101人の瑠璃 (29/74)PDFで表示縦書き表示RDF


 対テロ用アンドロイドが秘書となるために来た。
101人の瑠璃 
作:葛城 炯



本編 5 〜狂乱の日々 5 〜


8.因果訪問?
「すみません。はい。全く申し訳ありません」
 去り行くトラックと黒塗りの車に平身低頭で頭を下げるS.Aikiは……深い溜め息を吐いてそのまま固まっていた。
(なんとか……大半は返品を認めて貰ったが……なんで、あんな物が……)
 後ろでは先程まで一緒に頭を下げていた瑠璃が幾つかの段ボール箱の中の1つを開け、「あんな物」を文字どおり瞳を輝かせて魅入っている。それは一揃いの和服。段ボールの中の桐箱の中、更に高級和紙に包まれているであろう高級和服、千辻ヶ花の清一文字。柄は……その柄を瑠璃が気に入ってしまい、返品できなかったのだが……「岩清水に瑠璃一羽」という日本画を元にした絵柄。その元絵を描いた絵師がまた国宝級で……早い話、その一揃いだけでS.Aikiの財布&貯金は吹飛んだのである。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
 もう一度、深い溜め息をついたS.Aikiにさらなる追撃ちが……背後から告げられんとしていた。
「おい。アンタ」
 振返らなくてもその声の主は判っている。安アパート「シャトー・野洲武神」のオーナー、早い話が家主兼管理人の老婆、野洲武律(やすたけ・りつ)である。
「なんでしょ? 大家さん」
 「大家」と呼ばないと不機嫌になるのは先刻承知。……だが、既に老婦人は機嫌が悪かった。
「アンタ! 女なんぞを連れ込んでっ! ココは独身者専用だよっ! それになんだいっ! その荷物はっ! いい加減にしなっ! ココは倉庫でも無けりゃアタシはアンタの家族でも代理人でもないんだからねっ!」
 老婦人の言葉にただ黙って頭を下げていたS.Aikiであったが、後半の意味が不明過ぎて思わず聞き返した。
「は? 代理人って何の事でしょ?」
「アンタ宛にでっかい荷物が届けられたんだよ。アタシはアンタの代理人でも家族でもないから受取を断ったんだよ」
「……荷物? 誰から? ぅわっ!」
 S.Aikiがたじろいだのは老婦人の迫力在る顔面が目の前に迫ったからだった。
「知るもんかいっ! 先に別な荷物を配送してくるって言ってたからもう直、来るだろっ! いいかっ!? アンタは……ん?」
 老婦人の言葉に割込んで来たのは背後の若い男の声だった。
「あの〜。すみません。S.Aikiさんはこちらですか?」
「はい? 私がS.Aikiですが? 何でしょ?」
 振返れば運送会社の配達人らしき服装。……ただ、違和感があるとすれば、その後ろにある車は宅配用のワンボックスカーではなく、トラック。しかも荷台と運転席の間にクレーンが装備された……たしか、トラッククレーンとかいう車だ。そんな車で運ぶものといえば……余程の重量物だけだろう。
「御荷物を御届けに上がりました。あれが……」
「どれが? 南々武デパートで買ったモノは既に受取った。残りは引き取って貰った筈だ。それに払う金はもう……無いぞ」
「いえ。料金は先方からいただいておりますから。荷物を受取って貰うだけでいいんですが……」
「ほんとに? 本当にタダなんだな? 嘘をついても駄目だぞ。本当にもう一銭も無いんだから。本当にタダなのか?」
 財産の大半を失い、大家から詰問されていたS.Aikiは溜り切った感情を配達人にぶちまけかけていた。瞬きもしない目から涙を流して。
 配達人にとっては意味不明な反応をするS.Aikiに配達人はたじろぎながらも、自身の仕事を的確に進めて行く。
「え? ぇえ。本当に受取って貰うだけでいいんです」
「……で、何を受取ればいいんだ? なんだ? なんだアレはぁぁああぁぁ」
 S.Aikiの壊れかけた感情は瑠璃の歓声に吹飛ばされた。
「わぁい。メンテナンス・ボックスだぁ! ね、御主人様。これが私のメンテナンス・ボックスです。コレが在れば、スーツの汚れも簡単に取れますよ」
「スーツの汚れ?」
 それは確か、今日の総ての行動の原因。
「……つまり」
 目の前の荷物を受取ってさえいれば総ては……
「何てことをオレは……」
 へたり込むS.Aikiを尻目に瑠璃は配達人から荷物を受取っていた。
「早速、部屋に運んで……和服用にもカスタマイズしないと。御主人様、部屋に運でますよ」
 ひょいと荷台から軽々と荷物を担ぎ上げると、瑠璃はスキップするように運んだ。
 目を丸くする配達人は思わず同僚に確認した。
「……アレって100kgは越えてたよな?」
「あ? あぁ。だから、こいつで運んで来たんだから……なんで? 運んでる間に軽くなったって事は……」
「んな、ばかな。しかし……そうでもないとあんなに軽々とは……」
 が、疑問はすぐに解消した。瑠璃が運ぼうとしている場所は野洲武神荘の2階。そこへは鋼鉄製の階段が在るだけ。そしてその階段へと進み、ステップに足をかけた時……
 ぎっ……しっ……
 鋼板が軋む音が重量を証明して響き渡る。ついでに、歪む階段が瑠璃の足元を危うくする。
「はぁっ!」
「……ほぉ」
 バランスを取りながら進む瑠璃の姿に老婦人が感嘆の息を吐く。
「アンタのコレ。なかなかやるじゃないか。ん?」
 老婦人に小突かれ、顔を上げたS.Aikiは頑張る瑠璃の姿をぼんやりと見た。
(……アンドロイドだもの。アレぐらいは……しかし、どうして皆、人間と見間違うんだろ?)
 声に出したところで……反って来るのは誤解と冷やかしだろうと高を括り、瑠璃の足元を見ていた。……のは、通勤で鍛えたセクハラに取られない女性観賞法故かも知れない。
 そんな事は一切知らずに歩を進める瑠璃。しかし、次第に歪んで行く階段が、高さを増すごとに揺らぐ階段がバランスを揺さぶり、瑠璃の速度を緩めていた。そして……ついに……
 がごん
「きゃあっ」
 バランスを取ろうと振ったメンテナンスボックスが階段の手すりにあたり、瑠璃のバランスを大きく狂わし……ふんばろうとした足が鋼鉄製の段を踏抜いて……瑠璃の身体を階段から蹴落としたのである。
「きゃあぁぁぁ あ?」
 瑠璃の悲鳴が途切れたのは在る映像を認識した所為。その映像とは……自分自身の落下点に向かうS.Aikiの姿だった。
(え? どうして? 御主人様では支えきれない……のに)
 同じ事をS.Aikiも考えていた。
(何してんだ? オレが行っても……何にもならんのに)
 人間には判っていても……何一つ変化を与える事なく、完全に無駄だと判っていても行動してしまう時があるという。S.Aikiに訪れたのが「その時」だったのかもしれない。……本当にただの無駄そのものだったが。
 重力と物理法則に従って加速した総重量数百kgの物体はS.Aikiの腕の中に収まり……腕諸共、地面に叩きつけられた。
「きゃあっ。御主人様、大丈夫ですか?」
 驚きのあまり、放り投げたコントロールボックスは……見事な放物線を描いて……S.Aikiの部屋の玄関に飛込み、床をぶち抜いて階下の部屋の床に突刺さって……静止した。
「あ……瑠璃。大丈夫か?」
 大丈夫なのは判っている。元々、対テロ用アンドロイド。数m、しかも高々、2、3mから落ちたのでは全身を覆う防弾シリコンがショックを吸収して何一つ損傷することは無いだろう。それに対してS.Aikiの方は……
 瑠璃の状況解析ログを借りて示せば……両手首から指骨、打撲および骨折多数。両椀、骨折および筋断裂。両上腕、筋断裂。両肩、捻挫。腰椎、捻挫。両膝、捻挫。
 一言でいって、絶対安静レベルであった。
「御主人さまぁ!」
 瑠璃は泣叫びながら、S.Aikiを抱いたまま跳躍し……2階の廊下に飛乗ると、部屋にかけ飛込み、ベッドへS.Aikiの身体を横たえると、シーツで全身をぐるぐる巻きにした。単純に言えば、ベッドを添え木にして全身を固定したのである。もっと見たままに言えば……人間海苔巻き状態である。
「御主人様ぁ。癒るまで看病しますから、はやく良くなって下さいぃ〜」
 それより、救急車呼んで医者につれて行った方がいいと思うのだが……
 その後ろ……壊れたドアから除き込む老婦人と配達人達は不可思議なモノを見たかのように目を見開きながら……でも、理解できないままに言葉にした。
「放り投げる力が在るなら……最初から……」
「そしたら、壊れちまうだろ?」
「でも人間一人抱きかかえてここまで跳躍したんですよ。あの荷物もそうしたら良かったんじゃ……」
「バカたれ。問題はそういうことじゃなく、あやつの容体じゃ」
 三人はもう一度覗き見た。ベッドの上でS.Aikiは……取敢えず生きているようには見えた。
「大丈夫ですかね?」
 配達人の問いに老婦人は相好を崩して応えた。
「大丈夫だよ。あんな根性見せられちゃあね。根性在るヤツは大丈夫なんだよ。ウチのダンナみたいにね」
「旦那さん?」
 何の話だと配達人達は思いながらも取敢えず言葉を合せた。
「どんな敵にも相手にも向かって行って……ちゃんと帰って来たよ。懐かしいねぇ。昔はあんな男がゴロゴロしてたんだけどねぇ……」
 なんか、S.Aikiの評価に関して著しい勘違いをしているような気もするのだが……この老婦人。それより、容体が心配だとさっき行っていたのは気のせいだろうか?
 訝しげに自分を見ている配達人達の視線を感じ、振返り様に言放った。
「さぁっ! アンタ達も根性見せなっ! あの段ボール箱達をこの下の部屋に詰込むんだよっ!」
「え? 別にオレ達は……」
「あの荷物を運んで来た訳じゃ……」
「ぶつくさ言わずにサッサとやるっ! さぁっ! やらないと器物破損で訴えるよ」
「器物破損? いや、部屋を壊したのはあの女でオレ達では……」
 確かに。壊したのは瑠璃であり、彼等では無い。
「壊す原因となったのはアンタ達が運んで来たもんだっ! 段ボール箱を運ぶだけで赦そうっていうこの心がわからんのかネッ! それともこの婆に運ばせようってのかい? それこそ老人迫害だ。アンタ達の会社にそんな甲斐性なしが勤めてるとメールで抗議して……」
「判った。判った。判りました。運ばせて頂きます」
 階段を駆降りる配達人達を睨みつけた老婦人はもう一度、相好を崩すと、小さく声をかけて、ゆっくりと立ち去った。
「アンタの根性を見込んで修繕費は向こう12ヶ月の月割りにしとくよ。そうそう。この下の部屋はお嬢さんに貸して上げよう。まったく、よかったよ。この下の部屋に誰も住んでいなくて。これで、家賃収入は2倍。アタシにとってもいい事だよ」
 ……2倍という事は、他に誰も住んでいないような気もするのだが。


 これはニフティのSFフォーラム内にあった「マッドSF噴飯高座」より派生した拙作です。

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