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江戸時代の遊郭の楼主に生まれ変わったので遊女の待遇改善に努めつつ吉原遊廓の未来も変えようと思う 作者:水源
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運命の出会い

 さて、あくる日、俺が大見世の寄り合いの帰りにふと吉原の東の遊郭の最下層、羅生門河岸の女郎長屋の横丁へと足を運んだときのことだ、その行動自体に大した意味はなくなんとなく足が向いたのだが。

「また、行き倒れか」

「なんでも湯女だった母親が死んで長屋を追い出されたんだって」

「そりゃ、稼ぎにもならない餓鬼じゃな……」

 そんな噂話をしてる切見世女郎の間を通り過ぎると、確かに路上に倒れている童女がいた。

「おい、大丈夫か?」

 そういって俺は倒れていた童女を抱えあげた、良かったまだ生きている。
しかし、しばらく何も食べていないであろうその体はひどく軽い。
私は彼女に聞いた。

「もしかしたら、今死んでしまったほうが、もしかしたら楽かもしれない。
 それでも、この苦界でまだ生きていく気は在るか?」

 彼女は小さく頷く。
弱った体とは異なり強い意志を感じさせる瞳。
薄汚れているが、磨けば光るだろう容貌。
そして何よりも人気のある風俗嬢が持っていた特有のオーラのようなもの。
彼女はそれを持っていた。
そして彼女は私の言葉に頷いた。

「分かった、では一緒に帰るとしようか。
 それからこれから俺は君を桃香と呼ぶことにする」

 彼女は桃の木の下で倒れていたので名を”桃香”と名付けた。
彼女はコクリと頷く。

 この子にも親からもらった名はあるかもしれないが、見世ではその名はもはや意味はない。
俺もこの子も吉原生まれ。
吉原で生まれたものは吉原から出ることはできない。
俺の楼に帰り着いたあと、俺は桃香を腕からおろし、私の部屋へ連れて行った。

「桃香、まずはゆっくりと卵粥を食べなさい。
 そして今日はゆっくりねなさい。
 明日の朝風呂に入ったら小袖を買いに行こう」

 桃香は

「あい、ほんとにありがてえだす」

 と私に答えてから粥をすすっていつの間にか寝ていた。

 汚れたままでは禿の大部屋に向かわせてもまずかろうと俺の私室で一夜を過ごした桃香。
無論手を出したりはしていない。
楼主であろうと遊女に手を出すのは基本ご法度なのだ。
そのまえに俺に童女を襲う趣味はないが。
無論遊女でも妻として迎える場合は例外だがな。

 起きた桃香を郭の内湯に入れる。
服を脱がせば肋が浮いたガリガリの体。
さらに埃と垢にまみれてはいるな。

「戒斗様、みないでけろ。
 おらぁ、お歯黒ドブの捨てられっ子だぁ。
 汚くて臭いだぁ」

 そういう彼女の体を一通り見回す。
幸い大きな傷痕や病気の後などは残っていない。

「大丈夫だよ、桃香。
 とてもきれいな体だ。
 だから、まずはよく食べてよく眠りなさい。
 そうすれば君はもっときれいになれる。
 そして遊女にふさわしくなるように
 仕草や言葉遣いを洗練させなさい。
 すべての男が振り向いてやまないように。
 親の出自が良くても悪くても関係ないよ。
 少なくてもこの街の中ではね」

 私は体を洗ってやりながら言った。

「はい、ありがとうございます戒斗様
 おらがんばるだぁ」

 桃香は笑っていった。
それは眩しい笑顔だ。

「うん、頑張れ」

 風呂から上がり郭を出て小袖を買いに行くために桃香の手を引いて私は吉原を歩く。
小袖は振袖や留袖をきられるようになる前の女の上着だ。

「ふむ、これにしようか」

 この頃流行りだした木綿の反物。
それを仕立てて小袖を作らせようとすると桃香がしがみついてきた。

「あの、戒斗様?
 おらにこんないいもんは似合わないだよ」

 私は桃香のおかっぱ頭をなでながら言う。

「ああ、本来なら正月一日に与えるものだけど
 気にしなくていいよ。
 いまの服はぼろぼろすぎるからね」

「すまねぇだ」

「桃香は悪くないだろう?」

「ありがとうごぜえますだ」

 恐縮する桃香の手を引いて廓に戻る。
この子はきっと人気の遊女となって吉原から出て幸せになることができるだろう。
なら俺はその手助けをしてやるだけだ。
引きつけ禿として言葉遣いや芸を教え、ちゃんと食事を食べて成長すれば、きっと見違えるような美女になるだろう。
俺の楽しみと目標ができたな。

 しかし、翌日のことだ。
禿が誰かをいじめている。

「おいおい、ここに河岸見世のドブ臭いやつがいるぞ」

「ヒョロヒョロのガリガリのくせに」

「戒斗様に拾われたからって、なんでまだいるんだ。
 お前みたいな臭いやつ」

 どうやら桃香がいじめられてるようだ。

「お前たち、何をやっているんだ?」

「ひゃー」

「やば」

「逃げろ」

 桃香を取り囲んでいた禿たちが一斉に逃げ出す。

「で、桃香、お前さんは何をしてるんだ?」

 桃香は買ってやった小袖ではなく、ここにきた時の服で汚れた雑巾を使って床を拭いていたようだがあえて聞いてみた。

「おら、河岸見世のすてられっ子だし、姐さんたちみたく
 綺麗でもねえから……せめておらになんかできること
 と思って床を磨いてただ」

 俺はふうと息を吐く。

「生まれなど気にするな。
 あいつらみたいに自分より立場の弱いやつを
 数を頼んでけなしているような連中は
 決して売れっ子になれない。
 弱いものほど他人を蔑んで優越感に浸りたがるもんだ。
 生まれがそれなりにいい武家の娘でも関係ない。
 後、廊下の掃除は中郎がやるもんだ。
 お前がやる必要はないぞ」

 中郎というのは男の雑役夫で建物の廊下掃除などは基本こいつらがやる。

「んだかぁ……戒斗様すまんだぁ」

 俺は桃香の手を取って自分の部屋に向かった。

「出自が良かろうと悪かろうとここに居る女がやることは変わらないぞ。
 ところで俺が買った小袖はどこだ?」

「ここだぁ、なんかもったいなくてきられないだぁ」

「それではせっかく買った意味がない。
 いっそその服は捨てるか?」

「これはおっかがのこしてくれた服だぁ。
 すてねえでけろ」

「そうか……まあ、洗えばそれなりに綺麗にはなるだろうし
 捨てるのはやめておくか」

「ありがとうだぁ」

 俺は桃香を小袖に着替えさせるとその髪に櫛を通して髪をすいていく。
そして髪を結い、髪飾りをつける。

「戒斗様、おらにはこんなきれいなカッコ似合わないだよ」

 そんなことをいう桃香の口を手で閉じて紅を塗る。

「そんなことはないさ。
 さっきも言ったろう出自は関係ない。
 桃香は素材は良いんだから服に着られることもない。
 もっと自信を持ちなさい」

 鏡で化粧して髪を結いあげた姿を見せた桃香は自分の姿に驚いているようだ。

「あい、戒斗様」

 その笑顔は花を思わせる。
腹に黒いものを抱えたものには出せない笑顔だ。

「まあ、とりあえず言葉をちゃんと覚えないとな」

「えと、わっち、がんばりんす」

「お、その調子だぞ」

 桃香の頭をグリグリなでてやると屈託なく笑った。
芸や書を覚えられるかは才能と熱意次第だが、まあなんとかなるんじゃないかな。
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