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50 二度目の春が来て 50 急展開

 ――ありがとうございます! お()めにあずかり恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます。

 リッピアは急にシャキッとした声を出した。

 以前、拓がトイレでひそかに聞いた、誰かとの通話での話し方と一緒だ。


 リッピアは片膝を立てもう一方の膝を廊下につき、胸に片手を当てていた。

 白い縁取りがある赤いチューリップの花と、ウェイビーで長く尖った葉とを髣髴ほうふつとさせるショート丈ワンピースの裾から、形のいい脚が尻近くまでき出しになっている。


 フリルやレースに囲まれた太もも。

 膝頭から足首にかけての、ふくらみとすぼまりの絶妙なライン。

 拓はそれらに目が釘付けになり、はっと視線をらした。

 上方を見つめるリッピアの目は瞳孔が開いて輝き、頬は紅潮している。


 ――これからも、なんなりと

 そのときだった。

 リッピアが急にのけ反り、あお向けに倒れたのだ。

「リッピア!」

 拓は声を上げ彼女に駆け寄った。


 リッピアは目を見開いたまま、手足を投げ出していた。

 彼女の腹に大きな穴がき、そこから廊下の床が見えている。

 血が出たり内臓が飛び散ったりはしていない。穴のふちは黒く焼け焦げたようになっている。

「リッピア! おいリッピア!」 

 拓はしゃがみ込み、彼女の肩を抱きかかえようとした。が、何もつかむことはできず、床の冷たさだけが手の甲に伝わってきた。


「何が起こってるの?」

 小声でたずねる茜に高華たかかが説明をしているのが、背後から聞こえてくる。 


 ――なん、で……。

 リッピアは虚空こくうを見つめたまま、かすれた声を出した。

 胸が浅く速く上下している。


「もういい、喋るな」 

 拓はリッピアの頭に手をやり、やや乱れたゆるふわボブカットの茶髪をでた。

 何も手ごたえがなくても、撫で続ける。


 リッピアは拓には目もくれず、天井に視線を向けている。

 ――どうして、ですか……? 

 彼女は上半身を起こそうとした。それはかなわず、彼女は、弱々しく片手を斜め上に伸ばした。 


 ――効率が悪すぎる。

 再び、男の声と女の声が重ねられたような声がした。

 声の主の姿は拓には見えない。

 声だけが、廊下全体を包み込むように響いている。

「わたしにも、誰がどこで話しているのかさっぱりわからないんです」

 また高華が茜に説明しているようだ。


 ――何度もチャンスは与えた。対して成果はこれだけ。しかも放っておけば、よけいなことをどんどん喋る。ここまで生かしてやっただけでも、慈悲じひだと思え。

 

 拓は背筋がぞくっとした。 

 落ち着いたトーンの声には、廊下の床よりもずっと冷たいものが含まれていた。


 ――まだ、やれ、ます……。

 リッピアの大きな目は潤み、とろみのある光をたたえていた。

 睫毛まつげが震え、目の光も、絶望とかすかな希望がせめぎ合うようにまたたいている。

 ――だめだ。

 にべもない言葉にリッピアは目を伏せた。

 それからようやく、拓の方を見た。


 

 ――無視して、ごめんね。



 無視してたのかよ! という言葉を拓は飲み込んだ。

 ふだんのあどけなさが、声に戻っていた。

 が、依然としてリッピアの呼吸は浅く速い。

 

 ――拓と話したら……あの方と話す体力、なくなっちゃうかも……しれなかったから。

 ――そうか。大事なやつなんだな、あいつ。

 拓が心内語で答えると、リッピアは微笑みながら頷いた。


 拓のファースト・キスを奪った唇――下唇が特にふっくらとした唇は、あいかわらず血色がいい。

 冬から春に季節が変わったことを体現するようなピンク色に艶めいている。

 顔色も悪くない。

 だが腹に開いた穴や呼吸の速さ、声の力の入り具合からすると、命のはどんどん奪われているようだった。

 

 ――救急車や病院はないのか!? 花の精用の。

 ――ないよ。……あたしが知らないだけかもしれないけどぉ。

 リッピアはあお向けに寝たまま、肩を震わせて笑った。

 ――じゃ、ほかに俺ができることは。

 彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべたまま、首を横に振った。


 ――そうだ! 俺がだめでも、アンジーなら何とかできるんじゃねえのか? あいつはパンジー・ビオラの精だし。呼び出す方法があれば――


 ――やめて。


 リッピアは、床についていた方の拓の手に、自分の手を重ねた。

 真剣なまなざしが、静かに拓を見上げている。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

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