101人の瑠璃 (32/72)PDFで表示縦書き表示RDF


 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。
101人の瑠璃 
作:葛城 炯



本編 8 〜狂乱の日々 8 〜


12.行動の選択
(秘書失格……次に行うべき事……御主人様の仕事のサポート……待機……否……秘書としての行動とは? これまでの行動は秘書では無い……秘書として行うべき事……不明……次に行うべき事……秘書……検定とは? ……記憶……疑問……行動すべき事……不明……不明な呼吸音……不明……不明な人物の特定……確認)
 突然、瑠璃は大坪音を突飛ばした。
「きゃあっっ! 何すんのよッ! このデカ女っ! ……え?」
 瑠璃は大坪音を振返りもせず……無表情な顔のまま部屋の奥を睨んでいた。
(……呼吸音、確認。心音、確認。呼吸音、減少。心音、変化無し。極めて冷静……一般人の可能性……微小。不審人物と認定。確認および警告……行動)
 瑠璃はビシッと部屋の奥を指差して大声を出した。
「そこに居るのは誰っ! 姿を見せなさいっ! 見せない場合は……てろりすと……」
(見せない場合の行動……テロリストの可能性……テロリストとは? ……不明……異常値……体内温度異常……放熱器異常……放熱障害……原因不明……原因調査……『紐』発見……妨害工作と認定……妨害工作除去……影響除去までに10分と推定……妨害工作者は? ……不明者と仮定……不明者を……不明者は……)
 問い掛けた瑠璃の中で自分にとっては奇蹟に近い錯誤が処理されていると知らずに眼鏡を直しながら訝しげに見る大坪音はこれから何が起ろうとしているのか判らなかった。
「……テロリストと認定しマス」
「てろりすと? データリストじゃなくて?」
 間の抜けた受答えをする大坪音。確かに奥には顧客の古いデータリストが積まれている。
「5秒以内に姿を見せナサイ。カウントダウンを開始しマス。5……4……3」
「……貴女。大丈夫? ……きゃあぁぁっ! ひっいぃぃぃぃぃぃぃぃ……」
 大坪音が叫び、逃げたのは……不意に煤けたガラス窓を背景に誰かが現れたから。そして、その手に拳銃らしきものが握られているのを見止めたからだった。
「……アナタをテロリストと断定シマスっ! エィッ!」
 すぐ脇に在った缶を掴むと力任せに瑠璃は不審人物に投げつけた。

 かぎぃん。ばきぃん。

 鈍い金属音が二つ響き、缶は中身のペンキを辺りにぶちまけ、ひしゃげて、薄汚れた床に転がった。もぉっと埃を巻き上げて。
「投降シナサイ。投降スルマデ攻撃ヲ加エマス」
 拳銃に怯まずに手当たり次第に棚のモノを投げつける瑠璃に不審人物は付合うのに嫌気が差したのか、小さく舌打ちして、何かを床に投げつけた。

 ばしゅ! どぉおぉぉぉぉぉんんんんん!

 凄まじき光が部屋を包むと同時に部屋の空気が爆発した。不審人物が床に叩きつけたのはスタン・グレネード。閃光で敵を気絶させる武器であるが、二つのミスを不審人物はしていた。一つは瑠璃はアンドロイドであり閃光による気絶は有り得ない。そして、既に床に撒き散らかされたペンキの溶剤であるシンナーと撒き上がっていた埃が引火性だという事を。そして爆発がこの煤けた倉庫に火をつけるという事を。
「……くっ!」
 何故か、爆発にも耐えた不審人物はドアに向かって突進した。爆発の衝撃波で倒れた棚の下敷きになっていた瑠璃に目もくれずに。
「停止シナサイっ!」
 瑠璃はスチール製の物品棚を片手で持ち上げると力任せに投げつけた。だが、棚は不審人物に当る前に壁と床にぶつかりひしゃげて天井に突刺さり……一瞬の間を置いて落下した。不審人物を追いかけようとする瑠璃の頭上に。
 そして……スプリンクラーが作動し、歪んだ棚の下でもがく瑠璃の服を濡らして……その動きを止めさせた。黒髪から上がる蒸気だけが煙が燻り漂う部屋の中で激しく動く唯一のモノだった。

「一体、何がどうしたと言うのだ?」
「すみません。専務。実は……」
 廊下を歩く二人の男……細身ながら毅然とした専務に平身低頭で事情を説明しているのは、S.Aikiを部屋に閉じ込めた部長である。
「ふむ? 何者かが倉庫部屋に忍び込んで居たのを女子社員が見つけた? ならば表彰せねばなるまい。誰かね? その女子社員は? お茶汲み以外に能のある女子社員なぞ久しぶりに見るからな」
 ……随分と古風な偏見を信念としている重役らしい。
「……それが……その……その社員というのが……」
「なんだねっ! はっきりモノを言いたまえ。それだから貴様は部長止まりなのだよっ! 大体、先月の契約額は……」
 口角泡を飛ばして説教し始める専務を制する為に部長は言いたく無かった事を叫んだ
「すみませんがッ。その者はウチの社員の秘書なんですっ!」
 叫ぶ部長の気迫に押されて、暫し黙り込んだ専務だったが、その間に浮かんだ極めて素朴な疑問をあらためて部長に問い直した。
「……社員の秘書は社員では無いのか?」
 確かに。重役達の秘書は間違いなく社員であろう。
「違います。言わば……私設秘書でして……本人はアンドロイドだと」
「秘書でアンドロイド? はっはっはっ。それは『愛人』という意味だろう?」
 破顔一笑した専務は凍りついた笑顔で部長を脅した。
「君は私が世事に疎いと思っているのかね? それとも愛人を連れて来る不届きモノが我が社の幹部に居ると?」
 誰も幹部……重役が連れて来たとは言ってはいない。
「い、いえ。滅相もない。ただ、本人はアンドロイドだと言切るもので……」
「本人? 誰だね? 幹部では無いのか? 丁度いい。君の部屋に着いた。ここにその誰かを呼びたまえ……ん?」
 専務がガチャリと開けた部長室で……椅子に踏反り返って寝ているのは……言わずと知れた瑠璃の持主、S.Aikiその人である。
「誰だ? この社会人に有るまじき無作法な男は?」
「こ、これ……このコイツが先程いっていたアンドロイドの秘書の持主……」
「何? こんな男が……我が社に居たか? ぅおっ!」
 専務が驚いたのは煤で汚れた瑠璃が飛込むように部屋に入って来て……そのまま、机を飛越えてその先で惰眠を貪っていたS.Aikiにフライング・ラリアットを食らわせ……ついでに机と椅子を盛大にぶち壊したからだった。

 いや、それ以外にも理由は在ったのだが……

「御主人様〜。瑠璃は秘書として失格でしたぁ〜ぁあぁ」
「ぐぇっおっ!」
 昏倒したS.Aikiを力任せに……それでも多少は学習して力を加減したらしく、骨が軋む程度に抱きしめて泣きじゃくる(単に眼球の過度の汚れを洗い流す為にレンズ洗浄液を大量に流していただけかも知れない)瑠璃は……S.Aikiが既に気絶している事や、その場に専務と部長が居る事なぞ全く気にもせずに、延々と泣き喚き続けた。
「君? 彼女がアンドロイドだと?」
「はっ。本人はそう申しておりますが……」
「そんな訳は在るまい。アンドロイドとは人型ロボット。ロボットである以上、ロボット3原則が組込まれている筈。人間を攻撃するわけがあるまい?」
 普通のロボットならばそのとおりだが、瑠璃は対テロ用アンドロイド。テロリストとはいえ人間には間違いはなく、そしてその対人攻撃を前提にして造られたアンドロイドである。
「はっ。全くそのとおりで……。では、やはり愛人という事で処理致します」
 畏まる部長を一瞥して専務はその言葉の意味を問い質した。
「処理? つまりはどういう事かね?」
「えっ!? ま、まぁ……つまり、出入り禁止という事に……」
「バカモンっ!」
「ひぃえっ! す、すみません……」
 一喝する専務に恐れおののく部長ではあったが、その意味を問い直さずにはいられなかった。
「……では、どの様な処分を?」
「仮にもだ。か弱き婦女子でありながら我が社の秘密を不審人物から守ったという事実は曲げられん」
 ……そんな事実はない。
 仮でも嘘でもあの倉庫に在ったのは会社の秘密では無いし、さらには鋼鉄製の棚をぶん投げるるモノが「か弱き」という形容詞に相応しい訳もない。
「はぁ?」
「つまりは殊勲賞モノである以上、臨時社員として雇いたまえ。何、構わん。使い物にならんヤツが一人居るから丁度いい。彼女は戦力として貴重である。違うか?」
 断言する専務に立向かう度胸は部長には無い。例え真実が彼の側に在ったとしても……
「仰せのとおりにいたしますっ!」
 唯々諾々と従うしか彼の選択肢は有り得なかった。
「宜しい。では、後の事は任せるぞ」
「は? 後の事?」
 部屋を後にしようとした専務は理解の回らない部長の言葉にぴくっと眉を震わせて振返らずに言った。
「……消防署と警察だよ。スプリンクラーが作動して既に消防署は現場を検証している。追って警察も訪れるだろう。殊勲の彼女にそのような無粋な輩に立会わせる必要はない。総て、君が応えたまえ」
 それは……法律違反では無いのか?
「判りましたッ」
 宮仕えとは凄まじきモノなりとは……この事だろう。
「では、よろしく」
 さっそうと立ち去る専務は頬を撫でながら全く別の事を考えていた。
(ふふふ……そうか。あの娘はこの社の……。また明日も逢えるかなっとぉ)
 その頬には……薄く赤い、手の形のアザの跡があった。
「ん。明日も車の出迎えは要らんと総務課に言っとかんとな。ふふっ。楽しみ、楽しみ……。あの時間の電車に乗れば……。ふっふっふ……」
 つまり、今朝も電車できた? で、瑠璃の手の跡がある? という事は……最低だな。このオヤジ。……いや、オヤジ達か。


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。

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