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江戸時代の遊郭の楼主に生まれ変わったので遊女の待遇改善に努めつつ吉原遊廓の未来も変えようと思う 作者:水源
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遊女の一日 振袖新造の楓の場合

 私は楓。
吉原の大見世で17になりようやっと客を取れるようになった新米遊女の振袖新造でありんす。
遊女の朝はとても早く昨晩床を同じにした商家の旦那が起きたのが暁七ツの寅の刻(おおよそ朝4時)。
旦那の顔を洗わせ、歯を磨かせ、服を着替えさせて帰支度をさせると、そのうちに明け六つの卯の刻(おおよそ朝6時)になりゴーン、ゴーンと浅草寺の時の鐘が吉原にも鳴り響くのです。
そうすると夜が明けて吉原唯一の出入り口である大門おおもんの木戸が開きます。

「これで旦那はんとお別れなんて、ほんに名残り惜しゅうありんす」

「おう、またきて指名させてもらうぜ」

「まっことでありんすか?」

「おう、安心して待っていろ」

「ありがたいことでやんす」

 私は旦那を楼の2階の階段のところまで見送りしながら、そう言葉をかわします。
もちろん、これはまたきてもらうためのセリフですが、これを「後朝きぬぎぬの別れ」といいます。
遊女は皆それぞれ、一度遊んだお客さんがまた戻ってくるようにと声をかけて別れを惜しむのです。

 こうして客を送り出したあと、私たちは部屋に戻り、二度寝の床につきます。
客とともに寝ている場合は夜中であろうとお客が目を覚ましたら一緒に目を覚まさねばならない、という暗黙の決まり事があるからです。
それは客を厠に案内するためだったり、枕元の揚代を取られないためだったり、色々理由はあるのですが。
そのためお客と一緒の間は熟睡できません、なのでこれからやっとゆっくり寝れるのです。
とは言え下っ端の私達新造や禿は大部屋で雑魚寝ですが。
何はともあれおやすみなさい……。

 さて、他の店での起床時間は朝四ツの巳の刻(おおよそ朝10時)ですが、私のお店では昼九の午の刻(正午)が主な遊女の起床時間となりますが、この1刻(2時間)の差は結構大きいです。

 禿や水揚げ前の新造たちは姉さんの座敷の掃除や金具磨き、芸事などの習い事のために早く起きるようですが、客を取らぬ彼女たちは早く寝れますからね。

 このころ八百屋や魚屋などの行商人がやってきて、台所では野菜や魚、貝を買ったりして、忙しくなりはじめます。

 楼主様が言うには”人間最低3刻(約6時間)は熟睡しないと体に悪い”のだそうです。
そう言われてみれば、以前より体の疲れがたまらなくなりましたし、肌のハリ・ツヤも良くなり、眠気に負けそうになったり、イライラしたりしないようになったような気がします。

 まず起きたら楼の中にある内湯で入浴します。
湯に入れるのは太夫や格子太夫といった格の高い方が先で、私達見習いはその後ですが、最近は蒸し風呂も複数できたおかげで早く入れるようになりました。
風呂上がりの太夫には禿が傍に控えてお茶を差し出したり、暑いときは団扇であおいだりと甲斐甲斐しくお世話をしています、太夫は禿の面倒を見る代わりに禿は太夫の世話をするわけです。

 かけ湯をして、たらいに湯をすくって糠袋で肌をこすって軽く垢を落としたらお湯に入ります。

「ふう、いい気持ちですね」

 吉原にも公共の湯屋はありますが多くは昼見世の始まる午の刻には店じまいしてしまうので、私達が入ることはできません。
ですが、見世の内湯でも十分気持ちが良いです。

 ちなみに髪の毛を洗うのは月に1度で、それ以外の日は椿油などで手入れするだけです。

「いいお湯でした」

 風呂から上がったら入浴のあとは食事です。

 それぞれ持ち部屋のある太夫や格子太夫は自室に食事を運ばせ食事をとりますが、私達新米の下級遊女や見習いの新造、禿たちは1階の広間で細長い長机に並んで食事をとります。

「わあ、美味しそう」

 今日の献立は菜の花と豆腐の味噌汁、麦と玄米のご飯、アジの開き、ウドのおひたし、それに納豆です。
以前はかび臭いお米、具の入っていない塩っ辛い味噌汁、季節外れの大根の漬物などでした。
広間で遊女と一緒に食事をしている楼主様にご挨拶します。

「楼主様、おはようござんす。
 今日もうまいものを食わせていただきまっこと感謝でありんす」

 楼主様は笑顔で私に挨拶を返してくれます。

「おう、楓か、おはよう。
 なに、もともとお前らが客を取って稼いだ金なんだ。
 ちゃんと残さず食えよ、ま食い過ぎもいかんが」

「わかってござんすよ」

 もちろん残すなどというもったいないことはしません。
私は麦飯を口にします。

「ん、美味しい」

 アジの開きに醤油をかけて口に運び、お味噌汁を口にします。
以前は魚など殆ど食べられませんでしたし、食べられても売れ残りの痛みかけた鰯などだけでした。

「お出汁も入ってるし、お味噌もたくさん、本当に美味しい」

 この楼の先の楼主様がなくなり若い戒斗様が後を継ぐと聞いたときは大丈夫かと思った遊女が多かったのですが、戒斗様は色々やり方を改めて今のところそれは成功しているように見えます。

 食事の際に戒斗様も一緒にお食事をするということで私達が食べるものも、具材を新鮮なものを使うようになったお陰で禿などが腹を下すことも少なくなりました。

 ま、まあ、大勢の人前で着物を脱いで全裸になるのは大分はずかしかったですが。
しかし、それにより見習いでしか無い私にお得意さんができたのですから、これもありがたいことです。

 食事を取り終わったら髪を結い、化粧を施し準備をする時間になります。
他の見世では午の刻(正午頃)から申の刻(午後4時くらい)までが「昼見世」の時間だけどうちのお店はやっていないのです。
もちろん手紙での予約などはうけているので、太夫や格子太夫の姐さんなどは、昼間にお武家様を相手にすることもあるのですけど。

 しかし、昼見世にやってくる客は参勤交代で地方から江戸へ出てきた夜間外出が禁じられていて、昼間しか遊べないような田舎から来た侍や商人が多く、彼等は金も持っておらず冷やかしで覗き見にきますが、そもそも歩いてる客も少ないし、この冷やかしが、私達遊女達にとっても最悪なのでありますよ。

 ということで、以前は昼見世に出ていても遊女たちは大切なお客さんに手紙を書いたりして時を過ごしました。

 なので、うちについては昼見世をやめたけど、以前にやっていたときも遊女は格子の中で三味線をつまびいてみたり、貸本を借りて読書をしたり、遊女同士でカルタをしたり、易者に手相を見てもらったり、客に手紙をかいたりして、茶を引くことが多いからのんびりできるのは助かるのよね。

 夕方に見世が始まるまでは自由に過ごしていいから、大抵は三味線や踊りの稽古をしたりすることが多いですね、私達下っ端ならなおさら。
人気の姐さんたちは客から来た手紙に返事を書くのに忙しかったり。
予約のお客さんが来る日にちがぶつからないように手紙で調整するのも、大切なんだって。

 申の刻(午後4時くらい)を過ぎたら朝と同じ広間で夕食をとる。
茶漬けに梅干し、鰯の干物と昼に比べれば少ないけど、お腹がぽっこり出てたらみっともないからしょうがないよね。

「頂きます」

 それでも以前に比べれば美味しいしありがたい。
そうして、夕食が終わったら酉の刻(暮れ六つ)(おおよそ午後6時)
日が暮れると妓楼に行灯や提灯の灯りがともされ、吉原の道も人が増えて活気づくのです。
三味線による清掻すががきと呼ばれるお囃子はやしが弾き鳴らされ、これが合図となり夜見世が始まる。

 遊女が格子の後ろの張り見世についていくのですが、一番最前列の真ん中が格子太夫で最も人気のある人が座る場所。
大行灯おおあんどんの灯りに照らし出された遊女たちの美しさは妖艶な空気を漂よわせるのです。

 このころ、太夫はすでに揚屋に向かい花魁道中をしているところでしょうか。
私のような遊女になりたての人気がない者は後ろの端っこで前の姐さんたちが客を捕まえて、揚屋に向かったり、置屋の二階に上がったりしていくのを待たないといけないのです。
暮れ六ツ(午後6時)~暮れ四ツ(午後10時)までが張見世が可能な時間
その間に客がつかなければ、その日は稼ぎ無しです。

 ジリジリと時間が過ぎていきようやく私が格子の前に移動することができました。
かといって、

「ちょいとそこのお兄さん、寄って遊んでらっしゃいな」

 などというような声掛けは私たちはやらない。
と言うかできない、色々規制とかがあるらしいです。

 ときには琴を爪弾いて、時には三味線をかき鳴らし、時には静かに正座で声がかかるのを待つ。
そして、私に声をかけてくる男性。

「お前さん、おいら、お前さんと遊びたいんだがどうかな?」

「もちろん、ありがたく受けるでやんすよ」

 私たちは太夫様のように揚屋に向かい、酒を飲み交わすようなことはありません。
夜四ツの亥の刻(午後10)になれば大門が閉じられ、張見世もおわりです。
それまでに客が付けば置屋の2階に上がり、部屋に入ると暁八ツの丑の刻(深夜2時)まで同衾を楽しむか、その前に寝てしまうかは客次第。
客がつかなければ大部屋に戻って寝ることになります。
陰間に教えてもらったあれやこれやの技術で精を搾り取ると、お客は果てて寝てしまいました。
客のついた遊女も、つかなかった遊女も丑の刻には就寝時間となり寝ることになります。

 そしてまた翌4時に起きての繰り返しです。
この客を取って私の手元に残るのは1日100文程度。
ですが、衣食住の代金はこれから引かれるのではありませんし、風呂代、行灯油の代金などもすでにひかれた金額です。
十分、私的には十分ありがたいですよ。
さて今日も一眠りしたら頑張りましょう。
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