衝撃
――午前二時の出来事だった。
その日、俺はあるマンションの一室に引っ越してきて、その片付けに一日を要した。作業は午前一時過ぎまで続き、それでも終わる様子を見せなかった。
子どもの頃からなんでもかんでも集め出してしまう、“癖”のせいだった。ガラスケースにお気に入りの可動式フィギュアを並べ、ポージングから見える角度までこだわって、配置した。本棚にはマンガや文庫を、作者名あいうえお順に並べた。……その細かい作業のせいで、余計に時間がかかってしまったのだ。
(明日、帰ってきてからやるか……)そう思い、寝ることにした。その日は日曜日。次の日には、仕事があったのだ。(朝、シャワーを浴びればいいや)と、着替えることもなくベッドに倒れこんだ。ダンボールや気泡緩衝材で散らかった部屋の中、ベッドだけが安住の地となっていた。電気を消し、うつ伏せのまま、眠りにつく――。
――。
――――――ズンッッ‼︎
――ハッ、と目を覚ました。強い衝撃に、部屋中の物が揺れた。
(“直下型地震”――)そんな言葉がふいに頭に浮かぶ。まさに、その言葉がピッタリだった。底から勢い良く突き上げたような、そんな衝撃。
携帯を見る。……“緊急地震速報”は発信されていないようだ。
Twitterを見る。……いつも地震が起きれば“呟く”友人達は、黙り込んでいる。
コードだけ繋ぎ、床にそのまま置いてあったテレビを点ける。チャンネルを回す。1、3、4、5、6、7、8……。
どこのチャンネルの画面にも、“地震速報テロップ”は表示されていなかった。
(アレェ……勘違いだったか……?)そう思った。寝ている時に身体が突然ビクッ、と動いてしまう、アレ。ソレだと思い、再び眠りについた――。
――朝。携帯に設定していたアラームによって目を覚ます。身体を起こし、シャワーに向かう。
戻ってきて着替えを済まし、仕事に向かう準備をしていてふと、フィギュアの入ったガラスケースを見た。
ポージングから角度まで微調整したアクションフィギュアが、皆一様に倒れていた。
*
――その日の夜。つまり、引っ越してきた次の日。月曜日。
仕事を終えて帰ってくると、部屋の片付けを再開した。途中、気泡緩衝材を潰したりなんかしつつ、作業は進んだ。しかし、倒れたフィギュアがどうも気になり、また一体一体立ち上がらせ、直していった。――気付けば、またもや一時過ぎ。
結局、その日も片付けは終わらなかった。フィギュアを触り出すと、あっという間に時間が過ぎていってしまう。
(明日こそは……!)そう思いつつ、またベッドに倒れこむ。電気を消し、深い眠りに沈んでいった――。
――。
――――――ズンッッ‼︎
ビクッ、と肩を震わせながら、目を覚ました。(また地震……!)そう思った。昨日と全く、同じ感覚だ。この時、やはり昨日のも地震だったのだ、と確信した。
しかし。携帯を見る……Twitterを見る……テレビを点ける……。……やはり、誰も地震に気付いていない。
グラグラ揺れるような地震ではなく、一度だけ突き上げるような揺れがやってくるのだ。――地震以外の原因を考えた。工事……イヤ、時間的にあり得ない。結局再び、わからずじまいで、眠りについた――。
次の日の朝。ガラスケースを見ると、やはりフィギュアは倒れていた。
*
こんなことが、毎日続いた。そして、気付いた。地震のような衝撃は、毎日午前二時十分。きっかりに起こるのだ。
引っ越しの片付けはうまく進まず、フィギュアは倒れっぱなしになった。一週間経ち、いよいよこれはおかしい。これは何か、“恐ろしい”ことが起きているぞ、と思い始めた。
そして、ふと思った。この揺れは、マンション全体に起きていることなのだろうか。それとも――。
(俺の部屋だけが……?)
――日曜日。菓子折りを持って、隣の部屋の住人を訪ねた。「ご挨拶が遅れまして……」そんなことを言って、押しかけた。
そこに住んでいたのは、子供のいる夫婦のようだった。出たのは奥さんの方で、歳は三十過ぎくらい。ふくよかで、優しそうな印象を受けた。最初は疑問を浮かべたような表情をしていたのだが、菓子折りを見ると目付きが変わった。――私は何かを聞き出す気マンマンだったので、有名高級菓子を持って行っていたのだ。
「ところで、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」こう切り出し、深夜二時過ぎの“衝撃”について聞いた。すると彼女は少し困った表情になり、
「うちは揺れません」
と言った。やはり、俺の部屋だけが揺れていたのだ。
そして、言った。「これは、私から聞いたとかは言わないで欲しいんですけど……」
――その奥さんから聞いた話は、信じられないものだった。というのも、三年前。あの部屋で、首を吊った者がいたというのだ。
その部屋に当時住んでいた男性は、なんらかの理由によって首を吊り、自殺した。発見したのは、その男性の会社の同僚。会社に出勤してこず、電話にも出ないので心配し、部屋を訪れたところを発見したのだという。
その後部屋はきちんと清掃され、何ヶ月か後に新しい住人が住み始めた。……だが、その住人は一週間も経たずに出て行った。その後何人かがその部屋に住んだが、皆すぐに部屋を出ていってしまうという。
話を終え、隣の部屋の住人が扉を閉めると、自分の部屋の扉を見つめた。
(深夜、揺れる部屋……)
想像したくもないのに、頭の中にビジョンが浮かぶ。
――。
――――――ズンッッ‼︎
――衝撃。――揺れる両脚。――頭を垂れる――。
――ガクンッ。
(……首を吊る“部屋”……‼︎)
ゾッ、と全身に寒気が走った。部屋に入ることができず、その日は友人の家に泊まった。
玄関の扉を開けたら――嫌なものを見てしまう気がしたのだ。
――三日後。やはり私も、その部屋を出た。