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『血鎖の支配』
作:是音



第五章 五、《過ごした日々は最愛の……》


 五、《過ごした日々は最愛の……》



◇ ◇ ◇

 これは昔話。

 一人の男の人生が、大きくねじ曲がった時の話。

 ◇ ◇ ◇

 家族。

 家族?

 ああ、誰が何と言おうが俺達は家族だ。

 血の繋がりが無くったって。

 俺達二人の血は繋がっていない。

 親も居ない。

 俺達二人の出会いは戦場だった。戦いの起こった場所だから戦場だ。

 怖い部屋。

 そう、あれはガキの俺にとってはとても怖い空間だった。

 俺はそこで死体に囲まれていた。

 殆どの死体の背中には入れ墨が彫られている。奴らはヤクザだった。

 ただ四つの死体にだけは入れ墨は無い。

 その内二つの死体は俺の両親だからだ。

 でも何で死んでいるんだろう?

 借金返せなかったからかな?

 あ、流れ弾とかに当たったからだ。

 そう。あの日、中学校から帰ってきたら家には組関係の人達が待っていた。
 父親と母親は既にたくさん殴られていて、そのまま俺を含めた家族三人は事務所に連れてこられたのだ。
 無論怖かった。毎日のように玄関を殴りにくる借金取りも怖かった。ついにはそいつらがたくさん居る場所にまで連れて来られた俺の奥歯はガチガチ鳴っていた。

 事務所という名の地獄には、多額の借金を抱えた別の家族が既に血だらけになって床に倒れていた。俺より年下の女の子が一人、恐怖でめそめそ泣いている。声を出して泣くと殴られるから、頑張って声を押し殺している。きっと売られてしまうんだろうな、と俺は思った。

 俺はどうなるんだろう、とも思った。

 両親は殺されるかも。でもこんな親は殺されても構わない。だって俺は何もしていないのに、こんなに辛い生活をこのだらしのない両親によって強いられたのだから。こいつらは俺を生んだ責任を感じていないのだ。だから死んで責任をとれって思った。

 でも俺は死んでいない。血だらけの両親だったモノを見下しながらつい数十分前に起こった事を思い出す。

 そうだ。いきなり抗争が始まったのだ。別の組の奴等が飛び込んできて、拳銃ぶっ放したり日本刀振り回したりしていた。
 事務所内に居た連中もすぐに武器を取り出していたから、こうなる事は予測していたに違いない。
 組同士の事情なんて知った事ではないが、事務所に大量に押し寄せるというのはもはや相当救いようの無い事態にまで発展していた筈だ。そんな状況で借金を返せない家族に気を回しているこいつらは馬鹿だと思った。

 でもおかげで連中はみんな死んだ。

 生き残りもどさくさに紛れて俺が斬り殺した。武器はそこら中に転がっていたし、俺はどちらにとってもただのガキでしかない。
 簡単に背骨辺りを切り裂いて殺せた。
 人を殺したのは初めてだったが、別になんとも思わなかった。

 気付けば二つの家族の親はどっちも死んでいて、事務所の中で生き残ったのは俺と、あとは死体に抱かれてわんわん大声で泣き喚く少女だけだった。

 あまりにも泣き声が喧しかったのでそっちを見てみると、

 少女の左腕は抗争中に肩口から切り落とされていた。血が吹き出ていた。

“痛い、痛い”と泣いていた。

 俺は慌てて止血するために少女に駆け寄り、処置を施す。医者に連れて行かなければ危ない。

 少女は尚も泣き続ける。

“痛い、痛い”と。

 俺が“医者に連れて行くから頑張れ”と言うと、少女は首を横に振って更に泣いた。

“心が痛い”と、言った。

 俺は驚いた。
 心が痛いって何だ?悲しいという事なのか?
 馬鹿な。
 腕を一本切り落とされたのに、腕より心を痛がる少女。
 魂の抜けた自分の両親に抱きついてわんわん泣いている。

 俺はその子に問う。

“何故、心が痛いのか”と。

 少女は答える。

“家族が居なくなってしまったから痛いのだ”と。

 思わずガシャ、と持っていた日本刀を床に落としてしまった。

 その子の眼は、死んでしまいそうなくらい絶望していて、とても怖かった。
 こんなに人を想える子が居るという事に恐怖し、同時にそんな子がその優しさを失ってしまうのではないかと恐怖した。

 無意識のうちに俺は今まで武器を握っていたその手の中に、代わりに少女の残った右手を握っていた。

 彼女は一瞬驚いた顔を見せたが、俺の手に安心したのか緊張の糸が解けたのか、ことりと眠ってしまった。

 握り返してきたその手は小さくて、暖かい。

 俺達二人はこの瞬間、兄妹となったのだった。

 ◇ ◇ ◇



 中学生程のガキが二人だけで生活なんて普通は考えられない。けれど家族が他に居ない俺達は考えるしかなかった。
 アイツを運んだ病院も、案の定警察を呼ばれたためにすぐ逃げてきた。必要な処置を終え、輸血中の妹を輸血パックと点滴ごと抱えて隠れながら知らない街まで走ったのだった。
 金と武器は組事務所から拝借してあったが、金はいずれ底をつく。
 まずはアパートの部屋を借りた。海に面したボロだったが、妹は気に入ってくれた。
 とりあえず俺と妹の暮らす場所は確保できたが、問題は稼ぎだ。

 年齢を偽ってバイトをしようとも思った。同世代は大抵そうしていたからだ。が、俺が偽らなくてはいけないのは年齢だけではない。警察やらに見つかれば俺達二人は間違いなく施設行きで、離れ離れだ。それだけは避けたい。

 必然、俺がやったのは〈悪い事〉だった。

 最初は武器を使った恐喝。
 それから盗み。
 こんな事をしていたらいずれ警察に見つかるという心配もあった。
 それからしばらくは暗中模索の日々を続け、その間俺はどんどん犯罪色の強い行為に走っていった。
 始まりは夜の恐喝、盗みを終えた後。移動は無論建物と建物の間であったが、俺はそこで商売をする奴に出会った。
 麻薬の売人だ。そいつは自分でも化学合成のかなりきつい薬をやっているらしく、異様に血走った眼をしている。
 売っている薬は初心者用で、それを売って自分用のきつい薬を買うのだという。そいつがへらへらと教えてくれた。

 そんなわけで俺は麻薬の売人を始めた。
 どうやら俺達の住む大きな港町は治安が悪く、この麻薬ルートはなかなか規模がでかいと理解した。
 だけど下っぱでは少々危ない。
 というか売人でまともなのは俺くらいしか居なかった。皆自分で売り物を試してしまい、ふらふらしているだけ。あまり優秀じゃない。
 だから俺は俺の縄張りを広げるために連中を殺した。一番出来の悪い奴から殺した。
 簡単だ、奴等が持っている売り物を全部口の中にぶちこむだけだった。数日後には中毒で死亡したとされ、上の連中も出来の悪い奴が死んだ事で出来の良い俺にどんどん縄張りを渡してくれた。こうなったらこっちのもん。
 だんだんと信頼を得てきた俺は下っぱを管理する係になり、気付けばもっと上の方まで上り詰めていく事になった。

 そんな生活で培ったのは人間の汚さや欲に負ける愚かさを見極める眼力と、邪魔する奴や金を払わずに奪おうとする奴を容赦なく殴り倒すことのできる卓越した身体能力。どうやら俺にはこれらの才能があるらしい。
 腐った稼ぎ方だが、これで妹を養う事ができた。

 妹には何も言わなかったし、アイツも俺が一体何をしているのか聞かなかった。

 俺はアイツの手を汚させたくなかった。

 その小さくて白くて暖かい右手を持つ彼女を大切にした。

 アイツは俺より年下のくせに妙に大人びた風貌をしていた。料理をはじめとした家事全般を、始めは片手だけで不慣れだったが、きちんとこなす。

 妹はいつも俺に言った。

“私の兄さんでいて下さい”と。

 それを聞く度に切なくてアイツが哀れで、それでも俺は嬉しかったから、

“勿論”と答えて頭を撫でてやった。

 俺はその時に肩をすくめて笑うアイツの顔が大好きだ。
 二度と絶望を感じさせてはいけないと思った。

 妹は家で俺の帰りを待ってくれる。

 人間の汚さに触れて帰ってくる兄の汚れを洗い流してくれる。
 アイツも懸命に頭を働かせて自分は何が出来るのか考え、俺が安心して帰ってこられるように撤したのである。

“兄さんが居るから、私の心は痛くないよ”

 そう言ってくれる妹が大好きだった。

 ◇ ◇ ◇



 幸せな日々だった。

 それが何年か続いたある冬の日、俺達は二人で街へ出かけた。

 片腕の無い妹は大きな外套を羽織る。
 妹は義手を拒んだ。俺と出会った証なんだとさ。馬鹿だよ。

 そして右手で俺と手を繋ぎ、家を出た。

 そとはまだ雪が降らないにしても空気は冷たく、吐く息は真っ白。
 かなり背が伸びた俺を隣から見上げてくるアイツもかなり大人な顔になり、綺麗だった。

 ショッピング街に出てくると、妹は色々なモノを見て回る。アイツは身なりをとても気にする奴で、どんどん綺麗になっていく。金には困らないから、一層加速する。
 そんな中、アイツが俺に似合うのではないかと提案してきたのはオレンジ色のバンダナだった。目まで隠れてしまうのではないかという位に深く頭に巻き、

“兄さんの素顔を知るのは私だけ”と言って悪戯っぽく笑ったのだった。

 外では路上販売している露店がずらりと並んでいる。妹はそのうちの一つへ立ち寄ろうと提案してきた。

 適当に立ち止まった店はアクセサリー屋で、ルーン文字が彫られた石をアクセサリーにして売っている。
 それを売っているのは意外にも老人で、ぼろぼろのマントに身を包んだ見るからに怪しい風貌であるが、妹が興味深そうに品物を眺めているのを見て、どれかペアで買おうと提案した。

“爺さん、俺はルーン文字について詳しくないから、何かペアで良さそうな物をくれ”

 と言う俺に対し、老人は並べられた品物達にゆっくりと手をかざした。
 俺はその時、青い石の付いたペンダントと赤い石の付いたペンダントがほんのりと光ったように感じた。
 妹も感じたらしく、しかも老人はその二つを俺達に手渡したのだ。

 それから俺達はそのペンダントを肌身離さずつけ続けた。

 二人が家族であるという目に見える証であり、常に一緒に居るという証。

 そんなものは、証なんてものは必要ないのだけれど、なんだか嬉しい。

 俺達はもう施設に入れられるような歳ではなくなったので、俺はそろそろ危ない仕事から手を引いてまともな職に就こうと考え始めた。

 とても幸せな日々だった。

 ◇ ◇ ◇



 それから半年が経ち、俺は危ない仕事から足を洗って引っ越し業の仕事をしていた。
 殺したり殴ったりしすぎた俺は多少身体が疼くのを感じたが、それでも相変わらず家で待っていてくれる妹の事を考えると収入は減ったがこれで良かったのだと思った。

 けど、

 俺は、

 甘かった。

 俺達二人の幸せな生活は、

 一気に、

 瞬時に、

 崩壊していく。

 ◇ ◇ ◇

 夜。

 いつものように仕事を終えた俺は、いつものように妹が待つ家に帰った。

 玄関を開けるとすぐにやってくる笑顔と、用意された食事を思い浮べつつ、いつものように扉を開けた。

 いつものように妹は出て来なかった。

 いつもと違う空気。

 嗅いだことのある臭い。

 これは

 血の臭いだ。

 全身から血の気が引いていく。

 頭が真っ白になる。

 胸の青いペンダントが熱く熱く、熱を持ち、俺の肌を焦がしたがそんな事は気にもならない。

 奥から俺の名を呼ぶ弱々しい声が聞こえた。

 足をもつれさせながら奥の部屋へ駆け込み、右へ左へ目を動かす。

“あぁ……!”

 血まみれの部屋で俺が見たのは、横たわり、胸にナイフを突き立てている妹の姿だった。

 俺の所為だ。簡単に手を引けるわけが無かったのだ。俺は麻薬組織について知りすぎていたから尚更だ。

 これは俺に対する見せしめだった。

 力なく名前を呼び、片手で床を引っ掻き、懸命に俺のところまで這いずりながら涙を流すアイツを、しっかりと抱き抱える。

 ナイフを引き抜き、強く胸を押さえても、血はどんどんあふれ出てくる。

 どうしよう。どうしよう。

“止まれ、止まれ、止まれ、止まれ!”

 俺は奥歯が折れるほど食い縛り、手に力を入れる。妹はぴくぴくと小刻みに痙攣している。

 何で、何でこいつがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

“止まれ、止まれ、止まれ、止まれ!”

 小さな部屋の中、俺の悲痛な叫びは力が籠もり過ぎてもはや聞こえなくなっている。
 声に出しているのか、心で叫んでいるのか、そんな事はどうでもよかった。
 とにかく、この大切な大切な家族を奪わないでくれと、誰にでもなく願うばかり。

 血が止まらない。嫌だ。嫌だ。

“止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれよぉぉぉぉ!!”

 咆号したその時だった。

―――そっ。

 と、俺の手が暖かさに包まれた。

 弱々しくて、赤く染まった手が、胸を押さえる俺の手に重なっている。

 アイツはぽろぽろと大粒の涙を頬に流し、顔を見上げて笑った。

“へへ、両手で握りたかったなぁ”

 俺はみっともない程大声で泣いていたと思う。

 妹も笑いながら泣いていた。変な奴だ。

 アイツはひたすら俺に謝っていた。

“ごめんね、ごめんね、悲しいよ”

と。

 俺がやめろと言っても何度も謝った。

“ごめんね、ごめんね、家族が居なくなっちゃう”

と。

“一人残して行くのは嫌だよぉ”

と。

 俺はひたすら“やめろ、行くな”と繰り返す。

 二人の手に付いた血は、二人の涙で洗い流されていた。

 彼女は俺の名を呟き、最後の力を振り絞って俺に唇を重ねた。

“貴方に出会えた私は、とても幸せでした”

 その時に知った。アイツは俺を愛していたのだ。兄としてではなく、男として。そしてきっと俺も……。

 初めて交わしたキスは、切なくて切なくて切なくて、血の香りがした。

 永遠に動かなくなったアイツは、俺に頬笑みかけたまま目を閉じている。

 暖かい右手は冷たくなっていく。

 春になったら桜を見に行く約束も、叶えられそうにない。

 綺麗になったアイツは、最後まで俺を気遣っていた。絶望なんてこれっぽっちも感じていなかった。

 馬鹿な奴だよ。

 血、繋がってないのにさ。

 大好きだよ。

 血、繋がってないけどさ。

 だから、

 大好きだよ。

 気付けば俺の胸は焼け焦げていた。
 本当に、青い石がある部分の肌が焼け焦げていたのだ。

 真っ暗な夜道、俺はアイツの赤いペンダントを握り締め、ショッピング街へ駆け出していた。
 全身血だらけでも構うことはない。全力で、己の胸を握り締め、静まった街を駆け抜ける。

 麻薬を売っている時に耳にしたことがある。
 呪術師という存在が居る事を。

 あのアクセサリー屋の老人がそうであるという確信があった。

 いつも露店が数多く出ている通り。アイツと二人で手を繋いで歩いた通り。

 こんな真夜中に露店が出ているはずが無い。

 だが、

 予想どおりそのアクセサリー屋だけがまだあった。
 老人が座っている。
 ペンダントを俺達に売った老人だ。

 俺は店の前に立ち、開口一番にこう切り出した。

“お前、呪術師だな”

 白髪、白髭の老人は顔を上げずに静かにあっさりと頷く。

“いかにも”

 認めた。そいつは俺の手に握られた二つのペンダントを見ると自分の髭を撫でた。

“石が反応を見せたか”

 きっとこの石は俺やアイツの気持ちに反応するんだ。アイツの胸も焦げていた。

“童、この老いた呪術師に何を求む”

“俺を呪え”

 呪術師は下を向いたままぼそりと問う。

“何故”

“言わん。頼む、今すぐ〈呪〉が必要なんだ”

 顔を上げる呪術師。

“呪で何を得たい? 力か童よ”

 俺は首を横に振り、老人の目の前に左腕を突き出した。

“俺が欲しいのは〈痛み〉だ”

 ふん? と俺の左腕を嘗めるように見ていた呪術師は俺の顔に視線を向ける。泣きすぎて顔がぐちゃぐちゃになっている俺は慌てて顔を伏せた。

“痛み。童、力ではなく、痛みだと?”

“そうだって言ってんだろ!”

 俺が凄んで威嚇してもそいつは落ち着いている。呪術師ってのは皆この変な老いぼれみたいな奴ばかりなのか?

“童、大切な者を失ったか”

――!

“握っているその赤い石のペンダント。私が売ったものだな。今それには呪詛が入っている”

 俺は驚いて手に握った二つのペンダントの赤い石のついた方を見た。

 呪詛が入っている?

 誰の?

 持ち主の?

 まさか。

 呪術師は頷く。

“その呪詛は持ち主の肉体と共に弔ってやれ”

 だ、だが、これがアイツの残った意志なら……。

“戯けた事を考えてはならん”

 心中を見通したかのようにそいつが言ったので俺は固まった。

“呪詛とは生き物の残った意志であり、死んだその瞬間の感情の残垢。だがそこに生きていた頃の感情は無い。その呪詛が最後に残した感情は……愛情だ。童がその者を大切にしたいのなら、気持ちだけ記憶に残し、持ち主に還してやれ。そんな事は童にもわかっている筈だ”

“……ふん、呪詛を使って人を殺す呪術師が言う言葉じゃねぇよ”

 照れを隠す為にそう言った。

 老いた呪術師は不敵に笑った。

 そうだ。わかっているさ。
 アイツはもう居ない。
 そんな事はわかっている。

 俺の所為で死んでしまったアイツは、最期まで俺を咎めなかった。

 だから俺は、お前が居なくなった今、とても知りたいのさ。

 俺がお前にとってどれだけ大きな存在であることができたのか。そしてお前は俺にとってどれだけ大きな存在だったのか。

 俺馬鹿だからさ、身を以て感じないとわかんねぇんだわ。

 店の椅子に座っていた呪術師は、話はこれまでだというように立ち上がる。

“なんにせよ呪の副作用を欲するとは珍しい。どの程度の痛みを欲す?”

“お前が与えられる最大だ”

 それを聞いた呪術師は肩を震わせて笑い、陳列されている店のアクセサリー全てに手をかざした。 その石が呪詛を入れておく媒体だったわけか。

 ぽう、と輝き点滅する石達。

“……覚悟は良いな童。死んだら呪詛として私が回収してやる”

“いいからさっさとやれ”

 ふっ、と鼻で笑った呪術師は俺の左腕に手をかざした。

 その瞬間、左腕に激痛が走る。

“―――!!”

 俺の身体はビクンと跳ね上がった。
 通りに悲鳴がこだまする。
 左腕を抱きながら痛みに耐えられずに地面に転がり回る俺に向かって呪術師は言った。

“呪詛を宿したその身では表では生きられまい。《死使十三魔》へ行く事だ。お前には私が保管していた全ての呪詛を与えた。その痛み、私には想像もできん。だがそれだけの代償で手に入れた力ならば、死使十三魔でも序列に入れるだろう”

 俺はそれ以上何も聞き取れなかった。

 ただただ、アイツの言っていた言葉だけが頭で繰り返されている。
 意識が朦朧とする中、俺は呟いていた。

“本当だ。心の方が、ずっと痛い……”

 その後俺はアイツのみが知る自分の名を封印し、

《破帝》と名乗る事になる。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「………っと、寝ちまった」

 破帝は自分が助けた少女、音々子が眠るベッドの隣で座りながらいつの間にか眠っていた事に気付き顔を上げた。
 頭に巻いているオレンジ色のバンダナを締めなおす。
 彼は一度、胸のペンダントを握り締めて音々子の寝顔を確認した。

「会った頃のお前とそっくりなのに、中身は全然似てねぇや。なぁ……」

 そう呟くと、寝室を出る。
 居間に入った破帝の視線の先には、一人の女が立っていた。

「わざわざ来て貰ってすまない〈死神〉」

 死神と呼ばれた女は微かに不敵な笑みを浮かべながらスーツの内ポケットに手を入れ、その状態でぴたりと固まった。

「おっと、子供が居るなら煙草は駄目だな」

 言いながら何も持たずにポケットから手を出した。そして破帝を見ながらクスクスと笑う。
 破帝は眉間に皺を寄せた。

「何が可笑しい」

「おかしい事だらけさ。死使十三魔の人間がガキに愛着持ってやがる。しかも元〈ティンダロスの猟犬〉の私に依頼してくる始末だ。これが笑わずに居られるかい」

「好きにしろ。だが始末屋をやっているアンタがこんなちゃちな仕事を受けてくれた事には感謝している」

「確かに……」

 女はスタスタと破帝の横を通り過ぎ、扉を少し開いて寝室を覗いた。
 居間の光が一筋差し込む暗い室内では一人の少女がベッドで寝息をたてている。

「確かにこの私が〈一晩だけ少女を守ってくれ〉なんて依頼は普通受けないよ。しかも〈もしもの為に〉ときた」

「それが何故?」

「私は今、獣みたいな人間を始末する依頼も受けていてね、最近この辺の路地裏に出没するという情報が入ったのよ。
そしたらお前が依頼を持ちかけてきた。聞けば隠れ家にしているアパートは街外れの路地裏付近だと言うじゃないか。丁度良い拠点ができたって事で、悪いが依頼の掛け持ちをさせてもらったよ」

 口では〈悪いが〉と言いながら、さらりと悪怯れもせずに言い放つ女に破帝は苦笑した。

「それでもあんな大金を請求するなんてアンタ鬼だろ」

「バーカ、本物の鬼はもっと恐いぞ。なにせ天下無双だ」

「はぁ?」

 なんでもない、と女は顔の前で軽く手を振るとパタンと覗いていた寝室の扉を閉めた。

「何をしに行くのかは知らんが、もし帰ってこなかったらあの少女は私が手駒として引き取るぞ」

 ぶっきらぼうに言う死神には目を向けず、男は玄関のドアノブに手を掛ける。

「必ず戻る」

 破帝は夜の闇の中に入っていった。












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