第二章 【言の霊】
一、《五月二十七日》
夜の公園とは何と物寂しいものか。木々と柵で囲まれ、子供達が自由に走り回れるよう広く作られたその空間は、夜になり、人が居なくなると、その特徴が故にその空間内を世間と切り離された別世界へと変貌させる。
ブランコに揺られながらなんとなく少女は思う。
――雨は……いつ降るのかしら。
目に生気は無く、虚空を、星一つない暗黒の空を見つめ続けている。
じゃり
ふいに砂利を踏みしめる音を聞いた少女は我に返る。ブランコの前には青年が立っていた。割と童顔。彼女が第一に受けた印象はそれだった。
「何でこんな夜遅くに……って、まぁいいか。お互い様だ」
青年はそれだけ言うと隣りのブランコに座った。
――人とは関わりたくないのに。関わっちゃいけないのに。
「人が、嫌いか?」
心を見透かしたような青年の質問に彼女は素直に首肯する。
「オレもだ。って、なのに何で人に話し掛けてんだよって感じだよな」
青年は頭をポリポリ掻いて困ったような顔で笑う。
「まぁ、なんだ。何故か話し掛けちまった」
それから男は一方的に話し続けた。なかなか雨が降らなくてじれったいとか、最近真夜中に散歩するのに嵌まってしまったとか、それでも路地裏は避けるとか。少女は無言だったが、時折首を少し動かして反応を示した。もともと少女は人とコミュニケーションをとるのが嫌いである。であるが、それを知っているかのように男は自分の反応を待たずに喋り続けた。それが心地良かった。少女は能動的な事を好まない。故に今の状況は心地良かった。相手のリアクション等待たずに喋りつづける男と究極に受動を貫く女。
「ん? そういえばそれウチの学校の制服だよな?」
少女はその一言に固まった。
彼女はセーラー服だった。青年はそれを知っていて話し掛けた。一瞬にして少女の青年に対する感情が恐怖と憎悪に変わる。迂闊だった。今の自分は制服で人目についてはいけないのだ。家に帰る事もできない少女は着替える事など当然不可能だったが、街へ出て買い物するなど更に自殺行為。
彼女は勢い良く立ち上がると、走ってその場から離れようとした。だが男が片腕を掴む。
少女は決心した。この男を殺してでも逃げないと。自分は……
「ちょっ、待て待て。帰るのはいいけど、オレが深夜にほっつき歩いてるって先生に言わないでくれよ? これでもサボり魔で、最近は怪我をしたって事にしてあるんだから」
少女は唖然とした。そしていくつもの疑問が頭に浮かぶ。この男、私が目的で話し掛けてきたのではないのか?それとも私が私だと気付いていないだけなのか?と。
否、自分と同じ学校の生徒なら、今自分を知らない者は居ないはず。
――あんな事をしてしまった自分を。
それでもこの青年は本当に何も知らないらしく、首を傾げている。あげく少女に名前まで聞いてくる。恵西高校の生徒ならもう彼女の名を知らない者は居ないはずなのに。
「………答えたくないか?」
少女は無反応。答えたくても答えられない。
自分の声は、届かないのだから。
それでも、彼女は、無駄だと解っていながらも、何故か話してみたくなった。今まで自分から話す事など有り得なかったのに。独り言の様に、ボソッと、呟いてみた。
「ふーん、そっか。日向 波遠{ひゅうがはおん}ね」
驚いたのは少女である。それと同時に、先程とは別の恐怖が生まれた。
――聞こ………えた。何故?
波遠は青年の顔を凝視する。青年はそれに動揺して一歩下がったが、少しだけ笑うと彼女に自分の名前を告げた。
だが彼女は掴まれたままだった手を振りほどき、一言
「私と話すと死にますから」
そう言って走り去っていったのだった。
あの時。彼女が逃げ出したくなったあの事件の直後、あの同級生は言った。
『君は人と関わっちゃいけないんだよ』
――九条君の言う通りだ。私は人と関わっちゃいけない。
首を傾げ、その場に固まる男を残したまま、公園を飛び出し、走りながら波遠は青年の名を呟く。
「神野……王牙」
《五月二十七日》
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