第六章 五
零、《narration》
はーい! はいはーい!
ストーニーのお話の時間がやってきたよー。んふふふ!
さて今回は何について語ろうかな?
そうだ! じゃあ純血一族の連中がよく口にする《世界の物語》についておれっちが教えてあげよう。
これはようするに、簡単に言ってしまえば一人一人の人生。その繋がりの事だな。
道で擦れ違っただけの奴。駅のホームで向かい側に立った奴。それだけの出会いでも、そいつらは君にとって人生という名の物語に登場した脇役なわけ。逆にそいつらの物語の中では君は脇役。
そう考えてみると繋がりってのはとんでもない数だよ。
そんな世界中の生きるもの達にある全ての繋がりをを客観的にまとめて世界の物語と呼ぶんだ。スケールでかすぎだなオイ。
しかし、前にも言ったがこの世界の物語、意外に脆い。
なぜ脆いのかってぇと、ここからが重要な話だ。
当たり前な話だが、何事にも結果には原因ってもんが付き物だって事はわかると思う。付き物っつーより一繋ぎと表した方が良いのかもな。
原因がいくつあっても結果は一つだというのはご存知純血一族の運命論。
そこで連中はあることに気が付いた。
――世界という結果にも原因が存在するはずだ。ってな。
《禁忌の中枢》。
これが世界の原因・根源となる存在に名付けられた名前。
連中はそう呼ぶものの実際にそれが中枢であるのか、はたまた全てを包み込むような規模なのか、規模を持つような存在なのかさっぱりわからねぇ。
だが禁忌の中枢は世界の物語、その全てを把握する存在なんだ。何故かって、それ自体が原因なのだから。
全ての事象、現象、それらの根底にある存在。全ての原点。だから中枢と呼ばれているのかもしれねぇ。
つまりはその原点を掴んでしまうか辿り着くかをしてしまえば、それを辿って原点からこの世の全て、森羅万象、あらゆる運命、宿命、事象、現象を支配できる。とも考えられるよなぁ。
だから禁忌だ。
今の世界にとって。
故に禁忌の中枢を求めるという事は世界を敵に回すという事であり、禁忌の中枢に近づこうとする者は世界によって消される。
そう、消されるんだ。
その消し方が常軌を逸している。
禁忌の中枢に近づこうとする者と言ったが、実のところそんな奴ぁ存在しない。
何故なら世界は禁忌の中枢に近づこうとする者が、そうしようとする意志を持つ前にそいつを消すからだ。
不慮の事故。突然の病。完全無意識。誰の意志によるものでもなくこの世から排除される。
だが。
それほどまで徹底していながら。
それでも世界の物語は脆ぇ。
決定的な弱点があるからな。
それは、近付くのではなく自身が禁忌の中枢と成ってしまう場合だ。
さっきも言ったよな、原因はいくつあっても結果は一つだと。
なら世界という一つの結果が存在する為に禁忌の中枢という原因は固定されていなくても良いって事だぜ。
新しい禁忌の中枢が現れてしまった時、場合によっちゃあ今の世界は崩壊する。そして世界は自分と同等の存在を消す事ができねぇ。
結論を言ってしまえば、自身が禁忌の中枢に成るって事は自身が世界に成るって事に等しい。
禁忌の中枢に成る。これが一体どんな状態なのか想像すら出来ねぇけど、純血一族は特殊な能力を持つ者が候補に上がるという結論に到った。
呪詛能力者が居る以上その存在は否定できねぇよな。
しかも純血一族は、今もこの世界には禁忌の中枢に成り得る能力を持った連中、つまり次期世界候補生がたくさん居るとかぬかしやがるから驚きだ。
そいつら――禁忌の中枢と成り得る能力を持った連中は《破滅の物語》と呼ばれている。
禁忌の中枢と成る事のできる能力。呪詛で得る能力とは根本的に違う、持って生まれた自然発生能力。さしずめ世界のタネといったところか。
壮大なパズルの中に存在する小さなヒトカケラ。大きな世界の物語を崩壊させるほんの一つの物語。だから破滅の物語。
これはおれっちの予想だが、もしかして純血一族という大規模な組織は破滅の物語を狩る為に存在してるんじゃないかと思うよ。いや、最初は支配欲だったろうけどさ。
でも頂点に君臨している神野家が本当にそうだったかは疑わしい。もしおれっちが神野の人間で、弱者を支配しようと思ったらまず他の十二家系を全員殺すだろうね。だって圧倒的に支配するのだったら力有る存在をまず消すのは当然のセオリーだろ?
それなのに神野家はそうしない。むしろ戦力が必要であると言わんばかりに統一した。危険な十三種類の呪詛能力者を掻き集めなければならない理由。
こう考えればおれっちの予想もあながち的外れってわけじゃなさそうだよな。ま、あくまでおれっち個人の予想だけどな。
まぁ純血一族の存在理由なんざ知る気にもならんさ。
とにかくこの世界はそういった不特定多数の次期世界候補生によっていつでも崩壊するような状況にあるって事。
な、世界って不安定で脆いだろ?
だが世界の物語だって脆いまま放置するわけにゃあいかねぇわな。
破滅の物語を消す為には………どうすれば良いんだろうなぁ?
毒を以て毒を制すとか?
もしかすると今の世界だって、そう、おれっち達が存在するこの世界だって実は誰かのエゴによって動かされていたりしてな。
おっと、世界の物語についてはここまでにしておこう。
んふ。んふふふふふふふふふ。
さてさて?
ここらで小さな物語に動きが表れたみたいだ。
複雑に絡み合っている一人の少女が、動き始めるみたいだよ。
んふっ。んっふふふふふふふふふ!
◇ ◇ ◇
五、
「波遠、波遠ー!」
朝、波遠は教室へ入るなり腕を引っ張られた。
波遠を引っ張るその腕には新聞部の腕章が付けられている。
「おはよう。どうしたの美央ちゃん?」
「どうしたのじゃないわよー! 大変、大変なの!」
手足をばたばたと動かして必死にアピールする美央をよそに波遠は自分の席で鞄を降ろした。
「なにが大変なの?」
「またよ、また行方不明者が出たの!」
波遠は教科書を取り出していた手を止める。
「また?」
「そう! これで四人目!」
行方不明者が出たのは驚くべき事だが、美央がここまで興奮する事は今までなかった。
「今度は誰なの?」
美央はその言葉を待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「藤乃宮園子よ!」
波遠は一瞬言葉を失う。
藤乃宮園子といえば、つい昨日会ったばかりの人物である。
そしてどういうわけか御堂摩紀が調べていた人物。
「……まさか」
「本当にまさかでしょ!?」
「でも昨日……」
そう。昨日の様子から見てもこれから家出しようとするような態度ではなかった。
「波遠も思った? あの高飛車な性格をした人がいきなり家出とは考えにくいよね」
何故、あの園子が消えたのか。
「いつ居なくなったのかわかる?」
「ふふん、新聞部をナメちゃ駄目よ。彼女の友人から手に入れた情報では、いつも一緒に帰る筈の藤乃宮園子が昨日だけは居残りをするって言って学校に残ったらしいの」
「それ以降、目撃されていない……のね」
「ううん、居残りを担当した先生が最後」
「それって別の三人も同じだったりする?」
波遠の問い掛けに美央は、腕を組んで目線を斜め上に向けた。
「うーん、そう言われたらそうだったかも。もしそうだったら共通点が出てくるわよ」
(居残り……居残り……か)
その三人もだが、園子も素行が悪い事で知られている。居残りをさせられるのは不思議ではない。
教員もすぐに帰ったものだと思ったらしい。
美央は学校を疑っているが、この件は異常である事は波遠には明白である。そして御堂摩紀が調べていた藤乃宮園子。彼女が関わっているということはつまり、御堂摩紀が関わるような件だという事。
それがわかった今、この件は危険であるという事が決定づけられた。
(これはもう、興味本位で関わって良いものじゃない)
このまま中村美央がこの件に首を突っ込みすぎると、逆に美央が危険にさらされる事になるのだ。
ただ、美央を止める為の理由が無い。危険である事を一般人に伝えるにはあまりにも根拠に欠ける。
(私が動くしかない)
波遠には言霊という力がある。御堂に言わせれば日向家でも天才の類に入るらしい。
いくら異常な事件であったとしても、波遠自身も相当な異常の中に居る存在である。
友人を心から大切にする少女が、動かないわけがなかった。
「どうしたの波遠?」
不思議そうに顔を覗き込んでくる美央。
何も知らない友人に、波遠は笑顔を向けた。
「ううん、なんでもない。それより美央ちゃん、私今日は早退するよ」
「えっ!? 今登校してきたばかりなのに。調子悪いの?」
「うん、ちょっとね」
「無理しちゃ駄目よ」
心配そうな顔をする美央に大丈夫、と言った波遠は鞄を掴んで教室を出た。
日向波遠と中村美央。
この時が、二人が会う最後の瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「ふぁ……。よう波遠。どうした、授業は始まってるだろ?」
その男は今日は朝から屋上で寝ていた。夜中に散歩するのが趣味らしいので寝ていないのだろう。
「相変わらずサボりですか、王牙先輩?」
「ははっ、今日はどうでもいい授業ばかりだからな」
朝の空気は冷たい。
冬の朝に外で寝る者などこの男くらいである。
その、仰向けに寝そべる男の隣に波遠は立った。
「ん、座らないのか?」
少女は頷く。
「今夜は、雪が降るそうですよ」
にこやかに空を見上げる。
つられた王牙も白い息を多めに吐き出しながら雲を眺めた。
「波遠」
「………」
「お前、何をしようとしてる?」
目を横に向けて、隣に立つ波遠を下から見上げる。
波遠は冷たい風になびく髪を押さえたまま、まだ空を見上げていた。
答える様子を見せない波遠に王牙は、まぁいいさ、と目を空に戻す。
「夢が」
「ん?」
「私には夢があるって、言いましたよね」
肩を少し震わせて王牙は笑った。
「あぁ、わがままな夢だったか?」
波遠も笑いながら首肯する。
「わがままな夢です。私の自分勝手な希望ですよ」
「夢ってのはわがままなもんだ」
「ふふっ、それもそうですね」
口元に手を当ててクスクス笑う。
そして王牙の両腕を掴み、引っ張った。
「よいしょっ!」
「うお」
上半身を起こされた王牙はきょとんとした顔を斜め上に向ける。
その先には、王牙の正面に立つ少女。
手を後ろで組み、空に向けていた笑顔も今は王牙に向いていた。
「私の夢は、王牙先輩とずっと一緒に居る事です」
冬の空気はせっかちだ、と王牙は思った。
冷たい空気は波遠の言葉をより鮮明に王牙へ響かせ、冷たい空気は王牙の寝呆けた思考を無理矢理呼び起こすからだ。
早く返事を出せ、ボーッとするなといわんばかりに。
「あ……それはつまり」
「告白です」
「だよな。うん、だよな」
目を泳がせる男。それを真っ赤な顔で笑う少女。
気持ちを伝えた満足感が波遠の中ではいっぱいだった。
「あ。でも、やっぱり私の夢はわがままなんです。気にしないで下さい。えっと、どうしても言いたかった、それだけなんですから」
「………」
「王牙先輩はカンヤの人間で、私は日向の人間。だからやっぱり私の夢は叶う筈も無くて、だからやっぱりわがままな夢であって……それでも言わずには居られなくって。き、聞き流してくれても構わなかったんですよ! 私が一方的なんですから。先輩はもっと悩みが多い事だってわかってます。皇真さんとか、掟とか……」
落ち着きの無い波遠は喋っているうちに自分が何を言っているのかもわからなくなっていた。
「波遠」
「でも、でも何も伝えないままというのは嫌というか……」
「波遠!!」
「……あ」
無理に笑いながら口を動かしていた少女は固まる。
そんな彼女を落ち着かせるように、男はゆっくりと、低いトーンで、言った。
「俺は王牙だ」
「!」
「名字なんかどうでも良い。お前は波遠で、俺の名前は、王牙だぞ」
「……」
今まで泳いでいた王牙の眼は、しっかりと波遠の眼を捉えていた。
その力強さは、波遠がうじうじと悩んでいた事柄を一気に吹き飛ばすくらいに――安心できる力強さ。
「波遠の考えている事はわかるよ。一人で悩むにはとっても複雑な事だ」
波遠は王牙から目をそらすことができない。
彼は波遠の悩んでいた全てを理解している。
その上で。
そんな事はどうとでもなる、関係なくなる、一番の言葉を言い放った。
――俺の名前は、王牙だぞ
「波遠は俺の名前を指した。だろ?」
「はい」
「家系だとか事情とか、そんなの後まわしにしてでも自分の気持ちに正直になろうとしたわけだ」
その通りだった。
王牙の言う通り、ごたごたした事情に悩んでいた波遠はまず自分の気持ちを伝えることを最優先にした。それは以前の内気な性格から目覚しい成長を遂げた証でもあった。
「うん、嬉しいぞ俺は。良いよ」
「はい?」
波遠は彼が何を言ったのかを理解するまで少し時間がかかった。
その良いよ、が〈一緒に居ても良い〉という返事だと理解するまで。
「え、あ……。ほ、本当に!?」
「本当。だけどやっぱり大変だと思うぞ。いろいろとさ」
「承知の上ですよっ」
嬉しそうにくるりと回った波遠はたおやかな笑顔で言った。
そんな純粋な笑顔を向けられた王牙はしばし無言で固まってしまった。というより見とれていた。
「……先輩?」
呼ばれた王牙は慌てて我に返る。
「んっ、あ、ああ! その、なんだ」
「?」
「波遠は素直に笑ってた方が……良い」
それを聞いた波遠は目を見開いた。
まさか王牙の口からそんな言葉が出てくるとは思っても居なかったからだ。
たまらず声をあげて笑ってしまった。
「アハハハハハ」
「む。そこまで笑えとは言ってないぞ」
ムスッとする王牙。照れ隠しなのだろう。
波遠は人差し指で涙を拭う。
「あはは、ごめんなさい。先輩が言うなら私ずっと笑っててあげますよ」
「わかったわかった。勝手にしろ。ほら、身体が冷えるから中に戻った方が良いぞ」
「そうですね。えと、先輩は?」
「俺はもう少しここに居るよ」
(中で寝れば良いのに)
そう思ったものの、王牙にとってはこの場所が居心地良いのだろうと納得した波遠は屋上出口へ向かった。
「おーい波遠」
王牙に呼び止められて足を止める。
「今日はもう帰るのか?」
王牙の目線は波遠の持つ鞄に向いていた。
「そうですよ」
「何をするつもりなのかは訊かないが、困ったら俺や摩紀さんに相談しろよ」
「はい。でもきっと大丈夫です」
「そっか。じゃあ、また明日な」
「また明日です」
そう言って二人は別れた。
波遠はまだ知らない。
今夜で全ての決着がつく事を。
それは波遠が考えているよりもずっと複雑な思惑が交錯し、一つの大きな答えが出る。そんな夜になる事を彼女は知らない。
◇ ◇ ◇
王牙への告白。
その興奮は全くさめる気配が無いまま、波遠は行動を開始した。
学校を出たその足でまず向かった先は御堂摩紀の事務所だ。
藤乃宮園子の資料を見つけたのは偶然だが、他にも資料があるかもしれないと考えたのだ。
そして、その予想は的中した。
王牙に借りた合鍵で事務所の中に入った波遠は前日来た時のまま雑然とした部屋を歩き、まず園子の資料を再び見つけた。そしてそれと同じ位置に置いてあった紙の束を手に取る。
「あった。他の三人の資料」
やはり、御堂は他の行方不明者達も調べていた。
そこには顔写真と共に実家の住所も書かれている。波遠はそれを鞄にしまい、その際ある物に気が付いた。
「私の……資料?」
近くに重ねてあった束が滑り落ち、その中に自分の顔写真が貼ってある紙を見つけたのだ。
その散らばった紙を拾い集める。
(九条君のもある。それから……守野一郎? あ、この人知ってる。それから……あれ?)
写真が貼られていない紙が四枚あった。
それらはクリップでまとめられており、なにやら赤い字の片仮名が一言書かれていた。
(カルテット?)
その四枚は異常で、名前の欄にカルテットA、B、C、Dと書かれているだけだった。あとは空欄でとても資料とは呼べない。
しかし首を傾げながらそれを見回した波遠はその裏に御堂のメモ書きがある事に気付いた。
《イーヴァン・スレイヴの研究参考になった可能性大いにあり。九月、孤島にて確認》
(うーん、私にはわからないや)
自分の資料を御堂が持っているのは当たり前なので、適当にまとめられたのだろうと考えた波遠は自分の資料とそれらの理解不能な書類をテーブルに置いた。
「じゃあ摩紀さん、資料をお借りします」
主人が不在の部屋でそう呟き、少女は事務所を後にした。
四人分の資料を片手に持って目を通しながら、彼等の実家へ向かう。
「えっと。行方不明になったのは美樹本、舞阪、鎖龕、そして藤乃宮の順ね」
さすがに順番通り訪ねるのは手間が掛かるので、波遠は当然近い場所から当たることにした。
住宅街の一角に最初の目的地はあった。
舞阪という表札が架かった玄関。
住所も二人目の行方不明者の実家で間違いはない。
だが。
「空き家……?」
その家に人が住んでいる様子は無かった。
庭には雑草が好き放題に伸び、郵便受けには封筒やら葉書の束が大量に詰め込まれている。
どう見ても数年は人の手入れが加わっていないのは明らかであり、無論ここについ最近行方不明になった高校生が住んでいたなど考えられない。
「どういう事?」
混乱するものの、とにかく次の目的地へ向かう事にした。
ところが。
三人目の行方不明者、鎖龕の家も空き家。
四人目の行方不明者、藤乃宮園子の家も同じく空き家だった。
そして最後に辿り着いた場所。最初の行方不明者、美樹本の実家も空き家だった。
それぞれの家はかなり距離があり、この四件目の空き家に辿り着いた頃には陽も落ちかけていた。
赤燈色に照らされた黒髪。夕日を背にした波遠はもはや読みづらくなるまで劣化した美樹本家の表札を睨み、眉間に皺を寄せていた。
(やっぱり何かある)
美央の話では、行方不明者達にはちゃんと登下校をする友人が居たという。
つまり、必ずどこかに住んでいたのだ。
波遠は決意した。この空き家を調べてみるしかない。
鍵のかけられた空き家の扉。その前に立った少女はすぅっ、と息を吸い込み、呟いた。
「〈傾聴〉せよ。我が面前に壁は無」
まるで扉に語り掛けるような呟き。
そして言霊使いに語り掛けられた扉は――ひとりでに鍵が外れ、古びた音と共に開いた。
波遠の言霊は人の意識に関与するだけではなく、もはや大気中に存在している呪詛に語り掛けられる域に達していた。
扉も、具現化した呪詛の力で開いたのだ。
言霊使いの天才は空き家の中へ足を踏み入れる。
土足のままで上がりかまちを踏んだ瞬間、空気に違和感を感じた波遠は固まった。
外から見れば何年も使われていないように見えたこの空き家が、しかしその中に入ってみると若干新しさの混じった空気があった。
(……これは)
再び身体を動かし、家の奥へ進む。
やはり家具は無かったが、それでも波遠の行動は間違いではなかった事を証明する決定的な証拠があった。
寝袋が、部屋の隅に置かれていた。
そしてゴミ箱にはコンビニ弁当の残骸。賞味期限は――最近の日付だった。
(これで美樹本という生徒……もはや本当に生徒なのかも定かではないけれど、とにかく最近まで此処に住んでいた事はわかった)
おそらく他の三件の空き家も同じ状況だろう。
ただ、この美樹本という生徒。どうやら最後に此処を出る時に相当慌てていたらしい。
コンビニ弁当はほとんど食べかけのまま捨てられており、寝袋も乱雑にたたまれている。
(あれ? なんだろうこれ)
台所を調べていた波遠はコンロの上にあった紙切れを摘んだ。
それはどうやら手紙であるらしく、証拠隠滅の為かほとんどが燃えてしまっていた。
ただ、よほど慌てていたのか一部分が焼け残っている事に気付かなかったらしい。
波遠は残った文を読んでみた。
「《――育館地下》」
(んー、体育館地下? でもそんなものは無いはずだけど……あっ、もしかして旧体育館の事かな)
いよいよもって怪しさが増してきた。
行方不明者達が被害者でも、まして家出などでもない事はもうわかりきった事。
空き家から出ると外はもう暗くなり始め、曇り掛かった空からは今にも雪が降り出しそうである。
冬の夜空の下、日向波遠は早足で歩きだした。
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