〜プロローグ〜
“現実” 今、我々が生き、存在する世界。総称を人間と呼ぶ存在が支配する世界。生まれ、笑い、泣き、愛し、傷つき、そして死んでゆく世界。
しかし、彼らの大半は知らない。
本来ならば存在しないはずの人ならざる者達が、自身の安寧を脅かしている事を。
そして、人ならざる者にまた、自らが守られている事を。
〜プロローグ〜
この“現実”の裏側。対面。
そこには、ある存在が有る。遥か昔、一人の詩人が彼らに名前を与えた。
“紅世の徒”
それが彼らの名前。
そして、彼らがいる世界、自らは“渦巻く伽藍”、詩人が呼んだ名は“紅世”。
“この世の歩いてゆけない隣”、そこでは現実の事象、概念は通じない。
まさに異世界。そんな世界に“徒”は跋扈し、互いを食らい合っていた。
存在そのものが入り乱れ、あるものは肥大化し、あるものは為す術もなく呑まれる。
食われぬ為に力を求め、力を得る為に“他の徒”を食らう。混沌とは呼べぬ純粋な世界。
やがて力を得た“徒”の中に、“王”と呼ばれる者が現れ始める。
奇々怪々、千差万別の容姿、特性を持つ“徒達”の中でも“王”は厖大な力を持って“紅世”に君臨していた。
その力の矛先を創造へと向けた一人の“紅世の王”の出現により、“紅世”は一変する。
その“王”が発明したものとは、“歩いてゆけない隣”、“現実”へと降臨する手段。
この手段は瞬く間に“紅世”の全域へと広がり、“紅世の王”、“紅世の徒”が挙って現実になだれこんできたのだ。
こちらに現れた彼らは、同胞の代わりに、人がこの現実に存在する為に必要な世界の力、“存在の力”を食らう事でこの世に顕現した。
この世の法則ではあり得ない、自らの存在を削り発動する不可思議の力“自在法”。自分の代用品として人間を使う事で彼らの、“紅世から解放された者達”はその不可思議な魔法を用いて抑制されていた欲望を叶え、空を駆け、地を砕き、人との繋がりを持ち、際限なく世界へと蔓延していった。
しかし、彼らの饗宴はすぐに悪夢へと変わる。
“存在の力”を食われた人間は“最初からいなかった者”として、周囲に認識される。
食われた人間を通して形成されていた周囲の世界は欠落し、見逃し難い歪みを生み出していく。だが、禁断の果実の味を知った、求めていた“徒”にはもはや制動は叶わない。
世界の歪みは数多の矛盾を呼び寄せ、その糧となり世界という器が崩壊していったのだ。
その影響は“紅世”にも及び、両世界は消滅の危険に陥ってしまった。
暴走する“徒”と“王”。
崩れていく両世界。
世界の危機と、再三の制止を無視した彼らに一部の“紅世の王達”は苦渋の決断を下す。
決断とはすなわち、強大な“王”の力を持って暴走する同胞を駆逐するという、仲間殺しの英断。
だが、それには一つの障害がある。
元来ならこの世に存在しえない“紅世”の者達は、この世界に顕現しているだけで自らの“存在の力”を消費してしまう。強大な王であればあるほど、そのリスクは大きかった。
そして、彼ら“紅世の王”は人間に目をつけた。
“徒”や発生した歪みに巻き込まれ食われ、肉親、伴侶、生き甲斐をなくし復讐に激昂する人間達。
悲しみと憎悪の紅蓮を燃やす非力な彼らに“紅世の王”らは歩み寄った。
人間と“紅世の王”、利害と心情の一致。
人間は望んで身体を明け渡し、復讐の笑みを浮かべて力を求めたのだ。
己の全存在を“紅世の王”の器として捧げ、強靭な肉体と異能の力を得た人間。
“紅世の王”の宿りし神器を御手に携え、彼らの同胞を滅する存在として生まれ変わった人間。
彼ら自らを称してこう呼ぶ。
討滅者“フレイムヘイズ”。
“徒”と“フレイムヘイズ”、両者の戦いは数百年にも及び、戦いの特異性に因り、いまだ決着の兆しは見えない。
そして、現在でも世界の有り方は技術という概念を除いては何も変わってはいなかった。
彼ら人間の大半は知らない。
本来ならば存在しないはずの人ならざる者達“紅世の魔物”が、自身の安寧を脅かしている事を。
そして、人ならざる者“フレイムヘイズ”にまた、自らが守られている事を。
物語は、一人の“紅世の王”が“この世の歩いてはゆけない隣”へと突き抜けた時から始まる。 |