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江戸時代の遊郭の楼主に生まれ変わったので遊女の待遇改善に努めつつ吉原遊廓の未来も変えようと思う 作者:水源
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鳥屋の女・西田屋の遊女に梅毒患者がいたのでなんとか治してみよう

ちなみに本当はこんなに簡単には効果のあるペニシリンは実際には取り出せないようですよ。
 さて西田屋の待遇改善を勧めていたときのことだ。
病人を押し込める隔離部屋に新造らしい遊女が寝かされているのが見えた。

「おい、お前さん大丈夫か?」

「ううう……」

 大分苦しんでるし、顔に赤いかさぶたみたいなものが出てるな。

「こいつは……楊梅瘡ようばいそうか」

 楊梅瘡とは梅毒のことでこの病気に感染してから3ヶ月ほどすると、感染の第二期に入る。
この時期の病状として見られる赤い発疹が、楊梅ようばい=ヤマモモに似ているところからこの病名がついた。
ヤマモモがわからなければ、赤いライチみたいな感じでも近いかもな。

 正確な理由は不明だが、梅毒が広まって間もないこの時代は毒性が高いのか、現代より強い症状が出ることが多く、第二期に入ると膿の出る瘡蓋かさぶたができて全身が痺れたり、頭や関節が痛んだり、また円形脱毛症により髪の毛もどんどん抜け落ちてしまった。

 梅毒は梅毒トレポネーマと言う細菌への感染によって起こるが、梅毒菌自体は非常に弱い細菌で自然界における唯一の宿主はヒトしか居ない。
そのためシャーレなどでの培養も出来ず、宿主がいなければ数日も生きられないうえに、増殖も遅い。

 日本で梅毒が初めて記録されたのは、1512年の京都。
梅毒が広まった原因はコロンブスが西インド諸島を発見し現地民を虐殺強姦した時に船員が梅毒に感染してその船員たちがアメリカからヨーロッパに持ち込んだというのが通説だ。
梅毒は1493年にスペインのバルセロナで最初の流行が有ってその後、フランスがイタリアに進駐したとき、傭兵としていたスペイン人からイタリア人に感染していった。
ナポリで大流行したため、フランス人はナポリ病といったが、イタリア人はスペイン病、イギリスではフランス病、ポルトガルでもスペイン病、ロシアではポーランド病、ポーランドではロシア病と呼ばれていたらしい。
この時代は船乗りや傭兵があっちこっちを行き来して娼婦を買っていたからどんどん移っていったわけだが、日本で梅毒とされる病気が初めて記録されたのは1512年。
つまり20年ほどでほぼ全世界へ広まったわけだな。
日本の鉄砲伝来とされるのは1543年なので日本へは南蛮人が持ち込んだものではなく、南蛮人がインド、マレー半島、フィリピン、中国とどんどん広めていったものをこの頃勘合貿易を行っていた堺を本拠とする管領家の細川氏の貿易船の船員が中国で女を買って梅毒に感染し、京の遊郭で遊んで京に広めたというところだろう。
この頃梅毒はすでに中国、朝鮮半島、琉球ではすでに大流行していて、長崎や平戸、堺などそういった地域と貿易を行っていた地域では戦国時代にも結構広まっていたようだ。
戦国武将にも感染者は多く立花宗茂、黒田官兵衛、大谷吉継、加藤清正、結城秀康、前田利長、浅野幸長などがこの病にかかっていたらしい。

 遊女が梅毒にかかって隔離部屋に閉じ込められることを、鳥屋とやにつくというが、これは本来は鷹の羽が夏の末に抜け落ち、冬毛に変わる前に巣にこもることをいう。
鳥屋と言うのは隔離部屋だがその部屋にこもってじっとしている遊女の髪の毛が抜ける様子が似ていることから、吉原などでは梅毒にかかることを「鳥屋につく」と言うようになった。

 しかし江戸では18世紀半ばまではほとんど見られなかったが、19世紀半ばには江戸の1割から5割が感染していたと言われている。

 これは湯屋が蒸気風呂から浴槽にお湯をためる形に変わったが、水が貴重で汲み上げるのも大変だったためお湯はなかなか交換される事無く使われ、かなり汚れていたのが原因じゃないかと思う。

 もう一つは吉原の大見世が消滅したのもこの頃で遊女の扱いが一層ひどくなっていった時期でも有ったからだろう。

 人肌と同程度の温度の人の垢などがたくさん浮いている湯屋の水が衛生的ではないのはわかってもらえると思うが、それにくわえ蒸気浴だと室温がかなり高いためウィルスや細菌はかなりの確率で死滅する。
特に梅毒は熱に弱く41℃の状態で2時間、39℃の状態で5時間で死滅するが、普通のお湯では人間そんな長い時間、高温のお湯には入れないので室温もそこまで高くならない。
体温と同程度であれば増えてしまう可能性もある。

 公衆浴場というのは衛生的には結構両刃の剣だったりするんだな。

「とりあえずあれを持ってくるか」

 俺は以前にみかんの皮に生えた青カビから分離したペニシリンを含んだ活性炭の粉を取りに三河屋の氷室に出かけた。

「えっと、どこだったかな?」

 氷室の片隅にそれが入ったツボを見つけた俺は其れをごく薄めた酢の入った少量の水でまだ含まれているアルカリ性の不純物を洗い流した後、海藻の灰汁を薄めたもので中和させペニシリンカリウム塩を活性炭から取り出した。
ペニシリンはこれで活性炭の穴の中から取り出せるのだ。

 そして其れを綿に含ませて遊女の舌の下に含ませた。
これで粘膜経由で多少はペニシリンが吸収されるはずだ。
本当は注射が一番なんだが注射器をつくる材料のガラスシリンダーが日本にはないしなぁ……。

「苦しいかも知れないがこれをしばらく含ませたままで居てくれ。
 楊梅瘡の毒を消せるはずだ」

 遊女はコクリと頷いた。

 さて、結核と同じで、梅毒も免疫を上げれば症状を消すことは出来る。
だから俺は療養食を作ることにした。
まずは前に紀州の若様に作った焼き梅昆布茶だな。
それかららっきょうの酢漬けとすりおろした生のにんにくを蜂蜜に混ぜたもの。
それと納豆と大根の糠漬けも持っていく。

「お前さん納豆は食えるか?」

「あい、大丈夫です」

「じゃあ、これを食ってくれ」

「あい、わかりんした」

 吸血鬼や悪霊がにんにくを嫌うというのは、悪霊と病原菌が混同されていたことから広まったようだが生のにんにくには強い抗菌作用があり天然で副作用のない抗生物質のようなものだ。
だがそのまま食べたりするのは匂いや味の点で大変なのですりおろして蜂蜜と混ぜる。
焼き梅や昆布が免疫を上げるのは結核にも効くから同じこととして、らっきょうもにんにくと同じような効果がある。
納豆菌は最強の細菌で体内の悪玉菌などを簡単に駆逐してくれるし、糠漬けには乳酸菌が多く含まれてる。
こうやって腸内環境や血液の環境を整えて免疫を上げれば、ペニシリンの効果がイマイチでも多分治るだろう。
白米ばかり食っていてビタミンやファイトケミカルが足りない食事は良くないよな。
梅毒は唾液や血液経由でも広まるから彼女の血がついたり唾液がついたものは念のため煮沸消毒して洗剤で丁寧に洗うようにしよう。
幸い梅毒は高温、乾燥、紫外線、石鹸などの消毒すべてに弱いので感染力が低いのは幸いだよな。
仮に梅毒が天然痘クラスやエボラ出血熱クラスの感染力や致死率の伝染病だったらヨーロッパはどうなったろうな。
多分壊滅したんじゃなかろうか。

「とりあえず無理に客を取る必要はない。
 まずは同じ食事を続けて毎日蒸気ぶろにも長く入ることだ。
 症状が収まるまではとりあえずゆっくり休んでくれ。
 そして動けるようになったらここじゃない店を手伝ってくれ」

「あい、わかりんした」

 無理に働かせて梅毒がどんどん客に広まるのは困るからな。
完治するには最悪2ヶ月ぐらいかかるはずだがまあ仕方ない。
症状が出てないだけで菌を保持してる男女はすでに結構いるような気もするが其れについてはどうしようもないしな。

 ペニシリンは決して万能の薬ではないし、細菌は異種の細菌と情報を交換しあうので抗生物質の耐性できると簡単に異種の細菌の間でその情報が交換されてしまう。
こうして抗生物質が効かない薬剤耐性菌がどんどん増えていってしまうわけだが幸い梅毒はペニシリン耐性を持っていないはずだ。
あとは明らかに生命に関わりそうな肺炎や破傷風、敗血症 、丹毒、胎毒、蜂窩織炎ぐらいにしか使わないほうがいいだろうな。
この時代の胎毒は天然痘と同じくらい恐れられていたようだが。
かぜをひいたからとむやみに抗生物質を出すべきじゃねえよな。
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