ鷲の双頭があり、分かれた首の付け根には薄い皮膜が張られた翼が生えていた。
それを器用に折り畳み、首を擡げ草花を眺める様はどこか物々しく、神聖さを醸し出している。
それは古来よりエジプトに伝わってきた、死を司るオシリスの顕現を見立てているようにも感じられ、威圧を振り撒いていた。。
周囲の砂肌とはかけ離れ、狂ったように咲き乱れる花に囲まれ、泉の回りから天空を衝くように伸びるヤシの木。
幻想かつ流麗な景観の中に鎮座する燃える宝石のような双頭の蛇の姿は、泉面の光に瞬き、これ以上の美しさを望めない程に、圧巻だった。
彼が見上げる先、一片の雲もなく、数多の星々に囲まれ冷たい光を燦然と放つ月に一つの影が差し、やがてそれはローブを纏った人の形を為して大蛇の前に着地する。
新たな“徒”の足許草花が踏み倒され、大蛇がそれを咎めるように眺めつつ、右の鷲が口を開いた。
「遅かったな、ずいぶんと手間取ったようだが」
その咎めるまなざしに気付いたのか場所を退けば折れた花にローブに包まれた右手を翳す。すると花が自力で立上がり、まるで何もなかったように力強く屹立する。
「はい。思ったよりも時空の波が激しくて…」
フードから唯一現れている赤い唇から女性の声で謝罪が零れ、言い淀んだ。
大蛇は苦笑するように首を揺らして、再び夜空を見上げる。鷲の瞳が居抜く様に月を捕らえた。そして左の鷲が嘴を鳴らす。
「仕方あるまい。最近ますます制定者と同胞の戦いが熱を博している。世界そのものが歪んでおるのだ」
「そうね……由々しき事態だわ。でも、だからこそ`あなたが'来たんでしょう?」
「その通り、我がこの戦を止め…世界に安寧をもたらす契機となる」
フードの中の顔が頷く。
「はい。この身、ニーズヘグ様の御身と大願の為に」
「ふはは……よいよい。まるで“弔いの鐘”墮天使のような言い様ではないか」
ニーズヘグがさも愉快そうに笑うと、皮膜の張った翼を大きく広げ、女性を包み混むと顔を寄せてフードの中を覗き込む。抱かれた女性も、心なしか嬉しそうに竜の抱擁を受けている。そうして、ニーズヘグが嘴を鳴らし、愛の教示を打ちしたためれば、ローブから木の枝を張り合わせた様な両手が伸び、ニーズヘグを抱き締め返す。
「死なせはせぬよ、お前だけはな」
この出来事が五○○年前。
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