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『血鎖の支配』
作:是音



第三章 三、《圧縮ピエロ・後》



 ◇ ◇ ◇


 どういうプロセスかは見当もつかないが、アンタは俺が九条家の人間だってことを知っているのなら能力の事も知っているんだろ。じゃあそれを踏まえた上での話だ。
 俺は九条家の長男―――ただし姉貴が一人いるが―――として生まれた。無論能力を携えてな。九条家ってのは〈カンヤ〉つまり俺達が言う所の〈御上〉に最も近い家系だったらしい。秘密保持に動くのも、裏の活動を請け負い、他の家系へ指示を出したりするのも。他の家系が実行部隊みたいなものだとするなら、九条は参謀、側近みたいな感じだな。
そもそも〈御上〉ってのは滅多に動かない。奴等は自分の身内が巻き込まれた時だけ動くという異常なまでの秘密主義だ。だから他の家系も、俺達九条家でさえも、上の人間しか〈御上〉の能力を知らない。それがまた恐ろしい。
更に奴らは過去―――俺が小さかった時だから七、八年前か―――に一つ家系を滅ぼしている。えーっと、いむ? いん? 忘れた。
どうやらその家系は統一一族―――あ。その辺の事は大丈夫か? ……そうか。アンタ中々すげぇ情報網だな―――で、そいつらは統一一族の座を狙って〈御上〉の人間を一人人質に取ったんだ。そりゃぁ俺達の家系や他の家系は大慌てさ。クク、大慌てってのは表向きなんだがな。だけどよ、その後俺達は〈御上〉の恐ろしさを目の当たりにする事になった。

謀反した家系は純血一族の中でも最強の部類に位置していた家系でな、その自信から今回の騒動を起こしたのだろう。実際他の家系も今回ばかりは〈御上〉が入れ替わると予想していた。
問題の〈御上〉一族も身内、しかも小さな子供を人質に取られちゃあ動こうにも動けない。いや、奴らは最初からその事件自体が危険だなんて考えていなかったと俺は思う。だって結局その謀反一族はさ、

『〈御上〉の、たった一人の人間によって一晩で全員惨殺されちまったのだから』

 結果としてその一族は裏の世界からも名前が消え、〈御上〉は俺達に圧倒的な力を見せつけた事で更に支配力を増した。

 さて、家系の話はこのくらいにしておいて、九条握人の話に戻ろう。九条本家に―――家系にもそれぞれ本家、分家があるんだよ―――能力を携えて、しかも長男として生まれてきた俺は無論九条家の跡取りとなる筈だった。当主ってのは男がなるものだと相場が決まっているから。
だが、俺の世代は違った。姉貴が過去類を見ない程の天才で能力も桁外れ。能力者でも平凡だった俺は後継ぎの座を外された。別に後継ぎになりたかったわけじゃない。九条本家の人間というだけで不自由の無い暮らしは約束されたようなものだからさ。俺は姉貴と比べられて生きるのが嫌で仕方なかっただけだ。それでも、姉貴は優しかった。それが更に俺の中の劣等感を増大させた。

俺が十二歳になった頃。ある日、俺は姉貴と当時当主であった親父に連れられて初めて〈御上〉本家に行ったんだ。九条本家の屋敷が日本で一番大きいと自負していたお子様な俺は、山奥にある本家の巨大な門―――意識しないと門だと気付かなかったくらいだ―――をくぐった途端、無意識に足を止めていたよ。規格外。《家》であれほどに巨大な物が存在している事が信じられなかった。更に俺が門だと思ってくぐったモノはただの玄関だったと後で親父に聞いた。本当の門など、車で二十分も前にとっくにくぐっていたという。

 中に案内され、大きな湖まである中庭に沿った廊下を歩いている時、湖を挟んだ反対側の廊下に

 奴を見た。

 顔は覚えていない。三人ほどの大人を後ろに従えて歩いて行く。只、俺と同い年くらいのそいつが身に纏っていた白を基調とし、金、紫の装飾を施した着物がとても印象的だった。姉貴に、彼は〈御上〉本家の人間だから見てはいけない。と言われた事も憶えている。
 何にも汚される事の無い白。何にでも染まる白。

 それから一年が経った頃、九条はなにやら慌ただしくなっていた。〈御上〉本家の当主が亡くなったのだというから納得だ。この〈御上〉一族は妙な家族構成をしていて、分家に当主がいないのだ。それは本家当主が分家全てに妻を持ち、本家当主が分家全てを統括しているという事。つまり、分家に生まれた者も本家に生まれた者も、全て本家当主の子供ということなのだ。異常なまでの一夫多妻。〈御上〉屋敷で見たあの少年も、数多くいる兄弟の一人だという事だ。
 そういう異常な制度が故に、当主が死んだという事は〈御上〉一族にとって一大事件なんだよ。

 そう。後継者だ。

 そもそも俺達純血一族を常識的な目で見る事自体が間違いなのだが、〈御上〉に至ってはさらに異常だ。凄まじい数の後継者候補。無論全てが当主の子なので、女子供関係無しに後継者候補となる。ま、分家の場合、一つの分家につき一人だけ候補が輩出されるのだが。
 
 それが故に残酷。
 それが故に非道。

 さてここで疑問が浮かぶ。そんな数の後継者候補がいて、そんな数の後継者候補がいた筈なのに、〈御上〉の人口は安定しているのは何故か?秘密保持を大前提にするのなら人口増加は一番最初に危ぶむ問題だ。異常にして非道な掟。
 
〈御上〉は『後継者候補同士を殺し合わせて当主を決める』んだ。

 お前達から見ればこれは激しく異常だろ? 人道から著しく、逸脱していると思うだろう? 俺でさえ少しズレていると思うくらいだ。だがな、〈御上〉の人間はそうは思っちゃいない。そう教えられて育ったのだからそれが当たり前の行事だと認識している。分家で後継者候補に選ばれなかった奴なんか泣いて悔しがるそうだ。選ばれなかった奴の方が死ぬことも無く〈御上〉の人間として遊んで暮らせるっていうのに。忌々しい行事だ。

 本当に、忌々しい。

 この純血一族が一同に会して成り行きを見守る―――つまり殺し合いを見物―――行事が行われる舞台は、九条本家の屋敷という決定が下った。そう、俺の実家だ。俺が生まれ育った家でどこの誰かもわからない連中が殺し合い、血で血を洗い、肉で肉を拭き、骨で骨を薙ぎ払い、家中を死体で埋め尽くす。俺が自分の率直な感想を一言で言うならば

 ふざけんな。

 けれども無論親父や姉貴は快く承諾した。それが支配される者の取るべき返事。選択。態度。
 俺は支配されたくない。拒否の返事がしたい。違う選択を取りたい。否定的な態度を取りたい。
 だから俺は決めたのさ。血に縛られるのは嫌だから。どんなに生活に不自由しなくても、血の鎖に縛られつづけていればそれは不自由なのだから。どちらが正しい選択かなんて、そんなものは人それぞれ違う。血の鎖から開放される、即ちそれは死を意味するのだが、けれど俺は、九条握人という男は、生きて縛られつづけるよりも死んで解き放たれる方がずっと、ずっと正しい選択だと思った。
 だから後継者を決定するその日の夜、俺は動いた。抗って見せた。
 月夜の下、後継者候補達は俺の屋敷内で殺し合いを始めた。
 九条家の人間は全て外に避難し、他の家系の当主と共に屋敷から出てくる一人の後継者を待つ。だけどその時、俺だけはその場に居なかった。
簡単さ。俺は一人、九条の屋敷内、廊下の下に隠れ留まっていたのだから。

 頭上では大きな足音がたくさん。叫び声がたくさん。これでも参加者のごく一部のものでしかない。刀と刀がぶつかり合う音。鈍い金属音。彼等の能力なのだろうか。能力を使って自分と同じ能力と戦っている。どんな気持ちなのだろうか。
 そして悲鳴。誰かが死んだ。断末魔。また誰か死んだ。遠くでは子供の泣き声。その分家は当主の息子がその子だけだったのだろうな。ほらまた断末魔。子供の泣き声も消えた。死体が一体、また一体と増えて行き、魂が一個、また一個と消えてゆく。
 吐きそうな臭いが屋敷中に充満していく。廊下の下にまで臭う。血の臭い、人間のあらゆる体液の臭い。血に染まる我が家。体液の染み付く我が家。怨念、怨恨の染み付く我が家。血に汚れるならいっそ燃やしてしまった方が良い。忌々しい〈御上〉の人間などまとめて死ねば良い。

だから、だから俺は火を放ったのさ。

 大きな屋敷に火を放ちながら走り回った。連中、俺なんかに見向きもしない。刀を構えて相手と対峙している。俺は夢中で火の点いた棒を投げる。投げる。手に火傷を負おうが構わない。串刺しになった女の子には目もくれず、首の無くなった赤子にも顔を向けず、死にきれず呻き声を上げる者をも踏み付けて。襖に燃え移らせ、畳に燃え移らせ、死体に燃え移らせ、走る。走る。
 すぐに屋敷は大火に包まれた。外の丘から見物する〈御上〉の連中も、純血一族の当主どもも、親父も、姉貴も、さぞ驚いていただろうよ。これが俺の、最後にして最高の抵抗となる筈だった。

 炎に包まれる屋敷の中。あちこちで軋む音を上げながら崩れ、倒れる炎柱。木の焦げるにおい。何よりむせ返る煙と肌をじわじわ焼く炎。
 襖や障子はとうに灰と化し、黒くなっていく和室の中から外を見ると無数の火の粉が華やかに舞い落ちていた。
 そう、それはまるで桜の花びらのようにな。少なくとも俺にとっては、最後に見る花になるだろうと思った。
またも襖が焼け落ち、隣の部屋の中があらわになる。

 そこに青年と少年がいた。

 そしてもう一人、忍装束の人物。こいつは〈御上〉の人間じゃない。
〈御上〉の後継者候補の一人である青年は肩に担いだ意識の無い少年を忍装束に預け、一礼した隠密はきえた。
 
 俺はあの少年を知っている。白を基調とした着物。金と紫の装飾。〈御上〉本家の屋敷で見たあの少年だった。

 何故?何故あいつだけ助けて貰える?
 
 俺がこんなに苦しい思いをして、死を覚悟して〈御上〉の人間を焼き払おうとしているのに。何故そんなにあっさりと、隠密に預けられて逃げる?
 
 戦えよ。殺し合えよ。逃げんなよ!

 青年は隣の部屋から睨み続ける俺に気付いた。焼け落ちて部屋と部屋の境界がわからなかったがな。青年は身体ごとこちらに向け、長い長い刀を鞘から引き抜き、ボーッと突っ立つ俺に向かって歩み寄り、刀を振り上げた。


 ◇ ◇ ◇



「それで? お前はどうなったんだ?」

 王牙はアイスコーヒーをストローで掻き混ぜながら握人の顔をじっと見つめる。

「どうなったって、今こうして生きているのだから助かったんだろ」

「あんな状況でどうやって?」

「俺と男の間に柱が倒れてきたんだよ。バキバキってな」

「つまらんオチだな」

 王牙の言葉に、ほっとけと言う握人。握人はギプスを嵌めた右腕と、棒で指を固定された左手を器用に使ってコーヒーを啜る。

「結局後継者争いにはその青年が生き残ったってんだから厄介な話だ。そのまま俺は九条を抜け出し、一躍〈御上〉〈九条家〉から追われる身となったわけ」

「お前死ぬつもりじゃなかったのかよ」

 と王牙。握人はバンバンと机を叩いて首を王牙に近づける。

「死ねるかっての! だってムカツクじゃねぇか、飄々と逃がしてもらったあのクソガキ! アイツ見つけて殺すまでは死んでも死にきれねぇって!」

 フッと笑う王牙。そして握人に問う。

「なぁ、お前にとって人生って何なんだ?」

 握人は身体を持ち上げた状態できょとんとする。

「あ? なんだそりゃ。俺の人生なんて三年前のあの時にとっくに終了しているよ。でもまぁ、なんだ。アンタの言う物語として考えるのなら、俺の物語は完結していない。勿論完結を目指して生きてきたけど、完結せずに終わるかもしれないよな」

「目標達成が完結。そういう考え方もあるんだな。なら俺に言わせれば、お前の人生はまだ終わっちゃいない。俺にとっての完結は死だからな」

「実は俺の人生は終わっていないと?」

「考え方の問題だ。なぁ九条、人生の六つの要素って知っているか?」

 フン、と握人は鼻で笑う。

「好き、嫌い、普通、愉快、不愉快、無感動だろ?」

「そうそう。で、三年前までお前の人生はどれだった?」

「不愉快」

「三年前から今までは?」

「………」

 握人は黙りこむ。
人生が終わったと思い続け、自分は死んだと思い続けた。だから要素なんて感じるはずも無い。死んだ人間。生ける屍を演じてきたから。それなのに生きる実感を一番感じた。矛盾。矛盾の中でスッキリした何かがあった。
そう、それは

「愉快」

 王牙は笑う。

「そう、愉快。お前は愉快を感じた。つまり人生を生きてきた。九条、お前は二つ目の人生を歩んできたんだよ。終わってなんかいない、新しく始まったんだ。それがどんな形であれ、お前が愉快なら正しい選択だったんだろ。曲がった夢を追いかけて、曲がった行いばっかりして。それでもお前が楽しけりゃ、お前にとって良い人生なんだよ。あくまでお前にとってだけど」

「夢。夢は叶わないもの。叶えるもの。叶いそうに無いもの。俺の夢はどれなんだろうな?」

「お前の夢は殺人だろ? 一般的には《叶わないほうが良いもの》だろうな」

 互いに鼻で笑い合う。
さて、と握人は領収書を掴んで席を立った。

「この街での情報は間違いだった。俺はさっさとこの街を離れることにするよ」

 支払いを済ませ、遠くから席に座ったままの王牙に言う。

「アンタ、下の名前は?」

「王牙だ」

 握人はぴくりと眉を上げた。

「王牙? そう、そうか。珍しい名前だな」

「まぁな」

「じゃあ王牙、もし〈カンヤ〉に会ったら伝えておいてくれ」

 背中を向け、出口に立った握人は外からの日差しを受け、更に店内が暗めだという事も影響して王牙からはシルエットしか見えない。

「もし会ったらな。なんだ?」

「《俺の人生が狂っちまったのは血でも家系でもなく、全部テメーの所為だバカヤロー》ってな」

「わかった」

「あぁ、そうだ。日向波遠には助言をしたつもりだったんだぜ。あれ以上無意識に言霊で人を殺しまくったら殺人鬼だろ? 俺が言えた事じゃないけど」

 道化師はケラケラ笑いながら扉を開け、扉が閉まる前、王牙に

「じゃあな、機会があったらまた会おうぜ」

 そう言って暑い日差しの中へ出て行った。
 そのシルエットの中に王牙はとても嬉しそうな握人の顔を見た気がした。

―――幻だ。

 ◇ ◇ ◇


 その夜。路地裏に九条握人の姿があった。
 そしてもう一人、白いコートに身を包んだ背の高い男。

「〈御上〉の人間ではなかったか? 行方不明になった次男坊について、あれが一番有力な情報だった」

「フン」

 握人は鼻で息を吐くだけ。
 構わず男は続ける。

「言っただろう? つまり奴は死んだのだ。そして統一一族が動くことは決して無い。身内に危害が及ばなければな」

 握人は無言のままどこか別の方を向いている。

「さて、これは些細な事だが貴様を追う女に私まで嗅ぎ付かれては面倒だ。あの〈死神〉は鼻が利く」

 白コートの男はナイフを取り出した。

「フン、やっぱりそう来るのかい。悪いが俺はまだ完結するわけにはいかないのさ。二つ目の目標ができたからな。奴と再会するって約束が」

「たわ言を……」

 九条握人は右腕のギプスを左手で掴み、圧縮して破壊した。左手の指も、棒を全て外して自由にする。
 そして何かに気付いた握人はボソリと、向かってくる男に手の平を向けて構えながら呟いた。

「あぁ、一つ目の目標はもう達成したんだっけ」












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