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『血鎖の支配』
作:是音



第四章 七




 七、

 九条八雲は、自室で死んでいた。

 立ったままで。

 否、

 立たされたままで。

 両腕は切り落とされて床に転がり、彼女は立ったまま二つのベッドの間の壁に張り付いていた。身体は若干浮いている。
 両目と口からは銀色の金属棒のようなものが飛び出していた。その三点で壁に磔にされ、その三点が致命傷になったと思われる。

 王牙と便利屋が部屋に入った時、そこは血の海だった。
 八雲と王牙の荷物も真っ赤に染め上げられ、嘘が大嫌いだと言っていた彼女のその顔は目と口を貫かれたというのに割と穏やかである。
 苦手だと言っていた精神圧縮を最後に使って痛覚を圧縮したのだろう。

 妙に似合っていたワインレッドのスーツも、どす黒い赤色へと変色してしまっていた。
 部屋には争った痕跡も残っているが、死体は一つ。誰かに殺されたという事は明白である。

 血の涙を流す八雲は入り口に呆然と立つ王牙と向かい合う形になっていた。

――九条八雲だけが殺された……? 一体誰が?

「や……くも……さん」

 目を見開いてそう呟いたその時、王牙は背筋になにか冷たいものを感じ、振り返った。

 便利屋が、ナイフを振りかぶっていた。

「……!?」

 王牙は混乱しながらも後ろに飛び退き、血の海に尻餅をついた。
 一撃目を空振りした便利屋が二撃目を振りかぶって飛び掛かってくるのを、青年は近くにあった八雲の荷物を盾にして防ぐ。

「ぐぅ……っ! 便利屋さん何をするんですか!!」

 ナイフを握った男はニヤリと口の端を持ち上げ、笑った。
 それは変わらず見せていた気さくな笑顔などではなく、忌まわしいモノをこの手で排除できることを喜んでいるかのような、邪悪な笑い。
 王牙は上からのしかかってくる身体を盾で押し上げながら問う。

「まさかアナタが、八雲さんを殺したんですか!? 何故!!」

 ぐっ、と押す力を強めた便利屋は馬鹿にしたような目で青年を見下ろす。

「何故? 何故だと? お前も地下施設での奴の行動を見ただろう! 奴は怪我人や死体なんかには全然意識を向けず、まず先に部屋中を調べようとしていた!」

「……!?」

「その後考えた末、導きだされた俺の仮説はこうだ!《奴がオルタを逃がし、その証拠を消す為に部屋中を調べようとした》」

「馬鹿なことを! 八雲さんは島でずっと俺と一緒に居た!」

「フン、白々しい。お前が共犯だという事も考えられる」

「な……っ」

「たとえお前が関係なかったとしても、事前に此処へ潜入して仕掛けを張り巡らせておく事もできる。あの女程の手だれなら容易いだろう」

「そ、そんなの勘違いも甚だしい! 一体何を根拠に! そもそも本当に実験施設での失敗が原因という説の方が圧倒的に有力でしょう!」

「……根拠はそれだよ始末屋くん」

 便利屋は更に力を加えて荷物を押し、ナイフを王牙の顔に突き立てようとする。
 それを王牙は唸り声を出しながら必死で食い止める。



「フン、そもそもだ。この依頼は俺達が、いや、兄貴が請け負った時点で《成功は確実》なんだよ!
あの情報屋がどれだけ低能な役立たずであったとしてもなぁ、兄貴は自分が便利屋としてサポートする仕事で、小さなミスすらした事がねぇんだよ!!」

――それは

 それは仮定を決定させる程に影響力のあるこの便利屋の誇り。
 だからこの男は最初から、あの爆音が屋敷中に響いたあの瞬間から〈誰かを疑っていた〉のだ。そして不審な動きを見せた八雲を、死体を見ても顔色一つ変えずに部屋を探ろうとした八雲を真っ先に疑った。
 疑いの仮定はすぐに決定化した。
 だから殺した。

――けれど

 八雲のとろうとした行動は当然の行動である。
 彼女は護衛だ。未知の部屋に入った時に護衛対象である王牙に危害の及ぶ物が無いか調べるのは当然なのだ。実際爆破屋が仕掛けた爆弾があった。
 便利屋はそれが頭に入っていたのかいなかったのか。たとえ入っていたとしても誰かを疑わずには居られなかった男には関係無かったのであろう。

――けれど

――けれども

「アナタなんかが八雲さんに勝てる筈がない! あの人は九条家の…………痛っ!」

 便利屋の振ったナイフが王牙の頬を切った。
 男はついに自分と青年を隔てていた荷物を横に蹴飛ばし、王牙の上に馬乗りになってナイフを振り上げ、

「お前達が互いに殺し合ったと、代わりに俺が記録しておいてやるよ」

 勢い良く顔面に振り下ろした。

―――っ!!


 ◇ ◇ ◇



 ぶつん

 と音がした。

 ぴゅん

 と飛んだ。

 ぶしゃ

 と血が吹き出した。

 腕から。

 便利屋の腕から。

「うあぁぁぁぁ!! なにぃ!?」

 宙にポーンと飛んでいく自分の片腕を目で追いながら便利屋が叫ぶ。

 閉じていた目を開いた王牙はキラリと光るモノを見た。
 部屋の外から何本も伸びたソレは王牙に馬乗りになった便利屋の首、両肩、腹部等に巻き付き、その動きを止めている。
 青年がゴトンという音のした方を向くと、そこにはナイフを握った腕が落ちていた。部屋の外は便利屋の身体に遮られて見えない。

 便利屋は自分の腕を切り落としたキラリと光る糸をちらりと見ただけでそれが何なのか理解できた。

「……強化繊維だと!? ケプラーか? アラミドか? それにしたってこんなモノを人体切断の為に扱える奴は……!」

 男は自由のきかない身体と首を頑張ってひねり、後ろを振り向いた。

 部屋の外を見た男の顔面から一気に血が引いていく。

 目に映った者は裏世界で生きる者なら誰でも知っている、知っておかなければ生きてはいけない人物。

 最悪なる〈死神〉が、煙草を吸っていた。



『〈闇屋〉参上〜』

 女は両手にはめた手甲を胸の前でクロスさせ、指をクイッと動かした。

 次の瞬間、男の身体はズルズルと崩れていき、王牙の上にバラバラと輪切りになった肉片が、便利屋だったモノが降ってくる。

 あっさりと、ごくあっさりと、殺人犯は死神に命を奪われたのだった。

「う、うわぁぁぁぁ!」

 輪切りにされたパーツから吹き出す血を浴びた王牙は悲鳴をあげた。

 女は紫煙を吐きながら、手甲の指先から伸びた強化繊維を巻き戻す。最後に爪がパチンとはまったところで、女は倒れて混乱する青年の腕を掴んで立ち上がらせた。

「悪い悪いオーガ。遅れてしまったな」

 王牙は目の前に立ち、不敵に笑う上司を見て驚いた。

「ま、摩紀さん? どうして!?」

 御堂摩紀は髪をかき上げながらバツの悪そうな顔をした。

「あぁ、いや、やっぱ心配でな。前の仕事が終わってその足で来たんだよ。一応〈闇屋〉という名目で席を空けておいたし。
事務所の番は代理屋に頼んであるよ。ま、鬼人あたりならすぐにバレるだろうけど。あっ、勿論此処へ来ていた代理屋とは別の代理屋な」

 女は突然王牙に顔を近付け、頬に付いた切り傷をペロリと舐めた。
 動揺する青年にクスリと笑い、彼の更に後ろで磔にされた死体を見て顔をしかめる。

「八雲………。やはりお前では荷が重かったか。悪い事をしたな」

 すると騒ぎに気づいた夕凪姉妹が走ってやってきた。
 見知らぬ女と、部屋の中の惨劇にひどく驚いている。

「あ、あの、これは……!」
「それに貴方は……?」

 御堂は双子のそっくりさに軽く驚いていたがすぐに気を取り直し、

「あぁ。〈闇屋〉だ。事情はこれから話す」

 そう言ってコツコツとヒールを鳴らしながら歩いていく。
 残された王牙と夕凪姉妹は互いに顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべた。












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