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SOLDIER SIDE
作:奇之助



【Prologue2-1】極東の傭兵


 ラツァーノ砦を無秩序に駆け回る兵士たちが、砂塵を巻き上げる。砂塵は、この朽ちかけた砦の城壁を覆い尽くし、全貌をぼやけさせている。
 視界は悪い。が、砂の粒子が他所よりは僅かに薄い、砦正門前で俊敏に動き回る影を、ネステは視界に捉えて離さなかった。
 なだれ込む兵士たちを、次々と薙いでいく影。
 間違いない。この砦を守る反乱軍の長、エヴェルトンだ。
 エヴェルトンの存在に気付いているのは、ネステだけではない。ラツァーノ砦の攻略を任された他の四つの傭兵団の長たちも、それを束ねる王国東方守衛騎士団の団長、バティスタも、その尋常ではない人影を注視している。奴さえ倒せばこの砦は落ちると、戦力の大多数をエヴェルトンが堅守する砦の正面に集中させようとしている。
 ―――それじゃ、駄目なんだよ。
 胸のうちで、ネステは毒づく。
 大将エヴェルトンと少数の近衛たちだけを、反乱軍は正門前に配置した。そのあからさますぎる餌に釣られるように、制圧軍は一息に反乱を鎮圧させようと主力部隊を正門へなだれ込ませ、功を焦った傭兵団の長たちも、それに従って行軍した。数的な優勢は圧倒的だった。が、制圧軍は城門の寸前で突如巻き起こった粉塵に行軍を遮られ、停滞を余儀なくされた。
 ネステには判る。これはすべて、エヴェルトンが狙ったとおりの戦局だ。
 反乱軍の手によってあらかじめ城壁の周囲に撒いてあったエネ砂漠の黄砂を、進軍する制圧軍が巻き上げる。砂塵で閉ざされた視界に紛れて、城壁の上に構えた反乱軍の弓兵アーチャーが死角から弓を放つ。行軍は突如降り注いでくる矢の雨に隔てられ、無事そこを抜け出れたとしても、エヴェルトンの率いる反乱軍の精鋭たちが追い討ちをかける。
 元中央セントラルの騎士であると同時に、策士としても名高いエヴェルトンの罠―――
 その全貌は、後方で指揮を執るバティスタや傭兵団の長たちには見えていなかった。辛うじて認識できるのは、黄砂を敢えて撒かずにいた、砂塵の薄いエヴェルトンの周囲だけだ。弓兵アーチャーによる牽制を把握できていない指揮官たちの目には、そこから視認できるエヴェルトンの武勇だけが、現実以上に驚異的なものなのに映っていた。
 錯覚。
 敢えて自分が陣を布く正門前には黄砂を撒かず、本当は矢で負傷した制圧軍兵を打ち倒しているだけなのに、自身の武力は圧倒的なものだという錯覚を、印象付ける。刷り込まれた架空の現実に焦り、制圧軍の指揮官たちは冷静さを欠いていく―――恐らくはこれも策の一端、エヴェルトンの狙った心的な揺さぶりのひとつなのだろう。
 ネステだけは、その焦燥の外にいた。ネステには、エヴェルトンの策の全貌がはっきりと見えていた。
 二十二年前の戦の後、殆ど砂漠と化した平原の極東イツィオラータで、ネステは生まれ育った。砂塵の中の気配を読むことなど、イツィオラータの出自であれば容易いことだ。だから、戦局の全貌がわかる。見える。不用意に砂塵の中に走り込むようなことはしない。時はまだ、熟していない。
 「ネステ!いつまで本隊をそこに控えさせてる!前へ出ろ!」
 バティスタの怒号が飛ぶ。
 ―――無知は罪、無能は惨だな。自覚がない分、始末に負えねえ。
 小さく呟き、あえて聴こえていない素振りを装って、ネステは城壁前で停滞する、かつての威厳の影すら感じられなくなった東方守衛騎士団の無様な姿を睨めつけた。
 かつては精鋭ぞろいだった東方守衛騎士団の栄誉も、二十二年前の戦以降、地に落ちた。オルグ族に功を奪われる形になった中央セントラルの騎士たちは、密やかにではあるが、その起因となる敗走を見せた東方守衛騎士団を(さいな)んだ。かつては平原の各地から集った才有る若い志願兵たちも、悪評が付きまとう彼らの中に敢えて身を投じようとはしなくなり、団に残っていた有望な人材もまた、他の騎士団に引き抜かれた。後を継ぐ才能が底をつくと、当然の如く騎士団は衰え、結局バティスタのような無能な指揮官を担ぎ上げるしか手立てがなくなった。それが、今の東方守衛騎士団の現実だった。
 ―――親父、あんたの守ろうとしたもが潰れるのが先か、俺が成り上がるのが先か、どうにも判らなくなったよ。
 嘆きと共に脱力感が全身を覆う。それに矛盾して、抑え切れない苛立ちも同時に、胸のずっと奥の方から湧き上がってくる。団の腐敗を加速させる無能な貴族たち。父が頑ななまでに貫こうとした意志を継ぐことのできない、自身の不甲斐無さ。そのどちらにも、憤りを抱かずにはいられない。
 砂塵で薄茶けた空を仰ぎ、ふっと息を吐く。胸の裡の激情をいなすかのように。
 ―――力むのは、らしくねえな。
 口の端に、無意識に小さな笑みが浮かぶ。
 ―――世の中の何もかもを小馬鹿にしてるくらいの風情が、俺には丁度いい。
 手綱を握りなおし、再び視線を砦に戻した。
 機は、未だ訪れていない。ただ、その気配を、砂塵の中に感じることはできた。







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