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『血鎖の支配』
作:是音



第一章 四、《調査結果 守野家》



 四、《調査結果 守野家》


「守野一郎?」

 神野王牙はバイト先の上司、御堂摩紀のデスクにコーヒーの入ったコップを置きながら聞き返した。

「そう。君を襲った獣人の名だ」

 御堂は調査資料を王牙に手渡し、コーヒーに口をつけた。

「む。意外に旨いじゃないか」

 王牙は自分を襲おうとした男を思い出しながら資料の顔写真を見て思う。

―――こんな優しそうな顔じゃなかった。

 ◇ ◇ ◇ 

〈守野一郎〉27歳。

 長野の名家、守野家の長男にして次期跡取り。
 他に類を見ない秀才で幼少時代より神童と呼ばれ続ける。学歴優秀で海外留学多数経験。
 4年前にヨーロッパへ留学し、1年前に帰国。只でさえ有能であるのに更に各国の語学力まで備わった彼は帰国後すぐに一流外資系企業に就職し、即実力を発揮。誰からも期待されていた。

 そこまで読んだ時点で王牙は守野の経歴に溜息を漏らした。だがすぐに頭に疑問符が浮かぶ。

「期待されて………いた?」

「続きを読んでみろ」

 御堂は椅子に座ったまま窓を開け、煙草に火を点けた。王牙は再び資料に目を落とす。

―――誰からも期待されていた。しかし入社2年目となる直前、守野は退社。直後行方不明となる。

「それがニ週間前のことだ」

 窓から外を眺めたまま御堂は言う。ニ週間前。連続猟奇殺人犯が現れた時期と重なる。

 そこまで読み終えたところで御堂は王牙の手から資料を取り上げた。

「んで犯人が一郎だと悟ったんだろうな。一週間前に守野家から私のところへ依頼があったんだよ」

 殺害してくれとな。と資料に目を落としながら御堂は呟いた。

「あの御堂さん、守野家って?」

 王牙の質問を聞いた御堂は溜息混じりに煙草の煙を吐き、別の資料を取り出した。

「前に話したろ?〈人を超えた人〉を生み出そうとした一族の話。〈獣人〉守野一郎の実家である守野家はその末裔ってことだ」

 御堂は汚物を見るような目で資料を読む。

「守野家は古来からの名家であると同時に、異常なまでに支配欲の強い一族だった。使用人は奴隷のように扱い、ミスを犯した者は容赦無く殺す。だが同時に怖れもあった。力づくで抑えようとすれば、無論反発も強まるからな。だから連中はその反発をも抑え込み、尚且つ手出ししようとも思わない存在を。他人を押さえ付けて支配する為、奴らは一族の人間を特別な、つまり人間を超えた存在にしようとした。
 そう。呪詛を加えて血を濃くしたんだよ。飽きもせず代々身内同士で結婚させ、子孫を増やした。狂ってるだろ? 支配欲もここまで来ると賞賛に値するね。
 だがまぁ、結果として稀に〈獣人〉が生まれるようになってしまったわけだ。獣人は確かに力も身体能力も人間を凌駕した。だがその一方で困ったことに人間の意識を失ってしまう。有力な魔術も見つからなかったようだしな。意味がないじゃないか。人間レベルの知能がなけりゃ支配もクソもない。
 それでも貪欲な守野家は獣人を後継ぎにすべく様々な打開策を考えた。ここからが面白いところだ」

 御堂は二本目の煙草に火を点けた。

「守野家は調べていく中で他にも自分達と同じ考え、同じ方法で〈人を超えた人〉を作り出した一族が居ることを知ったんだよ。こんなクレイジーなことを考える一族が他にもいたなんて愉快極まりないだろ?
 だが攻撃的な守野家はそれをよしとしなかった。〈人を超えた人〉が他にもいるのでは作り出した意味も価値もなくなるからな。
 守野家は他の一族を葬りたかったが、最後まで〈獣人〉を操ることができず、その代は失敗。血も薄れていったと思われた」

「でも実際に、獣人は現代に出た」

 そう指摘する王牙に御堂は、その通り。と答える。

「謎なのはここからだ。そもそも〈獣人〉ってのは生まれたときから〈獣人〉なんだ。だが守野一郎は違った。覚醒したのはついニ週間前だ。一番怪しいのはヨーロッパへの海外留学だな。日本に帰ってからは仕事に打ち込んでいたらしいからその間に何かがあったと考えるのが妥当だろう」

 それから、と御堂は付け足す。

「どうやら魔術系統の知識を手に入れたのか、近年の守野家の獣人は意識を保つ事のできるタイプとなっている。そんな中で一郎だけは〈不完全獣人〉だった」

 頭に疑問符ばかり浮かべながらも、真剣な表情で聞く王牙を見た御堂は面白そうに続ける。

「それじゃもう一つ。〈不完全獣人〉は一度血の味を知れば病み付きになり、止められなくなるのだが、どういうわけか君を襲うまでの一週間、守野が活動を停止していた期間があるな」

「何故?」

「私にもわからん」

 そう言いながら御堂は煙草を灰皿に押しつけた。

「今回の件は謎だらけだ。守野の死体から心臓が抜き取られていたのも気になるしな」

 御堂は頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれに体重を預けた。それを見た王牙もソファに腰を下ろし、ふと思いついた疑問を御堂に投げ掛けた。

「ねえ御堂さん。守野家は他の一族と共存しようとは考えなかったのかな?」

 御堂はハッ、と息を吐き捨てる。

「大体あんなことを、呪詛を体内に取り込もうなんて考え付く一族なんて邪悪な思想をもつ奴らばっかりだ。共存なんてするわけがない」

 王牙はめんどくさそうに虚空を見つめる御堂に構わず続ける。

「でも他人をコントロールできる一族がいたら昔の守野家が夢見た〈獣人〉の計画はうまくいってたのかも」

「〈獣人〉の脳波をコントロールするってか?君ねぇ、一つの脳ミソで二人分動かせるわけないだろ。
 仮に能力者自身の意識を停止させたとする。なら相手は一体〈誰の〉意志で動かされるんだ? その能力者の意識だろ? ほら矛盾だ。だって〈相手を行動させる〉という思考を自分の脳で考えなきゃいけないからな。つまり不可能だ。
 それに守野家からしてみれば人を支配する為に作った〈獣人〉を支配されるわけだろ?ありえないよ」

「でももしかしたら他に方法が……」

「くどい!」

 御堂は王牙の言葉を撥ね退けると調べ物を始めてしまった。
 この人は見た目と違って厳しい口調でものを言う。王牙にそれを指摘する勇気はなかった。

 ◇ ◇ ◇ 

 バイト時間が終わり、王牙は事務所を出ていった。仕事といっても主に御堂の茶運びか資料整理をし、あとは適当に暇するだけである。
 御堂は、大通りへ向かって歩いていく青年を事務所の窓から眺め、デスクの中から一枚紙を出した。
 守野一郎と同じ様にそれには顔写真と調査結果が記入されている。

「まぁ、一番気になるのはお前なんだけどね。神野王牙」



 一、【獣人欲求】 了












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