第五章 二、《毒》
二、《毒》
別室で音々子を眠らせた破帝は、家具が一切無くて暗いリビングの床にあぐらをかいて座っている。
「どうするのさ破帝。僕は良いとしても他の連中に任務失敗がバレたら大変だぜ?」
「雪白、そんな事はどうでもいい」
日本中に無数存在する隠れ家のうちの一つ。
とある街のアパートの一室に破帝と音々子は逃げてきていた。
そして床に座る破帝から離れた位置でガラス窓にもたれかかる男。
破帝にこの隠れ家を提供した男であり、彼と同じ死使十三魔に所属する序列十一位《魔斧の雪白》と呼ばれる男。
その名にそって髪も肌も雪のように白く、青い服を着たその姿は氷を連想させる。
二人は長い付き合いで、互いに組織内で心を開ける存在でもあった。
「雪白。お前こそ関わらない方が良いぜ」
雪白は かははっ、と笑う。
「人に隠れ家求めておいて今更それ言う?」
「……悪ぃな」
「はー暗い暗い。全然君らしくないよ破帝。あぁ、君がガキを殺せないって方がもっとらしくないがね」
青い男は目を音々子の眠る部屋へ向けた。
「……で、あの子について何かわかったかい?」
「全然わかんねえ」
言いながら床に寝そべる。夜中なのに光を放っていない蛍光灯を見つめたままの破帝の顔を雪白が覗く。
「とにかくこのままにはしておけないよね。君の話ではあの子、父親に毛嫌いされ、何度も誘拐されていたと?」
「あぁ」
「……母親については調べた?」
「あぁ」
寝そべった男はぶっきらぼうに答える。
「で、母親についてわかった事は?」
「あー、再婚者だ。ネコは彼女の連れ子。母親の再婚前の本名は《織神楽 涼子{おりかぐらすずこ}》。で、ネコの父親と再婚してからは《江本 涼子》と名乗っていたが、ちょっと前に死んでる。死因は不明」
破帝は天井を見つめたまま一息にそう説明した。
そして目を閉じようとしたのだが、雪白が頭に蹴りを入れた事で飛び起きざるを得なかった。
「痛ぇー! 何しやがる!」
「君は馬鹿か」
座って自分の頭を撫でる破帝を見下ろしながら雪白が呆れた顔をしている。
「なんだと!」
「《織神楽》なんて珍しい名字は滅多に無いだろう」
「?」
一向に理解する様子のない破帝に痺れを切らした男は両手に腰をあてた。
「はぁ〜。まぁ、マイナーな家系だと思うけどさ。《織神楽》家は。
間違いなく彼女は純血一族の家系だね。しかも父親は、母親ではなく娘だけを切り捨てたがった。つまり何らかの異常が。一族の中でも異常な事が音々子ちゃんの身体に起こっていると予測できる」
だがそれを聞いても、
「ふーん、あいつ純血一族の人間だったのか」
と、余裕綽々の反応を示すバンダナ男。
雪白の声はおもわず大きくなっていた。
「おい、わかっているのか? これは任務失敗なんかに慌てているような場合ではないんだよ?
死使十三魔と純血一族が関わったら間違いなく大規模な戦争に発展する。数年前のような。今の僕達はその引き金的な立場に居るって事だよ」
それにも破帝は、むぅ、とか、んー、とか考え込んで座るだけである。
諦めた雪白もため息と共に床へ座った。
「おそらく彼女を誘拐させたのは父親の意思が全てじゃないだろう。《織神楽》の連中があの子を取り返そうとしていると僕は考えるよ」
「なぜそこまで言える?」
「君も純血一族の秘密主義っぷりは知っているだろう。大体、音々子ちゃんのお母さんが一般人と結婚したという事自体がおかしいんだよ。純血一族は身内同士で結婚するから純血なんだ。それが奴等が守る最大の掟。それを破った音々子ちゃんのお母さんはきっと……。破帝、今回はちょいと危険すぎだ。あの子を連中に引き渡した方が……」
「だそうだが!?」
突然雪白の言葉を遮って破帝が隣の部屋に向かって叫んだ。
すると扉が開き、中からゆっくりと音々子が出てきて扉から半分だけ身を出す。
雪白は目を閉じて苦笑いした。
「起きていたのか。僕とした事が不注意だったね」
破帝が手招きすると、音々子は雪白にちらちら目を向けながら二人の横にちょんと座った。
「ネコ」
「音々子!」
「……お前、織神楽という居場所があるらしいが、帰りたくないのか?」
少女が頷く。
「純血一族の事は知る気にもならねぇが、つっても同じ一族だろう? 悪いようにはされねぇと思うぞ。お前の母親が逃げ出したのが悪いんだから……」
言い終わらないうちに急に雪白が立ち上がって音々子を抱え上げ、破帝も飛び起きて窓際に立った。
音々子は雪白に口を押さえられている。
「破帝、何人だい?」
「フン、三人だ。雪白、どうやらお前の言う通り純血一族が動いているみたいだな。だが、俺を相手にたったの三人ってのは納得がいかねぇよ」
窓の外を見下ろすと真っ暗で何も見えないが、破帝は電柱や塀に隠れる三つの気配をしっかり感じ取っていた。
「破帝、絶対に殺しては駄目だ! 相手は純血一族だ!」
窓を開け外へ飛び出して行く破帝を見送った雪白は、状況がよくわかっていない音々子をクローゼットの中に入れて扉を閉め、自分はその前に立った。扉に背中を付ける。
「君は大人気だね」
中から返事はない。
「まだまだ若い君にこんな話をしてもわかんないだろうけど、独り言として聞いてね」
やはり返事はない。
「僕達〈死使十三魔〉はね、〈ティンダロスの猟犬〉や〈純血一族〉みたいに異形の集まりであることに違いはないのだけれど、それでも少し異なる面もある。純血一族は血を呪わせることで超越した能力者を多く生み出すことができた。だが僕達の場合は作り出されたとも言える。君達のように生まれた時から勝手に備わっているのではなく、得るんだよ。自ら望んで力を手に入れる者もいれば、そうでない者もいる。僕と破帝は前者だけどね。
つまるところ死使十三魔ってのは、純血一族のように管理・保護されておらず、呪咀の影響で行き場を無くした連中の集まりなのさ」
「雪白さん……」
扉越しに雪白の背後から声が聞こえた。
「雪白さんと破帝さんは、何で力が欲しかったの?」
男は上を見上げて遠い目をする。
緊迫した状況だというのに、何故だか男は穏やかな気分だった。
「破帝はわかんないけど。僕の場合は……うーん、やっぱりヒミツ」
青くて白い雪のような男はクスリと笑った。
◇ ◇ ◇
外へ飛び出した破帝は路上で三人の男を前にしていた。街から結構離れた工業地区でもあるこの場所は人通りが皆無と言ってよい。街灯さえ見当たらないのだ。
ここを隠れ家に選んだのも、こういった地理条件があったからである。
三人の黒い忍装束姿の男達を見据えながら、破帝は楽しそうに笑った。
「諸手を挙げて歓迎しろよ」
男達は微動だにしない。そして真ん中に立っていた男が一歩前に出た。
「調べて予想はしていると思うが、我々は織神楽家という家系の者だ。争うつもりは無い。貴方が預かっている筈の娘を渡して欲しい」
――やはりこいつら純血一族か。なんつー情報力だよ。
「アイツはあんたらの所へ行きたくないと言っている。それにあんなガキ、必要とされる人材でもねぇだろ?」
「それは我等が決める事。そして貴方の今の質問に対する答えは〈否〉。彼女は我々〈織神楽〉一族の発展途上の為に無くてはならぬ存在。貴重な《解毒》の持ち主であるが故」
「解毒?」
そうだ、と織神楽の男が頷く。他の二人は後ろでおとなしくしているものの、その眼は殺気に満ちていた。
「我が家系の能力は《毒爪》。陰陽道で蠱毒というものがあるが、似たようなものだ。人によって神経毒や麻痺毒等、様々な種類がある。ところが相手を苦しめる為の毒ばかりが存在する中、どうしても《解毒の爪》だけは存在しなかった」
言いながら男は自分の爪で近くの電柱を引っ掻く。
すると、じゅう、という音と共に電柱には五本の亀裂が入っていた。
「そしてやっと、数百年の刻を経てやっと《解毒》の爪の能力者が生まれた」
「それがアイツか」
「そう。それさえあれば更なる研究が可能となり、我等は更なる発展を遂げる。故に娘の手が必要なのだ」
破帝はピクリと頬を引きつらせた。
「なのにあの母親、涼子は自分の娘を連れて逃げ出しおった。捜し出すのに数年かかったわ。まさか大会社の社長夫人となっているとは思わなかった故」
破帝は眉までピクリとさせた。
「お前等、アイツを連れ帰ってどうする気だ」
三人の男達は肩を震わせて笑う。
「知れた事。腕を切り落とし、《解毒の爪》をもつ手を薬液の中で永遠に生かし続ける。我々が欲するはあくまで娘の爪のみよ」
男はまたも肩を震わせて笑った。
他の二人は笑わなかった。
男の両側に居た二つの忍装束は既に風穴だらけの肉塊と化していたのだから。
「!」
それに気付いてとっさに後退する織神楽の男は、無数の穴から大量の血を吹き出して倒れる二つの死体と、その前に立つ《殺人魔槍》を見て戦慄を覚えた。
「速すぎる。死使十三魔が此れ程とは……!」
辛うじて電柱の上に逃げたこの男もいつの間にか片耳を削がれていた。
だが痛みも感じない程に意識は下へ注がれている。
視線の先には男を見上げる破帝。その眼力は槍そのものである。
「おい。残った片耳でよく聞け。そしててめぇらの頭に伝えろ。〈江本 音々子〉はこの破帝の所有物だ。それを奪うと言うのなら、俺の魔槍が容赦無くてめぇらを穿つ」
電柱の上で片耳を押さえる男は歯軋りした。
「く……。上級戦闘者でもあの速さには対応できぬ。ここはやはり〈式神〉にお任せするしかないか。確か九条の当主も現在この近くにおられると言っていたな……」
心底悔しそうにそう呟き、黒い忍装束は闇に消えた。
◇ ◇ ◇
「終わったようだな」
アパートから出てきた雪白は、地面に転がった二つの死体を見た瞬間に破帝を睨み付けた。
「……純血一族を二人も殺してしまったのか。馬鹿な事をしたな破帝。もう君は逃げられない。何故あの子を引き渡すと言わなかった?」
「渡したら確実にアイツは殺される」
それを聞いて雪白はついに怒った。
破帝の襟首を掴み、締め上げる。
「死使十三魔ともあろう者が、小娘一人殺せないどころか同情までするだと!? 一体どこまでお人好しなんだ君は! そんなに死んだ妹と重なるか! 大馬鹿め! 付き合ってられない。勝手に死ぬがいいさ。下にはまだまだ序列の空きを待っている連中が沢山居る」
一気にそう言うと雪白は無言の破帝を突き放し、彼もまた闇に消えていってしまった。
破帝は無言のまま部屋に戻ると、クローゼットの扉を開いて中でうずくまる少女を見つけた。
音々子は何ともない無表情で男を見上げている。
「雪白さんは?」
「仕事があるからもう行っちまったよ」
「……あの人、良い人だよ。破帝さんも」
次の瞬間部屋中が一人の男の笑い声に包まれた。
「馬鹿かよてめぇ。俺達が良い人なら世の中善人だらけだ」
音々子は一瞬ムッとしたが、
「ねえ、これからどうするの?」
と聞いた。
その場に座った破帝は腕を組む。
「そうだな、しばらくはここに留まる。逃げてもどうせ一日も経たずに見つかるなら、人が少なくて戦いやすいこの場所で待ち受けた方が得策だ」
「もし大勢で来たら?」
「それは無い。この街には〈死神〉って呼ばれている奴が住んでいるから、連中も派手な動きはできないんだ」
「そんなに凄いの? その人」
フン、と男は鼻で笑う。
「さぁな。多分俺の方が強いぜ。まぁいいや、とにかくだ……」
言いながら音々子の頭に手を置く男の顔は、ひどくつまらなそうで、とても楽しそうである。
「お前を殺さなかった責任はとらなきゃな」 |