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『血鎖の支配』
作:是音



第七章 【血鎖の支配】


 二人の過去は一つの過去
 違った過去でも一つの過去
 巡り会いしは必然か
 二つを結ぶは異端の桜
 二つを結ぶは家族愛

 大切な想いを胸に抱き
 さあ今こそ終わらせよう
 小さな小さな、とても些細な
 琥珀に閉ざされたこの劇を

 そしてこの劇が終わった時こそ

 血鎖の支配が解かれる刻

 血の鎖に縛られし者共
 千腐り、死に廃れる運命を背負いし一族
 その行く末は……

―――【血鎖の支配】


 ◇ ◇ ◇


 一、

「行方不明の生徒……ねえ」

 外は雨。
 しんしんと降り注ぐ微かな音は気にもならない程の細かさで囁く。
 まるで和紙の表面を手の平で撫でた時のような繊細な音。
 それを打ち消すように、普段よりも冷え冷えと薄暗い放課後の廊下に二人分の足音が響く。

「はい。我が校としてはもうこれ以上問題を世間に晒すわけにはいかず、こうして再び内密に調査をお願いした次第です」

 そう話すのは廊下を歩く二人のうち、前を先導する男。体格が横に大きい男は冬だというのに額に浮かぶ汗を拭い、前だけを見て話す。
 その汗は暑いからというわけではなさそうだ。
 ここは若者の学び舎であるのに、二人が歩いた後の廊下にはほのかにこの場所とは不釣合いな香りが漂っていた。
 教頭という立場である男は一度だけ恐る恐る後ろを振り向き、その人物の片手に目を送る。
 片手はポケットに突っ込み、もう片方の手からは立ち上る小さな煙が見えた。

「あ、あの。ここは学校ですので、煙草はちょっと……」

「あ?」

「い、いえ。なんでもありません」

 斜めに流した前髪から覗く冷たい眼。睨まれた男は慌てて顔を戻し、小さく溜め息を吐いた。
 カツカツと遠慮なく廊下でヒールの音を鳴らす――つまり土足だ――その女。御堂摩紀は、ふう、と紫煙を吐き出した。

(大方の調べは終わった。現地へ赴けば何か得るものがあるかと思ったけど、無駄足だったかな)

 美樹本という生徒が消えた原因の調査をして欲しい。
 恵西高校からそう依頼され、仕方なく調べを進めた御堂だったわけだが、彼女が依頼を受けたという事は普通では解決不能な異常事態でもあるということなのだ。
 そんな事は当然知らない学校側は、梅雨時に起きた自殺事件の時と同様に、探偵である御堂へ再び相談を持ちかけた。事実この学校は御堂の助言のお陰で自殺事件というスキャンダルをうまく切り抜けることができたのだ。
 味を占めた学校側が再び御堂へ助けを求めたのも当然といえば当然。
 学校は身を守る為。御堂は興味本位。というように目的は異なるのだが。

(あー。カルテットが尻尾を見せたから興味を持ったけど。空けてびっくりだわ。というか、間違いなく美樹本って生徒はカルテットの一人ね。調べてみたら面白いことが出てくる出てくる)

 そう。御堂はもうこの時点で、後に波遠が関わる事件の真相を知っていた。
 昔からカルテット達を知っていた彼女は、彼等が死体から心臓を抜き取る習慣があったということも。
 つまり御堂は、半年以上前に守野一郎が起こした連続猟奇殺人で、被害者の状態を知ったときからカルテットの仕業だと予測していたのだ。ただ、そいつらが忌部家の人間をコピーしているとはさすがに思わなかったし、彼女がそれを知るより先にカルテット達は波遠の手によって死ぬ事となる。

(主人を失い、どこへ消えていたのかと気になってはいたけど。この街に潜んでいたとはね。けれど、何で純血一族を……?)

 眉間に皺を寄せて思考に集中していた御堂は歩きながら、ずっと自分が前を歩く無駄に広い背中を見つめていた事に気付いてさらに顔をしかめた。
 そして何年も冷徹を保っていた自分が感情を自然に表へ出すようになっている事に驚き、呆れた。
 なんだか馬鹿らしく思えてきて顔を窓の外へ向ける。

(……む?)

 そこで急に足を止めた御堂。
 足音が一つになった事に気付いた教頭が立ち止まって今度は身体ごと振り向いた。
 スーツの両ポケットに手を入れ、煙草をくわえた彼女の目は、窓の外を眺めたまま固定されたまま。 男に声を掛けられても御堂には聞こえない。
 御堂は吸い込まれるように、まるで窓が一枚のカンバスであり、その中に映し出された風景が悪魔の如き美しさをもった絵であるかのように見入ってしまった。

「おいあんた」

 その状態のまま教頭に声を掛ける。

「あの桜は?」

 校庭には一本の桜が、冬だというのに花を開いていたのだ。
 問われた教頭は彼女の視線の先へ目を送り、ああ、と明るい調子で頷いた。

「あの桜はおかしいんですよ。冬に花を咲かせて春に散らせてしまう。これで雨でなく雪でも降っていれば、二つの季節を同時に見ているような気分になるでしょうな」

 今は雨に打たれて花びらを水に濡らしている。が、この男の言うように雪降る夜などにこの桜を見たら、なかなか趣があるだろう。
 と、御堂はそう考えたところで首を傾げた。

“ねえ摩紀。桜が……白く咲いていたのよ”

 雪と桜。
 御堂がその二つのコラボレーションを思い描いた時、突如として自分の中の記憶が呼び起こされた。琥珀の中に仕舞っていた、遠い思い出。大切な言葉。
 御堂はそれをぐっと内へ仕舞いこむ。

 ところが次に別の記憶が出てきた。
 これはなんともない、つい最近の記憶。
 自分の事務所へ刀を取りに来た男との会話。

“ああそうだ死神よ。私の実家には、季節という自然の摂理にも揺るがない鬼のような桜があるんだ”
“あっそ。どうでもいい話だな、鬼人”

 ぽろ。と御堂の口から煙草がこぼれ落ちる。
 煙をゆらめかせながら落下し、リノリウムの廊下に着地して火の粉を散らした。
 それを目で追ったのは教頭だけで、本人は気にも留めない。
 女は今や両手を窓に添えて張り付いていた。
 どうでもいい話だと思っていた。今の今まで。

(つ……)

 桜を見る目は嬉しさと怒りを帯び、まるで欲していたものを見つけた時のように爛々と輝く。

 冬に満開の桜。
 鬼のように季節を無視して自己を主張する桜。
 雨が止めば、すぐ入れ替わりに雪が舞うだろう。
 もし雪の降る中であの桜を見たら、きっと……。

(桜は、白く咲いているように見える)

「あ、あの。御堂さん?」

 硬直したまま動こうとしない女に教頭が声を掛けるも、次の瞬間その声は一気に掻き消された。地獄の底から響いてきたような咆号によって。

「私は馬鹿だ!!」

「!」

 ばりん、とガラスが砕け散る音。
 御堂は咆えるのと同時に、拳で目の前のガラスを叩き割っていた。
 破片は耳をつんざく不快音を撒き散らして雨の降りしきる外界へ飛び散る。
 殴った拳にはガラス片が深々と刺さり、流れる血は滴る。
 その欠片を一つ一つ引き抜く女。
 教頭は青ざめた顔でそれを見ている。自分は恐ろしい人間を引き連れて歩いていた事を、今更実感したのだ。
 御堂は赤く染まった欠片をかちゃりかちゃりと床に落とし、壁に張り付いたまま怯える中年男を一瞥し、言う。

「……やめだ」

 当然、男は呆気にとられた顔になる。
 その顔から教頭という立場の威厳は微塵も感じられない。御堂からすれば最初からそんなものは感じていなかったが。

「あの……やめ……とは?」

「聞いての通りだ。行方不明事件に関しての依頼を放棄する」

「どうしてですか!?」

「理由か。うーん。お前の〈あの……〉とかいう口癖がムカついたから、ってことにしとこう」

「は? ちょ、ちょっと――」

 言いかけて教師は口を閉ざす。女が顔を目の前まで近づけてきたからだ。
 美麗という言葉がふさわしい女の外見に急接近され、教頭は息を飲んだ。が、すぐに御堂は離れてしまう。
 気がつけば教頭の手には万札の束が乗っていた。

「ふん、ガラス代だ。芯の入った頑丈なものに取り替えることを薦める」

 そう言い捨てた御堂は踵を返し、歩いてきた廊下を引き返す。
 点々と血痕が彼女の後に続いたが勿論気にもしない。

「ああ、それから。行方不明になった奴と……これから行方不明になる連中については家出という扱いで問題ない。保護者は何も言って来ないはずだ。もともと居ないからな……。PTA、教育委員会、マスコミについても既に私が処理しておいた。残った私の仕事は校長先生殿に報告するだけだったから。それをあんたが引き継いでくれればオーケー。じゃ、そういうことで」

 ヒールの硬い音をバックに、さらさらと報告内容を述べた御堂は廊下から姿を消したのだった。
 薄暗い廊下に残されたのは割れた窓ガラスの破片と火の消えていない煙草、赤い血痕、教師失格の中年男、そしてほのかな煙草の香り。
 全て学校には相応しくないものばかり。

 来客用の出入り口から外へ出た御堂は新しい煙草に火を点けた。
 雨を全身に浴びても、煙草を気にする程度。なんともなしに紫煙を吐き出し、目を細める。
 その先にはやはり季節はずれに花を咲かせるあの桜。

「くくっ……」

 煙草を歯で転がしていると、自然に笑いが込み上げてくる。

「ふ、ふふっ……はははははははは!」

 たまらず大声で笑い出してしまった。
 何かに喜んでいる。そんな笑い。

「つながった。つながったぞ! ふふっ、ははははははは!!」

 雨雲を見上げ、その奥に何を見ているのか。
 降り注ぐ水滴を弾き返すが如き勢いで高らかに笑っている。

「ははははは! 悪いね波遠、私はお前を助けてやれないよ! 私にも大切な物語があるからねえ! だから自分の事で精一杯なのよ!」

 ざしゅっ。と、ついに煙草を噛み切ってしまう。

「さあ、進もうか。途切れていた道を。さあ、始めようか。停止していた私の物語を。最後に私の前に立っているのは、一体誰なんだろうね」

 この時の御堂はまだ知らない。
 結末の刻、目の前に立つのが意外なほど身近な人物であるということを。     
     












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