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『血鎖の支配』
作:是音



第二章 五、《言の霊》



 五、《言の霊》


 御堂のデスクの前に立った王牙は、ソファで眠る日向波遠を横目に椅子に座る上司に問うた。

「で、御堂さん。一体この子は何の能力者なんですか? 戦っている様子を見ればなんとなく解りましたが」

 御堂はポヘ―と煙を吐く。その目は真っ暗になった外の風景だけを見つめている。

「御堂さん!」

「《言霊》だよ」

 突然聞き慣れない単語を返され、王牙は呆然とした。

「コト……ダマ?」

「そ。言霊。文字通り言葉に魂を宿したもののことをいう」

「それがあの子の能力?」

「うむ。日向波遠が内気な性格になったのはこの能力の所為でもあるな。基本的に言霊の宿った言葉は常人には聞こえない。中学までは活発で友達も多かったらしいから発現はその頃だな。守野と同じ途中発現。気になる所だが、まぁいい。で、当然相手に聞こえないということは、大体想像がつくよな? 自分の声が相手に届かないんだぞ? 凄まじい恐怖だ。で、当然のようにコミュニケーション能力が退化し、内気なイジメられっ子に転身ってわけだ」

「ん? でもそれじゃあコミュニケーション能力うんぬん関係なしに日常生活が送れないんじゃないですか?」

 御堂は考えるように顎に手を置いた。そして一言

「〈発動キー〉だよ」

「〈発動キー〉?」

「未熟な言霊使いは自分で設定した発動キーがないと言霊を発動できないんだよ。例えば、『発動!』と最初に付足すとかな。上級者になればそんなものは必要なくなるらしいが」

 王牙は御堂の説明に疑問符を浮かべるばかりである。

「えーと。ってことは発動キーを使わなければ普通の生活が送れるんですよね? それって矛盾してませんか? 日向波遠は日常的に言霊を使ってしまっていた。発動キー無しに」

「使っていたんだよ」

 椅子をぐるんと回転させた御堂は王牙と向かい合い、日向に目線を向けた。

「アイツの癖。調べているうちに気付いたんだよね。本人も気付かない癖があった。どうやらアイツは何かを言う前に〈あの――〉と言うらしいな」

 王牙ははっとした。

「まさか」

「そうそう。それが無意識に自分で設定してしまった発動キーだったのさ。おまけに内気だから声も小さく、言霊としての能力も本当に脆弱さ。つまり、ただの〈聞こえない声〉を発し続けていたんだな。無視されたと勘違いするのも無理ないか」

「そんな……」

「で、何があったかは知らないが、五月十八日に大声で挨拶したら声が届いた。無論言霊としてだから、相手に意識は無く日向の能力で同調させられた形だな。まぁ一種の催眠術みたいなもんか」

 ふぅん。と王牙は考え込むが、一つ疑問が浮かんだ。

「あれ? 何で御堂さんは彼女が十八日にクラスメイトに挨拶したって事知ってるんですか?」

「それは君より先に現地で日誌をチェックしたからさ」

 何の悪気もなくそう語る御堂に王牙は溜息を吐いた。これでは本当に無駄足というものである。いや、この人のことだから全て意識的だろう。目的はせいぜい王牙を学校へ行かせたかったとかだろうか。

「んでまぁ、今までは完全無視だったのが、大声出したら反応が返ってきた。勿論〈あの〉を先に付け足しただろうから暗示にかかっただけなんだけど。それからはただ〈おはよう〉で通したんだろうよ」

「でも七日後、異変は起きた」

 その通り。と御堂は片目を閉じて王牙に指をさす。

「どうやら日向波遠の能力の効果期間は七日らしい。一週間も挨拶に一々〈あの〉なんて付けないだろうし。で、七日目、つまり五月二十四日に効果が切れたんだ。恐ろしい事に、一度強力な言霊を受けた者は意識を支配され、効果が切れた後も次の言霊による命令を受けるまで無意識人間と化す。つまり廃人だ」

「それで無視されたと思ったのか。七日目に廃人と化してしまったクラスメイトに。あ、でも自殺事件はどう説明するんです? 彼女怒りのままに叫んだのだから〈あの〉なんて文頭に付けないでしょ……痛っ!」

 御堂は王牙にデコピンをかまし、バーカと言う。

「お前日誌ちゃんと読んだのか?」

「まぁ、一応」

「もういっぺん注意して奴が叫んだっていう言葉を繰り返してみろ」

「……えーと、《また私をあの時に引き戻すの―――》あっ」

「〈あの〉って入ってんじゃんよ」

「そんな偶然の所為で生徒一クラス分が死んだなんて」

「それでも連中は既に廃人だった。手遅れだったよ。まぁ、お前の言う通りそのときの日向には自分に能力があるなんて自覚が無かった。自覚したのは事件の直後だろうからな」

――そういえば

 王牙は日向に始めて会った日の事を思い出した。
 自殺事件の二日後の夜。

――『私と話すと死にますから』

 彼女はそう言った。誰かに教えられたと考えるのが妥当だろう。

――誰に?

 考えてみたが、これ以上は思い当たらず王牙の思考はそこで止まった。

「ふー。これが事件の真相ってとこだな」

「ふぅん。あ、でも何であの時御堂さんも言霊を使えたんですか?」

 そう。御堂は屋上で戦闘したあの時、発動キーを叫んで日向自身に幻覚を見せた。それはつまり、御堂も言霊を使えるという事になる。
 が、御堂はそれを否定した。

「あー違う違う。言霊使いってのはな、術者を中心として周囲に結界を張ってるんだ。広さは術者によって違うが、言霊はその結界の中でのみ有効なんだよ。だから結界の外にいる人間に幻覚は見えない。自殺事件から考えて少なくとも日向の結界は教室くらいの大きさはあるってこった。で、それはつまり、その中で術者の発動キーを知っていれば同じように誰の声にも言霊が宿るってわけ。逆に術者からしてみれば発動キーを他人に知られるという事は自身の敗北に繋がるってこと。ま、結界を張ること自体言霊使いの第一関門と言われているんだが……。
まぁ、日向波遠はそういった意味も含めて天才能力者だな。日常的に結界張って、脆弱ながら言霊をポンポン使ってたのだから。しかも私と戦った時にはもう発動キーすらも必要としなくなっていた。全部無意識だ。〈言えば現実になる〉って考えだけで使えてたんだから恐ろしいよ」

 まったく。と呟きながら御堂はニヤニヤし始める。

「さてここで問題ですジンノくん。日向波遠の言霊は一週間で効果が消えてしまいまぁす。さてこの〈一週間〉という単語を聞いて何かピンと来ませんか?」

――それは

 それは王牙が学校で日誌をめくっている時に感じた違和感。その時はさほど気にしていなかったが、いざ言われてみるとやはり引っ掛かる。
 しばらく考えた後、王牙はハッと思い出した。

「守野一郎が活動を止めていた期間だ」

「ご名答! さっすが探偵事務所雑用係〜!」

 御堂はデスクをパンパン叩いて王牙を誉めた。

「ついでに明かすと、私は守野が活動を休止する前の最後に行動した日の夜、路地裏から飛び出した少女とぶつかったんだ。後から解ったのだが、あれは日向波遠だった。おそらくその時、獣人・守野一郎に対して言霊を使ったのだと私は予測するね。〈行動を止めて〉とかじゃないかな。意識の無い獣人と言霊なんて相性抜群だ。一発で守野は日向の術中にはまっただろうさ。
滑稽だろう!? お前の言う通りだったのさオーガ! 〈守野家〉の生んだ能力〈獣人〉は、同じく純血一族である〈日向家〉の生んだ能力〈言霊〉で操る事ができたのさ! 数百年実現しなかった偶然! ひょんなところで一族の交流が実現しちまったわけだ」

 御堂は余程楽しい事なのか、ケラケラと笑っている。

「なるほど。で、オレが襲われるまでの一週間、つまり効力が消えるまで守野は大人しくしていたんですね」

「うん。しかも守野は飢えに飢えた獣人だからな。一日大体四人というありえないペースで人を喰っていたと考えられる。別に日向のフォローってわけじゃないが、守野を一週間止めたことで、彼女は少なくとも二十八人の命を救った事になる。ま、彼女にしてみれば生かすも殺すも全て無意識だったわけだし。なんとも言えんなぁ」

 そう言いながら御堂は席を立ち、ソファで眠る日向波遠の頬を引っ張った。

「うりー、罪な女だなお前は〜」

 そんな様子を眺めながら王牙は考える。
 守野も日向も、自分の意志とは無関係に能力を与えられた。結果、守野は獣人という人間に有らざるモノに変貌し、夜を彷徨う廃人と化し、最後には心臓の無い死体で発見された。日向は、その能力の所為で辛い過去を経験し、想像を絶する苦痛と傷を心に受けた。さらにこの二人に共通するのは〈無意識に人を死に到らしめた〉ことである。罪を被るべきはこの二人なのだろうか。
否。
 彼等を生み出した狂気の純血一族〈守野家〉〈日向家〉が背負うべきである。


 ◇ ◇ ◇


 その日、日向波遠を事務所に置いたまま、王牙は帰宅することにした。
 日向波遠がこれからどうなるかはわからない。無意識とはいえ、人を死に到らしめたという事実は彼女に重くのしかかり続けるだろう。言霊などというもので起こした事件の為、法に裁かれる事もない。そこら辺の事は〈死神 御堂〉に任せておけば良いという。

 帰り際、御堂は王牙にこんな事を聞いた。

「オーガ、そういえばお前事件の二日後に日向と話したとか言ってたわね?」

「はい」

「ふーん。何ともなかったのか?」

「はい?」

「ん、いや。なんでもない」

 うーむ。と首を傾げる御堂とぐっすり眠る日向を残して王牙は事務所を出た。
 残された御堂は日向に毛布を掛けた後、窓際に立って本日何本目かわからない煙草に火を点けた。煙を吐きながらまだ首を傾げて考えている。

「うーむ。事件直後、日向に発動キーは必要なくなった。つまり王牙が会った時には普通に言霊を垂れ流しにしている状態だったわけだ。そんな奴と会話なんてすれば即精神が崩壊するものなんだが。うぅ〜む、ますますわけのわからない奴だ」

 窓に肘をついて煙草をくわえ、難しい顔で物思いにふける。

 外は―――雨。

 
 第二章、【言の霊】 了












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