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またデパ地下へ
 麻美がようやく男を捜し当てたのは、階段の踊り場だった。彼はそこの喫煙所で悠然とタバコをふかしていた。
「どこに消えたかと心配したよ」
 男は麻美の姿を認めると白々しくそう言い放った。
「も、もう部屋に戻らないと時間が……」
 麻美に余裕は全くない。この地獄のような空間から一刻も早く出して欲しい。そんな気持ちしかなかった。それがこの言葉に繋がっていた。だが、
「時間? まだ一時間はあるよ。もうちょっと遊ばしてもらってもいいんじゃないのかい」
 お金は返すから今すぐやめて欲しい、と言えればいいのだが麻美には言えなかった。ここまでやらされて今更金を返すなんてとんでもない。部屋にさえ戻ればエクストラチャージでこれまでの分を取り戻せるチャンスも生まれる。しかし男はベンチに腰掛けたまま、悠然と煙をくゆらすだけで一向に動こうとはしない。
 そうこうしていると一人のおばさんが彼の隣に腰掛け、おもむろにタバコを取り出し、火をつけた。男の前に立っていた麻美は思わず正面を隠すように身体を横に向けた。が、おばさんは、麻美の様子を時折チラチラと横目で見る。明らかに何か不審を感じたように詮索していた。
 歩いていれば、ペットボトルにくっついたまま宙ぶらりんになっているパンティに気がつかれる心配は無いのだろうが、止まっていてはその変なシルエットに気がつかれる……、いや、その前に乳輪がやばい。それにハーフコートの丈はもともと短いし、スカートだってペットボトルと一緒に掴んで持ち上げているのだ、下手すると変なモノが後ろから見えているかもしれない……。
 高まる羞恥に麻美はまたも身体を凍り付かせた。
 思わず振り返り男の顔を見る。
 男はそんな麻美の様子を、目を細めて見ていた。
 また、私を嬲ってる。この男、何も気がつかない振りをしているが、何から何まで私の心の底にあるものを見ている……。
 その瞬間、麻美の背中にゾクッとするものが走った。
 最初に私をじっくり見ていたのは、私という女がどういう弱点を持っているのかを探っていたのだ。そしてそれに合わせた責めがこれだったのだ。あの部屋で裸に剥いて縛り上げ責め嬲っても、それをどうこう思うような女じゃない。私のことをそう見たのだ。
 麻美はようやくこの男のことが分かったような気がした。
 うそをついても、演技をしても瞞せる相手じゃない。
 この男には勝てない。
 麻美は心の底から観念した。
 が、それだけではなかった。麻美は自分のこともわかったのだ。そう、麻美は今まで経験したことのないほどの興奮を、男に見られていると自覚するたびに味合わされていた。何故そこまで興奮したかと言えば、麻美の身体が男の視線を求めているからであり、男に辱められることが麻美の喜びだったのだ。階段の踊り場で男をようやく見つけた時、麻美の身体は喜びに震えていたのである。麻美はようやく自分の身体の希望に少し素直になれた。
 少しベンチから離れていた麻美はまたベンチに座る男の真っ正面に戻った。男は相変わらず悠然と煙をふかしている。隣にはおばさんもいた。だが麻美は躊躇わずに自分の正面を見せこう言った。
「このコートを脱がしてくださらない。私、暑くて堪らないわ。もう手錠もボトルもみんな見せてしまってかまわないから」
 麻美は自分の気持ちを素直にそう伝えた。聞き耳を立てていたであろう隣のおばさんは、心の底で何を思ったかはわからないが少なくとも表面上の変化はない。だが、男は今までの能面のような表情を変えた。口元に笑いが浮かんだ。
「ほう……いい子だ。だがそいつはちょっともったいないね。少なくとも今の君は僕のものなんだから。ここで公共サービスをする気にはなれないな。もうここは終わりにしよう」
 男がドアを開け麻美が駆け込むようにホテルの部屋に戻った時、麻美は一つの決意をしていた。
「お願いです!」
 麻美がそう声を出した瞬間、ペットボトルとパンティが麻美の足下に落ちた。
 男は麻美のハーフコートを脱がしながら言った。
「わかってるよ、手錠をはずせばいいんだろ。ちょっと待って」
「い、いえ、そうじゃなくて、……」
「でも時間ないんでしょ」
 男が麻美のブラウスの前を持ち上げると、コロンとブラが転がり落ちた。
「……抱いて下さい」
「抱いて、って、本番は絶対ダメだって最初に言ってたじゃない」
「いえ、その、もう、商売はどうでもいいです」
 男は麻美のその言葉を聞くと焦ったような表情を浮かべ慌てて手錠をはずしにかかった。
 深い考えが麻美にあったわけではない。その男の小心さを見て、急に腹が立ったのだ。すべては一瞬のことだった。だがこの一瞬で麻美の決意は微妙な軌道修正が行われた。男が手錠を外した瞬間、その手錠は麻美に強引に奪い取られた。そして麻美の行動はそれだけでは終わらなかった。
 男の顔は狼狽に歪んだ。
「お、おい、何をするつもりだっ! 悪い冗談はやめろ。俺は客だぞ」
 さきほどまで麻美の両手を拘束していた手錠が今度は男の両手首を後ろ手に拘束することになっていた。
 麻美はすかさず大外刈りの要領で、男の足のかかとに自分の足を絡ませ、上半身を強く押した。男は小さく悲鳴を上げ、バランスを失いその場で尻餅をついた。
 だらしなく開いた男の股間を麻美はハイヒールで踏みつける。男がまたヒッと悲鳴を上げた。
「言ったでしょ、商売はもうどうでもいいって……。さっきのデパ地下のデート、とっても刺激的で素敵な責めだったわ。褒めてあげる。この商売始めてからここまで私を切羽詰まった気持ちにしたのはあなたが初めてよ。で、私決めたの。この男は絶対私のものにしようって。興奮した女はコワイってことぐらい、あなたほど女に詳しい男なら当然知ってるでしょ。今日のこれからのセッションはあなたが私に調教される時間になるの。うちのクラブはS女要望にもお応えできるように、男を責め嬲る方法もちゃんと研修で教えてくれるのよ。で、これからあなたのこと、私好みのドMにしてあげようってことね。もちろんタダよ。大サービス。あなたほど女の気持ちが分かるなら、女王さまに好かれるいいマゾになれるはずよ。まず口だけで私の服を脱がしてもらうおうかしら。それがマゾ男の礼儀だから。それがちゃんとできたら、そうね、次はやっぱり鞭? それともこの浣腸の味でも覚えてもらおうかしら。お腹を浣腸液でいっぱいにしたまま、デパ地下でもう一回お散歩してもらうおうかな。あの刺激はきっとヤミツキになるわよ。ほら、分かったら返事の代わりにワンって言うのっ! 早くっ!」
 麻美は男の頬に思い切り平手打ちを浴びせた。
 男が「ワン」と言ったのはそのすぐ後のことだった。
謝辞
「デパ地下でデート」読了いただきありがとうございます。
さて、なんだこれは? と思われた方、あなたの疑問は正解です、とまず申し上げさせて頂きます。
「春エロ2008」に参加された他の一部作者さんもそれなりに悩まれていたようですが、ギリギリのエロとは何か、ということについて、それぞれの作者さんがどのように解釈したかというのも競作の見所だと思います。
今回「春エロ2008」に参加するにあたり私は18禁SM小説書きの立場から「微エロ小説」の定義を作ってみました。
即ち「微エロ小説とは、読者を、焦らし責め、放置責めにする小説である!」というものです。
このコンセプトによって産まれたのがこの「デパ地下でデート」だというわけです。
一向に本格エロシーンへと向かわないまま終わりを迎え、悶々鬱々な気分を抱え込まれた読者の皆様には大変申し訳なく思いますが、これはそういう作品なのだということで何卒ご了解の程お願い致します。
それではまたの機会にお目にかかれることを楽しみにしております。
一色強兵
PS
挙動のあやしいカップルをデパ地下で見かけたら「あんたら変態じゃない?」と暖かい(冷たい?)一声をかけて協力(邪魔?)してあげましょうw
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