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パンストはダメよ?
 目的地であるセンチュリーホテルの客室を真っ直ぐ訪ねる。
 ピンポーン
「はい、ちょっと待って」
 若い男の声が中から聞こえた。
「あのう、お電話を頂きましたエンゼルフィッシュから来たんですけど」
 すぐに鍵を開ける音がしてドアが開いた。
「お、早かったね、じゃ、入って」
 ドアを開けたのは髪をきっちり七三に分けた、黒縁めがねの背が高く、細身の若い男だった。ネクタイはしていないが、シャツは色つきでも柄入りでもない、全く普通のワイシャツだ。またズボンも濃紺の、上下セットのパンツのようだ。出張で宿泊しているビジネスマンかな、と麻美は思った。それなら平日の夕方電話をしてきたことも頷ける。
 と同時に、低い声といかにも育ちの良さそうな顔と物腰に少々麻美は気持ちが上ずることになった。結構タイプだったのである。すかさず指をチェックする。薬指には何もなかった。
 ドアを締め、ハーフコートを脱いだところで麻美はサービスの前口上とも言える説明を始める。
「本日はエンゼルフィッシュをご利用頂きありがとうございます。最初に簡単ではございますが私どものサービス内容を確認させて頂きます。まず本番行為はいかなる場合でもお断りしておりますので、ご了承下さい。それから……」
「ああだいたい分かってるからそれぐらいでいいよ。料金は前金かい? それとも後?」
 麻美は引いてきたソフトキャリーケースの中に納めた道具を見せようとジッパーを開きかけた。それが売上げ増加につながるからだ。
「あ、でも、一応その前に私どものサービスを確認して下さい。え〜と、ご用命はお客様がSで、二時間ということ承っておりますけど……よろしいですよね? それと今日のプレイにつきまして、何か特別なご要望はございますか? 簡単なものですが鞭、ろうそく浣腸などもご用意しております。また今日は特にナース、セーラー服、ボンデージの入荷したばかりの衣装もお持ちしておりますので、是非ご覧頂きたいと思います。あの、もちろん定番の縄や拘束ベルトもご用意しておりますから、是非ご利用下さい。ご利用料金は相場よりもかなり安めにさせて頂いておりますので」
 だが麻美の営業トークに、男はほとんど表情を変えなかった。一応話は聞いてくれているのだが、麻美が今まで見たことのない程、妙に態度が落ち着いているのだ。どう見ても男が性欲をたぎらせているようには見えなかったのである。そもそもハーフコートを脱いだ麻美の服はそれなりに扇情的なデザインで、白いふとももをアピールする深く切れ込んだサイドスリットのあるタイトスカートや、胸元がレースアップで深い谷間がはっきり見えるブラウスなのだが、彼の視線はちっともそれらを見ていないのだ。
 麻美の経験からすれば、この若さにしてはちょっとあり得ない反応と、言ってもいいような気もする……。案の定、男はあっさりとその道具とコスプレ提案を断った。
「いや、今日はそういうことをするつもりはない。基本サービスだけでいい。金額はこれでよかったはずだよね」
 ちぇ、せっかく苦労して持ってきたコレクションなのに……、エクストラはなしか。思ったよりケチくさいのね、こいつ。それともマイロープ持参のマニアなのかしら。どっちにしても、ついてないなぁ。SMはオプションサービスで儲けられるのがおいしいのに。やっぱもうちょっとオタクっぽい外見のヤツの方がいい商売になるんだろうな。全くうまくいかないわね。
 が、麻美の心中に浮かんだ不満が通じたのか、男が札入れから出した金は電話で伝えてある金額よりも少しばかり多かった。
「これ、ちょっと多いようですけど」
「あ、それはチップ、クルマ代ね」
「あ、そうですか、どうもありがとうございます」
 へー結構、気前いいじゃん。
 受け取った金を自分のポシェットにすぐにしまう。
「では始めましょうか、何をすればよろしいので?」
 麻美がそう声をかけると、男は初めて麻美の方をちゃんと見た。そして目を細め、その全身をくまなく観察しているようだった。暫く黙ったままだったが、麻美がその視線に耐えられなくなり、ちょっと身体を動かすと、
「じっとして!」
 と強く言われた。
 男の観察はまだ続いた。中腰になり、やがてしゃがんだ。まるでカメラマンが撮影アングルを決めるためにあらゆる方向からの見栄えをチェックしているかのようだった。
 何を考えているんだろう、麻美は初めて男に対し積極的な興味を持った。
「うん、だいたい決まった。それじゃあ、そのストッキングは脱いで」
「え〜と、あのう、ストッキングですか?」
「うん、それ、パンストだろ?」
「え? ええ。そうです」
「パンストは困るんだ。僕が用意したストッキングに履き替えてくれ」
 裸になれ、全部脱げ、あるいは下着だけになれ、というようなお客なら普通にいるが、パンストだけ脱げ、しかもこっちのストッキングに履き替えろというのは麻美にとって初めてのリクエストだった。無論、裸になる覚悟でここにいるわけだから、そんな要望は別に何ともない。ただ何をやろうとしているのか、見当がつかないことが不安だった。
 スカートを腰のところまでたくしあげ、ヒールを脱ぎ、ベージュのパンストを下ろす。下に穿いているパンティはブラックレースに赤い縁取りがあしらわれたもの。高級感はかなりある。パンストがそれを覆っていたのだが、それが無くなっていよいよそれらしいムードを強めた。
「じゃ、これを。ガーターは知ってるね」
 男がストッキングともう一つ別な布の入った二つの袋を麻美に手渡す。
「ベルトからクリップで留めるやつでしょ」
「いやそうじゃない。ベルト無し。太もものところでストッキングを上から押さえるサポーターみたいなやつ」
「へえ、それは初めてです……。こっちで押さえるんですね」
「そうだよ」
 男から渡されたストッキングは、別に際どいカットがあるとか、扇情的な色をしているとか、荒い目のメッシュであるとか、そういう要素は一切無かった。ちょっと白っぽいベージュで、模様など一切無しのプレーンなものだ。透明なビニール袋に納められているのだが、商標など売るための表示はどこにも無い。
 しかし、出してみれば手触りといい艶といい、また生地自体の厚みといい、かなりの高級品に間違いはなかった。
「これ、ずいぶん良さそう。日本のものじゃないの?」
「気に入ったかい。それはフランス製なんだ。たぶんサイズも問題ないはずだが」
 その通りだった。ほとんど誂えたように足にぴたりとフィットした。
 先ほど渡されたガーターをそのストッキングの一番上のところに重ねるように足を通す。かなりきついゴムで、痕が残りそうなのが気になった。あんまり長くは穿かない方が良さそうだ。


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