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江戸時代の遊郭の楼主に生まれ変わったので遊女の待遇改善に努めつつ吉原遊廓の未来も変えようと思う 作者:水源
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ある日の吉原遊廓のお客達

 とある日のころ、腕のいい大工のところに今年15になった見習いが居た。
腕のいい大工は1日500文ほど稼ぐことができ、昨年焼け野原になった江戸では引く手あまたで仕事が途切れることもなく、それは羽振りの良い状況であった。
大工は吉原に行こうかと考えていたが、せっかくだからと見習いも連れて行ってやることにした。
なんせ、江戸は男2人に対して女1人しかおらず、若い女は皆商家などに丁稚に出てしまい、出会いなど殆どなかった。

 そして、今日の仕事も終わったところで大工の親方が見習いに声をかけた。

「おう、太助。おめえも、今年15になったな」

「へえ、親方、ようやっと15になりました」

「おうおめえは10んときからよくはたらいてくれたぜ。
 それもあってな、おめえの成人祝いで今日は
 吉原に連れてってやろうじゃねえか」

 その言葉に喜ぶ太助。

「吉原?!ほんまですか」

 親方は胸を張っている。

「おう、女日照りのお江戸じゃ、めったに女に会えないが。
 吉原は綺麗どころが揃ってる、そりゃそりゃあいいところだ」

 太助は深々と頭を下げた。

「親方、ありがとうございやす」

 そして親方は懐から金入れを出すと太助に1両(おおよそ10万円)を手渡した。

「支払いはこいつでやんな。
 とは言えそれだけじゃ太夫とは遊べねえがな」

 太助は恐る恐る小判を受け取る。
なんせ1両は見習い大工にとっては年俸と同じ金額だ。

「へい、しょうちしやした」

 やがて、二人は連れ立って、吉原に歩いていく。
大門をくぐればそこは全くの別世界、色とりどりの鮮やかな服を着た遊女がせわしなく歩いている様子が見えた。
そして親方が太助に言う。

「夜見世までにはまだ少し時間が在るが、お前さんは引き手茶屋に行って
 見世を紹介してもらいな」

「親方はどうするんで?」

「ああ、俺はもう行く見世は決まってるんでな。
 太助、お前さんもうまくやれよ」

「へえ、しょうちいたしやした」

「今日は泊りがけだからな、明日の朝大門で待ち合わせだ」

「へえ、しょうちいたしやした」

 こうして大工の師弟は別々に行動する事になった。
大工は先月と今月の稼ぎをためてやっと揃えた20両(おおよそ200万円)をもって、引手茶屋へに行く。


「おう、西田屋の総角あげまきに会いたいんだが」

「へえ、西田屋の総角太夫でごさんすな。
 揚屋の席を用意させていただきやすんで
 ちいとまってくだされ」

「おう」

 実はこの大工の親方、西田屋は吉原一の見世と足繁く通っていたが、太夫には振られっぱなし。
今までは10両(おおよそ100万円)を払っていたが、振られ続きだった。
ならば、あこがれの太夫と一夜を共にするため、今度こそはと意気揚揚といつもの倍の金を持ってきたのだった。
引手茶屋の主人に金入れを預けると意気揚揚と大工は揚屋へ向かった。

 引付座敷に付けばまずは一杯と酒を飲み、芸者 幇間を座敷へ上げてあげて騒いで太夫が来るのを待つ。
やがて太夫が置屋から新造や禿、若い衆を引き連れ、太夫道中で揚屋にやってきた。

「西田屋、庄司甚之丞付き太夫、総角、はいりんすえ」

「おお、太夫が来たか」

「あい」
・・・
 さて、うって変わって、こちらは太助。
親方に1両もらって見世をどうするか、悩んでいた太助は、物は試しと引手茶屋に入り茶と団子を頼んでから、茶屋の主人に聞いた。

「全部で一両で遊べる見世はどこだろう?」

「ほう、一両かい、それならそこそこいい廓も案内できるが
 ここの茶代も含めてかい?」

「ああ、含めてで頼みたいんだが」

「なら、三河屋の格子がおすすめだぜ。
 あそこなら振られもしないし廻されもしないで
 かならずもてるからな」

「振られるとか回される、もてるってのは何なんだ?」

「ああ、振られるってのは、太夫や格子を指名して、遊ぼうとしても
 その部屋に案内されないで他の部屋へ振られて遊べないことだな。
 廻されるってのは、遊女が指名を重ねて取って
 客の間を廻って寝ていくことさな。
 もてるってのは遊女との時間を一晩中もてるってことだ」

 ちなみに振るとか廻すと言った指名を重ねて取ることは、江戸の吉原などの東日本の遊廓だけで行われていることで、京や大阪、長崎などの遊廓では行われていない。
長崎の出島で同じことをやったら、外国人の客が切れて暴れるだろうが。

 太助はそれを聞いて言った。

「へえ、じゃあその三河屋ってのは随分いい店なんだな」

「まあ、俺はバカ正直なのは嫌いじゃねえな。
 なんせこっちが案内した客に文句も言われねえ
 遊ぶなら案内するがどうだ?」

 太助はにかっと笑っていった。

「おう、その三河屋に案内してくれ」

 茶屋の主人も笑顔だ。

「へい、まいどあり」

 茶屋の主人は一分金と銭で茶代のつりを渡すと、太助は茶屋の主人とともに京町まで歩いていく。

「ああ、格子の揚げ代は2分だがそれから、遣り手婆にもちゃんと1分はらえよ」

「遣り手にも1分?」

「ああ、それが吉原のしきたりだからな」

「ああ、分かった」

 太助は三河屋の格子前に辿りつく、すると茶屋の主人が言ってきた。

「手前は格子太夫だから、1両じゃとても遊べねえ。
 奥の女にしときな」

「ええと、じゃあ」

 太助は格子の中で、三味線をひいたり、胡弓を引いたりしている遊女を眺めやる。
どの遊女も綺麗で選ぶのに迷ったが、その中のひとりに直感的に決めた。

「お、おいら、君がいいんだけど、どうかな?」

「あい、ありがたく、お受けいたしやすよ。
 わっちは山茶花さざんかと申しやす
 どうぞ上がりなんし」

「あ、ああ、よろしく」

 太助はおどおどと手を出し、山茶花に手を引かれて2階に上がっていく。
そして、二階の上り口にある遣り手部屋の遣り手婆に一分金を渡そうと金入れをだした。

「へえ、遣り手婆なんて言われてるけど全然若いんじゃないか、
 これでいいかい?」

 太助がそう言うと金を受け取りつつ、遣り手は嬉しそうに言った。

「ほほほ、私が若く見えるなんて、ホントの事を言ってくれて嬉しいねぇ。
 それじゃ、山茶花、しっかり頑張るんだよ」

「あい、わかってるでやんすよ」

 山茶花の私室の前につくと、襖を開けて部屋の中へ入る。
部屋の中は畳のいい香りが包んでいた。
恐る恐る太助は部屋に入る、なんせ家族以外の女の部屋に入るなど初めてだ。
太助はガチガチに緊張しながら、そろそろと歩く。

「き、きれいな部屋だね、お邪魔します」

 そこは山茶花も慣れたもの、そっと手を引いて座敷の上座に彼を誘導する。

「あい、お客はん、わっちに部屋でまずはのんびりしていきやんせ。
 まずは茶でも、だしましょか、茶請けは煎餅でええすな」

「お、おう、煎餅でいいぜ」

 山茶花が茶道具で、優雅にお茶を点てる様子を見ながら、太助は足を崩して畳の上に座って、出された茶受けの煎餅をかじるのだった。

・・・

 さてさて、親方の上がった西田屋での酒宴もおわって、大工の親方は男衆に寝床に案内された。
太夫はさり際の旦那に声をかける。

「旦那、先に部屋で待ってておくんなまし」

 酒が回っていい気分の親方は嬉しそうに答える。

「おう、まってるぜ」

 大工の親方が部屋に案内されたが、そこは、廻し部屋の「割床わりどこ」。
割床とは要するに相部屋で、布団が敷かれた寝床と寝床のあいだは屏風で仕切っただけ。
紙製の屏風では当然物音や声は筒抜けで、本来は自室を持てない新造などが客と寝る部屋だ。

 大工の親方にとって運が悪いことに、西田屋の太夫には明暦の大火で大儲けした材木問屋の河村瑞賢かわむらずいけんが居座りでついていた。
居座りとはよんでそのままで、遊女の部屋に居座り続けること。
昼分と夜分の代金がかかるからそれは当然高くつくが、大儲けした河村瑞賢からすればどうということはない。

 そんなことも知らず大工の親方が部屋で身じろぎもせずまつが、太夫は待てども来ない。
だが、部屋へ行ったときにはもう寝ていたと言われても困るので暫くの間、寝ずに待つ親方。
そこへやってきた女は太夫ではなかった。

「失礼しやす、わっちは太夫の名代でありんす。
 どうぞ床をともにさせてくんなまし」

「うぐぐ、お、おう、へえりな」

「あい、ありがとうござんす」

「畜生めが……」

 太夫は振った客に自分の代わりとして客を取れない見習いの新造を送る場合もある。
それすらせず誰も来ないで一人寝の場合も多々あるが。
そして新造がきても客ができるのは同じ布団で添い寝するだけで、決して手を出してはいけない。

 こうやってふられた客にとってみれば、宴会の代金や太夫への揚代も全て支払ったのに、遊女と同衾できないのはとても納得できない。
そのため、当然廻し部屋で怒りだす客もいたが、そういうときは若い衆がなだめることになった。
こういった「もてる」「ふられる」までを含めて吉原遊びの興趣と受け止められる傾向もあった。
太夫にふられたことを怒るような客は「野暮」と言って、店や女からもバカにされるような風潮だったのだ。
だが、こういった不誠実なやり方が、後にたたって10年もすれば太夫や格子は茶を引くばかりになるのである。

・・・

 さて一方の三河屋の太助は布団の中であれやこれやと夢のような時間を過ごしていた。

「若い人は元気が有って、たすかりんすえ。
 年寄りさんですと酒を飲むと勃たない方も多くて
 大変なんでありんすよ」

「そ、そうなんだね、おいら、初めてだし」

 山茶花はニコニコと笑って言う。

「ふふ、わっちにおまかせでありんす」


 そして事が済めば、仲良く手を繋いでゆっくりと寝たのだ。

・・・

 そして夜の明けた、翌朝、顔を洗い、歯を磨き、服を着せてもらい、大工の親方と太助は見世を後にした。
親方は見送りもなく一人寂しく、太助は山茶花に大門まで付き添いで見送られながら。

「どうかわっちの床にまた来てくんさいな」

 山茶花がニコと笑いながら、言う。

「あ、ああ、奉公金が出たらまた来るよ」

「おまちしてますえ」

 そして大門で大工師弟の二人は落ち合った。

「おう、太助、昨日はどうだった」

 太助は満面の笑顔で答えた。

「へえ、もう最高の夜でこれは夢じゃねえかって感じでしたぜ」

 それを聞いて親方は力なく笑う。

「そうか、太助よ、今度来るときは俺もそっちに行くことにするから紹介してくれ」

「へ、構いやせんが、親方はあんまり楽しめなかったんですかい」

「あんまりじゃなく、全くだな」

 こうして江戸の一日がまた始まるのだった。
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