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『血鎖の支配』
作:是音



第三章 四、《回答解凍》



 四、《回答解凍》

 九条握人と会話した二日後の朝、いつものように事務所へやって来た王牙は部屋のドアノブを掴む前にドアに耳をくっつけた。

――よし。

「おはようございます御堂さん。昨日と一昨日は……」

 デスクの前に立っているのは見慣れない男。背が高く、街で歩けば目立つであろう黒い着物を着ている。短く切った髪はしかし、襟足だけ少し伸ばして縛っている。椅子に座っている御堂と向き合っている為、二人とも王牙に気付いていない。冷蔵庫に買ってきたアイスをビニール袋ごと入れ、お茶を二人に持っていく。

「オーガか」

 御堂は機嫌が悪いらしく、王牙からお茶の入った湯呑を奪い取ると一気に飲み干した。怒りがまだ収まっていないのだろうか。
 王牙は着物姿の男にも横からお茶を出した。

「どうぞ」

「あぁ、すまな……いね」

 王牙に気付いた男は一瞬だけ驚いた顔をし、まじまじと相手の顔を見つめる。
 それにたじろいだ王牙はその場を離れ、ソファで漫画を読む事にした。
 クスリと笑った男は視線を目の前に戻す。

「あの少年はお前が預かっているのか〈死神〉?」

「悪いか〈鬼人〉」

 御堂は煙草の紫煙を相手に吹きかけながら悪態をつく。
 男は煙を被っても反応せずににこりと笑った。

「いやいや全然。しかしお前の名前が御堂摩紀なんて女性らしいものだったとは思わなかったぞ。猟犬にいた頃は二つ名でのやりとりだったからな。〈無音〉と〈瞬撃〉はどうしている? あの二人は昔からひどく仲が良かったな」

「知るかよ。そもそも私はお前の名を知らないぞ〈鬼人〉。お前が私の名を知っていて私がお前の名を知らないのは不公平ではないのか?」

「その不公平さが良いのだろう? さて、《イマシメ》を預かってくれて感謝するぞ御堂」

 男〈鬼人〉は長い桐の箱を持って出口へ歩いて行く。

「待て〈鬼人〉! まだ話は……」

 男はソファに寝転ぶ王牙の前で足を止めた。

「君、名前は?」

 王牙は顔を上げて答える。

「神野王牙」

「そうか。では王牙、これは助言だ。〈あまり深入りしすぎるな〉死ぬぞ」

 おそらく御堂の仕事に対しての事であろう。御堂の昔の同僚からの助言という事で、王牙は素直に受け入れる事にした。
 着物の男は姿勢良く歩き、事務所を出て行った。

「ったく、相変わらず食えん男だ」

「今のが〈鬼人〉ですか? なんだか飄々としていましたね」
 
 灰皿を持った御堂は珍しくソファへ移動し、王牙の隣に座った。

「人は見かけに寄らないよオーガ。あいつが私達の中で一番異名が多いんだ。〈天下無双〉とか、〈生物界最強〉とか、〈必死の黒刀〉とか……」

「とてもそんな風には見えませんでしたよ」

「だから人を見かけで判断するなって言ったんだ。今言った異名はどれも間違いじゃない。奴は昔も今も私達の中で一番であり、《ティンダロスの猟犬最強》の男だ」

 王牙は固まった。そんな男が今までこの場にいた。それは凄い事なのではないだろうか。御堂も、鬼人も、裏の世界では有名で、本来近寄る事もできない存在なのでは。

「あー、そうだオーガ、九条握人のことだが……」

 またも王牙は固まった。
 九条握人。
 また会おうと自分と約束を交わし、これからも〈カンヤ〉の次男を追い、追っ手から逃げ続けるであろう男。

「依頼失敗ですか?」

 いや、と隣で御堂は首を横に振る。
 王牙は嫌な予感がした。
 嫌な予感だけは、当たるものだ。

『九条握人は死んだよ。先を越された』

―――九条が死んだ。

 なんとなく予想はしていた王牙は大して驚かなかった。

「そうですか。誰にやられたんです?」

「わからん。奴を追っている裏稼業は多い。あの時逃がしちまったのは不覚だった。ボロボロの状態で逃がせば他の追っ手にやられる確率も上がるからな」

「……やっぱり一昨日はそれで怒っていたんですね」

「何か言ったか?」

「いえ。御堂さんが失敗するなんて珍しいですね」

「まぁ、よくある」

―――よくあるのかよ。

「しかし今回は油断したなぁ。握人は精神圧縮を知らないから弱いってのは大きな間違いだった。三年間追っ手に追われ続けた奴の能力は恐ろしい程に研ぎ澄まされていたよ。うん、生き残って来られたのは実力だな。ま、死んでしまった奴の事を言ってもどうしようも無いか」

 王牙も煙草に火を点けた。

「でさ、少し気になったから九条の解剖結果をツテで貰ってきた。そしたらな、これがまた面白い情報が入ったんだよ。九条の傷口から他人の血液が採取されたらしい」

「傷口に他人の血液?」

 うん、と言いながら王牙の隣で御堂はスーツの内ポケットを探る。出て来たサンプル袋の中から黒ずんだ塊を取り出し、テーブルに転がした。更に王牙に灰皿を持たせ

「砕いてみろ」

 と言う。
 王牙は言われた通り灰皿を塊に叩きつけた。
 びくともしない。

「なんですかこれ?」

「九条の体内から採取された《かさぶた》の欠片だ。硬度は鉄に匹敵する」

「かさぶた!?」

「そう。信じられないかもしれないが、九条はこれと同じ硬度・成分の矢で刺されていた」

「血液の矢? 能力ですか。一体九条は、どうやって殺されたんです?」

「酷いものだよ。能力を封じる為に両腕を切り落とされていた。そのまま路地裏の壁に頭、両肩、両足を串刺しにして、磔状態にしたまま放置。心臓が抜き取られていたそうだ」

―――心臓。〈獣人〉守野一郎の死体も確か……。

 御堂は塊を見たまま黙り込んでいる。

「どうかしたんですか?」

「この能力、もう存在していないと思っていた」

 王牙は首を傾げる。

「ま、いいさ。それよりオーガ!今日泊まって行かない? お姉さんと寝ようぜ!」

 隣から飛び掛ってくる御堂を回避する王牙。

「朝っぱらから何を言っているんですか。買い物に行って来ます」

 ソファにうつ伏せに倒れてしまった御堂は〈むぐむぐ〉と言っていた。
 
 ◇ ◇ ◇



 買出しに向かう王牙は、事務所のあるマンションを離れ、街を歩く。

―――九条握人。
 欲望渦巻く九条の家系に生まれながらも、支配に抗い、運命に抗い、自らの欲望を圧縮し、夢を圧縮し、希望を圧縮した男。
 目的を追い続けた男。死から逃げ続けた男。
 九条の物語は完結した。ただし握人としての物語は、完結できたのだろうか?
 それは本人が決める事であり、王牙の知り得るところではない。


 一昨日も来た喫茶店に王牙は足を踏み入れた。
 
 客足は少なく、空調が利いている。一昨日と少しも変わらない。
只一つを除いては。
 王牙は一番奥の空席に座った。
 
 ここで待っていれば

 
 傷だらけの圧縮ピエロにまた会えそうな気がしたから。


 三、【圧縮夢幻】 了












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