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アルト

 祖父が死んだ。
 祖父はこの一家の主だった。絶対だった。
 けれどあっけなく死んだ。
 「ねえ、何を見ているの?」
 後ろからそんな低く心地よい女性低音(アルト)が聞こえ振り向くとそこには黒髪の少女が居た。
 同い年だろうか、異性と会話をあまりしたことがなくどぎまぎしていると彼女は笑った。
 「緊張することはないわ私もあなたと同じだもの」
 彼女は首から月と花をモチーフにした銀製のネックレスを下げあとは黒い不吉な喪服姿でそれが彼女の魅力を十二分に引き出している。
 「きっとその内わかるわ。きっときっと」
 そう言って彼女は一枚の紙を差し出した。
 「お友達になりましょう。私たちは似ているからきっとなれるわ」
 その紙には彼女の住所と名前が書いてあった。
 「私は***よ*******。忘れないで私の事」
 そう言って彼女は握手を求めた。その握手に答えると少女は歩み去って行った。
 家に帰った後、古くなって黄ばんだルーズリーフを引っ張り出し文字を綴る。
 何枚書いただろうか、何枚かの紙切れをぐちゃぐちゃの筆跡で埋め、茶封筒に詰めた。
 震える手で住所を書き、切手を貼る。
 なぜかわからないがあの少女の名前を両親に聞いたりしてはいけない気がした。
 鏡花水月と言う言葉が頭を過った。
 鏡に映った花も水に映った月も手で触れる事は叶わない幻、幻想。
 そんなのではないと自分に言い聞かせポストに便箋をおしこめた。
 何故だか涙がこぼれた。

                    #

 あゝ彼は手紙を書いたのだろうか、そう思って月を見上げた。
 彼に惹かれた。蛾が光に惹かれるように、蝶が花に惹かれるように。
 気が付いたら自分の住所を教えていた。
 彼は愛してくださるのだろうか。
 よく似た人間を。
 あれから2日が過ぎ、手紙は来ない。
 悲しい、悲しい。
 彼は喪服ではなく一人だけ緑のブレザーを着ていたからとても目立った。
 ただ彼に惹かれた。
 アレをしたのは私なのに。
 あゝ、どうやって告白したらいいのだろう。この思いを。
 伝える事は許されない。禁じられているわけではない。友達になろうと言ったから駄目なのだ。
 苦しい、苦しくてたまらない。いっそ殺してくれたらどれだけ楽なのだろう。
 でも殺してくれる人間はいない。周りの重圧ゆえに自らを殺すことすらかなわないのだろう。
 苦しくて愛おしくて狂おしい、凶器の渦にのみこまれるあゝあゝ何を思い何を願えばいいのだろう。
 そのうち月は沈み月の影は消える。
 それに隠れるよう泣いた。
 しばらくして。
 あの人の手紙が届いた。あの人の手紙が届いた。
 それだけで嬉しかった。
 その素っ気ない茶封筒に入った黄ばんだ古いルーズリーフとボールペンで拙く書かれた文字を見るたび胸が高鳴る。
 彼は書いてくださった。手紙を。手紙を。
 最後の一文に目が留まる。

――――あなたは誰なのですか?

 さあ、返事を書こう。どんなことを綴ったらいいのだろう?どんなことを語りかけたらいいのだろう?
 胸が痛い。彼が愛おしい。狂いそうになる。
 その中に冷静な心がいて悟られてはならぬと忠告した。
 わかっている、わかっていた。
 ゆっくりとでいい。ゆっくり彼にも思ってもらおう。
 あゝ子の胸を焦がす火は止まりそうにもない。あの人に声を掛けるであろう少女たちが妬ましい。縊り殺してやりたくなる。
 あいにゆきたい。あいにゆきたい。一目会って恋に落ちて好きになったあなたに会いたい。
 狂ってしまいそうな思いを堪え花の香りの便箋に思いを書いた。

                    #

――――答えられない、あなたの問いには。

 それが手紙の最初の一文だった。
 少々の落胆を覚え、その後の一文へ目を通す。

――――あなたは私を憎むでしょう、私がほんとうはどんな人間か知ったら憎むだろう。だから答えられない。あなたには憎しみの味を教えたくないから。

 憎しみ、その言葉に顔を顰め手紙をすべて読む。
 彼女は憎しみを知っていて、全てを知ったのなら憎んでも当然の相手らしい。
 けれどその流麗な文字と言葉遣いに誰かとても気になった。
 手紙を綴ろう。彼女の為に。
 言葉に酔いしれ、紡ごう、思う言葉を。
 書き出しは思いついた。新品のルーズリーフと明るいミントグリーンの封筒も買った。
 さあ、送ろう、彼女へ言葉を。

                     #

 あの人の純粋な言葉は穢れた言葉とは違う。
 心の中に凛と響く。

――――なぜ、話して下さらないのですか?あなたの事は憎みません。逆にこのまま何も語らずにいたらあなたを私は怒るでしょう。

 あゝ、その言葉想像できなかった。
 けれどまぶしい。まぶしすぎる。
 あなたには教えられない。秘密。
 また手紙を綴ろう。今度は――――

                     #

 返事が来た。とても短い返事だった。

――――あの日あった場所の近くの池で会いましょう。

 ただそれだけ。素っ気なく味気ないがそれでも彼女がどれだけ悩んだかわかる。
 返事を綴ろう。

                     #

 返事が来た。あの人は私と会ってくださる。
 日取りを決めなくては、四十九日の後でいいだろう。
 あゝ、会いたい会いたい会いたい。

                      #

 月に照らされた池の近く、彼女がいた。
 白いワンピースを着た彼女は儚い月に見えた。
 「あなたに言うわ、私はあなたのおじい様を殺したの。少し、生命維持装置を止めてまた動かせばいい。それだけであっけなくね」
 最初は意味が解らなかった。けれど彼女は笑う。
 「あなたは私を憎むでしょう、けれど私はあなたを愛する」
 その言葉で悟った。彼女は好きになっていたから言えなかったと。
 気が付いたら抱き寄せていた。
 憎まない、けれど愛することは出来ると言って唇を拙くふさぐ。
 彼女は腕の中で泣いた。

                      #

 あゝ、彼は憎まなかった。
 あなたの勝ちね。
 あなたは殺す前、孫の事で賭けをした。
 孫はお前を愛すだろう、お前はそいつを愛せるか?
 そう言ってあなたは息を引き取った。
 笑ったけれど今泣いている。
 彼が愛おしいから。
 愛してくれたから。

                       完
 初の恋愛ものです。
 べったべたに甘いの書きたくてこうなりました。
 つたない物もあったと思いますがありがとうございました。

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