第四章 五
五、
四人は地下へ続く階段を駆け下りていた。
王牙と八雲は無言で、前を走るしずねと便利屋弟について行く。
「なぁ召し使いさんよぉ。地下に施設があるのはわかったが、もっと近道は無いのか? エレベーターとかよ」
大きめな声を出す便利屋弟に、あくまでしずねは冷静に答える。
「ありません。この階段を下りるしか」
「そ、そうか。皆が向かった場所の構造は?」
どうやら男は話していないと落ち着かないらしい。
「階段を下り、廊下を進んだ先にまず制御室があります。皆様はそこで仕事に取り掛かっていた筈です。そして強化ガラスを隔てたその奥に培養実験室。そこにオルタがいます」
しずねが言い終わるか否かという時に、突然八雲が走るスピードを上げて先頭に出た。
「爆発が起こったという事は《不測の事態に備えて》呼ばれていたあの爆破屋が動いたという事。つまり……」
「オルタが逃げ出したかもしれない」
王牙が八雲の隣に追い付いて言葉を繋げた。
ワインレッドのスーツを着た女は前を見たまま頷く。
「だから護衛対象の君も少し下がっていてね」
階段を下り、廊下に着く。
廊下は充満した爆煙に埋め尽くされており、すぐ先でさえ見えない。
だが殺し・戦闘のエキスパートである九条八雲は未知の実験動物の気配を探りながらペースを落とさずに廊下を走っていく。三人も後に続いた。
「ぅ……うぅ……」
廊下に人が倒れている。小柄な体躯、少し黒焦げた独特のエプロン。
夕凪みそらだった。
頭から血を流しており、妹のしずねがすぐさま姉に駆け寄る。
「姉さん大丈夫!? 何があったの!?」
みそらはふらふらとしずねの肩に掴まりながら立ち上がり、廊下の先を指差した。
「……まだ、誰か……生きているかも……」
それを聞いた王牙と便利屋弟と八雲はすぐさま制御室へ駆け込んだ。
◇ ◇ ◇
「うっ!」
制御室はまさに地獄だった。
コンピューター機器は原型がわからないくらいに粉々に吹き飛ばされ、壁は所々へこみ、強化ガラスは根こそぎ弾け飛んでしまっている。
そして鼻に付く火薬の臭いと、死の臭い。
「あ、兄貴?」
目の前に広がる光景を目撃して思わず嘔吐した王牙の隣で、便利屋の弟が口を半開きにしながらふらふらと前へ出た。
「ぅ……げほっ! や、八雲さん……これ……」
あまりに気が動転した王牙は八雲の事を本名で呼んでいた。
その八雲も眉間に皺を寄せて部屋中に散らばった《肉》を眺めている。
肉。
肉片。
臓。
臓物。
血。
血の海。
そんな中で、荒い呼吸をする三つの塊があった。
「代理屋様!!」
後ろから夕凪しずねと、どうやら動けるらしいみそらが室内に駆け込み、一瞬だけ〈うっ〉と吐きそうな顔をしたがなんとか堪え、もはや判別不能になる程全身を焼かれながらも四肢は無事で、ひゅうひゅうと息をする人型を二人がかりで外へ引きずりだした。この代理屋だけはまだ助かる見込みがあったのだ。
王牙は胸を押さえながら残り二つの塊へ近づく。
八雲はそれらには見向きもせずに何故か室内を調べ始めようとした。が、そこで突然しずねに呼ばれた。
「護衛様! みそらと代理屋様を医務室へ運びます。お手伝い下さい!」
八雲は仕方なくきびすを返し、廊下へ出て行った。
ここでとった八雲のこの行動が、失敗だったと後に王牙は気付かされる。
ギリギリ生きている二人の内、一人は情報屋だった。手足が全て千切れ、虚ろな顔で痙攣している。
王牙はもう助からないであろうその男に必死で呼び掛けた。情報屋がそれを望んでいるように感じられたからである。
「情報屋さん! 情報屋さん! 一体何があったんですか!?」
頭と胴体だけの男は青年に顔を向け、目を合わせた。そしてその身に起きた事態にそぐわず、静かな落ち着いた調子で口を開いた。
「実験……体、が逃げ出したんだよ。だから……爆破屋ちゃんが、仕掛けた爆弾……を、爆発させた。はは、彼女の依頼……は、実験体を制御室から外へ出さない事だからね。あの殺し屋さんでも……引き止められなかった。結果的に〈殺し屋〉さんと〈便利屋の兄〉さんが……爆弾に一番近かったから……ホラ」
情報屋は顔をバラバラになった肉片へ向ける。
そこには真っ青な顔に死んだ目をしながら肉と血の海の中にへたりこむ便利屋弟の姿があった。変わり果てた兄の姿に呆然としている。
情報屋はビクビクッと全身を痙攣させ、血を吐きながらニヤリと笑った。
「は、はは……心配するな。オルタは……跡形もなくぶっ飛んだよ。オレが確認した。だが……それ……よりも……だ」
若き情報屋は違う方向に顔を向け、そこで力尽きた。
王牙は生気の無くなった情報屋の視線の先を追う。
「………あ」
胸を締め付けられるような思いになり、青年は身を丸めた。
そこには両足の無い少女が壁にもたれかかって座っていた。
目はやはり虚ろ。狂ったように三日月型に歪んだ口からは血や唾液を垂れ流し、笑っている。つい一時間ほど前まで元気に満ち溢れていたような笑顔はもう無い。
「うふ……うふふ……ふ、うふふふ……あはあはははははは……ふふっ、ふふふ…………」
爆破屋はただ虎空を見つめて笑っている。小さく華奢な両足は遠く離れた場所に転がっていた。
ここで便利屋弟は正気を取り戻して立ち上がり、王牙が近づこうとしている少女の手元に目が行った。
ガクガク震える爆破屋の細い指先には何やら細いワイヤーが何本も結ばれており、それは少女の隣の壁や部屋の至る所にくっつけられた箱に繋がっている。
仕事柄見覚えのあるその箱に便利屋弟の顔は真っ青になった。
(C4……プラスチック爆弾!)
考える前に身体が動いていた。
便利屋は少女へ近づこうとする王牙の襟首を掴み、制御室の外へ跳躍する。この時便利屋は、妙に青年が軽いと感じた。
王牙はわけもわからないまま廊下へ放り出され、更に転がりながら便利屋に頭を押さえ付けられた。
次の瞬間、背後の制御室で大爆発が起こった。
凄まじい爆風で二人の身体が激しく転がり、壁に激突する。
再びたちこめる爆煙の中、便利屋弟は冷や汗を垂らしながら笑った。
「さすが《炸裂爆弾{バースト・ボムシェル}》。死ぬ時は自爆か。まさか最後の力を爆弾設置に使うとは……」
二人は立ち上がり、地獄と化した地下から早々に退避した。
死体なんて、もう無いだろう。
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