〜knock on the wall〜縦書き表示RDF


〜knock on the wall〜
作:保科 郁



もう そろそろ寝ようか…。

俺がそう思った深夜1時、隣の部屋から微かな音が聞こえてきた。
俺の部屋は205号室だから隣は206号だ。
その音は例えるなら……かなり静かにではあるが、ノックをしているような感じだった。


……なんか リズムでもとってんのか…?


そう思ったものの、耳につき 気になって仕方がない。
…というか、はっきり言ってうざい。
俺は「うるさい!」という意味も込め、音が聞こえる壁を気持ち強めに叩いた。

ノックは一瞬止まったものの、再び叩かれだした。
しかも さっきより強めに。


……マジ うぜぇ。


俺は苛立ち、壁を更に強く叩いたが それでもノックは止まらない。
あまりにもウザいから、隣に文句を言いに行くことにした。


勢い込んでチャイムをならすが、住人は出てこない。
俺は舌打ちを一つすると、もう一回 チャイムを鳴らした。



‥しばらくすると 扉の向こうに人の気配がし、気弱そうな男がおずおずと出てきた。
その男が口を開く前に 俺は怒りの声を出す。


「あんたさぁ‥
 さっきから煩いんだよね。
 静かにしてくんない?まじで」


男は俺の勢いに怯みながらも言い返してきた。


「‥え!?
 何のことですか‥?」


…こいつ!
とぼけんのかよ!?


俺の苛立ちは増し、急激に頭に血が上る。


「あ゛!? お前ふざけんじゃねーぞ!!
 さっきからうっせーんだよ、お前の部屋」


詰め寄る俺に 男はさすがに恐くなったのか、一歩 後ずさった。


「そ‥、そんな事 言われても……」


まだしらを切ろうというのか、言葉を濁してきたそいつに 俺の苛立ちは頂点に達した。
俺はその苛立ちのままに胸倉を掴み上げようとしたが、続いた言葉に思わず手を止める。


「俺‥さっきまで風呂入ってたんですけど……」



言われてみれば男の頭は濡れていて、玄関下にも水滴が落ちている。



 え…
じゃあ、聞き間違いだったのか??


俺は訝りながらも、男に謝罪すると部屋に戻っていった。






部屋はさっきまでの物音が嘘の様に静まり返っていた。


やっぱり、空耳…か?


俺は不思議に思いながらも、その日はそのまま眠りについた。





──翌日、深夜。

再びあの音は聞こえ出した。

やっぱり幻聴じゃなかったんだ‥と、思いながらも また苛立ちが募ってくる。

隣の男が嘘をついていたという事実が、それに拍車をかけた。


もう一度 怒鳴り込んでやろうと 勢い込んで玄関を出た俺の耳に、エレベーターの到着音が聞こえた。

何気なくその方向を見ると そこには隣に住んでいる男の姿。



思わず目を見開き 硬直している俺に、男は軽く会釈をすると そそくさと部屋に入っていった。
俺は男の部屋の玄関が暗かった事を確認すると、静かに扉を閉め 部屋に戻った。



ベッドに座って、あの音は何だったのだろう…と考え込む。
男がしていた訳じゃないのは今ので解った。
同居人がいるのかとも思ったが、玄関からは全く明かりが漏れていなかった。
とすると、残る考えは……。



俺の頭は ある考えを弾き出した。



 幽霊…とかか!??

 げぇ〜、まじかよ‥?



俺は別に幽霊なんか恐くないが、もし出るのだと知っていたら もっと家賃を値切ってたのに…。

俺は落胆し肩を落としたが、まあ今更だ。
別に危害を加えられている訳でもないし…と、思い直した。






それから毎日、その音は続いた。


不思議なもので、毎日聞いていると苛立ちも無くなり 何だか親近感が湧いてくる。
俺はノックに合わせて壁を叩く事が日課になった。





――そんなある日。

いつもの如くノックに合わせて壁を叩いていると、一際大きく壁を叩く音が聞こえ 次いで大きな――何かが倒れるような音が聞こえてきた。



俺は驚き 聞き耳を立てたが、それ以降は何も聞こえることなく夜の静寂が訪れた。



その日から その音は聞こえなくなった。

俺は大きな疑問と、少しばかりの物足りなさを抱えながら暮らしていたが、それは数日後のテレビニュースで解決された。
そのニュースは驚くことに俺のアパートが写っていた。
女性アナウンサーが神妙な面持ちで語り出す。


『はい、こちらが現場です。
 このアパートの206号室に住んでいた被疑者○○は、今 誘拐殺人の疑いで警察に拘束されています。

 何か情報をお持ちの‥』



そこまで聞いた時、俺は背中にとてつもない寒気が走り 凍りついた。





そう…

俺が聞いていたあのノックの音は、監禁されていた女性が出していた 必死のSOSだったのだ。


俺はそれに全く気付かなかった‥。






後悔に打ちひしがれ 力無くうなだれている俺の耳に…


再び、微かな ノックの音が聞こえ出した……。
















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