第一話「冷たい温もり」
『皆お疲れさん。まだまだ試合の興奮は抜けきらねぇだろうが、くれぐれも帰り道は気を付けてくれよ。俺様も今日の試合は、当分メモリーに焼き付いたままになりそうだ。勝者であるブルーティッシュと、ディフェンディングチャンピョンのチーム・深蒼のタイトルマッチは、日程が決まり次第お知らせするから、必ずチェックしてくれよな! それじゃあ――』
メインスクリーンにて実況者が別れの挨拶を告げるも、観客達は一向に帰ろうとはせずに、皆今日の興奮を反芻するように語り合っていた。
聞こえてくるのは、両チームのエースであるフォルテとエアの一騎打ち、そして逆転を狙い単機突撃してきたレッドアイズのBRナイン、そのナインを阻む為ブルーティッシュのミミカとゴンゾがいかに死力を尽くしたか等々、夏の夜の熱気を伝播し、聞いているだけで後半戦のシーソーゲームが容易に思い返せる程だ。しかし……、
「……誰も、誰もお姉様の事は喋ってくれないね」
「仕方ないよ。彼女は移籍したばかりだったし……レッドアイズが引き抜いた選手を使い捨てるなんて、今に始まった事じゃないからね。皆大して気にならないんだ」
「それでも……でもユーリ、あたし悔しいよ! だってお姉様は……!」
「……帰ろうアリス。俺達も来週の試合の準備をしないと……お姉さんにお別れする? スタッフに頼めば、多分会わせてくれると思うけど」
「いい。冷たくなったお姉様なんて、もう見たくない」
ユーリ=ヒロニクスがぐずるアリスの頭を撫でると、アリスは嫌がるようにユーリの手を振り解き、一足先に席を立つも、すぐに振り返ると不機嫌そうにユーリを呼ぶ。
「気安く触らないで! それよりユーリ早く。もたもたしないで帰るわよ!」
「はいはい、分かったよ」
頬を膨らませるアリスを追い、試合後の熱気冷めぬスタジアムを後にする。ライトアップされていた会場から一転、照明の乏しい通路を二人で歩いていると、アリスが挙動不審にキョロキョロとし始めたと思いきや、周囲に人影がないのを確認し、強引にユーリの手を握ってきた。
「……手、握ってていい?」
「もう握ってるじゃないか。気安く触られるのは、嫌なんじゃなかったのか?」
「……ユーリが嫌なら、別に握ってくれなくていいわよ」
人工皮膚独特の柔らかくどこか冷たい手が離れかけるが、今度は自分からしっかりと握り返すユーリ。人肌の何倍もの回数触れてきた馴染みの手は、ユーリが握ると一瞬強張ったものの、結局そのままスタジアムを出るまでの間、ユーリの手から離れる事はなかった。
「あ、ブリュッケさんからメール来てるわよ。なんかごちゃごちゃ書いてあるし、早く戻った方がいいんじゃない?」
「なんだろう。もしかして、やっと新メンバーの目途が立ったのかな?」
ユーリは自分もメールを見ようと、しまっていたゴーグルタイプのデバイスを探す。
「あれ? どこにしまったっけ? あっれー……おかしいなぁ」
「だから外部デバイスなんて使ってないで、いい加減ナノマシンを移植しろって言ってるじゃない。ほら、ここの内ポケットにしまってたの忘れたの?」
「ごめんごめん。不便だってのは分かってるんだけどさ、こういう昔の機械ってなんか心が惹かれるんだよ。ロマンっていうか風情っていうか……アリスにはそういうのない?」
「あのねぇ……あんたあたしが一応、自分の会社の最新モデルだって分かってる?」
アリスのオッドアイに睨まれるも、ユーリは特徴的なくせっ毛を掻き誤魔化すようにそっぽを向くと、取り出したゴーグルを着用しネットワークに接続し、一件のメールを開くのだった。
「どれどれ。あ、やっぱり新しいAESが届いたみたいだね。試合まで後一週間か……武装のチューンはギリギリとして、フォーメーションまでは流石に手が回らないだろうな」
「しっかりしてよね。あたし達が敗け続けてたら、ユーリ達だって困るんでしょ?」
「そうなんだよな……親父もブリュッケさんやオーナーと、何か相談してるみたいだけど。メリルさんは何て――あれ?」
「なに。メリルさんがどうかしたの?」
不機嫌そうに尋ねるアリスを他所に、ユーリはゴーグルをつけたり外したり、ダイヤルを回したりしながら首を傾げる。
「ちょっとユーリ! 聞いてるの?」
「ん、あぁ……なんだろう。今なんかノイズが走った気がしたんだけど、アリスの方では何も起きなかった? 一瞬ネットワークも切断されたような……」
「え、別に何もなかったわよ? ……やっぱりそんなガラクタ、使わない方がいいんじゃない? もう捨てちゃいなさいよ」
「うーん……この間バージョンアップしたばっかりなんだけどなぁ。どうしたんだろ」
何か外的要因ではないかと、ユーリはゴーグルのスキャナー機能をONにして、周囲を探ってみるものの、不夜島とも呼ばれるアトール島の宵闇はむしろ日中よりも明るく、目を凝らさずとも周りに何もない事など明白だった。
故障があったにしろなかったにしろ、どの道ここでは調べようがないかと、ユーリは胸の奥に引っ掛かるものを感じつつも、上司に呼ばれている事もあり、自身が勤めるローゼンヴァルト社へ急ぎ戻るのだった。