第四章 六
六、
◇ ◇ ◇
来る時と違い、ゆっくりと階段を上がった王牙と便利屋は、その間一切会話を交わさなかった。
ただ衝撃のあまり呆然と歩を進め、気付けば王牙は一人大ラウンジの席に力なく座っていた。
便利屋は一度部屋に戻って荷物を整理すると言っていた。結果的に仕事は終わったのだから当然だろう。
大きなラウンジに青年が一人。
数時間前、ここで一緒に話した爆破屋と殺し屋はもう居ない。
活発だった女の子は両足を無くし、自ら吹き飛んだ。
冷静、冷酷な男は原型もわからない程バラバラの肉片と化した。
そして八雲に痛い目にあわされていた情報屋ももう居ない。
スーツ姿の楽天的なイメージがあった男は四肢を吹き飛ばされ、死んだ。
笑顔を絶やさなかった便利屋の兄。
弟と仲が良かった中年の男も殺し屋と同じく吹き飛んでしまった。
結局のところ全員が爆死なのだ。オルタも含めて。
最後まで王牙がオルタを目撃することはなかったが、ともあれあとは記録を残せば王牙の依頼は終了である。
――なんというか……後味が悪い。
青年が座りながらそう考えた時、ラウンジに便利屋弟が入ってきた。気付かないうちに結構な時間が経っていたようだ。
彼も何か考えているらしく、王牙と同じテーブルの席に座り、しばらく無言の時が続いた。
王牙はそんな便利屋弟をちらりと見る。
――便利屋。《遠隔道具{リモート・キッツ}》……か。
二人で一つの便利屋。その片割れが死んでしまったのだから考えないほうがおかしい。
しかし意外にも先に口を開いたのは便利屋の方だった。
「何なんだろうな……コレはよ」
コレとはこの事態を指しているのだろう。
ようやく現実を取り戻してきた王牙は先程の惨劇を思い出して吐きそうになる。
「……っ! 一体……何人死んだのですかね」
青年は現場を思い出すのが恐く、目の前の男に尋ねた。
「俺の兄貴、爆破屋、情報屋、殺し屋、の四人だな。代理屋は現在治療中だろうが助かるかはわからないな」
便利屋弟にはもういつもの笑顔はない。青ざめている。兄があのような悲惨な死に方で死んでもこのくらいの感情で維持していられるのはさすがというべきだろう。
そこへ一人の女性が入ってきた。頭に包帯を巻いた夕凪みそらである。
彼女も疲れた顔で二人と同じテーブルの席に座った。着替えなおしたエプロンを両手で握り締め、便利屋の方をちらりと見てはそらすという行動を繰り返している。
何か言いたげな態度である。
「あ、あの」
ついに決心したのか、みそらは顔を上げて便利屋を見据えた。
「お、お兄様は私の命の恩人です」
男の方は首を傾げている。
「兄貴が?」
「はい。あの方は爆発の直前、私を外へ放り投げて下さいました。さらに代理屋様も外へ投げようとしたようですが、間に合わず……」
みそらは下唇を噛んだ。
ところが便利屋は何ともなしにただ微笑した。
「俺達は便利屋だからな。兄貴はアンタが逃げるのを〈サポート〉しただけだ。たとえその結果自分がバラバラになっても。便利屋として最後を迎えられたのだから兄貴の方が感謝したいくらいだったろうさ」
――本望。
王牙は考える。
便利屋兄は他人をサポートして死んだ。
爆破屋は自爆して死んだ。
情報屋は最後に何が起こったのかという情報を伝えて死んだ。
殺し屋は未知の殺しを遂行中に死んだ。
――なんだか、きちんとしている。
四人の死に様に対して、そんな事を思った。
と、ここで便利屋がはっとしてみそらに問う。
「それより、代理屋さんはどうなった?」
「あ……はい。一応代理屋様は一命を取り留めましたが全身に重度の火傷、さらには喉をやられてしまい、話す事もできません。現在もしずねが治療中ですが……変わり果てたお姿になってしまわれました。
一刻も早く大きな医療機関へ連れていかなければなりません」
みそらは下を向いたままそう話した。エプロンを握る手に更に力が入る。
「依頼の所為で四人の方の命が……本当に、本当に申し訳ありません」
「みそらさん……」
王牙は身体を丸めて頭を下げる召し使いを哀れに思った。
だが、そんなみそらの姿に便利屋は目を閉じて一言
「駄目だね」
と口にした。
王牙は唖然としてしまう。みそらもその言葉に身体中をこわばらせ、口を真一文字に結び、俯いて今にも泣きだしそうである。
だが男はもう一度、
「みそらさん、今のアンタの態度は駄目だ」
「ちょっ、便利屋さん……」
冷たい便利屋の言葉に青年が思わず口を挟もうとしたが、怒った男はそれを片手で制止した。
「他の連中に対してその態度をとるのは自由だが、兄貴に対してその態度は……侮辱だ。
いいかい? 俺達は便利屋だ。常に誰かをサポートし、便利な存在でなければならない。兄貴が死んだのもそうだった。便利屋としてアンタを助けて死んだんだ。
なのに何だ今のアンタは。兄貴に対して申し訳なく思っているアンタは実に《不便》だ。アンタをサポートした筈が、不便だと? 死んだ便利屋に対してそれはあまりにもひどくはないかい?」
王牙もみそらも黙ったまま。
便利屋弟は、優しく頬笑んだ。
「だから、みそらさんは兄貴に対してほんの少し感謝の気持ちを持ってくれるだけで良いんだ」
「………はいっ!」
――皆誇りを持って仕事をしている。
今のやりとりを見てそう確信した王牙は再び裏稼業について考える。
爆破屋のようなあんなに小さくて王牙と同じ世代くらいの女の子でも、最後は爆破屋として自分自身が望んでいたであろう死に方でケリをつけた。
情報屋にしてもそうである。手足が吹き飛んでも尚自我を保ち続け、王牙に情報を与えて力尽きた。
青年は、自分が裏稼業になりきるのは不可能だと、そう感じたのだった。
「さて」
と便利屋が席を立つ。
「代理屋さんの様子でも見に行こうか」
みそらを先頭に王牙と便利屋は、代理屋としずねと八雲の居る医務室へ向かった。
◇ ◇ ◇
代理屋はひどい状態だった。
頭の先から足の先まで、全身を包帯で巻かれ、血によって全体が赤黒くなっている。
激しい痛みと痒みが襲うのだろう。焼けた喉から擦れた唸り声をあげ、ベッドに縛り付けられた腕や足を力任せに動かして暴れていた。それをしずねが必死に押さえている。彼女のエプロンは代理屋のものであろう血が大量についていた。
優しい眼鏡顔で、落ち着き払っていた数時間前の代理屋の面影はもはやどこにも無い。
「こりゃあ……確かにひどい」
騒然とする医務室で変わり果てた代理屋を見た便利屋は冷や汗を流す。
ところが王牙は室内を見回してある異常に気が付いた。
「あれ? やく……護衛さんは?」
加わったみそらと一緒に代理屋を押さえ付けているしずねは、不思議そうに王牙を見た。
「え? 護衛様はしばらく前に出ていきましたよ? 〈自分は始末屋の護衛だからすぐに戻らなければ〉と言って」
そうだ。八雲の仕事は王牙の護衛。その通りである。
いつまでも怪我人のそばについている筈もなく、しずねの手伝いで代理屋を医務室に運んだらすぐに王牙の下へやってくる筈なのだ。
実際しずねは八雲がそう行動したと言っていた。
だが、地下で別れてから八雲は一度も王牙の前に姿を表していない。
――じゃあ一体……。
「彼女はどこへ?」
王牙は便利屋の手も借りて八雲を探すことにした。
――八雲さんは……〈九条〉だ。なのに何だこの感覚は?
◇ ◇ ◇
煙草の煙が窓の外へ流れる。
別の仕事から帰ってきたばかりの御堂摩紀は、事務所で自分のデスクの椅子に腰を下ろしていた。いつもソファの上で漫画を読んだり妙な運命論を語ってくる雑用は居ない。
そんな束の間の静寂も、突然開けられたドアの音でかき消された。
中へ入ってきたのは黒い着物を着た男。腰には見た事もない程長い刀を下げ、短く切った髪は襟足だけ伸ばして後ろで縛っている。
その顔は一見無表情に見えるが、長い付き合いの御堂は彼が少し怒っている事は察知できる筈である。
「あん? どうした〈鬼人〉。ようやく私に本名を教える気になったかい?」
御堂の言葉を無視した男〈鬼人〉はデスクの前に立ち、静かに口を開いた。
「イーヴァン・スレイヴの依頼を受けたそうだな」
その言葉に女は少し反応した。
「どこで調べたんだかね」
構わず男は続ける。
「お前が此処に居るという事は、あの青年を行かせたのだな?」
「あぁ」
「……護衛が九条八雲では少々荷が重いぞ」
御堂は煙草をポロリと落として固まり、男を睨み上げた。
「〈鬼人〉、お前何で八雲を一緒に行かせた事を知っている?」
男は何ともなしに答える。
「九条家から報告があったからな」
バンッ!
と御堂は勢い良く立ち上がり、男に顔を近付けた。
しばらく睨み合う形になる。
「〈鬼人〉……お前、本当に何者だ?」
男は答えない。
御堂は再び椅子に腰を落とした。
「ふん、まぁどうでもいいさ。八雲が居れば大丈夫だと思うが、何があっても確実にウチの手駒ちゃんに危害が及ぶことはないね」
ほう、と男は女を見下ろす。
「妙な自信だな。やはりイーヴァン・スレイヴの危険性には気付いていたか」
「まぁね。危ない名前ってことだけは覚えていたから。それに八雲が一番嫌いなタイプだってことも」
「なのにあえてあの青年を行かせたのは何故だ?」
「私は本島から出たくないのさ。お前も知ってるだろ、私の引きこもりっぷりは」
「ふん、そうだったな」
〈死神〉と〈鬼人〉は互いに鼻で笑い合った。
笑いながら鬼人は腕を組む。
「では御堂、私もお前がしたさっきの質問、そっくりそのまま返させて貰うぞ」
「ん? 何だ?」
御堂は首を傾げたが、男は無表情のままその質問を言い放ったのだった。
◇ ◇ ◇
屋敷中を捜し回った王牙と便利屋はやっと彼女を見つけた。
彼女は自室で立っていた。
彼女は相変わらず赤に包まれていた。
九条八雲は、自室で死んでいた。 |