第五章 【魔手】
見えない
見えない
来るのが見えない
――ああそうだ
――見えなくていい
来る
来る
やって来る
断滅が、崩壊が、終焉が、戦慄が、滅亡が、破壊が
諸手を挙げて歓迎せよと、狂喜乱舞で大喝采
闇から伸びる魔物の手
目撃したらばその刹那
希望も夢も何もかも、恐怖でさえも穿たれよう
来る
来る
やって来る
死の使い
十三の魔
序列十位の殺人魔槍
《破帝》が殺しにやって来る
――――――【魔手】
◇ ◇ ◇
零、《秋晴れ》
休日。神野王牙は街の雑踏の中に居た。
初秋の空は快晴。
青。
単色ではなく、様々な青が入り混じった空の青。
似た色同士が集まれば、それらはすべて同じ色として紛れてしまう。――これって人も同じなんじゃないかな。
青年は立ち止まってボーッと空を見上げながらそんな事を思った。
街中で、しかも人の行き交う道のど真ん中で空を見上げて立たれては邪魔な事この上ないのだが、王牙はそんな事はお構いなしで物思いに耽っている。
――絵の具なんかだと、似た色同士は混ざり合って、結局は同じ色になっちゃうんだよなぁ。
ノーマルが嫌いな王牙にとって、これはなかなか重要な考えだった。
彼が普通人の物語と交わりたくないというのも、こういった考えに由来しているのだ。
悲しくも一般人である彼は、出来る限りアブノーマルを目指したいという気持ちがある。ところがそもそも彼の望むアブノーマルが如何なるものなのか、正直彼自身も解っていないのだから始末が悪い。
だから目指す先もわからずに、それでもなるべくこれ以上ノーマルと同化してしまわないように踏み留まっているという、なんともバランスの悪い心情なのだった。
今年の五月までは。
王牙は望み通りとはいかなかったが、アブノーマル、つまり非日常と接触し、そこに並ぶ数々の異形な物語達と交わることに成功したのだ。
五月。
あの時から数か月の間に彼の生活は大きく変わった。
本能のままに人を喰らう獣人。
言葉に魂を宿らせる少女。
傷だらけの圧縮ピエロ。
黒衣の鬼人。
嘘が大嫌いな赤い潰し屋。
死ぬ程に大嘘つきな裏稼業達。
実験体に愛着をもってしまった女研究者。
絶対に姿を見せないくせに無駄にお喋りな暗殺者。
そして
普段は冷酷なのに時々優しい愛煙家の死神。
沢山の異形に出会い、沢山の死体を見た。
本当に、ノーマルとは真逆な世界。
王牙は青いキャンバスを見つめるその目を細めた。
――オレ……本当にこっちの色と同化して良いのかな。
考えていたその時、王牙は服の裾を引っ張られて我に返った。
突然の出来事に驚いた彼は後ろを振り向き、顎を引いて下を見る。
見知らぬ子供が、青年を見上げていた。
「……君は?」
その子は答えず、キッと青年を睨み付けて一喝。
「お兄ちゃん、そんな所に立っていたら邪魔だよ!」
言われた王牙は一瞬目を丸くしたが、すぐに周りを見回した。
ひどく迷惑そうに彼を避けて行く人々。
ふと自分が空を見上げた瞬間にいつの間にか立ち止まってしまっていた事に今更気付いたのだ。
「ね?」
服の裾を掴んだまま見上げてくる子供に苦笑いを見せる。二人は道の端へ移動した。
青年の前に立ったその子は自分の腰に手を当て、
「ふふん、あんまり人に迷惑かけると槍で刺されちゃうよ」
「は?」
首を傾げて眉を寄せる王牙を置いて、意味不明な子供はスキップをしながら人の流れに混ざって行ってしまった。
ふぅ、とため息を吐いた王牙は事務所の上司の顔を思い出してはっとする。
「あ……そうだ。買い物へ行く途中だった」
店の壁にもたれ掛かっていた身体を離し、青年も嫌いな雑踏の中へと消えて行く。
「ったく。なにが食欲の秋なんだか。いっつも大食いのくせにさ」
そんな愚痴さえも、周りの喧騒に同化してしまった。 |