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『血鎖の支配』
作:是音



第三章 【圧縮夢幻】


――夢を見た。

 炎に包まれる屋敷の中。あちこちで軋む音を上げながら崩れ、倒れる炎柱。木の焦げるにおい。何よりむせ返る煙と肌をじわじわ焼く炎。
 襖や障子はとうに灰と化し、黒くなっていく和室の中から外を見ると無数の火の粉が華やかに舞い落ちていた。
 そう、それはまるで桜の花びら。
 少なくとも僕にとっては、最後に見る花になるだろう。またも襖が焼け落ち、隣の部屋の中があらわになる。

 青年と少年がいた。

 そしてもう一人、忍装束の人物。青年は肩に担いだ意識の無い少年を忍装束に預け、一礼した隠密はきえた。
 僕はあの少年を知っている。何故?何故あの子だけ助けて貰える?
 
 青年は僕に気付いた。身体ごとこちらに向け、長い長い刀を鞘から引き抜いた。
 
 僕が青年を見た時の第一印象は赤。否、『深紅』。
 
 炎の中にいるからではない。そんな、炎なんかよりも、もっともっと深い赤。
 僕は彼に魅せられた。
 今から僕を斬り捨てようとする青年に、魅せられたのだ。
 その、返り血に染まった着物が、なによりも美しく思えてしまったのだから。
 そう。なによりも。

 僕の放った炎なんかより、彼の浴びた血の方が……。


―――【圧縮夢幻】

 ◇ ◇ ◇


 一、《圧縮快楽》

――この街は五月蝿い。どの時間でも変わらず、夜は特に。遅くまでコンビニの前でたむろする人影。前を見ず、俯きながら我が家へと帰る人影。客を呼び込む人影。看板持って突っ立つ人影。
フン、どんなに喧しかろうが、どんなに明るかろうが、この街は死人に満ち溢れている。目の死んでしまった人間達。こんな人間に比べたら俺のほうが何百倍もマシなのかもしれない。生きる実感というやつだ。安全に、ノーリスクでつまらない生き方をするより、自らリスクへ突っ込んで生きていることを味わいながら生きていく方がずっと楽しいと俺は思うね。
……やれやれ。
 こんなのは単なる強がり。僻みだ。リスクの中に放り込まれ、リスクから逃げ続ける事で生きる実感を感じている俺はそんな格好良い生き方をしてはいない。現に居場所を留めておくわけにはいかない俺はこうして点々とホテルを移動している。逃げ隠れするにはこの街は便利だ。最も、柄に無くリスク覚悟で今もこの街に留まっているのは奴を見つけたからで……。


 ◇ ◇ ◇


「オイお前」
「ちょっと裏行かね?」

 呼び止められ、顔を上げる。考え事をしながらゲームセンターの前を歩いていた小柄な青年は、二人の男に肩をつかまれた。こんな遅い時間に学生服を着た人物が歩いていればたかられるのは当然である。

「オラ早く来いよ!」

 腕を引っ張られ、有無をいわさず青年を路地裏へ引き込む男達。青年は、笑っていた。

「財布出せよ。な?」

 通りから外れ、人通りなど無い狭い路地に男が二人と青年が一人。無論、青年は金など持っていない。金はいつも……

「だせっつってんだろ!」

 男は左腕で襟首を掴み、ねじ上げる。自然、青年は壁に押し付けられる形になり、さらに襟をねじ上げられた事で息もしづらい。

「てめぇ何が可笑しいんだよコラァ!」

顔に衝撃。殴られた頬はずきずきと痛む。青年は尚も笑っていた。

「この、いいかげんに……」

「駄目だな」

 男が右腕を振り上げた時、青年はそう言った。

「アンタらじゃ全然リスクを感じねぇ」

 後ろで腕を組んでいたもう片方の男は目が虚ろになっている。様子から見て薬をやっているのは明白。

「ひひ、もういいや、そいつボコボコにしようぜ。そのほうが楽しくっていいや」

「そうだな、かはははは……ん?」

 青年の襟首を掴んでいる男は自分の左腕を見て眉をしかめた。青年が自分の腕を掴んで離さないのだ。鬱陶しく感じた男は青年の顔を殴った。右腕で何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。そして……

 ぼひゅ

 音がした。何かが弾け飛ぶ音。殴る事に夢中な男はそれが何の音なのかわからなかった。そんなことは気にもせず、ただ殴る快楽に浸っている。
 その後ろで壁にもたれ、ニヤニヤしながら様子を見ていたもう一人の男の表情が一瞬で凍りついた。ハイになった頭が一瞬で冷めた。

「お、おい、お前……」

「あ?なに?」

 男は夢中で青年を殴る。殴る殴る殴る。両手で殴る。両手で殴っている。両手で殴っているつもり。両手で殴っていない。
男にはもう、片腕がなかったのだから。

「え……あ……?」

 男は肘から先が消え失せた自分の左腕を見て固まった。暗くてよく見えない。腕だと思っていた部分は切断面から噴き出す血だった。
次に左足を掴まれる感覚。地面に崩れ落ちた青年の手が脛部分を握っている。そして

ぶちぃっ

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 左足の、膝から下が千切れ飛んだ。激痛に耐え切れず悲鳴を上げ、地面に転がる男は、助けを求めて後ろに立っている相方に顔を向けた。相方は立ちつくしている。

「ひ、な、なにしてんだよ!は、はやく助け……」

 そう言いながら顔を上げていくと、相方の頭は無かった。それに気付くのと同時に自分の目の前に顔が落ちてきた。さっきまでニヤニヤしていた顔は恐怖に歪んでいる。

「まったく、誰に向かって口利いてんのかねぇ」

 千切れ飛んだ頭を蹴飛ばし、青年は男を見下ろした。そのまま足を曲げてしゃがみ、男の右腕を掴む。

 ぐしゃっ

「いぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 右足。

 ぶちゃっ

「き――――――――――っ!」

 胴体と頭だけになった肉。最後に青年は男の顔を掴んだ。
 顔を掴まれた男は指の間から青年の顔を見た。
――笑っている。こいつ。狂っている。
 瞬間、男の視界はぐしゃりと歪み、意識は途絶えた。

「返り血浴びまくりだなぁ」

 自分の制服を眺めながら青年は頭の潰れた肉塊を蹴飛ばし、二つの死体から財布を抜き取った。
 死体が財布。金が無くなったら殺して稼ぐ。笑う青年。天を見上げ、片手を顔に当て、ケラケラと笑う。

「滑稽滑稽、たかられたのはアンタ等だったな」

「あぁ。で、今度は私がたかる番」

 ケラケラ笑っていた青年はぴたりと固まった。路地裏の奥から歩いて来る女。裏社会で生きる者なら誰もが知っている、否、知っておかなければ生きていけない人物の一人。

「探したぞ〜、九条。三年もだ」

 青年、九条の額から汗が噴き出す。目の前に突如現れた最上級のリスク。懸命に思考を巡らす。必死に、必死に、この死神から逃げる手段を考える。
 女は知り合いの運命論を少し引用した。

「さぁ、お前の物語は私の物語とのクロスオーバーで完結だ」












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