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Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第四章 サドンストライク
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6.黒客演説 仮装世界の真実(二)



「……詭弁だな。こいつらのためだと言うのはただのお題目だろう? お前さんが端から俺の頭の中にある物が目当てだって事は分かってたぜ」

「詭弁、お題目、大いに結構じゃないですか。使えるものを使わずにいる人から、より使える者へ渡す。別におかしなことではないでしょう。それで救える可能性があるというのなら、なおさらね」

「……ちっ」


 BBの言葉に、御影は面白くなさそうに舌打ちをした。

 おそらくBBの主張は御影にとって痛いところを突くものなのだろう。ここでBBの申し出を拒否すれば間接的に鳳牙たちへの協力を拒む結果になるし、かといって申し出を受ける事は御影にとっても大きなリスクになるはずだ。


「……一つ聞きたい」

「なんでしょうか?」

「お前さんは俺からこの情報を聞き出したとして、それをどうするつもりだ?」


 御影の質問に、BBは口の端を釣り上げた笑みを浮かべた。


「一先ず、貴方たちの依頼が片付くまではそのためだけに使いますよ。その後の事は、どうでしょうね。決めてません」

「それは少なくとも、こいつらを助ける事が出来ない限りは他に目を向けはしないということだな?」

「ええ。これはこれで実に興味深い。早々に飽きる事もないでしょうしね」


 重い御影のといに対するBBの返答は軽い。それは背負うものや立場の違いからくるものだが、相手を信用する事を念頭に置いた場合にどうしても不安が残る。

 今の言葉にしても、つまりは飽きたら止めるという事だ。気まぐれな見方はいつどこでどうなるか分からない。


「………………」


 腕を組んだまままぶたを閉じた御影は低く小さく唸りながら考えをまとめているようだった。鳳牙はそんな御影と、ニヤニヤしているBBを見比べる事しか出来ない。

 こちらから御影に頼み込まなければならないはずの状況だというのに、それをする事が相手を追い詰めるだけだと分かるが故に何も言い出せない。

 そして自分たちから言葉を発する事を放棄した以上、もしここで御影がBBの申し出を受け入れなくても文句は言えない。選択を他人に任せると言う事は、その結果について何も言わないと了承した事になるのだから。


 長い長い沈黙の時間が流れ、緊張で乾き始めた喉がべったりとくっついたような感覚を訴え始めた頃、


「いいだろう。ただし教えられるのは仮想都市ネットワークの構築理論と俺の知り得る当時に使われていた通信方式だけだ。あれからもう十年も経っている。根幹の変更はありえんとは思うが、そのほかの細かいところまではさすがに知らん」

「結構ですよ。むしろ私が聞きたかったのもその二点だけですから」


 言うや否や、BBがパチンと指を弾いた。すると、御影の目の前に文庫本サイズのタブレット機器のような物が出現し、


「そちらに手を当てて下さい。頭に思い描くだけでこちらのウィンドウにデータが転送されます。せっかくですから今説明してもらえますか?」

「……ふん」


 一つ鼻を鳴らし、御影がごつごつした職人の手をタブレットに重ねる。すると、BBの言った通り大きなウィンドウに変化が生じ、一瞬の砂嵐の後でなにやら文字と図形が表示され始めた。

 そしてその表示された情報を興味深そうに眺めていたBBが、


「なっ……」


 突然目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。彼はすぐさま御影の方へ視線を向け、


「なんですかこれは!?」


 何か焦ったように大きな声を上げた。

 ウィンドウの内容が全く分からない鳳牙にはその行動の意味が分からないが、どうやら『グラニウス理論』と『ハウルン理論』という文字列を見たところで驚きの声を上げたらしいと言う事だけは分かった。


「どういうも何もねえよ。仮想都市と仮想都市ネットワークはその二つの理論と『マウゼン関数』で構築されてんだよ」

「そんな馬鹿な。いえ、確かにその二つの理論のどちらかを発展させた新理論だとは考えてましたけれど、さすがにこれはありえないはずです。マウゼン関数を用いたとしてもこれらの統合論で仮想世界を構築しようとしたら、増殖膨張を抑えきれずに自己崩壊するのが関の山じゃないですか」

「そらそうだろうな。事実、今現在存在している仮想都市だって常に増殖膨張状態にある」


 BBの焦り顔が面白いのか、御影がかかっと軽快な笑い声を上げる。


「てめえは何で各国にある仮想都市が『仮想都市』でしかないのか考えた事はあるか?」

「それは規模の話ですか? それなら全てをリアルに再現する仮想世界において、一つの都市以上に大きなものを構築するには維持費や制御出来る情報量の関係から不可能と判断されたためではないのですか?」

「無論それもある。だが、最大の理由はその大きさで安定しちまった事にあるんだよ。統合論による膨張をし続ける仮想世界と、マウゼン関数によって性質を捻じ曲げられた自己崩壊を続ける仮想世界とのバランスがな」


 淡々と語られた御影の言葉を、BBは一度自分の口の中で反芻しているようだった。

 そうしてじっくり噛み締めるようにして言葉を飲み込んだかと思うと、ぎょっとしたように目を見開き、


「ちょっと待って下さい。それじゃあ現存の仮想都市というのは――」

「そうだ。あの世界には本来『生』と『死』が存在する。何重ものフィルターをかける事で単なる仮想世界に偽装させてはいるが、本来あの場所は現実世界となんら変わらない性質も持った世界なんだよ」


 BBの言葉尻に被せ、御影が何かの宣言をするようにそんな事をいった。


「なんせ作り上げたばっかりの頃はあっちの世界で怪我をしたり死んだりすると現実世界でも怪我をして死にやがるんだからな。暗示とかそういうレベルをはるかに超えてやがった。挙句の果てには自分で生み出したデータの女に子供孕ませた大馬鹿野郎もいたな。それくらいに現実と大差ない世界を、俺たちは作り上げちまったのさ」


  生と死が存在する仮想空間。それは確かに御影の言う通り現実世界となんら変わることのない場所と言えるだろう。

 御影の言葉に、BBが天然パーマの頭をがりがりとかきむしり始めた。今の内容をすんなり納得する事が出来ないせいで落ち着かない様子だ。


 そんなBBから視線を外し、御影が鳳牙たちにその目を向けてきた。鳶色のその瞳に、わずかな感情の揺らぎが見える。


「正直言うとな、お前らの状況を聞いた時に真っ先に今の話が浮かんだんだよ。だがそれはあまりにも荒唐無稽な話だ。ただのゲーム上の仮装世界にそんな再現が出来るはずがない。――そう思ってた」

「……異端者の最果て、ですか」


 御影の言葉に応えたのはフェルドだった。

 異端者の最果て。賞金首たちの始まりの場所。


「そうだ。あそこは明らかにCMOの世界じゃねえ。お前らには言ってなかったがな、あの場所にいる時はおそらく俺もお前らと同じような状態になるんだろうぜ。物を食えば腹はくちるし、飲み物で喉も潤う。だから俺はあんまりあそこで飯を食っていなかっただろ?」


 言われて、鳳牙は御影がだいたい自分たちが朝食を終えたタイミングでやってくる事が多かったことを思い出す。


 ――そういえば食べ物を薦めても一口か二口食べるくらいだったっけ。


 まさかあの場所で御影がそんな状態にあったとは露ほども知らなかった。もっと多くの一般プレイヤーがあの場所を訪れていれば早々に分かった事だろうが、今現在でも御影が唯一の部外者で異端者の最果てに出入りしているプレイヤーである以上、本人の申告なしに気が付けるはずもない。


「異端者の最果てと言うのは、貴方たち賞金首が根城にしているエリアの事ですか?」


 そこで口を挟んできたのはBBだった。すわ御影とフェルドがしまったとばかりに顔をしかめたが、もう手遅れだ。


「バウンティハントイベントに前後して、ここのようなゲーム外エリアがいくつか増えた事には気が付いていました。なるほど、貴方たちの根城であるのならまるで調べがつかない事もうなづけます」

「知っていたのか? あのエリアの事を」

「ええ。しかしあまりに強固なセキュリティに護られているせいでゲーム側から攻略するのはほとんど諦めていたんですよ。しかしどうやら貴方は自由に出入り出来るようですね」


 じろりと無遠慮な視線を向けられた御影はしかし、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「ふん。いつだかの工房でも言ったが、さすがにそこまでてめえを招待してやるつもりはねえぞ」

「それは構いませんよ。お隣の奥様でさえ招待されていないようですしね」

「っ! てめ――」

「ストップ」


 BBの言葉に怒りを表した御影を止めたのは、それまで表情は変化させつつも貝のように黙っていたマリアンナだった。

 彼女は御影の口を手で押さえて制すると、普段のほんわかした表情を一変させ、こんな表情も出来たのかというほどに鋭い視線をBBに向けた。


「お調べになったのでしょうけど、そういう事を軽々しく口にしてしまうのは情報屋としてもハッカーとしても二流以下の人間がすることじゃないかしら?」

「っ……。いや、貴女には敵いませんね。失言でした。謝罪します」


 御影とのやり取りの際にはニヤニヤとした笑みを張り付かせていたBBだが、相手がマリアンナになった途端どこか困ったような表情になり、最終的には素直に頭まで下げてしまった。

 対応が違い過ぎる。一体彼とマリアンナの間にどんな関係が構築されているのだろうか。


 ――ってか、今さっき奥様って言われてなかったか?


 その疑問は鳳牙だけではなくフェルドやアルタイル。いつの間にか起きていた小燕やステラにも聞こえていたようで、全員の視線が自然とマリアンナに集中している。

 そんな注目を集めている当人のマリアンナはちょっと困ったような顔になって、


「ええと、その、別に隠したかったわけじゃないのだけれど、御影さんと私は現実世界では夫婦なのよ」


 そんな告白をして来た。

 一時の間その場を静寂が支配し、


「うええ!?」

「え? ほんとですか?」

「なんと!」

「ほえ?」

「驚きばい……」


 次の瞬間には鳳牙たちの驚きの言葉が静寂を破っていた。


 ――いやそりゃずいぶんと仲が良いなとは思ってたけど。


 ともに付き合いのある二人が現実に夫婦であると聞かされて、鳳牙はまじまじと並んで座る二人を眺めてみた。

 御影は実年齢に近いキャラクターエディットをしたと聞いているので、おそらくは還暦前後の男性だろうと鳳牙は理解していた。

 しかしマリアンナの方は高く見積もっても二十台後半から三十台前半の容姿をしている。まさか御影がそこまで年の離れた妻を娶っているとも思えないので、おそらくはマリアンナの実年齢も御影に近しい物であるはずだ。


「あ、ちなみに私の年齢に関する質問は駄目よ。そりゃこの見た目は色々嘘っぱちですけど、私はこれでも魔女ですもの。見た目くらい偽っても不思議ではないでしょう?」


 かなり強引な理論だが、別段本当の姿がどうのとゲームにおいて気になることでもない。鳳牙とて獣耳だ尻尾だと偽物が張り付いている。今はほとんど本物のような感覚ではあるが。


「さあ、私の事は後でも構わないでしょう? 今は今しか出来ない話をしなきゃ駄目よ。BBさんも無駄話は省いて時間は大切にしましょうか」

「え? あ、はい……」


 姿勢を正したBBの返答に満足そうに頷いたマリアンナが、今度は隣に座る御影にずいと顔を寄せて、


「それと、あなたも変に突っかからないの。子供じゃないんですからね」

「……ちっ。わあったよ」


 間近でマリアンナに諌められ、御影が小さくした打ちしながらがりがりと頭をかいた。


「あー、で、どこまで話したんだったか?」

「……ああ、仮想都市ネットワークが現実世界と同等の存在であるという話までですね」

「そこまで話したか。でまあ、その話を聞けばてめえにもなんとなく推測が立つだろう?」


 言って、御影は再度鳳牙たちへ視線を向けた。それは先ほど少し御影が話してくれた内容に関わる事だ。

 ありえないほど現実味を増している賞金首たちの仮装世界。生理現象さえ引き起こされるそれは、先の御影の話にあった生と死をも再現している世界によく似た世界であると言えた。


「確かにそうですが……いや、そうか。だからこそあそこまで強固なセキュリティに護られているのだとすればこちらの方が説明がつく」


 急にBBがぶつぶつとフェルドのような思考状態に入る。そしてそのまま思考の海に没入するのかと思えば、


「っと、こちらの方も結果が出ましたか……」


 ぴくんと突然何かに反応を示して顔を上げたBBがどこからともなく紙束を出現させ、それらをさっさか確認し始める。


「ふむ」


 あまりにてきぱきとした行動に誰も突っ込みを入れられないままにBBが全ての書類に目を通し終え、一息ついた。そして、


「鳳牙さんの検査結果が出ました。残念ながら個人情報に関する内容を引き出す事は出来ませんでしたね」


 実に簡潔な報告を行ってくる。


「え? 検査って一体いつ……って、もしかしてあのカプセル――」


 鳳牙は自分が目を覚ました場所の事を思い出す。そういえばあの時あれは素っ裸で謎の液体の中で気を失っていたような形跡ではなかっただろうか。やはり鳳牙だけ気を失わされたのはこういう意図があったというわけだ。


「まあ時間の短縮というものですよ。ところで、結局綿密に調べても個人情報を引っ張り出すことは出来なかったわけですが、ちょっと気になるデータがありましてね」


 非難の目を向ける鳳牙に対して、どうどうとでもいうように手で落ち着けというジェスチャーを送ってきたBBが、隣に表示しっぱなしのウィンドウを操作して赤と青の二つの棒を出現させた。

 まるで棒グラフか何かのようなそれは青の方が赤に比べて極端に短く、仮に青の数値を一とするなら赤はその百倍は軽くありそうな差が生じている。。

 しかしそれが示すものがなんなのか説明を受けていないので、実際にはどれだけの差が生じているのかは分からない。


 BBはそんな考えを持つ鳳牙を含めた全員の視線を集めると、


「これは僕と鳳牙さんの構築データ量をグラフ化したものです。細かい単位は省きますが、青が僕のデータ量。赤が鳳牙さんのデータ量を表しています」

「なんだと? それだと狼小僧のデータ量がてめえの百倍近くある事になるじゃねえか」

「ええ。まさにその通りです。ちなみに――」


 さっとBBが手を振ると、画面に緑色と白色の棒グラフが追加され、赤と青のグラフに並んだ。白と緑のグラフは青のグラフとどっこいどっこいの長さしかなく、やはり赤のグラフが突き抜け過ぎている。


「緑が天之御影命さんで白がマリアンナさんの構築データ量を表しています」

「てっめいつの間に俺とマリアンナのデータ掻っ攫いやがった!」

「工房でお会いした時ですよ。気付きませんでしたか?」


 しれっとしたBBの言葉に、鳳牙はそういえば自分たちもいきなり探られた事を思い出した。あの時のピリッとした感触は今でも覚えている。大方あの時に御影たちも探られていたのだろう。


「よくもいけしゃあしゃあとてめえ……」

「まあまあ過ぎた事ですよ。それよりも、この通常の百倍近い構築データをもつ賞金首という存在。貴方はどう見ますか?」

「ああ? あー、話を聞いた限りで推測するんなら、データが多いってこたあそれだけ『濃い』って事になるんじゃねえのか? 感覚のリアルさもそれで説明がつくだろうぜ」


 御影の説明によれば、おそらく賞金首たちは処理出来る情報量が通常のキャラクターに比べてはるかに多いのではないかと言う事だった。

 その結果デジタライズされている五感の感覚が最大限反映され、なおかつ生理現象というゲーム要素として必要のないものまで表出する羽目になっているのではないかと言うのだ。


「つまるところ、賞金首である皆さんはゲームキャラクターというデータでありながら、そのゲームのキャラという器のまま一個の生命体に限りなく近しい存在になっていると考えられます。ひどく乱暴な物言いをすれば、着ぐるみを着ているような状態だと考えてください」


 御影の説明にBBが付け足しの言葉を重ねる。


「そして貴方たちの言う異端者の最果てというエリアは仮想都市ネットワーク内に構築されたCMOの外部エリアなのでしょう。一般プレイヤーでも感覚がリアル化するという点から見ても間違いありません」

「それじゃあ、あの場所は厳密にはCMOのゲーム世界ではないということですか?」


 フェルドが確認のためかそんな質問を挟んだ。

 するとBBは肯定を示すように大きく頷き、


「そういう事になりますね。私自身がその場所へいった事がないので推測でしかありませんが、おそらくは限定的にフィルターを解除された仮想都市と同じ性質を持っているのでしょう。百人程度のデータ情報なら丸々再現したとしても三百ペタバイトの容量があれば十分に維持可能です」


 三百ペタバイト。それはもはや木っ端にも等しいレベルの情報量でしかない。途方もないデータ容量を持つ仮想都市の中では路傍の小石にも等しいだろう。


「問題はなぜそのような外部エリアを構築してまで百人の人間を閉じ込めているのかですね。それぞれの本体を秘密裏に病院へ運び込んで入るようですが、各所への口止めで一体どれだけの損失を出しているの――」

「ちょっと待って下さい! 本体を病院へってどういう事ですか!?」


 聞き流せない単語が出た事で、鳳牙は思わず相手の言葉が終わる前に自分の言葉を被せてしまっていた。

 しかしBBは鳳牙の行為に嫌そうな顔をせず、むしろきょとんとした表情になって、


「え? ああ、そういえばその説明をし忘れていましたね。実は今回犯人の居場所を特定出来たのは、その犯人がAA社の息がかかった病院のデータをほぼリアルタイムで改竄していたからなんですよ」


 そんな事を言ってきた。続けて、


「特に栄養食関係や各種薬剤使用量の改竄が顕著でした。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()|かのようにです」


 驚くべき事実を伝えてくる。


 今の情報を基に考えられる事として、やはりあの日に鳳牙はアクセスポイント喫茶で意識を失ったのだろう。あそこはAA社が出資しているアクセスポイント喫茶だ。何らかの方法で他の利用客に知られぬ内に鳳牙の肉体は病院へ運ばれ、今に至るまで延命処置を受けている。

 その非公式な延命処置を外部に知られぬように内部データを改竄し続けているのだとすれば、掲示板で賞金首たち百人のリアルが一切話題に上らない理由も頷ける。頷けるが――


「でも、もし俺たちが病院で延命処置を受けているとして、何で家族の誰もその事について騒がないんですか?」


 それならそれで一番身近な家族が騒ぎ立てない事への疑問が浮かぶ。家族が意識不明になっているのだから、その事に関して何らかのアクションがあってもいいはずだ。

 しかも妙な形でAA社が絡んでいるとなれば、その事についてインターネットなり何なりに書き込む人がいても不思議ではない。


「その事ですが、まあ私も家族愛を否定するつもりはありませんよ。しかしながら法外な慰謝料を提示され、なおかつ医療関係の全面バックアップが受けられるとあれば大抵の人が口を塞ぐでしょう。AA社にはそれくらいの事が出来るだけの力があります」

「そん……な……」


 金の力。金の魔力。そんなものに家族が屈したなどと思いたくはない。


 ――だけど……


 現実としてこの二ヵ月あまり、誰一人この異常事態に気が付いている者がいない。バーチャルリアリティ機器で意識不明者が出たという事実を騒ぎ立てる者がいない。

 それはつまり、BBの言う事が現実味を帯びているという証左に他ならない。


「鳳牙殿」


 肩を震わせてうつむく鳳牙の頭に、大きくて暖かい手が乗せられた。

 はっとして顔を上げると、黒頭巾の奥に見える青い瞳が優しげな眼差しを向けてきていた。本人とて落ち着いていられる状況ではないだろうに、それでも周りを気遣う様に鳳牙は奥歯を噛んで自らの内に渦巻いていた負の感情を払拭する。


 気分を落ち着けてみてみれば、アルタイル以外にフェルドも難しい顔で腕を組みつつも自分を見失ってはおらず、小燕は内容を理解し切れていないのか小首を傾げていて、ステラはそんな小燕の様子を支えに気丈に振舞っているようだった。

 全員が全員、自分なりに今の事態を再認識しつつも取り乱す様子はない。


「今回提供していただいた仮想都市ネットワークの情報によって、私は世界初の試みを達成する事になるでしょう。そうなれば今回の犯人も、その目的も明らかに出来るはずです」

「ふん。ここまでしてやったんだ。こいつらを助ける事が出来なかった時はどうなるかわかってんだろ――ぐあっ!」


 BBに対して御影が獣のような笑みを向けた途端、その顔にマリアンナの裏拳がクリーンヒットし、鼻っ柱を潰された御影が両手で顔を押さえてうずくまった。相当に痛そうである。

 いきなりの事に鳳牙は思わずぽかんと口を開けてしまうが、夫を殴りつけたマリアンナはどこ吹く風といった様子で、


「BBさん。貴方にとってこれはゲームなのかもしれませんけど、子供たちにとっては生きるか死ぬかなのだという事は、ゆめゆめ忘れないでちょうだい。貴方もいい大人なんですから、子供たちに恥ずかしい真似をしてはいけませんよ」


 まるで子供をしかりつけるような口調でBBに釘を刺していた。


「……善処しますよ。私は、貴女に嫌われたくはありませんからね」


 どこかひょうひょうとしているBBだが、不思議とマリアンナに対してはだいぶ従順な姿勢を見せている。


 ――本当にこの二人ってどういう関係なんだろう。


 鳳牙の知るマリアンナは、とにかく包容力のある女性だった。そしてほめる時はほめ、叱る時は叱りつけるメリハリの利いた気持ちのいい性格の持ち主でもある。

 フェルドやアルタイルにしても理想の母親像的な感情を持っていたはずだ。案外BBもその辺りの魅力に惹かれた一人なのかもしれない。


「あなたも無駄に威嚇しないの。協力してくださってるんですから、ちゃんとお礼を言わないと駄目でしょう?」

「何で俺がハッカー小僧に礼を言わなきゃならねえんだよ」

「あら。あなたに出来ない事を変わりにやってくれるんですから、お願いするのが礼儀じゃないかしら?」


 当然でしょうと言う様にマリアンナが呆れ顔を作っている。

 しかしその理論で行くと真っ先にお願いをしなければならないのは鳳牙たちということになるわけで、


「BBさん。よろしくお願いします」


 席を立った鳳牙は姿勢を正して深々とBBに頭を下げた。


「僕からもお願いします」

「よろしく頼むので御座る」

「お願いしまーす」

「お願いします」


 それにつられて、他の面々も頭を下げる。


「ああ、いや、えっと、まあ工房での契約が切れたわけではありませんし、これはあくまで中間報告というやつです。とことん調査するという事であれば引き受けますよ」


 揃って頭を下げられた事にどう反応していいものか戸惑ったのか、BBがぽりぽりと頬をかいている。

 そんな様子を見て、


「どうかしらBBさん。お金が絡むわけでもなく頼られるというのも、悪くないでしょう?」


 コロコロと鈴を転がしたような笑いを含んだ声でマリアンナがBBに話しかける。


「……そうですね。たまにはいいんじゃないですか」


 それに対してBBがやれやれと言う様に頭をかきながら応じていた。

 御影はそんな二人が仲良さげにしている事が気に入らないのか、ぶすっとした表情でキセルをくわえている。

 そんな頼もしい大人たちの様子を見て、鳳牙の胸の内にはわずかな安堵が広がっていた。


 そうして生まれた心の余裕で、鳳牙は今後の事に関して思考を巡らせる。

 少しずつ事態の全容が明らかになり始めていた。全てが分かった時にどうなるのかは分からないが、こちらはこちらとして鳳牙たちもゲームの観点から状況の打破を模索する必要はあるだろう。


 ――さしあたっては……


 外部エリアだという異端者の最果てからしかいけない謎の場所。バウンティハントイベントに隠された目的。

 幸いにして装備はほぼ整っている。今ならば行ける可能性は高いだろう。そこへ到達出来れば、必ず何かが動くはずだ。そして動かす事はおそらくBBの調査にも何かしらの意味を付加させてくれるだろう。


 ――諦めてたまるか。


 鳳牙は新たな決意を内に秘め、静かに闘志を燃やして行く。




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