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SOLDIER SIDE
作:奇之助



【Episode-1】独り立つ


 海からの潮風が、港の北側にそびえる山を駆け上がり、樹々をざわめかせる。海鳥たちが大きく広げた翼にその風を受け、甲高い鳴き声とともに空高く舞い上がる。ミロは空の蒼に溶けてしまいそうなほど小さくなった鳥たちの影を、港を見渡せる丘の中腹から、細めた目で追っていた。
 港町、ユヒレト。
 アウベルダ領とフンテラル領との境界に位置するこの貿易港も、アウベルダ領への巡航船が絶たれると、行商人たちの姿はまばらとなり、本来の活気の半分を失った。入れ違いに、西方から送られてくる中央セントラル側の騎士団や傭兵団が街を満たし、行商人たちの競りの声に取って代わったのは、甲冑の擦れる鈍い金属音だった。行商の要から、軍事拠点へ。在るべき人種が入れ替わるだけで、街はその様相をあからさまに変貌させていた。
 視線を空から街へ落とすと、街道を東へと向かう一団が見えた。ユヒレトへ集結する他の兵たちの流れに逆らうように、その一団は街から遠ざかっていく。ネアドへの帰還を命ぜられた、オルグの先遣隊だった。
 緒戦を圧勝したアウベルダ家の有する南洋騎士団は、まるでそれが白昼夢であったかのように、その後にフンテラル領から派兵された中央重騎士団を前に、脆く瓦解したという。戦況は、ミロの従軍していたオルグの先遣隊がこのユヒレトに到着する前日には、敗残兵と共にアラカルベ城に篭城した領主ティアゴ・アウベルダの投降を待つか、ひと息に攻め落とすか、という段階にまで至っていた。
 追い込まれた軍勢に止めを刺す役回りは、オルグのごうにあらず。
 ネアドの地にも届けられたその報を受け、オルグの首領ゼデンは、ユヒレトに到着したばかりの先遣隊に帰還を命じた。戦場に想いをたぎらせていた若いオルグの兵たちにとって、その命はとてつもなく歯痒いものではあったが、ゼデンに背ける者などはいなった。ただ一人、ミロを除いて。
 翌日に帰還を控えた前夜、ミロは闇に紛れてオルグの陣幕を抜け出した。属軍からの逃亡は、オルグの法の上では死罪に値する。が、そんなことを気にかけてはいられなかった。ようやく与えられた機を、ゼデンの言うオルグの業などというものに反故にされたくなどない。その想いが、ミロを再びネアドの地に引き戻そうという状況から、開放させた。ミロは、オルグ族という檻から、抜け出した。
 ―――オルグの業も誇りも、関係ない。俺は、俺だ。
 口の中で呟いて、再び視線を空へ向けた。
 ―――でも、俺はあの鳥たちほどに、自由、なんだろうか・・・
 帰還しようとする先遣隊から離脱したとはいえ、ミロはその先の活路を見出せずにいた。
 この港町の西にある関門を抜ければ、戦場はすぐそこにあった。が、関門を抜けるには中央セントラルの正規軍に従軍するか、中央セントラルの傭兵ギルドにアウベルダ侵攻の幇助を認可された、一部の傭兵団に属するしかない。オルグの混血である単身のミロに、そのどちらかに属する伝手があるわけはなかった。
 先が見えない。
 その現実から生じた焦燥を、漏れ出そうとする溜息と共に飲み込んだそのとき、ふと、どこか遠くからあがった怒号に似た歓声が、ミロの耳を突いた。その方角へまなざしを向けると、港町を少し外れた砂浜に、人が群れているのが見えた。
 砂浜に正方形にしつらえられた柵を、遠めにも判るほどに厳つい男たちが囲っている。歓声は、そこから上がっていた。
 ―――なんだ、アレは?
 「試し合い、だよ。」
 まるで胸中に湧いた問いに答えるかのうような言葉が、唐突に背中にぶつかった。振り向くといつの間にか、すっぽりと全身を覆うローブに身を包んだ人影が二つ、ミロの僅か数歩ばかり後ろに佇んでいた。
 反射的に、ミロは背負っていた大剣クレイモアを引き抜いて身構える。
 気配を感じることができなかった。できないまま、この間合いまで背後に忍び寄られた。そのことに動揺した。
 啜れた、生地の厚そうなローブを纏う二人。すっぽりと頭を覆う大きなフードで、顔は完全に影の中に包まれていた。
 「何者だ、お前ら」
 動揺を隠すように、冷静さを装って言ったつもりだった。が、語尾が僅かに震えるのが自分でも判った。
 「アウベルダ領に入る伝手がないのだろう?それならまずは、お前もあそこへ行けばいい。」
 ミロの問いには答えず、二つの人影のうちの一人が、人の群がる砂浜を指差して、言った。声色で男と判る。少し年端のいった、声の擦れ具合だった。
 「だから、お前らは何者なんだ?」
 もう一度、さっきよりも凄みを利かせた声で、言った。
 「我らが何者か知ったところで、お前に何の得も無い。」
 淡々とそう答えたもうひとつの人影の声色に、ミロは思わず躊躇した。確かに、女のそれだった。若くは無い。若さ独特の艶や張りは、その響きから感じられない。低く、野太く、どこか粗野で、でも確かに、女の声だった。
 意外だった。隣にたったもう一人よりも背丈の高い、ローブの上からでもわかる厳つい骨格の人影の奥が、女であるとは思いもしなかった。
 「あそこには討伐幇助の認可を得た傭兵団の長たちがいる。戦場に赴く前に、腕の立つ流浪の武人を自軍に取り込むために、ああやって試し合いの場を設けるのだ。そしてその長たちの興味を引こうと平原中の剣士が集い、互いの技量を競う。戦を前にしたときの、この平原の武人たちの文化みたいなものだ。」
 ミロの反発も警戒も意に介さぬふうに、ローブを纏う男が続けた。同時に、背後から再び歓声とも怒号とも取れるどよめきが上がった。ミロは切っ先をローブの二人に向けたまま、首だけで振り返る。
 試し合い。
 平原中の剣士が集い、互いの技量を競う。
 男の言葉を頭の中で反芻すると、身震いがした。胸の奥が、ざわざわと疼いた。
 ―――あそこへ行けば、俺の今いる位置が、判る。
 少なくとも同じ世代のオルグの戦士たちであれば、誰にも負けないという自負はあった。が、ネアドの地を出たことの無いミロにとって、本当にそれが、あの台地の外でも胸を張れるだけの技量であるのか、確信しきれない不安が常に胸中に横たわっていたことも確かだった。眼下のあの人の群れが、その不安を払拭するには、絶好の場であることは間違いない。
 が、その前に―――俺にそれを促す、こいつらは一体何者なんだ?
 再びローブの二人に視線を戻すと、そこに佇んでいるはずの二つの人影は跡形も無く消えていた。
 思わず、八方を見渡す。しかし身を隠すような場所の無いこの丘の中腹のどこにも、人影は見当たらなかった。
 「幻、だったのか?」
 呟きが、無意識に口から漏れた。







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