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メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 - 作者:月宮永遠

3章:ゴットヘイル襲撃

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 翌朝。ファウストは隔離室を訪れた。
 飛鳥を見るなり、挨拶もそこそこに指導を開始する。戦々恐々としていたが、彼は意外にも懇切丁寧に教えてくれた。
 最低限の宮廷挨拶と礼儀作法。飛鳥がとちっても苛立ちを見せず、一貫した態度で教鞭を振るう姿は、温厚な教師か学者を思わせる。
 第一印象は酷かったが、教えを請ううちに彼への印象は和らいだ。
 三日間、詰め込むようにしてバビロンの歴史や政治、特色、気候について概要を教わった。
 茫漠ぼうばくたる空に冠たるバビロン大帝国は、常に他国と制空権を争っているという。この武装艦を見れば驚くなかれである。
 攻めてくるのは、他国の軍事勢力に限らない。国籍を持たない空賊も、時にバビロン領空を侵犯するのだという。
 この空母は、そうした敵対勢力の撃墜、ひいてはバビロン帝国の防衛を目的とした、飛空戦艦なのだという。
 ファウストの説明はこうだ――

“無限空において、広大なバビロン空域を有する我々は、その境界線を常に超弩級飛空戦艦で巡回しています。当艦――ローズド・パラ・ディアもそうした巡察空母の一つですが、固定航路は持ちません。帝都の威信、そして不沈戦艦の威容を示す為にも、領空を自由に翔ける権利を有する、機動に富んだ戦艦なのです”

 自由航行を許可された艦は、ローズド・パラ・ディアの他に八艦あるらしい。それらは航路が重ならぬよう、自由に領空を翔けて、今もどこかで、領民達にその威容を見せつけているのだ。
 今後の予定についてファウストは――

“アスカを送り届ける任務を終えたら、再びバビロン領空の自由航行を開始します”

 そう説明した。
 判っていたことだが、飛鳥がルーシーと一緒にいられる時間は限られている……。
 ルーシーに限らず、艦との別離を思うと寂しさは募る。ロクサンヌやリオン、ユーノ……彼等とも会えなくなる。いっそ、バビロンに着かなければいいのに。

 +

 授業四日目。最終日。
 ファウストはついに古代神器の話を持ち出した。

“我々の認識している古代神器について、説明します”

 飛鳥が背筋を伸ばして、聞く姿勢を見せると、ファウストは「よろしい」と言うように頷く。

“子供でも知っている、創世神話があります”

 ***

 この世で最初に誕生したのは、光り輝く葉広世界樹アンフルラージュであった。

 その次に、葉広世界樹から、透き通る六枚羽を持つ双子の精霊が生まれた。

 双子の精霊は、海と空に大陸を浮かべ、それら全てを治めた。

 祝福されし大地は豊穣ほうじょう沃野よくやに育ち、あらゆる命が芽吹いた。双子の精霊は、それら全てを治めた。

 ***

 双子の精霊と聞いて、飛鳥の脳裏には、アンジェラとアシュレイの姿が思い浮かんだ。

“この世界はなぜ、行けども空しかないのか。これには様々な説があり、未だ誰も真相を解き明かせていません。最も浸透しているバビロンの教義では、バビロン建国王である、魔導士ルジア・ソロモン王が、焦土と化した地上から飛空艇で空を目指し、空中都市バビロンに魔導学府を設立したことが始まりとされていますが……”

 ファウストは一度言葉を切った。
 古い魔法の記憶には、魔導士ルジア・ソロモン王の名も刻まれている。しかし、ファウストが語るような英雄ではなく、むしろ……。

“一部の説では遠い祖先の引き起こした戦争が、世界を創り給う精霊の怒りを買い、大陸分断の憂き目に合ったのだと、伝える説もあります。我々は『審判の日』に大陸分断された、ソロモン王の治める帝国の生き残りなのだと”

 飛鳥は僅かに目を見開いた。それは、真実に近い気がする。ファウストはそんな飛鳥の変化を、全て見通しているように冷静に継ぐ。

“……真実は重要ではありません。今、バビロン帝国に普及している説は、偉大なる魔導士ルジア・ソロモン王による建国説なのです”

 ロギオン協会の教義を今更正したところで、何の利益もないということか。

“ごく稀に、大気のエーテルが満ちて『光の』が生じることがあります。その環を通じて、豊かな海と、海に浮かぶ大陸の世界を覗くことができます。残念ながら、環の生じる時間や場所は、バビロンの技術をもってしても特定が難しく、海へ行き来する機会は、限られているのが現状です”

 この空しかない世界に、どんな風に海は見えるのだろう……。
 しかし、精霊の魔法がなくても、茫漠たる空から海へ降りる手段は、一応あるらしい。海とは、ルーシーが前に話していたロアノス海域のことだろうか。

“アスカ、古代神器にまつわる一説に、光の環を場所、時間に縛られず、自由に生み出せるとあります”

 思慮深い眼差しに見下ろされる。飛鳥は動揺が顔に出ないよう、変わらぬ微笑を意志の力でこしらえた。
 どうやら彼は、飛鳥の明かしていない力――世界を渡る魔法について、心当たりがあるらしい。飛鳥にも使い方が判らない未知の力だ。

“そして、魔導兵器に命を吹き込む魔法……ユーノの自律性には眼を瞠るものがあります。調律の際、彼は意志を閃かせて初期化を拒否した”

 ファウストはいかにも学者然と解説する。

“責めているわけではありません。驚いているのです。荒唐無稽こうとうむけいと嘲笑された、命の錬金術。アスカがユーノに与えたのは、まさにそれです”

 片眼鏡モノクルの底から、冴えわたる蒼氷色アイス・ブルーが光る。

“このことは、まだ一部の人間しか知りません。広まれば、貴方を狙う外敵は更に増す。迂闊に力を振るってはいけません。判りますか?”

『はい……』

 指摘を受けて、飛鳥は慎重に応えた。
 思えば、魔法を使ったが故に、飛鳥の立場は複雑になり、ルーシーの心を時に信じられず、リオンは捕えられる事態となってしまった。
 この数日を思い返して、どんな行動が正解であったのか……少なくとも、魔法の与える影響力が甚大であることだけはよく判った。

「リオンは、大丈夫でしょうか?」

『********』

“リオン大尉ですか。彼の人望が功を奏して、同僚操縦士達から罰の軽減、復帰の嘆願が届け出ているそうです。艦長も恐らく情状酌量を認めるでしょう”

「良かった……」

 飛鳥は肩から力を抜いた。彼に謀略は似合わない、飛鳥ですらそう思うのだ。もっと彼を理解してくれる人が、周囲にたくさんいるのだろう。

“今回の件、バビロン行政庁長官が暗に指示したことは、既に陛下もご存知です。ですが、空賊の首領に責を取らせる形で決着するでしょう”

 飛鳥の訝しげな表情を見て、ファウストは続ける。

“バビロン教皇庁を二分する権威を、例え陛下であっても表立って裁くことは難しい。だからといって、安直にバビロンに敵対してはいけません。アスカにとっても学べることはたくさんあるはずです”

『はい……』

 不安な気持ちのまま応えた。

“先ずは言葉を学び、バビロンを知ってください。アスカが協力してくれるなら、我々も力になれます”

 不意に、膝の上で握りしめていた手を取られた。少しひんやりしている大きな手。
 励ますというよりも、覚悟を迫られているような気がした。逃げてはいけないのだと……。



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