前置きついでに、下らない独白をしよう。
最近、気付いたことがある。
僕が小説を書く理由。
それは、心の叫びをなんとかして外に出したかったから。
少しでも人に自慢できるものがあったなら、絵を描いた。
みんなで物作りがしたいんだったら、アニメーターになった。
自分の声を聞いて欲しいんだったら、声優になった。
えらくなりたいんだったら、努力して資格でも取ったのかもしれない。
けれど、僕には自信がなかった。誰かに迷惑をかけまいと常に必死で、
人の目を見てびくびくして怯えていた。
目が悪かったけど、専門学校に入るまで眼鏡を作らなかった。
今思うと……人も、自分も、なにも見たくなかったんだろうと思う。
愛想笑いを浮かべ、怖いのを誤魔化しながら、毎日を凌いだ。
人が怖かった。自分が情けなかった。もっと良くなりたいと思っても、
行動することすら怖かった。失敗を恐れまくった。失敗を恐れない人間は
全員頭の悪い鈍感野郎なんじゃないかと、ある意味本気で信じていた。
なにもかもを恐れて、なにもかもを怖がった。
その理由を考えることもできなくなるくらい、全部が怖かった。
この気持ちが分からない人は、そのままでいい。
あなたは十分な愛を親や友達からもらっています。自分らしく生きてください。
もしも分かる人がいるなら……なんでもいいから、心の本を開いてください。
第十七話 大人になるため その1
あなたの心の叫びを、聞いてあげてください。
第十七話 大人になるために その1
大人って、なんだろう?
大人ってのは、愛の生き物さ。
……いや、いきなり意味が分からん。っていうか、お前は誰だ?
世界チャンピオンの愛に憎悪の暗闇の愛の虚無の涙にむせび泣くいたいけな少女の涙を狙うモンスター教授を愛する地獄から来た情け無用の男!
いや、そのネタは普通にやばいからやめろ。
はっはっは、それならレイヴンとでも呼んでもらおうかな。
……やだ。この人きもい。名乗りがなんかもう……中二っぽくてきもい。
きもいとか言うな、現代っ子。
じゃあ、まっくろくろすけ君。それはどういう意味なんだよ?
まっくろくろすけ言うな。オレの姿が人型の影ってことがばれんじゃねーか。背景も味も色も素っ気も意味もない語りパートだというのに、お前ときたら揚げ足ばかりだ。
いや……影のようななにかにいきなり中二病発言かまされてどうすればいいのかさっぱり分からなくなっちゃってさ、とりあえず気分を害したから金を寄越せ。
分かった。その代わりといっちゃなんだが、お前の愛をもらおうか!
えいっ。
へぶっ……いや、ちょっと待って。なんか気合いの入ってない掛け声だけど経絡秘孔を的確に突くのはやめ……痛てぇっつってんだろうが!
セクハラは打ち首獄門の上市中引き回しレベルの犯罪だから仕方ない。
ヒィッ!? セクハラで極刑もごめんだが、それは順番が逆だ! その順番だと殺した後に引き回してんだろ! 確実に子供のトラウマになるよ!?
天狗の鼻は小さい頃にへし折っておくに限ると……ゆいさんが言ってた。
あー……まぁ、気持ちは分かるけどあの魔女の言うことは聞かない方がいいぞ。ほどほどに折っておかないと、トラウマとかになって大人になっても人と上手くコミュニケーションが取れなくなっちゃうからなぁ。
……身に覚えでもあんの?
あるに決まってるだろ。ほら、なんつーか……オレって超天才でみんなからわりとちやほやされたりしたんだけどさ、アレって今思うといい傾向じゃなかったよな。先輩からは目をつけられるし、後輩からは嫌な目で見られるし。
アンタの想い出とか知らんし。
ほらすぐにそういうことを言う! リア充は爆発しろ!
別にリア充じゃねーよ!
分かってる分かってる。リア充はみんな同じことを言うんだ。大体お前、同居してる魔女や幼女は可愛いし、同級生には恵まれてるし、後輩には好かれてあまつさえまだチョイ役としか出てない連中もおおむね可愛いじゃんか。これがリア充じゃなくてなんなの? 馬鹿なの? 死ぬの? むしろ死ねよ。
いや、全員性格破綻者なんだが……俺も含めて。
破綻してても生きている。つまり、破綻しようが壊れようがやるべきことはやらなきゃいかんってことだ。生きるってわりと惰性でなんとかなるもんだね♪
そろそろ、ゴールしてもいいよね?
そう言いながら拳を握るのはどうかと思うが……ま、なんだかんだ言いつつも生きるってのはそういうことだ。生まれて、生きて、寝て、食って、うんこして、えろいことして子供を産んで、子供を育てて、病気か寿命で死ぬってわけだ。
……そーゆーのは、よく分からない。
分からなくてもいいんだよ。幻想郷の連中見れば分かるだろ。年食ってるからって分かるわけじゃないしえらいわけでもない。いつか分かるなんて言葉はお為ごかしに過ぎない。分かってもいいし、分からなくてもいい。
ぶっちゃけ、どっちでもいいんじゃねーか?
ああ、どっちでもいい。分かりたきゃ努力することだ。それが大人になるってことだからな。
最近は努力してないこともないけどさ……分かんねーよ、やっぱり。
簡単に分かるとは言ってない。簡単じゃないから、大人なのさ。
めんどくせーな、おい。
なんだか、面白くもなんともない夢を見たような気がしたがそんなことはなかったような……そうでもないような、微妙な気分だった。
「ふあぁ……」
欠伸をしてから背伸びをして、ゆっくりと起き上って周囲を見る。
粗末なベッド。クソまずい粗食。鉄格子。
まぁ、俺の世界ほど強固ではないけど、人を閉じ込めるのには十分過ぎるその施設は、牢屋とか留置所とか呼ばれたりする。
「んー……見れば見るほど理不尽な状況だな」
「お前さんが暴漢の腕をへし折ったりしなきゃこんな所に押し込めなくてもよかったんだよ」
振り向くと、鉄格子の向こうには黒髪のにーちゃんが皮肉げに笑っていた。
顔はかなりハンサムな部類に入るだろうが、仕事の多忙さ故か常に疲れたような表情を浮かべているのが特徴的だ。
こういう人を、ワーカホリックとか、天性の苦労性と言うわけで。
「おはよう、権力の犬。お勤め御苦労さん」
「朝っぱらから喧嘩売ってんのか、テメェは!」
「はっはっは、残念ながら鉄格子の向こうにいる俺には手を出すことはできない。鉄格子ごしに、俺を殺す手段があるんなら話は別だがな!」
「………………」
「いやごめん。すみません。無言で刃物を振りかぶるのはやめて」
なぜ刃物を持ち歩いているのか。それは誰にも分からない。もしかしたら、本人にすら分からないのかもしれない。
多分、尖ったナイフみたいなお年頃なのだろう。自警団とか面倒そうだし。
自警団自体はどこの人里にもあるが、俺が今回やって来た北の人里は、幻想郷で一番大きな人里だ。
高級住宅、歓楽街、商店街にスラム街。人が集まれば貧富の差というものは生じてしまうもので、当然のことながら犯罪も多くなる。
そういったあれやこれやを取り締まるために、自警団の質も量も他の里とは一味違う人材が揃っているらしい。
まぁ……自警団がどうであろうとも、馬鹿はどこにでも湧いてくるわけだが。
「挑発したのは素直に謝るけどさー……ちょっと腑に落ちないじゃん? こっちは稼ぐために屋台引いてんのに、食い逃げしようとした挙句、とっ捕まえたら襲いかかってきやがってさ、仕方ないからぶん投げただけなんだ」
「そりゃ昨日何度も聞いたぞ。……腕は打ち所が悪くて偶然折れた、ともな」
「そうなんだよ。偶然に偶然が重なって、腕は偶然折れちまったわけだ」
「ちなみに、目撃者の証言だと、逆関節を極めながら一本背負いを決めるとんでもない野郎がいるってことなんだが」
「野郎じゃねーし! もう言い飽きたが、俺は女だって何回言わせんだよ!」
「……逆関節の一本背負いは否定しないんだな?」
「手加減はしてるよ。本来なら腕をへし折った後、転がった相手の鳩尾や首筋に膝を落とす技だし」
「どう考えても殺人術だろうが!」
「食い物の恨みは恐ろしいってのは常識だろ。人間ってのは食い物と尊厳で成り立ってる生き物だからな」
「……いや、そりゃそうかもしれんけど……」
発言の過激さに引いたのか、あるいは多少は納得できる部分もあったのか、どちらでもいいことだが、怯んだ時は攻撃の手を緩めないのが俺のやり方だ。
にやりと笑いながら、言葉を続ける。
「どうせ、俺が腕をへし折った相手ってのは権力者の馬鹿息子かなんかだろ? で、自警団としては、捕まえた犯人をそのまま釈放するわけにはいかない。……どちらが真に悪いのかとか、感情とかそういうのは脇に置いてな」
「ちっ……嫌な言い方だな」
「そりゃ仕方ない。スポンサーは大事にするもんだ。……で、それはそれとしていつ釈放してくれんの?」
「悪いが、しばらくは無理だ」
「えー? 早く釈放してくれないとゆいさんに怒られるじゃん」
「仕方ねーだろ。……ま、こっちにも色々と事情があってな。悪いようにはしないから大人しくしとけ」
「ハ、どっかの遊郭にでも売られるのかと思ったが……どうやら、見立て通り馬鹿息子の親や親族は真っ当みたいじゃねーか? 大方、馬鹿息子の馬鹿な行動を握り潰すために自警団に動いてもらってるとか、そんな感じじゃねーか?」
「百目鬼か、オメーは」
「いや、屋台とか引いてると労働者のおっちゃん達が愚痴りまくってるから、そこから推察しただけ。もちろんその中には自警団の連中も含まれてるわけでな?」
「………………」
なにやら遠い目をして頭を抱えるにーちゃん。
まぁ……苦労しているのだろう。なんていうか、苦労性っぽいし。
さてさて、こういう時こそ口八丁舌先三寸で乗り切るのが、俺の流儀だ。
「取引をしよう」
「取引?」
「アンタは俺を釈放する。俺はアンタの仕事を手伝う。こんなもんでどうだ?」
「トドメでも刺そうってのか?」
「違う違う。俺が欲しいのは情報だ。こっちの人里に踏み込んでから、まだ日が浅いからな。この機会に行ったことのない場所をあっちこっち歩き回れば、普段とは違う情報が入ってくるかもしれないだろ?」
「……怪しいな。またなんか企んでるんじゃないか?」
「こっちに来てから日が浅いって言ったろ? 残念ながら俺が持ってる手札はこれで打ち止めだ。……っていうか、頼むから早く出してくれ。二日目に突入すると冗談抜きで命がやべーんだよ!」
「えっと……分かった。分かったから、牢屋越しに胸倉を掴むのはやめてくれ」
俺の『必死過ぎワロタ』といった感じの様子にドン引きしながら、にーちゃんはさりげなく胸倉を掴んでいた俺の手を外す。
それから……重く、深い溜息を吐いて、俺の目を見つめる。
「分かった。それじゃあ、仕事を一つだけ頼む。……言っておくが、逃げるなよ?」
「無茶な仕事だったら逃げるけど、そこはアンタの人間性を信用するよ」
「……アンタじゃない。俺の名前はジャックだ」
「分かった。よろしくな、ジャック」
にやりと笑って、鉄格子から手を差し出す。
ジャックは溜息を吐きながら、それでも俺の手を握ったのだった。
人を撃つ時は心を細くしなさいと、誰かは言った。
その言葉がどういう意味を持つのか、今の孫一にはよく分かるような気がする。
スラム街と呼ばれる場所に、鈴木孫一は住んでいる。
街の掃溜め。暗黒部分。表側とは別のルールで動いている街。
酒と金と女と命。それから法に触れるあれやこれや。表側よりも、それらが格安で供給される街と言えば分かりやすいだろうか。
ただし、ルールは違えど人の営みは同じものである。ルールさえ守っていれば、ある程度安全は保障される。
もちろん、ルールを侵害する者は処罰されるのも同じことだ。
似顔絵と懸賞金。WANTEDの文字が躍る紙を見つめて、彼は溜息を吐いた。
「ったく……暇だよな、誰も彼もさ」
そう呟く自分も、懸賞金狙いの暇人なのだが、まぁそれはそれとしてだ。
眼帯の男……鈴木孫一は人里の地図を広げて赤く印をつけていく。
今回の仕事はスラム街に逃げ込んだ馬鹿野郎の捕獲。スラム街の支配者は表の厄介事が持ち込まれるのを嫌ったらしく、腕利きに片っ端から声をかけているらしい。
どいつもこいつも暇人だが、金が欲しいのはどいつもこいつも同じなわけで。
「さて……どうしたもんかな」
潜伏場所の見当はついているが、相手に仲間がいないとも限らない。かといってここでもたもたしていると、あっさりと他の奴に懸賞金を持っていかれてしまうだろう。
「うーん……かといって、誰かの手を借りるのはなぁ。今月は色々厳しいし……」
「おーい」
「いや、下手に出るとぼったくられるしなぁ……」
「ぼったくられない誰かに頼めばいいんじゃねーの? 友達とか」
「無償で手を貸してくれる奴なんか、スラム街にはそういないよ」
「へぇ、薄情なんだな」
「誰だって自分が一番可愛いし、自分が一番大切だからね」
「そういうもんか」
「………………ん?」
遅まきながら……そこでようやく、独り言に合いの手が入っていたことに気づく。
顔を上げると、そこには誰かが立っていた。
一瞬、それがなんなのか分からなかった。
鈴木孫一はスラム街に住む情報屋である。
職業柄、たくさんの人間を見てきた。良い人間に悪い人間。善良と悪行を履き違えている人間。どうしようもない人間から、まるで聖人のような人間。……そして、人間の形をしながら人でなくなったモノ。色々な人間を見てきた。
目の前にいる人物が異質だったわけじゃない。孫一が見てきた人間に比べれば……彼女は普通の部類に入る。
短い髪。鋭い目つき。引きしまった身体に、皮肉げな笑顔。第一印象は猫。
どこからどう見ても普通の男だが、孫一の心は警鐘を鳴らしていた。
「えっと……どちら様かな?」
「権力の犬に雇われたアルバイトさ。あんたが鈴木孫一か?」
「そうだけど」
「ジャックって名前の自警団員から伝言だ」
そう言いながら、アルバイトと名乗った男は、孫一に向かって手紙を差し出す。
手紙を開くと、そこにはそう悪くない額の報酬と、現在追っている相手の交友関係、それから……決して無視できない情報が書かれていた。
「なにが書かれてんだ?」
「ん? ああ、刃物とか銃器の密売とかもやってたみたいだから気をつけろってさ」
「……それ、ものすごい大事じゃねーか?」
「大したことはないよ。基本的に自分の身を守る以外に使い道はないし。大っぴらに使っちゃうと、怖いお兄さんがたくさんやって来るから」
自警団のような組織の介入はないが、ある程度の秩序は必要になる。
もちろん……その程度の秩序じゃ個人の安全は守れないので、ある程度の年齢になると刃物や銃器の所有はほぼ必須になっているのだが。
「まぁ、話は分かった。後は俺に任せて、君は早く帰った方がいい。ここはあんまり治安のいい場所じゃないから」
「ん? ああ……別に俺が女だからって気を使ってもらわなくても……」
「………………っ」
少なからずの驚愕を、多大なる労力を使って押し殺す。
確かに、よく見れば胸が膨らんでいるし、顔立ちや体付きも男にしては細いし、まつ毛も長ければ目も丸い。
男と言われれば納得しそうだが、間違いなく彼女は女性だった。
(……いや、ちょっと待て?)
自分の出した結論に納得しかけて……孫一はもう一度彼女を見つめる。
「はっはっは、ほら見ろ。やっぱり分かる奴には分かるんだ。……っていうか、どうしてみんな俺を男と間違えるのか意味が分からん」
にこにこと、やたら嬉しそうに笑っている彼女は紛れもなく女性だ。
だが、違和感が拭えない。目の前にいるのは間違いなく、どこからどう見ても女性なのに、孫一はそれを全く納得していないのだ。
あるいは、無理矢理納得させられている、と言い換えるべきか。
ゆっくりと息を吐いて、孫一は営業スマイルを浮かべた。
「気を使ってるわけじゃないんだけどね。単純に、ここから先は俺の仕事の領分ってだけのことだから」
「なるほど。じゃ、俺はジャックに挨拶してから帰らせてもらおう」
「ああ、そうした方がいい」
営業スマイルを崩さないまま、孫一は背中を向ける彼女を見送った。
彼女の姿が見えなくなってから、ゆっくりと息を吐いた。
「なんか……妙に疲れたな」
見た目は普通のはずだ。ちょっと男っぽいくらいなもので、彼女は紛れもなく人間の女性……の、はずだ。
それなのに、なぜか妙に引っかかる。
ちぐはぐで噛み合っていない。普通に見えるのに、なぜかそれが嘘だと分かる。
彼女は嘘を吐いている。
その嘘の表も裏も分からず、嘘を吐いている確信だけがある。
「っ……ま、いいや。とにかくさっさと仕事を終わらせて、今日は早めに寝よ……」
言い訳のように独り言を呟いていた、その時。
ドサッという重い音が聞こえた。
反射的にライフルを抜きながら、家から飛び出す。
孫一の目に映ったのは、頭から血を流して気絶している彼女と、彼女を背負って連れ去ろうとしている男たち。
助ける? 無理だ。数が違い過ぎる。戦えば死ぬ。
助けろ。理屈なんて関係ない。
異なる二つの意見が孫一の中でぶつかり合い、孫一は前者を選択した。
飛び出した勢いのまま、適当な壁の影に隠れて、男たちの様子をうかがう。
「………………」
幸いなことに、男たちは壁に隠れた孫一には気付くことなく彼女を連れて行った。
その男たちの中に、見覚えのある顔があったことを、孫一は見逃さなかった。
「やれやれ……やっぱり、暇はよくないな。暇だとだとろくなことを考えない」
毒づきながら、孫一は目を細めて、ゆっくりと溜息を吐いた。
「ま、そんなに遊びたいなら……相手をしてあげようか」
人間ってのは面白いもんでな。一回条件付けをしちまうと、大抵の場合は疑問に思わずに笑って流せちまうのさ。
……なんのことだ?
物語を読む時のコツってやつさ。誰も彼もが伏線を気にするくせに、誰も彼もが当たり前のことを見逃す。考えりゃ分かること、不自然な点がいくつも残っているのに、当たり前のように、当然のように、鉄板芸のように繰り返されると、見逃しちまうのさ。
意味が……分からない。
じゃあ、どうしてお前は男に間違われるのかな?
……そんなの、俺が知るかよ。
胸元が膨らんでりゃ、どこからどう見ても女だわな。顔立ちも女のそれだし、背丈だって標準よりちょい上くらいだ。胸元に関しちゃ、お前がいつもいつでもちょっと大きめの上着を着ているから分からないでもないが……普通に考えりゃ、女を男に間違えるはずがないんだよ。
……じゃあ、なんで……。
とぼけんなよ、狼女。それはお前が一番良く知ってるだろ?
………………。
お前が自分自身にすら嘘を吐いている限り、永遠に大人になんかなれやしねぇよ。大人ってのはな、自分自身を愛することができる人間なんだ。自分を本当の意味で大切にできる奴は、同じ位他人を大切にすることができる。確かに、お前のいた場所は最低で最悪で、心を殺しちまっても仕方がないのかもしれない。けどな、ずっとそれじゃ駄目なんだよ。お前自身が、お前の心に耳を傾けて、なにがしたくてなにがしたくなくて、どう生きたいのか……そういったことを、ちゃんと聞き取らなきゃいけない。
………………。
ま、今すぐには無理だろうが……今はとりあえず好き放題しとけ。
好き放題?
言いたいことを言えってことさ。
閃光。爆発。煙幕。
倉庫の中でげらげら笑っていた男たちの声は、一瞬でかき消えた。
男たちの足跡を追いかけて、隠れ家に非致死性のスタングレネードを投げ込んだだけなのだが、当然のことながら効果は抜群だった。
「……さて、と」
倉庫に入ると、中は死屍累々といった有様で、立っている人間は一人もいなかった。もちろん、死んではいないだろうが、鼓膜くらいは破れているかもしれない。
「いっそ殺しても良かったか……いや、そりゃ早計かな」
苛立っている自分の心をなだめながら、孫一は慎重に倉庫の奥へと進んでいく。
木箱の影に隠れるように、彼女はそこにいた。
手足を縛られているようだが、外傷らしい外傷は見当たらない。念のため手で触れて確認してみるが、頭のたんこぶ以外は怪我はないようだった。
「おい、アルバイトさん。生きてるかい?」
「…………う……ン」
「やっぱり駄目か。仕方ない」
意識が朦朧としている彼女を背負って、孫一は口元を歪める。
妙に鼻につく独特な匂い。その匂いに覚えがあるわけもないが、彼女の様子から確信を得ることはできた。
彼らは銃器だけではなく、麻薬も取り扱っている。
もちろん、スラム街にそういったものを取り扱っている者がいないわけではないが、量と価格と質に関しては厳重に管理され、それを犯した者には悲惨な末路が待っている。
まぁ……はっきり言ってしまえば、スラム街で広まっている麻薬は煙草程度の中毒性しか持っていない、大人の気分転換に用いられるようなものばかりだ。
少なくとも、彼女が嗅がされたであろう強い薬は存在しない。
「……あっ……ん……はぁ……」
「とりあえず、外に出よう。ここにいるとなんか……間違いを犯しそうだ」
吐息が耳に当たる。あとはなんか柔らかかったりいい匂いがしたり、そういった諸々を振り切って、孫一は彼女を連れて倉庫を出た。
「ハ、使えない連中だ」
倉庫を出た所で、片腕を吊ったごつい男がサブマシンガンの銃口を孫一たちに向けているのが見えた。
その顔は、ジャックの手紙に同封されていた似顔絵に、よく似ていた。
「蜂の巣にされたくなけりゃ、女を連れて倉庫に戻れ」
「彼女になにか恨みでもあるのか?」
「その女は、俺の腕を折りやがった上に薬まで盗みやがった! 自警団の連中ならまだしも、マフィアのボスにチクられたら妖怪の餌にされちまうんでな。……後でテメェも捕まえるつもりだったが、こうして出てきてくれて手間が省けたぜ」
「……なるほど」
彼女と、スラム街で彼女に接触した人間を消すつもりだったらしい。
彼女の盗んだ薬とやらの行方が気にならないでもなかったが、孫一は彼女が起きないように優しく地面に下ろした。
「お、おい! テメェ、勝手な真似をするんじゃねぇ!」
「悪いけどさ……明日からも色々忙しいんだ。アンタに付き合ってる暇はあんまりないんだよ」
孫一は少しだけ目を細めて、口元を緩めた。
「ばん」
男は混乱する。
孫一の手にはいつの間にか、ライフルが握られている。
もちろん銃口は男に向けられていて、いつ火を吹いてもおかしくない。
そしてなにより……サブマシンガン相手に、余裕綽々でにやりと笑う孫一の笑顔が、なによりも恐ろしかった。。
「はい、これで一回死んだ。今のうちに降参するんだったら、受け付けるけど?」
「……な、なに言ってやがる! テメェ、頭おかしいんじゃねぇかっ!?」
「頭は正常さ。少なくとも……子供を破滅させるような薬をばら撒こうとしてるアンタよりはね」
もちろん、たった一発の銃弾で人を殺せるとは思っていない。
手持ちのライフルはちょっと旧式で、頭を狙ったとしても頭蓋骨に弾かれるかもしれない。手足や急所を正確に狙ったとしても、孫一が助かる保証はない。
相手が引き金を引けば、それで孫一の命は終わるという事実は変わらない。
しかし……自分の命が助からないのならば、やることは明白だろう。
(さて、今度こそ最後の大勝負になりそうだ)
鈴木孫一の生い立ちは、それほど幸福なものではない。
いつ死んでも構わないような生き方を多少なりともしてきたし、そのために片目を失った。人を殺したこともあれば、誰かを騙したこともある。
それでもスラム街にいるのは……子供たちがいたからだ。
どういう意図でそうなっているのかは分からないが、スラム街では子供の安全は保障されている。治安の悪い場所では弱い者から搾取されるのが普通なのだが、マフィアのボスから路上生活者に至るまで、全員子供には優しい。
もちろん、怒りもするし、叱りもするが、決して殴りはしない。
よく考えれば変な話かもしれない。治安は良くないはずなのに、孤児院があって子供たちが元気に暮らしている。スラム街の誰も彼もが生活にあまり余裕はないはずなのに、度々孤児院を訪れては、ささやかな寄付をしたりしている。
いや……変な話ではないのだろう。
その孤児院には、身体だけは大きくなって心は子供のままの、立派でも何でもないわがままな大人たちが願った、たった一つの想いが込められているだけだ。
下らない暗黙の了解かもしれない。もしかしたら、孫一の勘違いかもしれない。
それでも――。
「うん、そうだね」
彼女は一つだけこくりと頷くと、弾かれたように飛んだ。
状況は緊迫していた。男は孫一を見ていたし、孫一は男を見ていた。その場の誰もが彼女に気を配っていなかった。気を配る必要はないと思っていた。
想定外の事態に慌てた男が、彼女に銃口を向けるまでにかかった時間はコンマ数秒。
その刹那に、孫一の放った銃弾が、男の手を撃ち抜いた。
「ぐぁっ!?」
男が血の流れる手を抑えるのと、彼女が男の股間を蹴り上げるのはほぼ同時だった。
叫び声を上げることもできず、白目を剥いた男が口から泡を吹きながら昏倒する。
彼女はそんな男を見下ろして……ゆっくりと息を吐いた。
「お……おい。大丈夫かい?」
「大丈夫よ」
「え?」
その言葉は、まるで普通の女性のようだった。
彼女はゆっくりと振り向いて、女の子のように笑った。
「助けに来てくれて、ありがとう」
それだけを言って、不意に笑ったまま崩れ落ちた。
地面と衝突しないように、彼女を慌てて抱き止める。思ったより以上に軽いことに驚きながら、孫一は安堵の溜息を吐いた。
「……ありがとうは、こっちのセリフだよ」
彼女が動かなければ、孫一は間違いなく死んでいただろう。
もちろん、彼女の意識がはっきりしていた保証はない。次に会った時、彼女は自分がやったことを綺麗さっぱり忘れているのかもしれない。
それでも、孫一は忘れないことにした。
彼女が自分を助けてくれた事実と。
子供の頃の自分が誰かに求めていた、たった一つの言葉を。
「さて……それじゃあ、帰ろうかな」
彼女を背負って、孫一はゆっくりと歩き出す。
命を救われたお礼に、今度彼女になにか奢ろう。そんなことを考えていた。
よく分からないまま、事件は終わった。
薬を運んでいた男やら協力者やら薬そのものやら、そういった危険なものは自警団の方々やら馬鹿息子の親族やらがサクッと解決したらしい。。
後で話を聞いてみたけど、薄く笑ってジャックはこんなことを言った。
『ま、ぶっちゃけ俺に関わりがなきゃどうでもいいことだが……風の噂じゃ、人間としての謙虚さが備わるまで、炭鉱送りってことになったそうだ』
……と、いうわけで。そういうことになったようだった。
結局……俺自身はあれからゆいさんにしこたま怒られた。怒られただけじゃなく泣かれたりもしたし、サンにもさすがに怒られた。まぁ、それは今後の反省点だ。
二日以上の外泊は、やっぱりよろしくない。
それはそれとして……せっかく見つけた穴場を放置するのはもったいないので、おでんの味に飽きられるまでは、その場所で屋台を出すことにした。
「……とはいえ、穴場での商売は正直疲れるんだよな」
日が沈んで辺りは真っ暗。そろそろ客もいなくなる時間帯。
ようやく一息吐いたところで、ものすごく腹が減っていることに気付いた。
「この時間じゃ、他の屋台は引き上げてるよな……」
おでんの方に手を付けるという手もあるのだが、おでんはもう食い飽きた。
今はなんか……とにかく、おにぎりが食べたい気分なのだが、残念ながら持ってきたおにぎりは全て完売。商売繁盛笹持って来いなのだった。
家に帰っても、今日はゆいさんとサンは買い物のついでに夕食を食べてくると言っていたのでなにもないはず。
仕方ない。代替案としては微妙なところだけど、コンビニでおにぎりでも買うか。
そうと決まれば、今日の所はさっさと帰ろう。幸いなことに、おでんも残り少ない。
「こんばんわ。今日はまだやっているかい?」
「ああ、大丈夫だ。あんまり数は残ってないけどそれでもよけりゃ……」
言いかけて、声をかけてきたお客が、知った顔であることに気付いた。
あんまり覚えてないけど、私を助けてくれた人。
「いらっしゃい、孫一」
「名前、覚えててくれたのか? ナベちゃん、あの時はかなり意識が曖昧だったから、てっきり忘れられてると思ったよ」
「……ナベちゃん?」
はて、俺はコヤツに名前を教えただろうか?
俺が首をかしげると、孫一は苦笑しながら口を開く。
「あー……子供たちが勝手に君の荷物を漁っちゃってね。その時に身分証明のようなものを見たんだけど、悪かったかな?」
「んにゃ、孫一には世話になったし別にそれくらいならいいさ」
一日目は留置所だったが、二日目は孤児院で世話になった。
記憶にはないけれど、ぶっ倒れている間孫一が看病してくれたらしいことは、その子供たちから聞いている。
「で、何の用だ? 今日のおすすめは大根とはんぺんなんだけど」
「残念ながら、今日の所は差し入れだよ」
「差し入れ?」
孫一から受け取った包みを開けると、そこにはおにぎりが二個入っていた。
まぁ、なんというか……実にいいタイミングというか。
「ん……ありがとう」
「じゃ、俺はこれで。今度は客として食いに来るから」
「あ、ちょっと待て!」
「ん?」
慌てて呼び止めて、タッパーに残ったおでんを放り込み、孫一に手渡す。
お返しというわけじゃないが……看病してくれたお礼のようなもの。
「そろそろ店仕舞いしようと思ってたんだ。よかったら子供たちと一緒に食べてくれ。後で味の感想とか聞かせてくれると嬉しい」
「いいのか?」
「いいも悪いも……まぁ……その……残すのは、もったいないし」
「ありがとう。御馳走になるよ」
「……おう」
なぜか、意味もなく顔が真っ赤に染まる。
いや……別に恥ずかしがる必要はないんだけども……柄にもなく恩返しとか思い立ったもんだから、なんとなく気恥ずかしい。
ゆっくりと息を吐いて気分を落ち着かせて、俺はいつも通り口元を緩めた。
「じゃ、今日は帰る。今度は客として来てくれ」
「そのつもりだよ。暇があったら孤児院の方にも顔を出してくれると嬉しい」
「暇があったらな」
大学生は基本暇だらけなので、安請け合いしながら屋台を引いてその場を離れる。
屋台を引きながら、さっきもらったおにぎりを一口食べる。
ちょっとしょっぱかったけど、美味しかった。
はい、そういうわけで十七話でした。前置きで説明し忘れましたが、
オリキャラ巡りその2となっております。
前回も説明しましたが、いずれ意味は分かりますw
さてさて、書きたいことは作中で大体書いてしまったのですが、
現在に違和感のある人は、心の本を開いてみてください。
不安でたまんねぇとか、自分が嫌いだという人も、開いてみてください。
書いてあることは大体一緒なんで、『~な人になるために』みたいな
書名なら確実かと思います。
もしも自分の苦しみに気付けたら、自分の本当の望みに気付いたら、
あなたが苦しんだ分だけ、誰かに優しくしてあげてください。
そして、なによりあなた自身を許して、大切にしてください。
多分、『それ』を許すまでには長く苦しい道のりが待っていますが、
頑張っていきましょうw
毎度のことですが、ここまで読んでくれて本当にありがとうございました。
次回は、多分本編更新。氷精編に突入する予定ですw
・・・その前に引っ越しせにゃならんので、ちょいと執筆は遅れますがw
ではでは、今回はこの辺でw
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