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美春始点
SPELL 31
そう、それはなんとも不思議な感覚だった。
何十本もの梅の木の中に、立った一本だけ桜が混ざっているような、見逃しそうな些細な相違。
目が離せなくて、その人の風に泳ぐ髪や、動くたび乱れるスカートをぼんやりと見つめた。
すいすいと人並みを泳ぐ姿は、まるで夜店で見た金魚のよう。
ひらひらとスカートをなびかせて、あたしの視線を釘付けにする。
後姿は次第に人ごみに消えた。見えなくなってもあたしはその女性が消えた方を見つめていた。

「ミハル、行くよ」

タルミラさんが数歩離れた場所からあたしに声をかける。

「…はい」

少し名残惜しいものの、すでに消えた後姿をいつまでも見つめていてもしょうがない。
そう思いきびすを返しタルミラさんの後を追う。

「まったく、あいつはどこに行ったんだか」

せわしなく視線を動かしながらタルミラさんは一人ごちた。
ジェクサーが勝手にいなくなることは毎度のことだった。
ふらりと姿を消し、ふらりと現れる。別れた場所から離れたところにいても、ジェクサーはなぜだかあたしたちの元に戻ってくる。
だから無理して探さなくても良いのに、と思う反面、タルミラさんが心配する気持ちも分かる気がした。
遠くを見つめ、ぼんやりとする。何を…、誰を考えてるのか、なんてそんなのは簡単なこと。そして一瞬だけうつむく。
それは本当に一瞬だけで、すぐに何事もなかったかのように歩き出すけれど、その不安定さを誰よりも心配していたのはタルミラさんだ。
「手綱握ってないと走り出すからね。今のあの子は」とふざけたように笑った。
その笑顔の奥にぬぐいきれない不安を抱えていることを、あたしは知っている。

「先に宿に戻ってようか」
「そうですね」
「大丈夫。戻ってくるさ」

まるで自分に言い聞かすように言うと、タルミラさんはあたしの手を引いて「離れないようにね」と笑った。
頷き引かれる手をそのままに、宿に続く道を二人歩いた。

宿に着き、部屋に入るとタルミラさんはベッドに座り込む。
「ああ、疲れた」と小さな呟きが聞こえ、あたしは小さく苦笑をもらす。
タルミラさんは恥ずかしそうに笑って、「人ごみは嫌いだよ」と言った。

「この後どうしようか」
「この後?」
「どこの町に視察行く?ここから近いのはね…」

タルミラさんは地図を広げた。

「ここと、ここと、ここ」

長く男らしい指が地図の上で踊る。
あたしは指先を視線で追い、少し考えてから口を開いた。

「ジェクサーが帰ってきてから、相談しましょう」
「ああ、そうだね」

「忘れてたよ」とタルミラさんが声を上げて笑った。

***

もう直ぐで夕方になるというのにジェクサーは帰らない。
タルミラさんは窓を何度も覗いてはベッドに座り、立ち上がっては窓を覗くということを繰り返していた。
薄ぼんやりと空は赤く染まり始め、これから夜の帳が下りようとしている。

「少し探してくる」
「あたしも行きます」
「いや、ミハルは待っててくれ」
「行きます!」

タルミラさんはため息を付く。

「分かった。ミハルは大通りを探して。路地には入らないこと」
「分かりました」

日が落ちたら宿の前に、と言い残しタルミラさんは颯爽と去って行った。
通りは昼よりも人が多いようだった。仕事が終わり、これから酒を交わすのだ。
それは現代もこの世界もなんら変わりない。
あたしは銀色の髪を探し続けた。

笑い声がいたるところから聞こえた。話し声、足音、風で木が揺れる音。様々なものがあたしを取り巻いていた。
煩いのが嫌いだから、もしかしたらジェクサーは裏路地に居るかもしれない。
ふと視線を逸らし大通りから伸びる路地見つめた。
街灯の明かりだけが周りを照らし、静寂に包まれている。
赤い夕日が影を作り、大通りと路地を光と影で断絶しているように見えた。
そんな路地の奥でゆらりと何かが揺れた。
影の中似つかわしくない、薄紅色が揺らめいている。そこから伸びる白い腕。風になびく髪。

――――どこで見た?ああ、昼間に…。

そう、すいすいと泳ぐまるで金魚のような、あの女性。

――――いや、違う。もっと違う場所で…。

息を吸った。吐くのと同時に言葉が漏れた。

「シンさん」

なぜこの名前だったのだろう。居るはず無いのに、あの女性を見て彼のどこを連想したのか。
胸の奥底で、確証のない疑心が未だに渦巻いているのだ。

シンさん、ねぇシンさん。
あなたは誰なの?
あなたの本当が、あたしは知りたい。

聞こえるはず無いのに、その女性は足を止めた。
ゆっくりと振り返るその時間は永遠に感じられた。
細い首、まるで身を守るように腕を抱きしめていたその指は細く長かった。
髪が風に揺れて白い頬に掛かる。抱かれた腕に乗るその胸は確かに山を作り、薄紅色の服を緩やかに押し上げている。
路地には街灯しかないというのに眩しくて、あたしは目を細めた。
女性はわななく唇で確かに言った。

――――美春…。と。

嬉しかった。この人を見つけられたことがじゃない。名前を言ってもらえたことが嬉しかったのだ。
あたしの名前を聞きなれた言葉で言ってくれた。
誰も言ってくれない、本当の名前。誰も見てくれない、本当のあたし。

嬉しいから笑いたいのに、何故だか涙が止まらない。きっと酷い顔になっているだろう。
その証拠にあの人は小さく笑った。その顔が初めて会ったあの笑顔そのままで…。
あたしは大通りから駆け出し、路地へと飛び込んだ。








気づかない振りしていたの。
誰もあたしを見ないなんて辛すぎて。

ねぇ、痣の無いあたしなんて、ここに居る意味あるのかなぁ?
みんな上辺だけ見て、あたしに笑顔を向けるの。
所詮あたしはレプリカでしかないんだよね。
本当の“あなた”はどこにいるんだろう。

見つけた“あなた”の傍は心地よすぎて
自分の居場所がそこに有る気がした。
自分と同じように苦しむその姿が愛しくて
抱かれた腕は優しかった。

離したくないなんて言ったら
あなたは困ったように、また笑うんだろうね。

***

城内で痣無しと影で言われ、耐えてきた美春。
「ミハル」と名を呼ばれるたびに重圧を感じ、「あたしは美春だ!」と叫びそうになりそうな毎日だった。

美春にとってもシンは心の拠り所だった。
不思議とシンに呼ばれる「美春」は心を救っていた。
自分はここにいるという確証。
それはココロにも、美春にも必要で、最も欲しがっているものかも知れない。

***

お待たせしました。いや待ってない?すみません、本当に。
個人的にはここは大きな分岐点です。
誰をどう動かすのかによって、話が大きく変わる気がします。

大きく変わりすぎて、てんやわんやにならない様願っています。

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