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『血鎖の支配』
作:是音



第二章 三、《六月上旬 自殺教室》



 三、《六月上旬 自殺教室》


 雑用係となって約一週間。神野王牙は御堂摩紀の事務所にいた。客の来ない表向きの〈探偵〉である御堂は自分のデスクで暇そうに煙草を吸っている。王牙も同じく来客用のソファに寝転んで煙草を吸っていた。

「なぁオーガ」

 勝手に付けられたあだ名で呼ばれた王牙はぶっきらぼうに、ん?とだけ返事をする。

「君何歳?」

「十七」

「ふーん」

 御堂はそれだけ言うと興味無さそうに椅子にもたれかかり、窓から下界を眺めた。俯瞰の風景は至って平凡。路地の隙間から見える大通りには車が走っているが、人はまばらだ。見えるのは急ぎ足で歩き回る営業マンくらい。そう、今は真っ昼間である。

「なぁ、お前さ」

 唐突に投げ掛けられる御堂の呼びかけに王牙はぶっきらぼうに、ん? と返事する。

「学校は?」

「最近行ってないかも。あー、怪我のネタはそろそろ期限が切れるから新しい口実考えないと」

「ふーん」

と、いつもはここで終了するのだが、御堂は続ける。

「どこの学校?」
「んー、恵西」

 なに! と御堂は勢い良く身体を起こす。

「恵西高校ってここらじゃ有名な進学校じゃないの! へ〜、意外」

 王牙も御堂の意外なリアクションに驚き、身体を起こしていた。

「うん、まぁ。適当に勉強してたら入れた」

 王牙の言葉に御堂はハッと笑い、デスクの引出しから一枚の紙を取り出した。それを見た王牙は煙草の火を消し、デスクに近づく。

「なら丁度良い。今すぐ調べて来て欲しい事があるんだよ」

「まさか」

「うん、学校で」

 御堂の手駒となっている王牙は、溜息混じりに紙を受け取り、目を通して軽く動揺した。そこには御堂が調べた一人の少女の写真と個人情報が載っている。写真の顔は王牙が以前夜の公園で出会った少女であった。
 そんな王牙の表情を見て取った御堂は

「なんだオーガ、知り合いか?」

「……少し」

 そうか。と御堂は煙草を灰皿に押し付けた。

「なら今日はその仕事を終えたら帰っていいぞ」


 ◇ ◇ ◇ 


 新年度から学校に行っていなかった王牙は一度自分のマンションへ戻り、久々に着る制服に違和感を憶えながらも、午後から出席という形で学校へ向かった。
 通学路を歩きながら王牙は日向波遠の事を思い出していた。夜中に制服姿で呆然と夜空を見上げていた少女。最後に自分の名前を言うまで無言を貫いた少女。王牙は最初にこの子が内気な子だと悟った。故に王牙は気が楽だった。相手のことをあまり考えたくない王牙は喋りたいだけ喋ったし、相手はなんとなく適当に頷いているような気もした。結局、何故あんな時間に公園に居たのかはわからないまま彼女は走って行ってしまったわけだが。とにかく、学校に着けば御堂の命令で嫌でも日向に話を聞くわけだし。なんとなく楽しみだ。と、珍しく王牙は思っていた。
もし教師に見つかったらめんどくさいな、と憂鬱になりながらも校舎へ入る。
 時間からして今は授業中。とりあえず対象の教室だけは把握しておこうと、王牙は一つ下の学年の教室へ向かった。といっても新学期からずっと不登校だった王牙にとって二年生の教室へ行く方が不慣れである。

――ふぅん、一年……六組ね。あの子一個下だったのか。

 慣れているのに表札をいちいち確認しながら進み、一年六組の教室の前に立った王牙は眉を寄せた。

「誰もいねぇ」

 他の教室からは教師の声が聞こえるから間違いなく今は休み時間でもないし休日でもない。体育ということも考えられるが、どの机の横にも鞄がかけられていない。つまり、このクラスの生徒だけ学校に来ていないということだ。気が進まないが、王牙は行き先を職員室へ変更した。


 ◇ ◇ ◇ 


 王牙が事務所を去った後、御堂はソファに寝転びながらリモコンでテレビのスイッチを入れた。中年のニュースキャスターと目が合い、顔をしかめる。キャスターは無表情で最近の時事を話し続ける。御堂も煙草をくわえながらボーッとそれを眺めていた。

『―――では次のニュースです。恵西高校一年六組の生徒が二十五日の朝、学校裏で大量の死体で発見された事件で、鑑識の結果全員が自殺と判明。警察はクラスで唯一生き残った少女に事情を聞こうとしましたが、少女は事件当日から行方不明となっており―――』

 御堂摩紀はクスクスと笑う。

「学校へ行かずに、テレビも新聞も見ない。だから身近の大事件に気付きもしないんだよ、お前は」

 外はくもり空。窓の外を眺めながら御堂はボソリと呟く。

「ったく、いつまで焦らすんだよ。とっとと降っちまえ」


 ◇ ◇ ◇


 職員室に場違いな叫び声が響く。

「はぁ!?」

 事件の事を聞いた王牙の第一声がそれだった。同時に教師達もこの究極の世間知らずに開いた口が塞がらない。そもそも今は授業中である。だがそんなことはお構い無しとばかりに王牙は問う。

「なら、日向波遠も死んだのか!?」

 そう口に出しはしたが、実際王牙は、調べるように言われた少女と事件のあった日の二日後の夜に会っている。またも世間知らずな問いに、応対する教師は溜息を吐く。

「あのねぇ。君、ニュースや新聞どころか友達とも関わりが無いの? 唯一生き残った、第一発見者でもある日向波遠は現在失踪中だよ。こっちも警察や父兄、PTAへの対応で大忙しなんだ」

 身近の大事件を知らされた王牙はボーッと立ち尽くしていたが、周りに意識を向けると、確かに職員室の中は鳴り響く大量の電話の呼び出し音とそれに応対する教師達の声でいっぱいだった。この様子だと事件直後の日なんかはもっと凄惨な状況だったのであろう。
 ふと王牙の頭に御堂摩紀の意地悪そうな笑顔が浮かんだ。

――あの人、これ知ってて学校に向かわせやがったな。

 王牙は教師の制止する言葉を完全無視して職員室を足早に出、一年六組の教室に戻った。事件の話を聞いた後では最初に入ってきた時と印象が全く違う。綺麗に整えられた机一つ一つの持ち主はもうこの世にいない。ただ一人の物を除いて。
 幸い個人の持ち物以外はそのままの状態になっている。教卓の上に置いてある座席票を手に取り、〈日向波遠〉の名を探す。漢字がよくわからず、波遠が〈はおん〉と読むのだと理解するのに少々手間取った。

――窓際一番後ろだと? プラチナポジションじゃないか。

 問題となっている少女の机の中を調べると、学級日誌が出てきた。見つからなかったのは奇跡か。王牙はぱらぱらとページをめくる。

『五月二十三日』

 ここで王牙の手が止まる。忘れもしない、守野一郎に襲われた日である。なんとなく目に留まってしまったのだが、その日の日直覧を見て驚いた。

『日向波遠』

 何の偶然か、丁寧な字で書かれたその名前は王牙の探す少女の物であった。この学校の日直は一週間交代の筈である。王牙はページを戻す。

『五月十八日』

 日向の日直はこの日から始まっていた。日記のようなその日の日直の自由コメント欄を読む。

『五月十八日・くもり・今日、勇気を出してクラスメイトに挨拶しました。私は内気なので無視されるのではないかと思いましたが、そんなことはなく皆優しく接してくれました』

 王牙はふぅんと次のページをめくる。

――今まで友達が居なかったのかな。

 ぱら

『五月十九日・くもり・今朝も挨拶したら気持ちよく返事してくれました』

 無言でページをめくる。

 ぱら ぱら ぱら

 王牙は彼女の日々のコメントを読みながら思う。

――こいつ、全部朝の挨拶の事しか書いてないじゃん。

 そう。コメントに記入されているのは彼女が朝、クラスメイトに挨拶して返ってきた事が嬉しかったという内容ばかりだった。

 ぱら ぱら……

 と、王牙のページをめくる指がピタリと止まった。

『五月二十四日』

 日向の日直最後の日。王牙が守野に襲われた次の日であり、守野の死体が発見された日でもある。妙な接点に疑問を抱きつつもコメント欄に目を通す。
 王牙は固まった。
 今まで短文で綺麗な字で書かれていたコメント欄が、この日だけは力強く、乱暴に、書き殴ったような字体で書かれている。

『五月二十四日・くもり・ おかしいです。挨拶が返ってこない。何度も、何度も、〈おはよう〉と言ったのに。誰も私に見向きもしません。折角私の声が届いたというのに、また逆戻りです。あの嫌な、私から発声というモノが消え失せていたあの頃に。気付けば私は教室で叫んでいました。〈また私をあの頃に引き戻すの? 無視するの? 最初からそのつもりだったの? 人を弄んで何が楽しい! お前達なんか、お前達なんか死んでしまえばいいのに!〉 言い過ぎたと思いました。でも、それでも誰も反応しません。頭が真っ白です。私はどうすればいいでしょうか』

 王牙は日誌を閉じた。一年六組の生徒が自殺したのはこの次の日。日向のこの発言が原因でクラス全員が自殺するとは考えにくい。必ず何らかの原因があるはず。だが、この日誌が見つかれば当然一気に原因追求の調査の為に警察は今より力を入れて日向を探すだろう。日向絡みだというのは明白だが、同時に御堂も絡んでいる。ということは、今回の件は警察ではどうにも解決できないことになる。王牙は日誌を鞄の中に入れて教室を出た。初めて挨拶してから七日目に何かがあったのも明らか。王牙は首を傾げた。

――何か引っかかる。七日目。一週間?

 と、教室を出たその時、背後からふいに呼び止められた。

「神野先輩」

 王牙は驚いて後ろを振り向く。

――誰だ?

 先輩と呼ぶということは一個下なのだろう。一年六組前の廊下に、王牙と少し距離を置いてその男子生徒は立っていた。小柄で、無造作に切り揃えられた黒髪。どこにでも居そうな高校生である。見知らぬ人物に声をかけられ、王牙は首を傾げた。
 生徒は構わず続ける。

「アンタを追ってこの学校に来たんだよ。アンタと同じように比べられ、アンタを羨んで。そしてアンタを哀れんで、アンタを蔑む為に。ふん、そういった意味でアンタはオレの先輩だ」

 言っている意味が解らない。ただ目上の人間に対するその態度が王牙は気に食わなかった。無言で男子生徒に背を向け、王牙は去ろうとする。だが、それなりに距離があった筈なのに、王牙は後ろから肩を掴まれた。小柄な身体からは想像もつかない程強い力で掴まれ、振り返ることもできない。

「ま、『失敗作』同士仲良くやろうぜ。何で逃げちまったんだよ? 神野」

 ふっと身体が開放される。王牙が振り返るともう男子生徒は居なかった。何故か、一瞬、王牙は今の生徒を知っているような感覚を受けた。だが、確実に今の男子生徒は間違えていた。

 その日はもう帰って良いと御堂に言われていた王牙は、授業に出ることもなく帰宅した。












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