Loveはじめました
そいつで大人になりました
Loveはじめました
――ああ、お口に合いましたか?
人気バンドのアルバムに含まれたある一曲を、タクヤは不意に思い出した。思い出したことは唐突であったが、思い出した理由ならば、しっかりとあった。
新宿3丁目。一つの値段が三百円近くするアイスクリームを売る店の前。そこで、タクヤが高校時代に付き合っていた女子と、2年ぶり、偶然に出会ったことが契機である。
久しぶりに見た彼女は、随分と風貌の印象が変化していた。化粧が濃く、始めタクヤは彼女に気付くことはできなかった。先に声をかけてきたのは彼女である。
その笑い声は変わっていなかった。
「タクヤはぜんぜん変わんないなぁ。相変わらずだよ」
彼女はラメを塗った化粧を輝かせ、ただ明るい声の調子で笑い続けた。
ぜんぜん変わらない。どういう意味かとタクヤは考えて、Mr.Childrenの歌っていた曲を不意に思い出した。
――ああ、そう言えば。
桜井和寿も今と同じ状況を歌っていたな。
なら、きっと自分も、彼女の口にした、再会の台詞の意味合いを正確に読み取れることはできないんだろう。
そう思うことにした。ヘラヘラと笑っていることにした。
「タクヤ、今日空いてるの? 久しぶりだしさ、飲みに行かない。あたし友達にドタキャンされてねぇ。マジ暇なんよ」
残念だけど。念のため、そういう前置きをしておく。
残念だけど、今日のタクヤには用事があるわけで、居酒屋が開店を始める時間帯になると小田急線に乗って住んでいる駅へと帰らなければならなかった。
よって、タクヤは昔の恋人の誘いを断った。
いや、たとえ今日に予定が無くても、タクヤは断っていたに違いない。
彼女との別れ際まで、ヘラヘラと笑顔を続けていたタクヤの心は、しかし、笑ってはいなかった。
――なあ、お前。なんで俺を誘えるんだ?
帰りの電車内、タクヤはipodに収録してあるMr.childrenのアルバムを久しぶりに聞くことにした。
――なんだよ。
中田英俊は、もう引退しちゃってるじゃないか。
タクヤは、さまざまな種類の怒りを感じた瞬間、いったい何で気を紛らわすのだろう。
殺人現場に群がる報道陣を愉快がって、テレビカメラにピースサインを送るガキどもに向かい「お前らが死刑になっちまえ」などと、タクヤには言うことが出来ない。そんなことを思うこともなかった。
気分が良くなかった。
タクヤに現在、新しく付き合っている女性がいた。同じ大学に通う、一つ年上の人だ。しかし、間もなくタクヤは彼女とも別れるだろう。どちらからともわからないが、確実に。
だから、昔の恋人と会った一幕は、とても気分が良くなかった。
歌のようにはいかない。生まれてずっと、偽りが多い気がして、だんだんと耳が痛くなってくる。
タクヤには、歌詞のように「紛れもない想い」なんて、想像ができない。
だから、タクヤの感じる判然としない怒りと、あの時、桜井和寿が抱いていた怒りはまったくの別物なんだと、そんなくだらない思考だけ、流れる。
揺れる電車の中。イヤフォンでは『Loveはじめました』が繰り返される。
電車を下りたあと、未だに流れ続けるそれを、なんとなく口ずさもうとしてタクヤは、やはり止めることにした。
自分に歌える曲じゃない。
駅を出たタクヤは、今の恋人が待っているアパートへ向け、歩き始めたのだった。
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