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『血鎖の支配』
作:是音



第四章 三



 三、



「肝心の雇い主が居ないとは」
「どういうこった!?」

 便利屋兄弟が交互に声を上げる。
 その言葉に、事情を説明した双子の召し使いはオロオロするばかりだったが、実際この場に居る全員が心の中で同じ質問を浮かべてるだろうと王牙は思う。

 大ラウンジにはこの屋敷に依頼で呼ばれた裏稼業が一堂に会していた。ただ一名を除いて。

 双子の召し使いの話によると〈闇屋〉と呼ばれる者はどうやらまだこの島へ来ていないのだという。
 そもそもあんな依頼文では引き受けるのも自由意志と取れてしまうので仕方の無い事である。
 そういうわけで現在双子を前にして

・《始末屋》―〈王牙、八雲〉

・《便利屋》―〈遠隔道具〉

・《情報屋》―〈連続真実〉

・《爆破屋》―〈炸裂爆弾〉

・《代理屋》―〈本質欠如〉

・《殺し屋》―〈殺人切札〉

 と、草々たる顔が勢揃いしている。
 その誰もが今や鋭い目つきで双子の姉妹に冷たい視線を送っていた。

 皆が揃ってラウンジのテーブルにばらばらと座り、その後ラウンジに入ってきた双子は開口一番にこう切り出した。

『み、皆様申し訳ございません。我らが主人〈イーヴァン・スレイヴ〉は……現在この島を離れているらしく皆様にお会いする事ができません』

 どんな依頼かも伝えられぬまま集められ、挙げ句その依頼主が不在だという。双子の召し使いは必死に謝罪の言葉を述べたが、全員はさすがに不快感を禁じ得なかった。
 馬鹿馬鹿しいことこの上ないのだ。依頼・裏稼業を完全に舐めてかかっている。先に金を払ったから後は勝手にどうぞ等、侮辱も良いところ。当然今の便利屋兄弟のように文句が飛んだのである。
 更に情報屋が彼女等に言い寄る。

「おいおい。君達の情報には正確さが皆無だ。曖昧で穴だらけの情報を差し出されても、この〈情報屋〉が納得に達する事など到底不可能ってなもんだぜ?」

 皆の前に立たされた双子はただ俯いて黙っている。
 だが情報屋は続ける。

「君達はイーヴァン・スレイヴが何時出ていったのか知っているのかい?」

 双子の妹〈夕凪しずね〉は首を横へ振った。

「最近主人は部屋に籠もりきりで、ここ三日ほど部屋から出ておりませんでした。食事も摂っていらっしゃらなかったので心配したのですが、頑なに部屋から出る事を拒んでおられました。
 しかし昨日、皆様がいらっしゃるのでさすがに無理にでも出て来て頂こうと思ったのですが、部屋の扉をノックしても返事がなく、鍵がかかっていなかったので部屋を覗いてみたところ、主人は既におらず専用のクルーザーも消えておりました」

 その後に姉みそらが
「ただ……」
と付け加える。

「ただ、主人の部屋には置き手紙がございまして、皆様にやって頂く仕事内容が書かれていました」

 俯いて考え事をしていた王牙が頭を上げる。

「なら、その主人が居なくても俺達はやるべき事をしろ。ということですね?」

 みそらが微かに頷く。
 殺し屋は大きな溜息を吐いた。

「なら貴様等召し使いがさっさと説明しろ。すべき仕事があるのなら依頼主など居なくて構わん。ただの礼儀・常識知らずで済ませてやる」

 だがここでまた情報屋が口を挟んだ。

「ごめんよ。ちょっといいかな?」

 目を閉じながら指で額をトントン叩く情報屋に双子が不安そうに顔を向け、同時に どうぞ、と言う。

「確か俺の情報だとイーヴァン・スレイヴって人は《ある研究》をしているよね? 今回の依頼もそれ絡みだとは大体予想がつくけど。ただね、その《研究》の所為でイーヴァンという人物は世界中のあらゆる機関に目を付けられ、監視されている筈なんだ。故にこんな孤島の屋敷でひっそりとなのかは知らないけど、暮らしている。そんな人間が易々とクルーザーで島を離れるなんて事ができるのか、俺は不思議で仕方ないよ」

「………」

 情報屋の追求に返す言葉が見つからないらしい双子は青ざめた顔で俯き、二人共エプロンの裾を強く握り締めていた。
 見兼ねた爆破屋が立ち上がる。

「まぁ仕事は仕事だし、まるで表稼業のようにギャーギャー文句言える立場でもないっしょ? 私達」

 少女はテーブルに座る連中から今度は双子に視線を移す。

「というわけで仕事の内容を話して頂戴。無論その前に《あの研究》とやらの説明も……ね」

 最後の一瞬、この娘の眼が驚く程冷たく、鋭くなったのを王牙は見逃さなかった。やはり舐められたという事に気分を害しているのだろう。
 睨まれた当の本人達は完全に萎縮してしまっていた。震えながら姉のみそらが口を開く。

「は、はい……。その、主人は昔から〈生命〉の研究をしておりました。誰か個人に頼まれて始めたのか、自分の意志で始めたのか……軍に指示されたのか。動機や目的は解りません。ただ〈人を超えし人を造り出す〉為という以外は」

 王牙の隣に座っていた八雲が片眉をぴくりと動かしたが、青年は気付かなかった。

「まぁ俺でもそれ以上の事は掴めなかったな」

 情報屋は言う。どうやら研究の事を知っていたとみられる情報屋と便利屋兄弟が知っているのはここまでらしい。〈生命〉の研究という事まで。
 ここで代理屋が眉間を押さえながら困ったように呟く。

「それは……人工で人を生み出す。つまり《人造人間》を造ろうとしていたのだね? 君達の主人は」

 それに対してみそらは口を閉ざし、今度は妹のしずねが話しだした。

「正確には……その……造ろうとしたのではなく、研究の過程で造り出してしまったのです。獰猛で野蛮で攻撃的でとても人とは呼べない怪物〈オルタ〉を」

「オルタ?」

「はい。主人がつけたこの研究の正式名称は〈オルタレーション・ヒューマノイドドグマ〉。完成したソレには人の意識などなく、極めて残忍な生命体です。オルタがある限り、主人はこの孤島に縛られ続け、裏のあらゆる組織から監視を受け、出ることができないのです。だから……」

「我々に処分しろと。フン、もはや貴様等の事情などどうでも良い。島から出られない筈だと自分で言っておきながらつい数分前には我々に主人は島から出ていったと報告した矛盾も軽く流してやるよ」

 殺し屋の静かな言葉に双子の召し使いは顔を赤くしたり青くしたりしてうなだれた。
 情報屋がパンッ、と手を叩く。

「つまりこの俺〈情報屋〉と〈便利屋〉さんが中心となって、おそらくこの屋敷内に在る筈の研究施設に赴きコンピュータ操作でその化け物を死滅させれば良いんだな? たとえしくじってその生命体が脱走してもこちらには戦闘のプロ〈殺し屋〉さんと〈爆破屋〉さん、補充要員に〈代理屋〉さんまでいる。随分とまぁ、慎重というかなんというか……」

 肩を竦めながら情報屋は背もたれにもたれかかり、ちらりと王牙と八雲を見た。

「〈始末屋〉さんは……特に動く必要はないかな。〈闇屋〉にいたってはサッパリだ」

 みそらが前に出る。

「始末屋様には、起こった事を主人の為に記録して頂きます」

 その言葉に爆破屋は大笑いした。

「何それ! 《爆破屋が屋敷全部吹っ飛ばしちゃいました》とか!?」

 明らかに爆破屋の少女は双子の召し使いより年下なのだが、その言葉には礼儀や遠慮などというものが無い。
 笑いながら言っている為に冗談にも聞こえるが、オルタという存在がどのくらい脅威なのかわからない現状ではそれも十分に考えられる《対策》でもある。
 王牙は落ち着いた口調で了解の意を示した。

「わかりました。俺と護衛さんは最後に皆さんの仕事を記録する為、見守ることにします」

 双子は深々と頭を下げた。

「では、始末屋様以外の方々は今から私みそらが地下の研究施設へご案内致します」

 夕凪みそらを先頭に、席を立った裏稼業達はぞろぞろと大ラウンジを出て行った。
 途中で席に座ったままの王牙に向かって元気の良い爆破屋が
「ばいびー」
 と、もはや使われなくなったとも言える挨拶をして出ていくのを王牙は苦笑いで見送った。

 皆が居なくなった事で急に広々と感じられるようになったラウンジには王牙と八雲の他に、双子の妹である夕凪しずね、便利屋兄弟の弟が残っていた。

「あれ? 便利屋の弟さん、あなたは行かないんですか?」

 目を瞬かせて問う王牙に、便利屋弟は相変わらずの笑顔を見せた。

「あぁ。俺はバックの係さ」

 そう言いながら今度はその笑顔をしずねに向ける。

「召し使いさん、例の機材は届いているんだよね?」

 しずねは穏やかに微笑み返した。

「はい。あの機器類は別室にお運び致しました。とても大きく、精密なので苦労しました」

 ははっ、と笑った便利屋は呆と二人の会話を聞いていた王牙に顔を戻しながら席を立った。

「自作のOSでね。今回俺はそいつで兄貴と情報屋の仕事をバックアップするのさ。あの二人は研究施設のプログラムを把握するのに忙しいだろうから、仕入れてほしい情報なんかは俺が調べ上げるってわけ。 じゃあ行こうか、えっと……妹さんだっけ?」

「はい」

「アッハハハハ! 本当に似ているからどっちがどっちだかわからないよ」

 こうしてしずねと便利屋もラウンジを出て行き、ついに残ったのは王牙と八雲だけになった。
 ここで王牙は八雲の異常に気付いた。
 さっきから、皆が集まって説明を受ける中ずっと腕と足を組んでしかめっ面のまま座り続けていたのだ。

「あの……どうしました? 護衛さん」

 王牙が顔を覗き込むと唐突に

「不快だわ」

 という言葉が返ってきた。
 だがその直後、女はふぅと一呼吸していつもの表情に戻った。

「さぁて始末屋くん、暇になっちゃったけどどうしよっか。これから部屋に戻ってお姉さんとイイコトする?」

「しません」

 青年は即答した。

「というか、そういう事はしないって自分で言ってたじゃないですか」

「襲わない、と言ったのよ。同意ならOKでしょ?」

「しません」












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