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『血鎖の支配』
作:是音



第一章 三、《死神 御堂摩紀》



 三、《死神 御堂摩紀》


――あ。

――生きてる。

 目が覚めた王牙はソファの上で寝ていた。どれくらい意識を失っていたのだろうかと考えながら時計を探しつつ周りを見渡す。ドアの反対側、部屋の窓際にはデスクが一つ設置され、自分が寝ているソファの前にはテーブルがある。来客用と思われる。どこかの事務所らしい。どうしてこんな所に居るのか。

 そう考えたところで王牙は顔をしかめる。

 どうやらアレは夢ではなかったらしい。

 口の中に残る胃液がそれを証明していた。

―――人間の四肢を食らう人間……? くそっ! なんだってんだ!

 その時ドアの開く音がした。王牙は考え込んでいた頭を上げる。
 そこには女がいた。二十代前半といったところだろうか。前髪を長くのばしたショートカットで、片目が隠れている。背は高く、スーツがよく似合っていた。

「目が覚めたようだな」

 冷たい目をした女は一度だけ王牙に視線を向けると自分のデスクまで歩いて行き、ドカッと椅子に座った。

 アンタは誰だ?と王牙が尋ねる前に女は答えていた。

「私は[御堂 摩紀{みどう まき}]だ。お前は?」

 先に名乗った相手には自分も名乗らなければいけない。

「神野王牙」

 珍しい名前だな。と軽く言う御堂に王牙は問う。

「あの化け物からどうやってオレを助けた?」

 御堂は煙草に火を点けながら片眉を上げた。

「ん? 確かに私は倒れているお前を助けたが、化け物なんて見なかったぞ」

 嘘だ! と王牙は声を張る。

「オレは確かに見たんだ! アレは人間じゃなかった! 人間じゃない人間が人間を食って……。あーっ! くそ!」

 テーブルに拳を叩きつける王牙を落ち着いた目で見ながら御堂摩紀はクスクス笑った。

「あぁ、知ってるよ。アレは人間じゃない。〈獣人〉だ」

 予想もしなかった答えが返ってきたことで王牙は勢いよく御堂へ振り向いた。それを見た御堂は再びクスクス笑う。

「あんたはアレを知っているのか!?」

「猟奇殺人の犯人だろ?」

「違う! アンタ今……」

「ハハハ、そう、〈獣人〉。知ってるも何も、アリャ私の依頼対象さ」

 王牙は首を傾げる。

「お前も知ってるだろ?身内同士で結婚して子供を作ると、血が濃くなってあまり良くないという話を。あまり血が濃いと人より優れた人間が生まれたり、ちょっと変わった人間が生まれたりする確率が高まるんだ。
だがな、昔はそういうのに目をつけ、魔力か呪詛を……あー、血液に染み付く位だから呪詛だろう。とにかくそれを自分達の血の中に流し込んだ連中が居たんだ。血に込められた呪詛は血が濃ければ濃いほど強く反応する。それを極限まで極めて〈人を超えた人〉を生み出そうとするクレイジーな一族が、この世の中には存在するのさ」

「それがあの獣人?」

「まさしく〈その類〉だろうな」

「というかいきなり魔力とか呪詛とか言われても……」

 御堂は かはは、と笑う。

「うん、私も良く知っている方じゃあない。魔術・呪術・呪詛・怨恨みたいな学問はとうの昔に廃れてしまい、今ではごく僅かの人間にしか扱えない。まぁいいじゃないか、君は普通の生活に飽きたから、異常な世界に憧れたからあんな場所に居たんだろう? 良かったじゃないか」

 王牙は大きく首を横に振った。

「違う。俺はあんなモノを見たかったんじゃない。もっと……」

「夜に出歩いたところで出会うのは精々こんな世界くらいだ」

 冷たい目で女はキッパリと言った。

「ま、無事で済んだだけ奇跡と思わなきゃ」

――そうだ。

 王牙は魔術とか、そんなことよりも何故自分があんな化け物から無傷で生き延びることができたのかが疑問だった。御堂が現れた時には王牙しか居なかったわけだから第三者が関与したことが考えられる。仮に第三者が存在したとして、それは更に王牙に疑問を抱かせるだけだ。
 腕を組んで考え込む王牙に御堂は近づき、まじまじと顔を見つめた。

「へぇ、君は―――うん、なるほどね」

 御堂はしばらくブツブツと独り言を言い続ける

「うーん、獣人を目撃したという事はまた連中に出会う危険性があるわね。あの連中、妙に縁とか巡り合わせを重んじる傾向にあるから。うん、そうね」

 そしておもむろに王牙の肩に手を置いた。

「よし、君は今日から私の手駒だ!」

 はぁ? と王牙は当然の反応と共に再び首を傾げる。

「君、バイトとかしてる?」

「いえ……」

「誰かと住んでる?」

「いえ……」

 御堂は満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ君は今日からこの事務所で雑用のアルバイトに任命! ようこそ裏の世界へ」

 はぁ。と王牙は眉を下げ気味に答える。
 裏の世界へようこそ等と言われて喜ぶ奴などいない。命に危険が及ぶ確率がダントツに上がるからである。だがこの女、御堂摩紀は自分の傍についていれば安全は保障するという。
 まぁどうせ暇だし、いいか。と、毎日時間というものを本当に持て余していた王牙は御堂の言葉を受け入れたのだった。

 ◇ ◇ ◇ 

 御堂摩紀の事務所は街から少し離れた大通りから少し外れた場所にある七階建てビルの最上階に位置している。御堂の仕事は表向きでは〈探偵〉となっているが、本職は始末屋である。
 依頼を受けた仕事―――主に殺害、たまに保護。本来始末屋の仕事はこれだけに留まらないのだが、御堂は殺し関係を好んで受けるらしい―――は確実にこなす。それが御堂摩紀、通称〈死神 御堂〉の信条であった。

 気付けば丑の刻などとうに過ぎており、この日王牙は事務所に泊まったのだった。

《五月二十三日》

 ◇ ◇ ◇ 


 次の日、街外れの廃ビル内において、牙と爪が異様に発達した死体が発見された。

 警察の調べにより死体は二週間前に行方不明となった[守野 一郎{もりの いちろう}]のものと断定。行方不明になった期間と身体中に染み付いた返り血により、警察は連続猟奇殺人犯を守野と断定。
 しかし牙や爪と共に新たな謎として浮かび上がったのは

 守野の死体も心臓が抜き取られていたということだった。

 新聞を読み終えた御堂は溜息と一緒に煙草の煙を吐く。

「やれやれ、一応〈守野家〉の依頼は達成されたわけだが、私への報酬はゼロだな……。おい雑用くん! お茶頂戴」

王牙はけだるそうに読んでいた文庫本をテーブルに置くと、ソファから立ち上がってキッチンへ向かった。

《五月二十四日》












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