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SOLDIER SIDE
作:奇之助



【Episode-5】野心を抱く者(後)


 予想外の一言だった。虚を突かれ、一瞬、ヒューゴはたじろいだ。
 が、考えてみればどうとでもとれることだった。助けておいて、雇われると言っておいて、後でヒューゴたちを王家に突き出すことだって出来る。今、アウメイダの世継ぎを王家に引き渡せば、かなりの報酬が望めるはずだ。結局、信用は出来ない。
 「必要ないよ」
 ファビオも同様に感じ取ったのだろう。あっさりと男の申し出を切り捨てた。
 それでも、男は怯まなかった。何かを含んだ笑みを唇の端に覗かせてみせる。
 「それは嘘だ」
 勝ち誇るように言うと、男は唐突に「ダニエレ!」と振り向かずに仲間を呼んだ。直後、長弓を背負っていた赤毛の傭兵の一人が、動いた。
 とてつもなく滑らかで、そして素早い挙動だった。
 背負っていた弓を胸の前に構え、同時に腰の矢筒から矢を二本抜き取って、弦を引き、離す。
 単純な動作だったが、僅かな隙も無駄な所作もなく、何より、速かった。放たれる矢に身構える余地すら、与えてもらえなかった。
 ―――やられる。
 そう思った直後、矢は予想外の方向へと飛び去った。
 背後の、断崖の頂上。
 ヒューゴが落下してきた崖の上の藪の中に、同時に放たれた二本の矢は消えた。その刹那、小さなうめき声と共に、そこから二つの影が落下してきた。影はヒューゴとファビオのすぐ目の前で、ぐしゃりと地面に叩きつけられ、僅かに身じろいだかと思うと、動かなくなった。
 軽装の皮鎧を纏った男たち。ひとりは喉元に、一人は額に、放たれた矢が突き刺さっていた。
 恐らく、ヒューゴらを狙っていた『緑狼』の輩だろう。とすれば、あの仲間割れの混乱の中にあって、この傭兵団の連中は、崖の上で機を狙っていたであろう『緑狼』の存在を見抜いていたことになる。しかもそのうちの二人を、この崖下から見事に射抜いてみせた。存在は感じさせても姿を捉えきれず、ヒューゴらを追い詰めていた相手を、こうもあっさりと。
 口の中に溢れた生唾を、ヒューゴは無意識の裡に飲み込んだ。
 「こいつらに兵を削られてたんだろう?で、残ったのはお前ら二人だけってところだな。本当は手ごまが必要なんじゃないのか?」
 言いながら男は、地にうつ伏せに横たわった亡骸に近づき、そのひとつを蹴り転がして、仰向けにさせた。
 「『緑狼』か。イェンゼンの子飼いがこんな南方まで出張ってくるとはな」
 亡骸の纏う皮鎧に刻印された紋を覗き込み、呟くように男は言った。その言葉に、ファビオの肩がぴくりと震えた。
 「お前たち、何者なんだ?」
 溜まらずに漏らした、と言う感じの、ファビオの問いかけだった。
 「ただの傭兵団だよ、今はな」
 「何故、『緑狼』を知ってる?」
 「俺たちみたいな偏狭のちっぽけな傭兵団は、情報が命綱なんでね。『緑狼』くらいは知ってるさ。そのくらいの情報網がなけりゃ、食い扶ちが稼げない。」
 「だったら目的はなんだ?何故不利な僕らに取り入ろうとする?それだけの情報網があるのなら、僕らが始めた戦がどれだけ無謀だってことももちろん、判ってるんだろう?」
 「だからだよ」男は唇の片側の端を吊り上げ、不敵に笑んで見せた。「不利なほうにつけば、戦局をひっくり返した時の功もでかい。それが不可能とか、無謀とか言われるほどに極端なら、ことさらに。違うか?」
 挑むような表情だった。が、なんとなく、雰囲気だけで根拠は無かったが、この男がヒューゴたちを欺こうとしているとは思えなかった。不思議な、ある種野蛮で、だからこそ禍々しさのない、単純な魅力を、ヒューゴはこの男に感じていた。
 「とにかく、必要なのは信用ってことだろう?なら話は簡単だ。これからサン・ヴァンセンテへ行く。そこで俺らが本気であんたらの側につこうっていう証拠を見せてやる」
 サン・ヴァンセンテ。ここから北西へ二日ほどの距離にある、王国軍の兵糧砦のある地だった。つまり、敵陣へ乗り込もうと、この男は言っているのだ。ヒューゴの胸中で像を結び始めた信用が、再び薄れていく。やはり、ヒューゴたちを王家へ突き出そうとしているのか。
 「僕たちは東へ急がなきゃならない。サン・ヴァンセンテへは行けない」
 ファビオが男の提案を絶つと、男はこれ見よがしに大きく溜息をついた。
 「判ってねえ。何も判ってねえな。どうせ教会特区へ逃げ込もうってはらなんだろう?あんたらアウベルダ家と親交のある、ジョモニ枢機卿あたりが拠りどころか?だったらなお更、サン・ヴァンセンテだ。フンテラル領から教会特区に入ろうなんて、馬鹿だぜ。」
 「だからって何故、教会特区とは真逆のサン・ヴァンセンテへ向かう?」
 間髪入れず、ファビオが問い質す。
 「理由は二つ。」言いながら、男は腰から剣の鞘を取り外し、それで土を削りながら、地面に平原の地図を描いた。「この戦で主戦力の中央重騎士団を惜しげもなく遠征したフンテラル家は、アウベルダ潰しに一番本気なんだよ。」言って、アウベルダ領の東にあるフンテラル領を指す。「あんたらアウベルダが潰れれば、前々からフンテラルが狙ってた、あんたらが所有してるユヒレト沖のオビドス島の金鉱を奪い取れる。」次に、アウベルダ領とフンテラル領の領境の沖の南洋を指した。まさに、オビドス島のある位置だった。「でも、平原の均整を保つ為に、この戦に仲介しようとするのは・・・誰だ?」
 「・・・アウレス教会」
 思わずヒューゴは、反射的に男の問いに答えてしまった。男は、不敵な笑みを更に色濃く浮かび上がらせ、フンテラル領の東、そこと隣接する、アウレス教会特区に鞘の先を刺した。
 「そう。宗教家が安易に言い出すことだ。平原の和平保持とか、まあ身勝手な見てくれだけの正義感で教会はしゃしゃり出てこようとするだろう。そんな偽善に付き合ってられないフンテラル家は、教会特区との領境の通行に敏感になる。情報さえも遮ろうとする。今じゃもう、ねずみ一匹通さねえよ。」
 「だから、サン・ヴァンセンテを経由して中央セントラルに一度入り、教会とも王家とも親密なバルバロス領から教会特区へ抜けるのが一番速い・・・と」
 ようやく合点がいったファビオも、思わず男の発言にのせられた。
 ―――この男、何をどこまで知っている?
 ヒューゴは睨めつけるようなまなざしを男に向けた。
 いま平原に溢れかえる、蛮族じみた傭兵たちと、この男たちは格が違う。それは、先刻の仲間割れで見せた立ち回りや、『緑狼』を射抜いた技量から判る。が、武技を糧に生きる者たちとは無縁なこの平原の政情を、一介の傭兵が何故語れるのか、不自然でならなかった。傭兵とは本来、そういうことに通ずる人種ではないはずだ。
 ―――それでも、俺たちにはもう選択肢はない。
 この男が言うことは、言われてみれば定石で、確かに真実なのだろう。今、フンテラル領から教会特区に入ることは難しい。そんな読みもできなかった自分が、ヒューゴは情けなかった。確かに彼らを全面的に信用は出来ない。傭兵風情にあるまじき政情への通じ方も、怪しさを募らせる。それでも、『緑狼』に兵を削られ、たった二人で教会特区に入れたとしても、出来ることは限られてしまう。この男の言うことはいちいち最もなのだ。
 「判った。助力を願おう」
 ヒューゴの言葉に、批判的に振り返ったファビオを、ヒューゴは無言で、手で制した。
 「名は?」
 「ネステ・カルナディーニと『赤土の爪』」
 「それで、サン・ヴァンセンテでどうやって私たちの信を得るんだ?」
 「兵糧砦を潰す。そうすりゃ、王家側の前線の士気が乱れて、一ヶ月は戦を引き伸ばせる。教会特区でなにをしたいかは知らんが、あんたらはそのための時間を稼げることになる。十分な証拠になるだろう?大軍は兵糧が命だからな。それがなきゃ、雑兵は散る」
 自信を滲ませて、男は突飛なことを口にする。確かに言う通りではある。数万を数える王国軍も、そこまでの大所帯となれば、その殆どがヴァルデ王朝に忠誠を誓うというより、目先の給金が目当てな者ばかりだ。駐屯する際の補給が絶たれれば、まず兵卒が戦地を離れ、残る各領直属の部隊にしても、士気は削がれる。が、総勢三十足らずの彼らがその大軍を支える兵糧砦を潰すと言うのは、現実味の無い話だった。
 「出来るのか?これだけの手勢でそんな大それたことが」
 「できるさ」
 男は笑んだ。それは、さっきまでの人をからかうような、挑発的な笑みではなかった。
 「俺は天才だ」
 邪気のない、世の中のしがらみをまるで知らない子供のような、眩しい笑みだった。
 「何故そうまでして、武功を求める?あまりにも無謀じゃないか」
 思わず、その笑みにつられて訪ねた。男は、からからと甲高い笑い声を上げた。
 「そりゃ、あれだ。俺もあんたらみたいに故郷を独立させたいからさ」
 からかうような、皮肉じみた口調にも取れたが、ヒューゴにはどこか、ネステと名乗ったこの男の声色に、胸中に押さえ込んだ熱を感じさせるような震えがあったような気がしてならなかった。







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