さてさて、そろそろ本題に入ろうか。
この物語は東方LALの外伝として描かれている。
ま、外伝と言えば聞こえはいいが、古今東西どんな所でも、外伝というのはおおむね『別の話』だ。
つまり……本編とはあんまり関係ないし、彼女の末路は酷いものになると容易く予測はできるだろう。
それでも良ければ、最後の最後まで、ご覧あれ。
これは、都合のいい物語である。
第八話:きみはいつもそればかり
苦しくない。
辛くない。
寂しくない。
妬まない。
だから、なんにもない。
そう思って、痛かった。
さてさて、なんの因果かめぐり合わせか、それとも運命の悪戯か。
今回たどり着いたのは立派な神社で、名前を守矢神社という。
なんでも、外の世界から信仰心を求めて幻想郷までやって来たといういわくつきの神社らしく、今は妖怪から信仰を得るために目下布教中だとか。
「どうして神様ってのはゲームが好きなんだ? 暇なのか?」
「暇ってことはないけどやるからには本気さ。まさか、神様だからって手を抜いたりはしないだろうね?」
「冗談だろ」
盤上の駒を動かしながら、口元をつり上げる。
「神様はなにもしない。あんたらに比べたら閻魔の方が仕事してるよ」
「確かにね……」
俺と同じように口元を緩めながら、女性は慣れた手つきで駒を動かす。
八坂神奈子。守矢神社が奉ずる神様……らしい。
確かに、神様と言われても違和感がない神々しさを感じるし、威厳はあるし泰然としており、俺がいきなり現れた時も動じることがなかった。
幻想郷であまり見ないタイプの、大人の女性だったかもしれない。
「ふぅん……居飛車に穴熊か。ずいぶんと堅い戦をするねぇ?」
「そっちこそ、美濃囲いに振り飛車とは、乱戦狙いか?」
適当に牽制しながら、互いの手口を探る。
まぁ、神様が相手だから負けて元々の対局だ。所詮こちらは一介の凡人。生きてる長さと頭の回転速度で神様に勝とうとは思っちゃいない。
「そういえば、神様がこんなところでぶらついてていいのかよ? みんなが手を合わせて拝むのを見ながらふんぞり返ってなくていいのか?」
「神様には巫女っていう通訳が必要なんだけどね、その巫女は今、宇宙に行ってて留守にしてるんだよ」
「……なるほど、暇してるわけだ」
「そーゆーわけだ。さて……必殺の銀打ちだけど、どう読む?」
「同桂。次の手が角成なら、飛車の頭に銀を叩く」
「はっはっは、それは少し甘いかな。どれ、お手本を見せてやろう」
奪われた桂馬を陣地に打たれる。一見意味がないように見えるが……放って置くととんでもないことになりそうだ。
手を読むために長考に入るが、退屈させてはいけないので話題を振っておく。
「なぁ、神奈子さん。神様って具体的にどんな仕事してんだ?」
「アンタが言ったことそのままさ。神様はなんにもしない。人や妖怪の話を聞いて、『うむ、そのように取り計らおう』とか言うだけだね」
ま、最近はそれじゃあ立ち行かないから、少しは手を出したりするけども。
神奈子さんはそう言いながら苦笑した。
「昔は……もう少し仕事もあったけどね。雨を降らしたり、風を吹かしたり、外来の敵と戦ったり、利用されたり利用したり。……ま、信仰する人間もいなくなって、あっちの世界でお役御免になりそうだったから幻想郷に来たわけだ」
「………………」
長考終了。分かったことは一つ。この桂馬に意味はない。
ブラフというやつだ。読み切れなかった部分があるから一概には言えないし、後々のことも全部読み切った上での桂打ちなら、俺に成す術はない。
だが……それだけはないだろうと思う。
飛車の頭に銀を打つ。神奈子さんはにやりと笑って……両手を上げた。
「投了だ。いや、読み切られるとは思わなかった。ウチの巫女はこういうのに弱くてね、よく引っかかってくれたもんだけど」
「読み切ったわけじゃないさ。ただ……八坂神奈子っていう神様が、俺の想像通りの神様なら、肝心な所でこそハッタリをかますって、思っただけさ」
「ふぅん……想像通りって、どんな感じだい?」
「昔々の御伽噺に出てくる『お約束』ってやつだよ。……神様はなんにもしないが、時折肝心な所で、いじわるをすることはある」
それは、人間を戒めるためだったり、単純に神様が楽しむためだったりもする。
神様は嘘を吐く。……しかし、そこに悪意はないのだ。
ただの程度を弁えたいたずらでしかなく、悪意なんてこれっぽっちもない。
「圧勝はできたけど、それじゃあお遊びとして面白くないから、意図がよく分からない手を適当に指しながらこっちの困惑を見て楽しんでた。……そんな所かな?」
「おや、最初からばれてたのか。こりゃ、腕が落ちたかねェ」
「んにゃ……嘘を吐くのは人間の方が上手いからな、ある程度は仕方ない」
「……なるほど、ね」
にやりと笑った神奈子さんの目が、不意に鋭くなる。
「アンタ……なんで幻想郷に来たの?」
将棋を指している時とは違う、剣呑な目付き。
もしも不審な点があれば、すぐにこちらを排除してやろうという気配を放ちながら、神様は真っ直ぐに俺を見据える。
うん、実に俺好み。うっかり結婚してくれとか言っちゃいそうなくらい。
肩をすくめて、口元だけ緩める。
「どうやって……じゃなくて、『なんで』ってあたりが神様っぽいな」
「来た手段はどうでもいいのよ。私としてはアンタが信仰を集める邪魔さえしなければ、いい。異変は巫女が解決する。……この世界は、そういう風に成り立っている」
「………………」
最後の砦。幻想の終着点。鬼も魔も神も妖も、なにもかもを受け入れる世界。
なんでもかんでも受け入れるからこそ、それを調節する存在が必要とのこと。
もっとも……博麗さんを見てる限りでは、お前本当にそれでいいんか? と世界に問いかけたい気分でいっぱいだったけども。
まぁ、それはともかく……だ。
「信仰を集める邪魔なんかしないさ。俺は自分がゆっくりするのに精一杯なんでね」
「ゆっくりする?」
「ん、その通り。俺は身勝手な人間だからな。自分だけ良けりゃいいのさ」
それが命の恩人だったり、命の恩人で幼女だったり、脇丸出しの強欲な巫女だったり、髪が黒かったり白かったりする少女だったり、あっちこっちがぱっつんぱっつんな薬師さんだったり、赤い髪のチャイナさんだったりこっちをめっちゃ睨んでくる鰻屋だったりメイドだったり吸血鬼幼女だったり、目の前の神様だったりする場合は別だけど。
許容範囲広いとかそんなことはない。
俺は基本的に、可愛いものしか助けたくないだけだ。
「おでん屋台引いてるのも自分の都合だし、幻想郷に来てるのもあっちの世界で高く取引される品があるからだ。ま、居心地が良いのは否定しないけど」
「話を聞く限りじゃ……本当に普通だね」
「明日のおまんまと、今日の寝床と、一年後の未来がありゃ人間は大体幸せになれる。信仰ってのは、日々を豊かにするものであって、それ以上でも以下でもないのさ」
神様みたいに命がかかってなきゃ、命を張ることもない。
何を信じたって自由。それが人生ってヤツだ。
どんな宗教も……最終的に言いたいことはたった一つしかない。
汝の隣人を愛せ、だ。
「ゆっくりも『ゆっくりしていってね!』って言ってるだろ? あいつらは本能的に分かってるのさ。結局の所、生き物ってのは『他人』がいないとゆっくりできない。誰かがいて、自分を認めてくれるからこそ、明日もやってやろうって気になるもんさ」
「………………」
「信仰もいいけど、拝んで祈って願ってるだけじゃなんにもならん。時には神頼みも悪くないが、傾倒したりするのはよくない。あくまで神様ってのは『他人』であるべきだ。助けて欲しい時に『よし、分かった』って無責任に頷いて頭を撫でてくれる存在がいれば人間はわりと幸せになれる」
求めに応じてくれる存在が、心の中にいるだけで違うもんだ。
神様はいない。でも、どこかには必ずいる。
たとえば……今はちょっと弱っていて、静養とかに出かけているのだ。
こんな風に、幻想郷で、のらりくらりとお酒でも飲みながら、ゆっくりしてるのだ。
「そういうわけで、俺には信仰は必要ない。転じて、アンタらの布教活動の邪魔をする必要もないってわけだ」
「……やれやれ」
神奈子さんはゆっくりと……深々と溜息を吐いて、口元を緩めた。
「そこまで言われちゃ、神様の立つ瀬がないってもんだよ」
「ま、夏とか年末とかには当てにしてるよ。三万円くらいの宝くじが当たってくれれば、俺としてはわりと嬉しい」
「三千万円くらい当ててあげようか?」
「や、そんな額が当たったら、後の人生おおむね台無しって気がするからいいわ」
「貧乏性だねぇ」
「こちとら、普通の人生歩んでるもんでね」
さりげない嘘を吐きながら、けらけらと楽しそうに笑ってやる。
神奈子さんはフレンドリーに笑いながら、俺の肩にポン、と手を置いた。
「いやいや、なかなか見上げた性根じゃないか。そこまで突き抜けて考えられる人間はそういない。ウチの早苗とは違うタイプだけど、ぜひ巫女に欲しい人材だね」
「あっはっは、おだててもなんも出ないぞ? アンタの所の早苗ちゃんって巫女は別嬪だって人里でも有名なんだから。野郎のファンも多かったみたいだし」
「いやいや、おだてちゃいないさ。……そろそろ、巫女の代役くらいは補充しないとまずいかなって思ってた頃合だし」
「………………へ?」
いつの間にか、とんでもない力で肩を掴まれていた。
痛くはないけれど、少しでも逃げる素振りを見せれば握り潰されそうだ。
「い、いや、ちょっと待て! ない! ないから! まず巫女服とか絶対似合わないし、俺の顔を見ただけで子供が泣きながら逃げ出す始末で、年上のおねーさんにはナンパされるは不良からは因縁つけられるわ、とにかく俺が巫女とかありえないし!」
「はっはっは、そりゃ面白い。是が非にでも着飾りたくなってきたね♪」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
ズルズルと神様に引きずられる。
どうやら……今回もなし崩しのようだった。
幻想郷の方々は他人をコスプレさせるのが趣味なんだろうか?
とりあえず、そんな疑問を抱きながら姿鏡の前で俺は口を引きつらせていた。
「チェンジで」
「チェンジとかないから。早苗と同じ服だけど、それなりに似合ってると思うけど?」
「……胸周りと腰周りがきっついんすけど。そもそも体格が違うっぽいし」
「はっはっは、安産型でいいじゃないか」
そう言って神奈子さんは朗らかに笑ったが、年下と思われる女の子の巫女服を無理矢理着せられてるこっちの身にもなって欲しい。
ま、バイト代は出してくれるそうだし、夕飯はおでんにしてくれるとのことなので、損をするわけじゃないんだが……それでもこれはないと思う。
「で、巫女ってなにすりゃいいんだ? とりあえず境内でも掃除しようか?」
「んー……バイトとはいえ一応巫女だからね。とりあえず、私に対する口調からなんとかして欲しいねぇ。奉ずる神様にタメ口はいかんでしょ?」
「分かりました、神奈子様。それで、私はなにをすればよろしいでしょうか?」
「………………」
敬語を使うと、神奈子さんは目を見開いて、俺をじっと見つめていた。
「やー……びっくりしたよ。そういう言葉遣いもできるんだね、アンタ」
「二十歳なんだから敬語くらいは使えるっつうの。尊敬語と謙譲語の違いは分からないが、そのあたりはどうでもいいだろ。気にしてる人間もほとんどいないし」
「……そりゃそうか。じゃあ、とりあえず境内の掃除と、参拝客に挨拶の方よろしく。 私は挨拶回りとかあるからあとは頼んだよ」
そう言うと、神奈子さんは空を飛んでどこかに行ってしまった。
挨拶回りってどこを回るんだろうとか、俺が泥棒だったらどうするつもりだったのか、とか色々言いたいことはあったが、神様ってのはそういうもんだと割り切っておく。
博麗の巫女だって、もうちょっと用心深かったもんだが。
「ま……いいか」
バイトみたいなもんだし、きっぱりと割り切って働きましょう。
巫女は不在ということで境内はそれなりに汚れている。よく考えると宮司とかもいないこの神社は一体どうなってるんだと言いたかったが、博麗神社もこんな感じだったから別に不思議はないのだろう。
女の子は可愛いか綺麗なのがデフォルトらしいし。
博麗さんも可愛かったし、神奈子さんは綺麗だったし、今まで会ってきた面子も大体可愛かったし、きっと早苗さんとやらも可愛いか綺麗かどちらかに違いない。
ホンマ、幻想郷の懐の深さは半端やないでェ。
「おや……新しい巫女の人ですか?」
そんな風によからぬことを考えていると、不意に上の方から声が響く。
声につられて空を見上げると、そこには黒い羽の生えた女の子がいた。
彼女はシュタッと格好よく降り立つと、ニコニコと笑顔を浮かべる。
「どうも、私は射命丸文と申します。あなたは、守矢神社の新しい巫女ですか?」
「いえ、アルバイトです。この神社の巫女……早苗さんって人が宇宙旅行に行っちゃったもんだから、人手が足りないとのことで」
「なるほどなるほど……人手不足は深刻ですねぇ」
射命丸さんはコクコクと頷きながら、肩に下げた鞄から紙の束を取り出す。
「ところで、巫女さん。新聞なんかに興味は」
「要りません」
あるとかないとかじゃない。必要ない。
ニコニコ笑顔できっぱり告げると、射命丸さんは露骨に頬を引きつらせた。
「や……えっと、ちょっとお試しに読んでみたりとか」
「要りません」
「幻想郷のニュースを迅速にお届け……」
「要りません」
「て、定期購読なんかもやっておりまして……」
「今すぐ博麗神社に行って『霊夢サンちゃんと仕事してくださいよwww』って言えたら買ってやんよ」
「………………」
俺のあまりの無茶振りにさすがに驚いたのか、射命丸さんは絶句していた。
ゆっくりと腕を組み、真正面から睨み付けるように彼女を見据える。
「参拝でないのでしたら、お引取りください。新聞は要りません」
「……は、はっはっは、新しい巫女はなかなか凶暴な人ですね。早苗さんもここまで露骨な拒絶はしませんでしたよ? 笑顔で帰れとは言われましたが」
甘いな、射命丸さん。それは新聞勧誘を断るプロフェッショナルのやり口だ。
ああいう手合いは洗剤だのビール券だの色々とせしめた挙句、『引き取らないなら警察を呼びますよ?』と平気な顔で言っちゃう方々なのだ。
もちろん、洗剤のようなおまけがない場合は即座に切って捨てる。笑顔で帰れはその証明と言ってもいいだろう。
「凶暴というより……外の世界の新聞勧誘が鬼畜なんで、『新聞』って聞くとちょっと警戒しちゃうんですよ。契約におまけをつけるのは当然で、勧誘員の方々もひどいのになると、強引に居座って契約させようとしたり……」
「……むぅ、そうはなりたくないものですね」
「そういうわけなんで、帰ってください。これ以上無理に居座ろうとすれば、射命丸さんもその新聞屋さんみたいに、頭を金属の棒で脅しつけることになっちゃいますよ?」
「確実にアンタの方が酷いでしょっ!?」
射命丸さんはそう叫んでいたが、勧誘員に情けは無用なのである。
ちなみに金属バットで殴打しようとしたのは、徹夜三日目のゆいさんであって俺じゃないので、その辺は勘違いしてはいけない。
「でも……新聞なんて、そのうち別の情報媒体に取って代わられますし」
「いや、軽く言ってるけど、それ本気でシャレになってないから」
「独りよがりの誇張が混ざってる新聞とか、誰も必要としてないんですよ?」
「うわああああああああああん! なにこの巫女、霊夢より酷い!」
いや、あの巫女よりはましだよ。俺ちゃんと分別とかあるもん。
さすがに涙目になってる可愛い女の子を放置するのは鬼畜のやることなので、ちょっとばかりフォローをしてやることにする。
「仕方ないですねぇ……じゃあ、一部ください」
「やー、ありがとうございます。お代はこのくらいになりますが」
「大根とこんにゃくと卵と……あとは牛筋でいいですよね。面白かったら竹輪とガンモもサービスします。つまんなかったら無意味にビンタしますから」
「……あの、さっきから鬼畜すぎない?」
「恨み言なら、外の世界の新聞屋に言ってください」
俺ごとき小娘が鴉天狗に敵うはずないのだが、それはそれとして需要と供給というパワーバランスの前では、人間も妖怪も平等なのだった。
買った新聞を眺めてみるが、一面トップは、山が崩落したという事件だった。
「あなたは知らないと思いますが、西の方の山の一部がなんの前触れもなく崩落し、村が一つ巻き込まれました。村は壊滅し、生存者は現在確認されていません」
「……大変ですねぇ」
痛ましいニュースに口元を歪めながら、新聞を読み進める。
トップの記事以外は案外普通で、大きなことから小さなことまで様々な出来事がきっちりとまとめられている。こうやって見ると、外の新聞と大差ないかもしれない。
もっとも……トップの記事以外のニュースは、わりと平和なもんだが。
子供が死んでしまうような痛ましいニュースもなく。
何十人何百人が死ぬといった悲しいニュースもない。
トップの記事さえなければ……俺が考え得る限り、最高の内容だった。
「うん、なかなか面白かったです。ただ、一つ足りないものをあげるとすれば……四コマ漫画ですかね」
「……新聞に漫画とかいらないと思うんだけど」
「いえいえ、これが案外馬鹿にならない集客効果があるんですよ? 外の世界じゃほぼ全部の新聞に四コマ漫画が載っているくらいです。その漫画が好評なら、話数がたまってきた頃に本として出版すれば、儲けはさらに加速します」
「む……そ、そうなの? なんか腑に落ちないけど……まぁ、考えてみるわ」
余計なことだったかもしれないが、漫画くらいはいいだろう。
新聞を折りたたんで、神社に置かせてもらっている屋台に向かう。久しぶりにいい気分だったので、ちょいと色をつけたおでんを盛り付ける。
大根、こんにゃく、卵、牛筋、それから竹輪とガンモとはんぺんをおまけにつけた。
「はい、お待ちどうさまです。熱いから気をつけてください」
「あ……うん。ありがと。このおでん、美味しいの?」
「さて、どうでしょう? 食べてみてのお楽しみってことで♪」
「……アンタ、変な巫女だわ」
「そもそも巫女じゃありません。おでん屋です。今こうしている瞬間も、ヤニが吸いたくてたまらないです」
「訂正する。……アンタ、変な女だわ」
「そこは訂正すんなや!」
敬語を貫こうとしたが、無理だった。
そんなわけで、今日はフランクなブン屋と一緒に楽しくおしゃべりをした。
境内の掃除も終わり、ブン屋も帰って、やることもなくなった。
参拝客は来ない。いつもこうなのかたまたま来ないのか、それは分からなかった。
ビールでも飲もうかと思ったが、それはやめておいた。
焼酎でも飲もうかと思ったが、それは自重した。
日本酒でも飲もうかと思ったが、それはいかんだろうと思った。
最近アルコールの度が過ぎてるので、運動して発散することにした。
運動とはいっても、筋トレをするわけじゃない。サンから学んだ武術の基本をちょっと思い返すだけ。
イメージトレーニングというやつだ。
『心山拳。それが、あたしが体得した武術の名前。心に重きを置く武術だ』
心に重きを置く。それは、『道』を志すといいうこと。
サンが学んだ心山拳、あるいは柔道や剣道といった武道は主に精神修養を目的としている。自らの身を鍛え、相手と競い合うことにより、己の心を磨き上げる。
ただ……武道とはいえ、根底にあるのは相手を打ち破ることだ。
護身などという生易しいものじゃない。そもそも、どの世界でも共通する最強の護身は『危ない場所には近寄らない』、『すぐに逃げられるようにしておく』ということに他ならない。
武道は格闘技で、それ以上でも以下でもないのだ。
「まぁ……所詮は人間の小細工だし、な」
サンならなんて言うだろう。小細工ではなく、技術と言い張るだろう。
そもそも、サン=ジョウゲンは武術の達人だ。恐らくあと十年経たずに、彼女は並の妖怪を素手で圧倒できるようになるだろう。
俺に言わせりゃ、五歳児があんな技術を習得していること自体が反則に近い。
力があれば、なんとかなったとでも思いたいかのように、思考はぐるぐる回る。
いくら武術の達人だろうと、どうしようもないことがある。
いくら空を飛べたとしても、どうしようもないことがある。
例え俺が神様だとしても……きっと、どうしようもなかった。
そうやって自分に言い訳を重ねる。本当にどうしようもないと思っているんだったら、さっきのブン屋になにもかも打ち明けてしまえば良かった。
なんもかんもぶちまけて、俺は関係ないけどと笑ってやればよかったのだ。
「…………おーい」
「あ、すみません。参拝客の方ですか?」
心とは裏腹に、体は染み付いたように嘘を吐く。にこにこと虚飾の笑顔を浮かべて、箒を持って立ち上がっていた。
目の前に立っていたのは、奇妙な形の帽子をかぶった美少女だった。
年齢は十歳から十二歳くらい。小さな手足に大きな瞳。少しだけ大人びて見えるのは、背伸びをしたい年頃だからだろうか。
彼女はゆっくりと溜息を吐いて、俺の目を覗き込んだ。
「君……どこのどちら様?」
「代理巫女だそうです。神奈子様に無理矢理巫女服を着せられちゃったんで、仕方なくバイトすることにしました。本業はおでん屋です」
「で、その神奈子は?」
「挨拶回りで外出中です」
「……あんにゃろ。また、天狗か河童の所に酒飲みに行ったな」
少女らしかぬ口調で毒づくと、女の子はゆっくりと溜息を吐いた。
「私、洩矢諏訪子。神奈子とは顔なじみっていうか、腐れ縁っていうか……まぁ、色々ある仲ってところかな。よろしくね♪」
「あ……はい。よろしくお願いします」
顔なじみ、腐れ縁ってことは、この子も神様か?
それにしては神々しいオーラとか一切感じないが……いや、待て。神様なんて日本じゃゴロゴロしてる。こんな神様がいても、どこもおかしくはない。
気にしたら負けだ。違和感は違和感のままでいい。
「自分を誤魔化すのは大変だね?」
不意に、少女はそんなことを言った。
こちらの心を見透かすように、あるいは知っているかのように、言い放った。
「君、意外と鋭いって言われない?」
「いえ……別に。ただちょっと、諏訪子様の苗字が少し気になっただけです」
「その違和感は正しいよ。口に出さないのも賢明だ」
にっこりと笑いながら諏訪子さんは続ける。
「そう。君の想像通りだ。守矢と洩矢は言葉遊び。この神社は『私』を奉ずる神社なんだよ。外の世界風に言うと神奈子は営業兼総務で、早苗は敏腕秘書で、私が取締役ってところかな?」
「……神奈子さんの方が『神様』って感じはするけどな」
「どーも、神社でふんぞり返るのは向いてなくてね。その辺は神奈子に丸投げなのさ」
ケラケラと楽しそうに笑いながら、少女は俺を真っ直ぐに見据える。
そう……見据えていた。
突き刺すように、真っ直ぐに、俺を見つめて、口元を緩めていた。
「神社の名前と私の苗字で関連性に気づくってのは、案外悪くないね。神奈子の見込み通りってわけじゃないけど、君は案外巫女に向いてるかもね?」
「……向いてるわけねーだろ。煙草を吸う巫女が、世界のどこにいるんだよ」
「じゃ、君は自分がなにに向いてると思うのさ?」
「………………」
その問いに答える術を、俺は知らなかった。
なにに向いているかなんて、今まで一度も考えたことがない。
俺の困惑を見て取ったのか……諏訪子さんはにっこりと笑って口を開いた。
「君は、早苗にちょっとだけ似てるね」
「早苗って……この神社の巫女だろ?」
「そ、東風谷早苗。ウチの神社の自慢の巫女。早苗もね、外の世界にいた頃は、君みたいに自分のやりたいことを考えもしなかった。奇跡を起こす風祝で現人神。それが当たり前に当然だった。こっちに来て少しは変わったみたいだけどね」
外の世界の特別は、幻想郷では当たり前のこと。
世界が違うんだから常識が違うのは当然のこと。
常識は、そこに住まう存在が作る。外の世界では巫女は空を飛ぶことはできないが、幻想郷で巫女が空を飛ぶのは……当然のこと。
「諏訪子様。アンタ、結局なにが言いたいんだ?」
「土砂崩れなんてよくあること。それに、あの付近は石炭が出るってんで強引に開発が進められた場所でね、河童もまだ新しい技術に不慣れで、色々と不備も多かった」
「……だから、なんだ?」
「だから、よくあることなんだよ。人間の力じゃどうにもならないことだ」
諏訪子様は、そう言って軽やかに微笑んだ。
環境破壊はよくあること。自然災害もよくあること。今回は二つが重なっただけ。
人が死ぬのもよくあること。よくあることで……どうにもならないこと。
なんでも知っているような訳知り顔で、諏訪子様は笑っていた。
どうにもならないから……なんだ?
「いいよな、神様は」
「ん?」
「そうやって適当にふんぞり返って、こっちのことなんざ考えもしねぇんだからよ」
完全に八つ当たり。最悪の逆ギレ。そんなことは分かっていた。
煙草を取り出して火を点けて、煙を吐き出したが気分は収まらない。
「よくあることだから? そんな風に割り切れたらとっくにそうしてるさ。そんな言い訳で、俺がやってきたことが消えるのか? 俺が破滅させた人に償いができるのか? その『よくあること』に巻き込まれて、死んだ人間が納得するってのか?」
「………………」
「生きる意味? そんなものが見出せるなら、そいつの人生は上等だったってことじゃないか。生きるのに手一杯で他に頭が回らない奴に対する当てつけもいいところだ。アンタらが大事にしてる早苗ちゃんだって、どうせ明日のおまんまに事欠くようなことはなかったんだろ? 現代っ子だもんなぁ……あるわけないよなァ?」
僻み、妬み、恨み、嫉む。
嫌なのに感情は止まらない。
死ねばいい自分はどこまでも醜悪だった。
「その他大勢を救うために自分を諦めたこともないし、生きるためになにかを殺したこともないんだろ? 早苗ちゃんはいいよなぁ、幸せで。……いいよなぁ、アンタらみたいないい家族に恵まれてさ。アンタらみたいな神様が側にいてさァ」
妬ましい。妬ましい。憎らしい。殺したい。死にたい。
誰か……殺してくれ。後生だから殺してくれ。
汚い言葉を吐く私を殺してください。
知らない人を口汚く罵る自分は滑稽で……どこまでも最悪だった。
「幻想郷に逃げ込めることが、どんだけ幸せなことか気づきもしてないんだろ? 逃げ道がない人間の気持ちなんて考えもしないんだろ? だから、外の世界でも自分は特別だって思い込んで生きてきたんだろう? ああ……汚くて醜くて見るも無残な生活を営んでる連中なんて、見て見ぬふりが一番いいもんなぁ!」
自分が一番見て見ぬふりを貫いた。
そのくせ、自分だけは助けろと馬鹿なことを言う。
見捨てられて当然だろう。そんな都合のいいことなどどこにもありはしない。
なのに……言葉は止まらない。
「神様だって本当は家族で手一杯なんだろ? 本当は他人を助けてる余裕なんてこれっぽっちもないんだろ? 神様なんてどうせ見てるだけだもんなぁ。俺が何百回願っても、何千回祈っても、助けて欲しいってずっと思ってたのに、ずっとずっと……何年もそう思い続けてきたのに、一回も助けてくれなかったもんなぁ!」
見たこともない、諏訪子様や神奈子さんの大切な人に、嫉妬していた。
彼女の苦悩も知らずに嫉妬していた。妬ましかった。
それが醜いことだと分かっていたのに、止まらなかった。
なぜなら……助けて欲しかったから。
ずっとずっと助けて欲しかったのに、誰も助けちゃくれなかったから。
助かりたかったのに、助けてくれる人は誰もいなかった。
早苗さんは、助けるくせに。
「分かってるさ……分かってるよ! 俺みたいな醜悪な人間には仏様も蜘蛛の糸を垂らしちゃくれないさ。早苗さんみたいに可愛くて気立てが良くて、人気があってみんなを幸せにできる子が助かるのが当然なのは分かってるさ! 分かってる……そんなこと、とっくの昔に、全部、全部分かってるんだよ! 俺みたいな人間はさっさと死んだ方がいいってことくらい、とっくのとうに分かって……」
「自分を貶めるのは、その辺にしておきなよ?」
醜悪な言葉は、神様の一言で簡単に止まった。
早苗さんを貶す言葉に反応しなかった諏訪子様は、あっさりと俺の言葉を止めた。
真っ直ぐに、俺を見つめて……不意に手を伸ばした。
「そりゃ、私たちにも意志があるからね。早苗を特別扱いしちゃうのは仕方ない。耳が痛い話だけど、神様ってのは基本的にわがままだからねぇ」
「……知ってるよ、そんなこと」
「知ってます。分かってます。君はそればっかりだ。……そんな小理屈で、自分の心が納得できるわけないのも分かってるんだろうに?」
殺して欲しいと思っていた。諏訪子様にとって大切な人を貶した報いが欲しかった。
でも、いつも通りに、当然のように、俺の願いが届くことはなく。
諏訪子様の手は、俺の頭を撫でていた。
「我慢しなくても大丈夫だから」
「………………」
「ね?」
優しい言葉に、目頭が熱くなる。
頭がぐちゃぐちゃになって考えがまとまらなかったけど、分かったことがあった。
だから……ほんの少しだけ、本音を漏らした。
「見捨てたく……なかったです」
「…………そっか」
諏訪子様は、ほんの少しだけ頷いただけだった。
神様らしくなにも言わず、なにもせず、頷いてくれただけだった。
ただ、神様らしく、頭を撫でてくれただけだった。
少しだけ誰かに優しくなろう。
少しだけゆいさんに厳しくなろう。
なんの根拠もなく、そんなことを決めた。
できるはずもないのに、そんな風に、決めていた。
「ただいま」
「お帰り」
「……なにやってんの?」
「こまったちゃんに膝を貸してあげてるのさ。眠そうだったからね」
「眠そう?」
「化粧で巧妙に隠してたけど、隈はくっきり浮かんでるし、集中力は散漫だし、欠伸はしょっちゅう我慢してるし。……多分、あんまり眠れてなかったんじゃないかな?」
「んー……ごめん、気づかなかったわ」
「仕方ないよ。早苗くらい素直な子ならまだいいんだけど、人間の中には嘘に嘘を重ねて自分をがんじがらめにしないと、生きていけない子もいるから」
「………………」
「困ったもんだよ。……この子は、特に重症だ」
眠ってしまった誰かの髪を指で梳きながら、諏訪子は苦笑いを浮かべる。
「ねぇ、神奈子?」
「ん?」
「神様ってさ、なんなんだろうね?」
「……さて、ね。その子は『普段なんにもしないくせに時々悪意のないじわるをする奴』って、言ってたけどね。私としては耳の痛い話さ」
「あはは……ホント、困った子だ」
諏訪子は苦笑いを浮かべて、神奈子もつられるように口元を緩めていた。
そこまで言われちゃ、神様の立つ瀬がない。
そう言いたげに、苦々しく、楽しく、笑っていた。
おでん屋は克己心を取り戻した!
前書きの情報が一部更新された!
Chapter 1が終了した!
当方、おでん屋台あり。
Chapter 1 『Evil of silence』The End
以下がリザルトになります。
信仰心が+3されました。
アライメントが+10されました。
白いざくろ石のカケラを手に入れました。
もりやのおまもりを手に入れました。
属性『克己心』を取り戻しました。
以下のコミュニティを獲得しました。
おでん屋が、各人へ向けている感情は以下の通りです。
ゆいさん(本名不明):好意。
燦奘玄:親愛。
わんちゃん(本名不明):友情。
てんさん(本名不明):苦手。
れいむ:同情。
まりさ:憐憫。
紅美鈴:知り合い。
ルーミア:天敵。
小悪魔:貸し1。
レミリア=スカーレット:貸し1。
フランドール=スカーレット:綺麗なモノには毒がある。
蓬莱山輝夜:髪が綺麗。
八意永琳:可愛い人。借り1。
藤原妹子:髪が綺麗な案内屋。
博麗霊夢:奇縁。
霧雨魔理沙:魔女。見る目はない。
射命丸文:楽しいブン屋。
八坂神奈子:敬愛。
洩矢諏訪子:尊敬。
また、以下のコミュニティが消滅しました。
ミスティア=ローレライ:商売敵→店主死亡により消滅。
Next Chapter 2『Ogre』
Chapter 2で開放されるキー項目は以下の通りです。
黒い瑪瑙のカケラ(香霖堂)の取得。
割れた十字水晶(炭鉱町)の取得。
砕けた青い瑠璃石(風見幽花)の取得。
れいむ及びまりさからの人物評価『信用』以上の獲得。
コミュニティ『■■■■■』及び人物評価『信用』以上の獲得。
上記の条件を満たした上で、魂魄妖夢と戦い勝利せよ。
また、上記の戦いで属性『■■』を取り戻すこと。
to be continued...
まぁ、嘘なんだけどね♪
本編にはある程度関係はあるし、彼女の末路がどうなるかなんて現状ではほぼ考えていない。
この物語は、そんな感じで進んでいく。
そういうもんだと思って欲しい。
と、いうわけでチャプター1が終了。
作者的な目的は一つしかなく、それを果たしたら後はまぁ蛇足みたいなもんだ。
嘘ばっかりの物語。
さてさて、それじゃあチャプター2の開始です♪
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