可愛い後輩についての話。
※黒翼騎士団物語の第6弾です。
エラルカ・トリスタは、私ミラルダの可愛い後輩だ。
私は黒翼騎士団の四番隊の副隊長を務めている。そして私の後輩であったエラルカは、一言で言うなれば戦いに関して言えば天賦の才能を持っていたといえるだろう。私が長い時間をかけて副隊長に上り詰めたのと違って、エラルカは短時間で六番隊隊長なんてものになってしまった。
見た目は何処にでもいる村娘のように地味なのに、剣を持てばその印象は見事に覆される。本当に、凄い子だと思う。
剣を持って戦う姿は、まさに『剣姫』の名が相応しい。
六番隊の副隊長であるバルと結婚して、貴族となった今でも変わらないエラルカの事が私は好きだ。
そんなエラルカは、元々初恋の人に会いたいなんて夢見がちな思いから黒翼騎士団に入った子だった。
貴族であった初恋の人に自分から会いに行きたいなんて理由で、実力主義の黒翼騎士団に入団しただなんて、理由がかわいすぎる。エラルカがそんな可愛らしい理由で黒翼騎士団に入団できたのは、エラルカに戦いに関しての才能があったからだ。
私はエラルカの義妹であるウタにもあった事があるが、実際無理だろうと思ってウタは進めたらしい。ウタはエラルカがそういう夢を見ずに、現実を見た方がいいと思っていたらしい。でも現実では、エラルカは驚くほどの戦いの才能を持ち合わせており、その結果貴族と婚姻を結んでも問題がない地位まで上り詰めた。
私は当初、エラルカの初恋が実ってほしいと願い、エラルカの初恋の人を探した。貴族との交流があった私だからこそ、探してあげようと思った。エラルカは私にとって何処までも真っ直ぐで可愛い後輩だったから。
だけど、見つけたエラルカのロウは――ロウト=バレッドは正直こんなやつがエラルカの初恋の相手かとげんなりするような奴だった。それに見つけた時、やつは「エルナ」という少女と婚約していた。平民の、少女とだ。
一年も説得してようやく認められた相手。初恋の相手との恋愛だとか噂されていた。エラルカはそれはもうショックを受けていた。
エラルカとエルナ―――名前が似ていた事が気がかりで、何だか悪い予感はしていた。もしかしたらロウト=バレッドはエラルカと間違ってエルナを婚約者にしたのではないかと。でもそれなら一年もかけて説得したのに人違いだったなんておかしな話だ。貴族として婚約を発表したのに人違いだから婚約を解消なんて簡単に出来るはずもない。
私はそれからロウト=バレッドとエルナを何度か見たが、正直な感想を言うとエルナは貴族の夫人としてはありえないほどに色々と駄目だった。平民の少女としては良いかもしれないけれど、マナーが全然なっていない。そしてロウト=バレッドはエルナの無垢さや平民として生きているからこその無邪気さを好ましく思っているのか、その点を注意しない。貴族としてのマナーを教えようとした前バレッド侯爵夫妻のことを疎ましく思っているともわかった。
エラルカは、貴族であるロウの側に行くために、自分から会いにいくために、そのために騎士団に入団したといっていた。そして黒翼騎士団のメンバーとして貴族の護衛などをこなすうちに自然と貴族との付き合い方やマナーを学び、国に貢献し、平民でありながらも貴族に認められている。幾ら才能があったとはいえ、磨かなければその才能は輝かない。
エラルカは、一生懸命に貴族のロウに会いに行く手段を考え、そして一心に自分の技を磨き、そして今の姿にまで上り詰めた子だった。だから、私の嫌な予想があたっていて、ロウト=バレッドがエラルカとエルナを間違えて、そうしてそれに気づいてエラルカを迎えに来るとかそういう事になってもなんか嫌だなと思った。
エラルカを間違えるような人に、努力もしない少女とエラルカを混同する人に、初恋の少女に淡い幻想を抱いているような人に、エラルカを渡すのはなんか嫌だった。
結局の所、嫌な予感はあたっていて、「エルナ」と「エラルカ」を間違えていたわけだけれども……。
それもあって、私は”今”のエラルカを大好きでたまらないバルの事を応援していた。だからバルの思いにエラルカが答えて、エラルカが結婚した事を正直良い事だと思った。
だってバルは本当にエラルカの事が大好きでたまらなくて、黒翼騎士団の仲間であるバルの事を私は信頼していた。どういうやつか知っているからこそ、可愛い後輩であるエラルカを任せられた。
私はエラルカの結婚式に参加して、エラルカとバルの幸せそうな顔を見て酷く満足していた。
そしてそれから数か月たった時、あのロウト=バレッドがエルナが初恋ではないと気づいて離縁した話を聞いた。
なんて、馬鹿みたいな話だろうと感じた。だって、初恋の少女だと確信したからこその結婚で、なお何年も夫婦生活を行い、子供までいたのだ。なのに、あっさりと離縁をするなんてなんて馬鹿みたいな関係だろうか。なんて薄い関係だったのだろうか。
調べてみれば「エルナ」は記憶を取り戻したらしい。そしてそのまま嘘を吐き続けてロウト=バレッドの妻として存在することもできたのにそれはしなかったらしい。正直に「貴方のエルではない」と口にしたらしい。正直そのことには好感がもてた。
本当にありえないほど愚かだなと思うのはロウト=バレッドだ。初恋の「エル」を求めて、本物の「エル」に気づかずに、偽物を見初めて結婚した。その時もう少し本当に「エル」か考えればよかったのに。本当の「エル」は、エラルカはロウト=バレッドに近づけるようにって一生懸命だったのに。強くなろうと、騎士団に入って、ロウト=バレッドに会いにいこうと必死だったのに。
ロウト=バレッドが「エルナ」を見初めなければきっとエラルカは、会いにいっていたのに。最もそのことをウタにいったら「ロウト=バレッドはエル姉に幻想を見て居るから無理ですよ。幻想と現実とのギャップからエル姉がエルだと認めないんじゃないですか」って言われた。確かにその通りだった。
そもそも自分で間違っておいて、違ったからとすぐに離縁―――捨てるなんてどういう事だとしか思えない。子供まで居たのに、愛情は芽生えなかったのかと。本当に昔のエラルカに幻想を見すぎだと思った。それを恋い焦がれすぎていて現実の「エル」を見ず、幻想を求めたが故に記憶を失っていた「エルナ」を傷つけて。「エルナ」も悪かったかもしれないけれども、ロウト=バレッドは何故記憶を失っていようがもう少し「エルナ」が本当に「エル」であるか調べなかったのだろうかとさえ思う。
「……今ロウト=バレッドはまたエル姉を探しているらしいですわ」
ふぅとため息交じりにそんなことを言ったのは、ウタであった。十七歳になったばかりのウタは、美人な少女だ。明るい茶色の髪を肩まで伸ばして、知的さのうかがえる目を持っている。
シュパーツ商家の才女――そう呼ばれているウタは、子供に恵まれなかった主パーツ商家に引き取られたエラルカの義妹である。
そもそもエラルカが騎士を目指したきっかけが「平民が貴族と結婚できるはずないじゃない」なんていう五歳のウタの言葉だったのだというのだから昔からその才女の兆候はあったのだろう。
「『エル』だと思ったから平民の少女と実家を説得して結婚したというのに、そんな簡単に離縁するなど。そして違ったから別の『エル』を探そうとしているなんて、正直真相を知っている身以外からすれば『エル』とはロウト=バレッドの妄想の中の人物とさえも思えてくるね」
思わずそんな感想を私はこぼす。だってそうじゃないか。そして周りの『エル』と略せる名前を持つ少女たちはおびえるかもしれない、勘違いされて人生を駄目にされるのではないかと。
正直な話、ロウト=バレッドの社交界での評判は『エルナ』と結婚した頃から下がっていた。元々侯爵家の三男だということもあって、甘やかされていた男で、後継ぎとしてはふさわしくないとされていた。長男の下で働いていた。
仕事は出来ないわけではない。ただ、両親が甘やかしていたこともあって『エル』に関する面で夢を見すぎていたというだけの話。
ウタがロウト=バレッドの間違いに気づいたのは、既にエルナを見初めて結婚するために説得して、婚約者とした後だった。そんな中でそれは偽物だと覆せるはずもない。そしてロウト=バレッドにとって『エル』はあくまでも昔のはかなげで、病弱な少女だったのも問題だったとそんな風にウタは語っていた。
正直エラルカがはかなげで病弱だとか想像できないのだが、実際魔力が多すぎたせいでエラルカはしょっちゅう具合を悪くしていたという話だ。エラルカの魔力は驚くほどに多いから、それも納得できる話だ。
「そうですわ。それに、ロウト=バレッドは自身の行動によってどれだけバレッド侯爵家の評判が落ちたかもわかっていない。社交界でも嘲笑われている事がわかっていないのですもの」
『エルナ』の評判は悪かった。貴族としては適してなかった。貴族の一員として迎えるには足りていなかった。――そしてロウト=バレッドはそれをいさめる事をしなかった。寧ろ人と関わらせないようにした。
その時点で色々ささやかれていたのに、違ったから離縁したなどと巻き込まれた方からすればたまったものではないだろう。
「ふふ、それと比べてエル姉は貴族に認められていますものね。黒翼騎士団の『剣姫』といえば、様々な方の憧れの的ですわ。黒翼騎士団に入団して、貴族との付き合い方も覚えて。本当に……エル姉が今幸せそうで私は安心しています」
ウタはそういって続けた。
「私はロウト=バレッドの勘違いを知った時、少しエル姉に助言したのは間違いだったのでは、私がエル姉の人生をまげてしまったんじゃないかって後悔したんです。最も、後からこれでよかったとは思ったけれど、エル姉に幸せになってほしいって思って。夢見がちだけど、一生懸命で、真っ直ぐで、優しいエル姉に幸せになってほしいって。だから、私はエル姉が幸せそうで本当にうれしい」
嬉しそうにウタは笑う。
色々とウタにも考える事があって、エラルカの人生をまげてしまったのではないかって後悔していたのだという。正直、結局剣の道を選んだのはエラルカ自身なのだから後悔は必要ないのだと思うけれども…。ウタは冷たいように見えて優しい子なのだ。だから気にしていたのだろう。
それにしてもエラルカは同じ孤児院育ちの女の子にこんな風に『幸せそうで嬉しい』なんて本心からいってもらえるなんて幸せ者だ。
「ウタ、もしエラルカが『エル』だと気づいたらロウト=バレッドはどうすると思う?」
「……どうでしょう、『エル』だと認めないか、それともバルさんと離婚するように持ちかけるか、なんなんでしょうね? あの男夢見がちでどういう思考をしているかいまいちわからないので。ただいえる事は一つです」
ウタはそういって、私の目を真っ直ぐに見て続ける。
「―――もし、あの男がエル姉の幸せを踏みにじろうとしているというならば私はもてる力全てを使ってあの男を叩き潰します」
そういって、笑った。
そして実際にそんな話をした一か月後、ロウト=バレッドはエラルカが『エル』だと気づいたのは別の話だ。
――可愛い後輩。
(エラルカは私にとって可愛い後輩だから、その幸せを踏みにじるなら私も、周りも許さない)