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 対テロ用アンドロイド Lapis Lazuliの戦い
101人の瑠璃 
作:葛城 炯



Prolog 9


「ビールだ! ボックはあるか?」
 ウェイターは静かに頷いて人数分のグラスに深いブラウンを注ぐ。テーブルに深緑に小さく真紅の刺繍が飾られたクロスを数枚敷いて、ゆったりとした動作で絹のような純白の泡の冠を頂いたグラスを置いた。
 チーフがそれを一息で飲み干した時、若いエンジニアが静かに呟いた。
 純粋に静かな笑顔で。
「……『踊り子』を再び確認したようです」

30.奈落の底
 湿った暗い空気の中、打ちっぱなしのコンクリートの澱んだ匂いと錆びた鉄の匂い。無造作に置かれた鉄の固まり。
 数十年放って置かれた飾り気のない部屋の天井を這い回っている排気管にガサゴソと音が響き始めた。音がふと立ち止り、一拍置いて角の立った鈍い金属音と共に、排気管に刃が生えた。ガラスをゆっくりと引き裂くような音を立てて生えた刃が排気管を四角に切り裂いていく。刃が中に消え、小さくガサゴソと音がくぐもった後、突然、排気管が蹴破られる。
 その穴からひょいと顔を出したのは完全人間型アンドロイドLapis Lazuli。
 埃だらけの顔できょろきょろと辺りを見回して、自分の位置と床の高低差を確認すると、ふわりと空に身を任せた。
 半回転して床に着地すると、近くのドアに低い姿勢で素早く近寄り、ゆっくりと音を立てずにドアを開け外を伺う。
 ドアの外は広い廊下。ドアから顔を出して廊下の左右を確認する。
 地下にしては結構高い天井に無数のパイプが這い回り、そのパイプの下にぽつりぽつりとナトリウム・ライトが張りついている。
(……高圧ナトリウムライト? じゃ、人が全く来ていないという訳ではなさそうね)
 ライトの発光スペクトルを分析しおえたLapis Lazuliはドアをゆっくりと閉め、背のアタッシュケースを降ろし、中の銃をホルダーに装備した。アタッシュケースを再び背負い、もう一度部屋を見渡す。
 何やら計器がついた操作盤らしき塊が無造作に詰め込まれている。
(倉庫か……でもこの壁は?)
 壁面には液晶らしきパネルがはめ込まれている。全世界の地図らしき背面の前に在る液晶は焼きつき、ある線を遺していた。
(……これって、弾道ミサイルの予定軌跡かな?)
 軌跡は……この砂漠から各国の首都、大都市に向かっていた。
(……それより脱出しないと……ここの平面図無いかな?)
 きょろきょろと辺りを捜すと向うの壁面に、それらしきパネルを見つけた。
(あった!)
 操作盤を勢いよく飛び越え反対側の壁に向かう。

 ずゅるっ……

 が、着地した床の埃がLapis Lazuliの足元をすくい、彼女を慌てさせる。
「きゃいぃぃっ!」

 ぱぎぃぐぁしゃあぁぁぁん

 バランスを取ろうと蹴りだした足が……パネルを粉々に破壊し……さらに勢い余って壁を蹴破り、頭で床にブレーキをかけるような体勢で廊下に勢いよく飛び出し……壁にぶつかって停止した。
「あ、痛ぁ。 ……あれ? ここって廊下?」
 蹴破ったのは壁ではなくドア。飛び出た場所はさっき反対側で見たのと同じ幅が広く天井が高い廊下だった。
「……つまり、この部屋は壁の中……を偽装してたんだ」
 頭をさすり(打撃と擦過による損傷を確認していたのであり、「痛み」を和らげるためではない)、振返った壁には壁の窪みに偽装されたドアの残骸が引っかかっていた。
「兎に角、出口を探そう……あっちだったかな?」
 パネルを蹴破る寸前の画像記憶をリピートして大体の配置と位置を想定して、エレベーターシャフトがあると思われる方向に歩きだす。
 蹴壊す瞬間の映像だけだったから、はっきりとしないがそれでも見当をつけて歩きだすLapis Lazuliは追跡者が居る事に気づきもしなかった。
 今歩いている廊下の天井のパイプの上。そこにラミアCがLapis Lazuliの跡をつけてゆっくりと移動していた。

 音も立てずに。

31.機関からくり部屋
 幾つか鉄壁に行く手を遮られて角を曲がり進むと、正面にビニールで隔てられた一角があった。
 廊下をビニールのカーテンで隔て、その向うに明るく動く人影が半透明のカーテンに映っている。
「あ。誰か居る!」
 走り出すLapis Lazuliはその影を人間だと信じて疑わなかった。
(きっと、何かの作業で人が来ていたんだ。コンペの係員の人かな? ここの……ここに置いた研究装置を管理しに来た人かな? どっちにしても、出口を教えて貰えるよね?)
「こんにちはっ! ……え゛?」
 勢いよくカーテンを開けると……そこに居たのはアンドロイド。
 アルファXT2。床に置かれたカプセルから彼らが何体か置き上がり、初期動作確認を行っていた。向うのカーテンから一体がどこから向かう為に出ようとしていたところであった。
 ただ、地上で見たアルファXT2とは違い、塗装が幾分か青味がかって見えるのはカーテン越しのナトリウムライトの所為だろうか。
「えっ? なんで? ここに?」
 Lapis Lazuliは反射的に声をあげてしまった。
 その声に反応して数体のアルファ・XT2が振返る。即座に対象を確認、何者かを判別する。
 そして……何故か跪いて敬礼してしまった。
「え゛っ?」
 何故かアルファXT2達は不覚にも彼女を人間と判別してしまったのである。不確かな灯の下。戦闘会場でもない場所で「標的」がいるとは判断しなかった。ましてや相手は人間と同じ音域で「声」をあげ、しかも極めて「人間らしい」反応をしている。Lapis Lazuliの埃に汚れた顔も彼らの判断を間違えさせた要因の一つかもしれない。
 他の数体もゆっくりと近づき、片膝をついて敬礼する。
「え? え〜〜〜と、こんにちは」
 敵の予想外の反応に戸惑うLapis Lazuli。彼女の演算処理装置は彼らが自分を人間と間違えていると即座に結論した。
 見れば彼らは背中に丸い穴の開いた四角い箱を背負い、左腰に鎖で鉄球が結びつけられた50cmほどの鉄棒を装備している。
(ロケットランチャーに……モーニングスター? 随分と新旧甚だしい取り合わせね……でも)
 その武器はどちらもアンドロイドであるLapis Lazuliを容易に破壊できる物であることは間違い無い。
(ここは一つ、勘違いされているうちに……)
「え、え〜〜と。出口はどっちかしら?」
 人間のフリをして脱出しようとわざとらしいシナも振りつつ、アルファXT2に尋ねる。
 彼らは恭しく左手を胸にあて、右手で通路の奥のほうを指し示した。
 まるで、主人に使える執事である。
「あ、そう? 奥なのね? じゃ、どうも」
 その場を取繕い、さっさと離れようとするLapis LazuliをアルファXT2は取り巻き、一緒に移動を始めた。前に二体、左右の前後に四体、後ろに二体。まるでVIPを警護するシークレットサービスのように。
「え゛、え〜〜〜と。……守ってくれてるの?」
 問いかけるLapis Lazuliの声に横に付き添い歩くアルファXT2が静かに頷いて応えた。
(う゛〜〜〜。変な絵になってしまった……)
 本来ならば戦う相手に守られる。これほど変な構図は無い。
 勿論、アルファXT2にしてみれば自分達に与えられた「指令」に従い「仕事」を淡々と処理しているだけなのである。
(ま、ここを出るまでは……いいか)
 しかし、この配置は……もしアルファXT2がLapis Lazuliを敵と認識したら……逃げることは到底、適わない構図でもあった。

32.敵の存在
 Lapis LazuliがアルファXT2達に警護(?)されて幾つかの通路を曲がり歩いて辿り着いたのはエレベーターホール。如何にも軍事用らしい大雑把で頑丈そうな無骨な鉄の扉が二つ。碁盤目に広がる通路の一角がそのままエレベーターシャフトになっているのかと思えるほどの大きさであった。
 先頭の一体がささっと両方のスイッチを押しエレベーターを呼ぶ。Lapis Lazuliを扉の前に案内しエレベーターが来るまでの間、先程と同じように警護している。違う点を細かくあげるとすれば、後ろの四体が前を見ずに後ろを向き両手を腰に回し、肘を立てて直立している事だろうか。完全な警護体勢である。
「すごいね。……完璧な警護だわ」
 思わずLapis Lazuliが上げた声に、右隣のアルファXT2がゆっくりと右手を胸に当てて敬礼する。その無表情な顔も心なしか微笑んでいるようだった。
(う゛〜〜む。不思議な気分)
 降りてくるエレベーターを示す光の点滅はゆっくりと移動している。
(荷役用かな? 結構大きいし……ミサイルの弾頭とか運ぶヤツかな?)
 Lapis Lazuliはただ黙ってエレベーターの到着を待っていた。
(これで地上に出れる。……けど、何処に出るのかな? マスター達の居る会場だったら……場外で失格になっちゃうな……でも、気づかれる前に……)
 なんとなく平和な気分で、ここを出た時の事をいろいろ考え倦ねていた。
 ずぅんと低く停止音が響いて、ゆっくりと扉がスライドして開いていく。そこに居たのは……触手の塊。既に数体のアルファXT2を破壊し、その残骸の上に触手を身体に巻きつけてるラミアD。
「敵よっ!」
 思わず叫ぶLapis Lazuliの声に即座に反応した前の2体が攻撃を仕掛ける。
 ロケット弾ではなく、モーニングスターで。
 至近距離だったということと、Lapis Lazuliを「人間」と考え、爆発の衝撃の影響を考えての事だったが……無謀であった。
 あっという間にラミアDの繰り出す触手の嵐に壊れた部品へと姿を変えてエレベーターの床に転がる2体。しかし、彼らの「目的」は達成していた。
 その間にLapis LazuliとアルファXT2の残り6体は逃げ出す事に成功していたからである。逃げ出すといっても通路の角を曲がった所までであったが。
 それでもラミアDはLapis Lazuli達を見失っていた。エレベーターをゆっくりと出て、両側に広がる通路を先を光学センサーで注意深く探す。
 その様子を影から窺うLapis Lazuliは自分を警護するアルファXT2の様子の変化に気づかなかった。
 「敵」であるラミアDのデータ検索を始めたアルファXT2達はデータベースを参照し、別の「敵」の存在に気づいたのである。

 そう。目の前の「人間」が敵、Lapis Lazuliであることに……

33.絶望への脱出
 不意に背後から襲い来る複数の物体をバレッタが確認した。
「え!?」
 思考するより早く反応した脚部がLapis Lazuliの身体を前方へと蹴飛ばす。
 通路の真ん中でくるりと回転し、振り返り見ると元居た場所には床にめり込んでいる鉄球。アルファXT2達のモーニングスターの鉄球であった。
「バレた……のね」
 くすりと悪戯っぽく笑うLapis Lazuliのイヤリングレーダーが別の物体の動きを彼女に伝えた。側方から回転し接近する巨大な物体、触手を丸め転がり迫るラミアDであった。
「てぃっ! ……はっ!」
 後方にくるりと宙をきって後ろの通路へと飛びラミアDをやり過ごすとそのままアルファXT2達に背を向けて走り出した。
「悪いけど一度に何体も相手にできないわよっ」
 しかし……その目の前に別の物体が落下してきた。
「きゃあ…………土ころび?」
 何故かデータライブラリから全く無関係な妖怪のデータを検索したのは……出現方法の類似だけであったが……落ちてきたのは妖怪ではなく、確実に敵を挟撃できる時機を待っていたラミアCであった。
「何よっ! もぅっ!」
 今来た道を再び戻る。アルファXT2達がモーニングスターを撃ち下ろそうと構えている。そこへLapis Lazuliは飛び込んでいった。弾かれたように撃ち下ろされる鉄球。

 瞬間!

 ひらりと体を半回転させながらその一つを右手で受止める。他の鉄球は身体の前後を空振りして地面に突刺さる。しかし……鉄球を受止めるだけの強度は腕部にはない。
 右腕損壊?
 いや、Lapis Lazuliは鉄球を受止めるのではなく、鉄球の側面、鎖がついている辺りを右の掌で自分の後方へと押し出したのである。そして身体の回転に伴い前方へと突き出された左腕の二重関節の肘がアルファXT2の胸に突刺さり、さらに左拳が顔面へと打出された。
 刹那に繰出されたこの技は古武道にあるという「柳槌」。相手の威力をそのまま相手に返すという妙技であった。
 アルファXT2の一体は自分が繰出したモーニングスターの威力を自らの胸と顔面に浴び後方へと吹き飛び……そこに居た仲間を巻き込んで転げ倒れた。巻き添えを受け、立上ろうとするアルファXT2の視界をスニーカーの靴底が奪う。
「邪魔よっ!」
 仲間を踏みつけて駆け去るLapis Lazuliを呆然と見送るアルファXT2達。そして……木偶人形達を後方から回転する土ころび……いや、ラミアCが弾き飛ばしていった。逃げるLapis Lazuliを追撃する為に。速度を上げて回転して追っていく。
 後には……弾き飛ばされ残骸へと姿を変え戦闘不能となった元アルファXT2の破片が転がっているだけであった。


「なぁぁにぃぃぃよぉぉぉ! もぉぉおぉぉぉ!」
 叫ぶLapis Lazuliの声が風で震えるのは既にかなりの速度に達しているため。アクチュエーターの連続動作に伴い体内の温度は上昇していたが、風に旗めく髪、放熱器の冷却効果も上昇した為、体内温度の上昇はある程度に押さえられていた。……が、限界はある。じりじりと内部温度は上昇していく。髪につけられたバレッタは後方のラミアCの接近を告げている。
(やっぱり、高速移動は回転体の方が有利よね……)
 上昇する温度に伴い、演算処理能力は……運動処理を受け持つシリコンチップの処理能力が低下していく。
(このままじゃ、何れ追付かれるわね……でも……)
 左右の耳につけられたイヤリングが今走っている円形の通路と並行する同じく円形であろう側方の通路に後方の回転体と同じ物体の存在を告げていた。追付いてきたラミアAとBに違いない。
(ここの……地下の構造が碁盤目で……良かったのか……悪かったのか……)
 比較的、温度上昇の影響を受けない主演算部、光演算チップが状況を冷静に判断している。大きな円形の通路。パイプを碁盤目に繋いだようなフィールド。無限に通路が続くのならば……でも何れ追付かれる。しかし……イヤリングレーダーの情報が予想を完全に否定した。
(この先……行き止り!?)
 不意に状況が絶望的に悪化する。でも、その絶望の壁に向かって走り続けるしかないLapis Lazuliであった。

34.暴走する演出
「そうだ。……1台、補給。もう少し補給はゆっくりと出現させろ」
 カウンターでシャンパンをゆっくりと味わいながらウェスト・ゴォームはイヤホンと喉につけられた小さなマイクで誰にも気付かれずに映しだされない状況を確認しては指示を出していた。ケーブルTVの一社の中継車に偽装された自らの部下達を使い完全なる勝利へ向けて。スクリーンに映る(地上の)戦闘風景は既に戦闘が終盤に近づいている事を告げている。粗方の大型機は破壊され、今は残骸の中で小型機、比較的に人間に近い大きさの機体による戦闘が散発的に起きているだけであった。
(ふふふ……公式にはスクリーンでしか戦闘を確認されないという方法は巧くいった……こちらは別のカメラで損失を確認できるからな)
 そして損失に見合う分だけの機体を随時補給する。絶対に、確実に最後に残るのは彼の木偶人形、アルファXT2となる。……そういう筋書きであった。
(そろそろ、幕を引いてもいいな……)
 ウェストは最後の演出、一体のアルファXT2を残して、他の機体で残っている敵達に総攻撃を仕掛けるべく敵の数の確認を指示した。
「14機? こちらの残存は? ……そうだ。さっきの補給を入れてだ……地上に13機、地下に……45機か。……2機を補給。ああ、待機場所の5機からでいい。できるだけ速やかにな……」


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。

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