オカシナ縦書き表示RDF


オカシナ
作:柚木あずさ


「あんたって、やっぱり変」
 朝一番の挨拶とは思えない言葉だった。それも昔の話。今はもう、慣れっこだ。
「変といわれましても、どこがどういう風に変なのか説明していただかないと理解いたしかねます」
 フレアは毎日のように、変、変と言われるものだから、彼女の要望に沿って、少しばかり馬鹿丁寧に返事をしてやった。これで満足する相手なら苦労はしない。
 ユーリは壁にもたれかかると、ふぅ、と長く細く息を吐く。軽く腕を組んで、遠くを見る目は少し眠たそうだった。ゆるくウエーブのかかった長い髪をいじりだす。軽く手櫛で整えると、いつものようにあっさりと言い放った。
「どこがってね。まぁ、言っちゃえば全部?」
 模範解答だった。
 おかげで、手にもっていたスコップを落としそうになった。
 そう思ったのだとしても、言い方があるのではないか、と思う。変なものにでも、心くらいはある。多分。
 ユーリの辞書には“変”なものの具体例としてフレアのことが記されているのだろう。フレアにしてみれば、いい迷惑である。
「なんて言えばいいのかな」
 空中に円を描くように、くるくると指を回す。
「それっぽい雰囲気を持ってるっていうか……。そう、オーラが出てるのよ、オーラ。変なオ−ラを撒き散らしてる」
 そうよ、オーラよ。と鼻を鳴らして、勝手に納得する。それはそれでいいが、“オーラ”は目に見えるものでもないようだし、感覚的なことで言われてもどう反応してよいかが分からなかった。もう少し分かりやすく言ってほしい。
「オーラって……何だよ」
「他に説明のしようがないもん。頭のてっぺんから足の爪の垢まで変なんですよ〜って叫んでるみたいじゃん。自分で気づいてない? いるだけで、変」
 言葉の最後に、これでもか、と力を込めて、きっぱりと言い放った。説明ができない、などと言われては直すものも直せない。はっきり説明してもらわないことには、承知いたしかねる。……そもそも直す気もないのだが。
「まぁ、説明できないこともないけどね。たとえば……ソレ」
 “ソレ”。彼女がフレアを“変”という理由。それが分かれば苦労はしない。
 改めて自分の姿を確認してみても、手にはスコップ、軍手なんて面倒だからとしていないため、爪にすこし土が入り込んで茶色くなってはいる。まぁ、洗えばすぐに落ちるだろう。脇には水がたっぷり入った象型のジョウロと、梅干やスイカの種を小皿にまとめておいてある。
 ただ、それだけだ。
「あんたねぇ。そんなことやってどうすんの」
「コロニー内の人口増加と食糧供給プログラムの限界を見据えた上で将来的に双方の差をゼロに、もしくは供給量が需要を上回るようにするための小規模な実験と、それらの作業が人間に及ぼす影響をだな、」
「難しいことはいいから」
「……“エンゲイ”だよ。植物を家庭レベルで人工的に育てる、昔ながらの手段。古い本に書いてあったのをたまたま見つけたんだ」
 種を数個まとめて埋める。自分にも何の種だか分からないが、育ってみてのお楽しみといったところだ。ふんわりと土をかぶせ軽くなでると、柔らかいぬくもりが手のひらを通して伝わってくる。種にとっては、この花壇が小さいながらも母なる大地なのだろう。ならば、母星から土を購入してまで花壇を作った自分は、さしずめ祖母……いや祖父というところか。この場所を提供してくれた先生は曾祖父だな。これから育っていくだろう孫と、その子孫を想像して微笑んだ。
「年寄りくさい」
 折角の気分がぶち壊しである。
 とはいえ確かに、コロニー育ちの若い世代が興味を示さないものではある。地上育ちならまだしも。……かくいうフレアも純粋なコロニー培養の若い世代の一人である。
「そんなもの、全部コンピューター制御でやってるでしょ。そっちのほうが美味しいし、きれいだし、疲れないし、確実だし、低コストだし、汚れないし。人間は頭脳労働をするために脳みそがデカイのよ。肉体労働なんて……」
「違う。労働じゃなくて娯楽。自分の手でやるからこそ得られる喜びがあるんだ」
 フレアがきつめに言うと、ユーリは呆れたように返す。
「娯楽はバーチャルで十分でしょうが。超巨大食人植物の飼育だってできるのに」
 彼女の意見は至極まっとうなものだ。
 科学が十二分に発達した今、人間は働かなくてもいいようになった。人間に代わりせこせことロボットが働いている。それも二十四時間休みなしで。働かなくても良い、というよりは、人間の入る隙がない、というのが正しいのかもしれない。
 全ての人間が消費者に徹することのできる時代なのだ。
 今も残るわずかな労働はロボットには難しい精神的な判断を要するもの、つまり芸術や学問、例外的にスポーツといった部類である。それもほとんど趣味の領域でしかない。もっとも、学業に専念していたとしても、勉強した時間分だけ給料となるから、学生でも十分な収入を得られる。新しいロボットの開発に携わる人も多い。
「何が悲しくて疲れるようなことしてんの」
「人間の体というのは精密機械なんだ。いくら便利な世の中だからと言っても使わなければいずれは錆ついて、いざという時にせっかくの機能も果たせなくなるだろう? 娯楽として出来る運動は積極的にするべきだと僕は思うね」
「だから遅れてるって言われるのよ。ギャグにしたって一世紀ぐらい遅れてるわ。エクササイズモードにすれば筋肉も動かせるっての」
 ユーリは鼻で笑った。
「それに、他区居住者とも交流できるしね」
 機械が発達すると、その分楽になる一方、機械が人間の生活を支配するようになる。皮肉なことに時間が少なくなっていくのだと、昔は言われていたらしい。今の生活から考えてみると、馬鹿らしい話ではある。
 ともかく、そんなことを信じていた古き良き時代の娯楽のひとつがこの土いじりだと書いてあった。
 ユーリから見てみれば原始的で野蛮な行為に移るのかもしれない。それでもフレアは、娯楽などというものは、いつ、どんな形であってもいいのではないか思う。第一、時を辿ってみれば、古い歴史を持つものが腐るほどある。
「“エンゲイ”も結構楽しいと思うけど。したこともないのにつまらないと決めつけるのはどうかと思うよ。そうだ、一度やってみるがいい。楽しさがよく分かるようになるさ」
 もとより期待などはしていない。半ば嫌がらせである。
「いや。泥まみれになるなんて、絶対いや」
「昔は公園で真っ黒になるまで泥んこ遊びをしていたのにねぇ。あそこは土があるから」
 ユーリが顔をしかめる。彼女の過去を知っているというのは意外に強みかもしれない。
「……一体、いつの話よ」
「かれこれ十年は昔の話かな」
「あぁもう、やだやだ。そんなの私の記憶からは抹消されたハズなの、忘れてよ」
 何が嫌なのかはさっぱりだが、あえて聞かないことにする。
 フレアが作業を再開しようとスコップに手を伸ばすと、指先が触れる寸前、スコップは宙に舞った。
「それで? なんで、その、園芸とやらをしているの。食糧難解決を目指す研究者さんは」
 ユーリはスコップをお手玉のように左手で投げては受けてを繰り返す。
「楽しいからだろ。それに尽きる。苦痛なら娯楽とは言わないよ、普通」
「それじゃ分からないって、さっきから言ってるでしょう。第一アンタが普通を名乗ったらコロニーが爆発しかねないじゃない。不吉なこと言っちゃダメ」
「いいからスコップ返せ」
 今度は右手の人差し指にスコップをひっかけてグルグルまわす。フレアが隙を見て手を伸ばすが、右から左、左から右へとスコップは飛び回り、一向につかまりそうに無い。
「……お願いだから、返して」
 フレアが弱々しく頼むと、真面目な顔をしてこう返した。
「質問に答えてくれたら、返す」 
「もう、いい」
 肩の力が一気に抜けた。
 表情暗く、一人ぶつぶつとぼやいているフレアを尻目に、ユーリはスコップを忌々しげに眺めた。
「本当、何が楽しいんだか――って、時間!!」
 ユーリの叫び声に時計を見ると、時刻は遅刻必至。あたりに響いたチャイムの音に、二人はあわてて駈け出した。

 ユーリとフレアの日課は日が暮れるまで学校に居座ることだが、今日は超がつくほどの短縮授業。学園から締め出されてしまった。理由は予想こそつくが明らかではない。ホームルームは仮眠の時間、と割り切っている自分が悪いのではあるが。ユーリにも尋ねてみたが、フレアと同じ世界に旅立っていたらしい。
 かろうじて覚えている連絡事項といえば、来週末から連休である。土日祝日と、学園の創立記念日と、あと何かの行事が重なったためらしい。ともかく休みである。
 休暇とはいっても、遊び詰めというわけにもいかない。ここぞとばかりに大量に出された宿題を思うと、少しではなく、かなり憂鬱だ。個人的に興味のある事柄のレポート作成ならまだしも、一体何のために使うか分からないような数式を延々と解くことを思うと、拷問に等しいとまで思えてくる。
 そんな暗鬱とした気分も、学園の敷地から一歩出れば一掃されるから不思議だ。
 校門横の巨大スクリーンでは公共放送が流されている。午後一時現在、CGの女性キャラが地図の前で穏やかに微笑みながら、朝と同じ言葉を同じ口調、同じタイミングで繰り返す。
 第二居住区の今日の天気は快晴、明日は曇り、あさっては風が強く一日中雨になる予定です。
 コロニー内の天候は機械で制御しているのだから、ずっと晴れにしておけばよいものを、わざわざ雨天まで作る。マンネリな生活に刺激を入れて脳を活性化させるのだとか、何とか。昨日は確か、午後四時からにわか雨というのを忘れていて、ずぶぬれになって家に帰ったんだっけ。
 ぼんやりそんなことを考えていると、横から小突かれた。
「だから、どう思う?」
「へ?」
「やっぱり、聞いてない」
 ユーリは口をへの字に曲げる。
「別にいいけどさ」
 怒ったというよりは、あきれたという感じだった。これみよがしにため息をつき、腕を大きく振ってスタスタと歩いていってしまった。
「ごめん、悪かったって」
 慌てて追いかける。
「で、なんだった?」
「だーかーら、もういいって言ってるの!」
「そうやって隠されるとみたくなるのが人の性だろ。ほら、教えてくれって」
「教えない。せっかく人が……」
 ユーリはそこまで言うと、押し黙った。
 フレアがユーリの目線を辿ると、なんともファンシーな空気を撒き散らしている屋台が目に付いた。ピンクを基調に、星やハートといった模様がところせましと踊り狂い、店の名前が燦然と輝いていた。そこにあるのは蜂蜜、チョコ、フルーツ、その他累々。古今東西の甘味が集結、己が個性をいかんなく発揮し競いあっている。そんな匂いがあたりに漂っていた。まさしく天国のような場所だろう。甘いもの好きにとっては。
 口に手を当て、ニヤリと笑ったその表情に、フレアは思わず逃げ出しそうになった。

「いやぁ、なんか悪いねぇ」
 ユーリはクレープを片手にご機嫌だ。
「これっぽっちも悪いと思ってないだろ」
 初夏の太陽を思わせるユーリの笑顔とは対照的に、フレアは、季節外れの寒波にさらされていた。手には、ユーリのより一回り小さいクレープが握られている。
 彼女のクレープ代と引き換えに得られた情報は、他愛もない世間話でしかなかった。しつこく聞いてしまった自分がむなしく思えた。とりあえずは一口。……甘すぎる。傍らのユーリは子供のような顔をしてクレープを味わっていた。
 口の端についたクリームをぬぐいながら、何気なく訪ねた。
「……日曜って、先約ある?」
 ユーリはクレープをほおばったまま目を丸くした。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか。
 しかしそれも一瞬のことで、いつもの表情がユーリに戻る。ホッと胸をなでおろす。
「珍しいね、あんたの方から誘いかけてくるなんて。特に予定はないけどさ」
「だったらさ、一緒にペットショップに行かないか? そういうの好きだろ?」
「そういえばこの間、PETsの最新型出たもんね。空中遊泳型マンボウだっけ? 見に行く、見に行く」
「あぁ、そっちじゃなくて、生きてる方の。ウサギとかネコとかのね。母星から巡業に来るからさ」
「……マニア?」
 ボソッと放たれた一言が胸に深く、深く突き刺さった。
「だってさ、どうせ買うならふかふかのあったかいやつだろ。図鑑とたまの巡業ぐらいでしか見れないんだぞ。手触りを楽しみ、ぬくもりに安堵し、予測のできない動きに和み、そりゃ多少は、」
 そこまで言いかけてしまった、と思った。後はもう、ひっこみのつかなくなった口が勝手に言葉をつむぎだす。
「その、多少は、苦労するだろうけどさ……」
「だったらマゾね。苦しみたいわけ?」
「違うって……」
 どこか負けず嫌いな口を、心底恨んだ。

 今度の日曜日、風は吹くが一日中晴れ。朝晩は少し冷え込むので、上着は忘れずに。
 ユーリとフレアの予定は、とりあえず機械と本物と、ふたつのペットショップに行く。
 別れ際の挨拶は多分、こう。
「あんたって、やっぱり変」
 天気予定によれば、日曜日はまだ冷えるがそれが過ぎれば春の陽気が訪れる。





オカシナは何でもない日常を描こう、ということで書き始めたような気がします。
ぶっちゃけ会話シーンの練習です。(手抜きという意味にあらず)
というわけでして、山はないしオチもないし意味もありません。そのうえ面白くも(以下自主規制)
それをどうにかして面白くするのが物書きの力量だろ? と言われてしまえばそれまでっすね、ハイ。
……努力いたします。






コチラから一言メッセージが送れます(web拍手です)。
メッセージなしでも送れますので気軽にどうぞ








ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう